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ココアひとくち (2/3)




 結局マルコに避けられたまま、俺がさらに二つほど些細な怪我をしたところで夜が来た。
 さすがにクルー達も気付いてしまったらしく、珍しいな喧嘩かと笑われて、仲直りしろよと諭されて、お前から歩み寄ってやれと背中を叩かれトレイを握らされた。
 木製のトレイには、マルコが初めて飲んだ時に頬を真っ赤にして喜んだココアが乗っている。量が少ないのは、これから夕食だからだろう。
 飲ませたら夕食を食べに食堂まで連れて来いとも言われて、それへ頷き、温かいそれを零さないように気を付けながら慎重に足を運ぶ。
 考えても考えても理由は分からないままだが、いつまで考えていても分からないものは仕方ない。
 あとはもう、直接聞いてみるしかないだろう。

「……っと、いたいた」

 そんなことを考えながら覗き込んだ広い船内の一室に、傍らに明かりの入ったランプを置いている特徴的な頭を見つけた。
 いじけたマルコが逃げ込むのは、大体においてこの倉庫だ。
 そこは変わっていないようでよかった。
 半開きだった扉を押し開くと、ぎいと蝶番が軋んで、それを聞いた金髪がびくりと震える。

「マルコ」

 呼びかけながら、俺は肘で軽く扉を押しