- ナノ -
TOP小説メモレス

この世界こそフィクションです (1/2)
※特殊能力系主人公と大将青雉
※微妙に名無しオリキャラ??




 ナマエという名前の泥棒が、時折新聞をにぎわすようになったのは数年ほど前からのことだ。
 唐突に現れて目的の物を盗み出し、忽然と消えるその手口は鮮やかで、一番最初の犯行で撮られた顔写真とその名前以外に、世間に知れていることは殆ど何もない。
 噂では悪魔の実の能力者ではないかとも言われているが、化物揃いの海軍ですら中々捕えることは出来ないその男の正体は、実は俺だったりする。

「うおお……載ってる……」

 先ほどニュース・クーから買い求めた新聞を確認して、ぼそりと呟いた。
 一面というほど大々的では無いのだが、今回もまたしっかりと俺がやらかした『事件』が新聞に掲載されている。
 昨日の夜の犯行だったと言うのに、何とも素早い対応だ。
 あのおっさんはどうやらこういうところにも顔の利く金持ちだったらしい。
 横にはしっかりと小さく印字された手配書まで載っていたので、そっと新聞を折り畳んでから改めてニット帽をかぶり直し、サングラスもしっかり掛けた。
 窓の外をちらりと見やると、春島特有の明るい陽射しが照らす明るい街並みが覗いている。この島は一日中こうだから、あちこちの家の遮光カーテンは閉め切られていた。
 今の時間だと、『向こう』はもう夜だろうか。
 新聞をテーブルの方へと放り、昨晩入手した『もの』を放り込んだ鞄を肩からかけて、そのまま壁へと向かう。
 伸ばした手で壁に触れて、ぐっと押し込むと、ずるりと掌がそのまま壁へと吸い込まれた。
 その状態で顔もそちらへ押し付ければ、どんどん体は壁の向こうへと入り込んでいく。

「よっと……」

 声を零しつつ、俺は慣れた動作でそのまま『向こう側』へと足を踏み出した。
 入り込んだ一室は、薄暗い執務室だった。
 窓の外の暗さに、自分の予想が当たっていたと確信して一つ頷く。
 俺が忍び込んだこの部屋は、俺がさっきまでいた夜の無い春島ではなく、マリンフォードと呼ばれる海軍本部がおありのとある島の一部屋だった。
 俺がこのおかしな能力を手に入れたのは、『この世界』へ来てからだ。
 意味も分からぬまま『この世界』へ落っこちて、明らかに人の二人や三人は殺していそうなごろつきに追いかけられて、袋小路まで追い込まれた先で逃げ出そうと壁に触れたら、全く違う場所へと抜け出せた。
 頭の中にどこかの未来から来た青い猫型ロボットを思い浮かべてしまったが、さすがにこんな通り抜けできるフラフープとどこにでも行けるドアを足して二で割ったような未来道具は出ていなかった気がする。
 そして、逃げ出した先にいた『人物』を見て、俺は『この世界』がいわゆる『ワンピース』の世界だと言うことを知った。
 意味が分からないし帰り方も知らないが、いつか『元の世界』へ帰れる日を求めて生き抜くために頑張っていると言うのに、うっかりすでに犯罪者である。場の流れと世の中の不条理というのはおそろしい。
 誰もいない室内で、一番大きい机に近付くと、そこにはこんもりと書類が乗せられていた。

「相変わらず貯めてんなァ」

 この部屋の主はサボり癖のある大男だと言うことを、俺は知っている。
 書類に書かれているのは英語ばかりで、ぱっと見ても読める文字は殆ど無かった。英語も少しは出来る方だし新聞は何とかなるけど、筆記体なんて学校でちょろっと習ったきりだから仕方ない。
 どこかスペースが無いかと机の上を観察して、しかし余すことなく書類で白くなっている机の上に諦めのため息を零し、そっと回り込んで椅子を引く。
 その椅子の上にそのままぽすんと持ってきた『もの』を鞄ごと置いて、よし、と一つ頷いたところで、こんこん、と扉が叩かれた。
 驚いて振り向けば、さっきまで誰もいなかったはずの部屋の中に俺以外の人間がいて、だらりと閉じた扉にもたれている。

「何、まァた貢ぎにきたの」

 俺を見て面倒くさそうに呟く相手に、驚きに強張っていた体からふっと力を抜いた。

「はい、貢ぎに来ました。これ、よろしくお願いします」

 ぴっと椅子を指差して言いながら、椅子と机から離れて壁に向かう。

「わっ」

 そのまま手を伸ばそうとしたのに、指が触れる前に足が床に張り付いて、前に少しばかりつんのめった。
 ひんやりと冷たい感触がして足元を見やれば、何故か俺の靴が床と一体化するように凍り付いている。
 白い帯が伸びていて、それを見やれば扉の前の男へとつながっていた。
 辿って見やった先の男に眉を寄せれば、軽く頭を掻いた彼が、のそりと歩き出してこちらへ近寄ってくる。

「まァ、そうさっさと逃げなくたって、ここにあの『ナマエ』がいるなんて誰も知らねェよ。ほら、ちょっと飲みもんでも飲んでいきなさいや」

 言いつつソファを指差して、座れ、と示されてやっぱり眉を寄せたまま、ちらりと足元を見やる。

「……足が動かないんですけど」

 すぐ溶けるから、なんて無責任なことを言い放って、俺より先に大将青雉がソファに座った。







「今回もまァたド派手にやってんじゃない」

 俺が『貢いだもの』を確認後ぽいとソファの傍らに放って、がさりと青雉が開いたのは、俺が買ったのと同じ『新聞』だった。

「俺はひっそりとやりました」

 それに反論しつつ、鞄が放られたのとは反対側に座ったままで、さっき青雉に用意してもらった飲み物を飲む。
 毎回思うが、何でいつもココアなんだろう。俺をいくつだと思っているのか、聞きたいところだけど聞けない。まあ、大体青雉のせいで寒いから、温かい飲み物であるのは嬉しいところだけど。

「よく言うよ、ボルサリーノが噂の『ナマエ』が見れなかったって拗ねてたよ」

「ボル……あれ、やっぱり海軍大将がいたんですか」

 聞きなれない名前だが、それは確か大将黄猿の名前だったはずだ。
 それを確認して顔をしかめた俺に、そうそう、と青雉が頷く。

「新聞にも載ってませんでしたよ」

「大々的に海軍を連れ込みたくないってあちらさんが言うから、『プライベート』で滞在したんだと」

「へェ……海軍も大変ですね」

「おれ達を大変にさせてんのの一人だけどね、ナマエが」

 呟いた俺へ言いながら、青雉が笑う。
 なるほど、通りでレーザーが飛んでくるはずだ。防犯用にしても物騒すぎるだろうさすが金持ち、と絶叫した覚えがある。
 しかし、だとしたら派手になったのはあのレーザーの主のせいだろう。俺の『能力』は移動であって破壊じゃない。屋敷が半壊したのは確実に俺のせいじゃない。
 ううむ、と唸りつつカップの中身を半分ほど飲んだ俺の横で、青雉ががさりと新聞を閉じた。
 それから、伸びて来た手がひょいと俺の掛けているサングラスを額へと押し上げる。

「それにしても、変装下手過ぎない? 普段大丈夫なの、これで」

「いや俺、特殊メイクとか出来ないんで」

 尋ねられて返事をしつつ、押し上げられたサングラスを元の位置に戻した。
 俺が変装をしているのは、俺がいわゆる『賞金首』だからだ。
 『悪いこと』をして生計を立てているのだから当然とも言える。
 地味に上がっていく金額が恐ろしくて、最近は新聞に手配書が折り込まれているたびに冷汗が出るくらいだ。
 俺の言葉に、悪いことしてなけりゃ変装なんていらなかったのにねェ、と面倒くさそうに青雉が呟いた。

「まともに働いたって働き口くらいあっただろうに」

「俺の首に賞金が掛かってなけりゃあそうしますけどね……」

 さすがに、店主や客に金目当てに夜道で襲われた時に、平穏な生活は諦めたのである。
 今の俺は、あちこちの島を渡りつつ『泥棒』にいそしむただの犯罪者だ。
 ついでに言えば、基本的に狙うのは家主の財布という分かりやすい泥棒である。ただの一般人だった俺が、盗品を売るルートを知っているわけがないので仕方ない。
 しかしこの間のような『泥棒』を行う時は、その屋敷にあるという『お宝』を狙うのがいつものことだった。

「まァ……最初が悪かったなァ、天竜人相手だったし」

 頬杖をついてこっちを向いた青雉が寄越した言葉に、わざとじゃなかったんですよ、と返事をする。
 俺が首に賞金を掛けられた一番最初の『泥棒』の日、俺が忍び込んだ屋敷には独特の笑い声を零す変な恰好の変な奴がいた。
 随分な金持ちだろうそいつらは、胸糞悪いことに『人間』を飼っていたのである。
 俺が知っている限りでも『ワンピース』の世界にはそれを許される人種がいて、つまりその屋敷はそいつらの屋敷だった。
 他の誰もが膝をつき頭を下げて見ないふりをしていて、俺だって他に倣ってみないふりをしてしまったが、泣き叫ぶ彼女の声が耳から離れなかったので仕方ない。
 忍び込んだ先の彼女は明らかに拷問の末に殺されそうなところで、一日でも躊躇っていたら間に合わなかっただろう。




戻る | 小説ページTOPへ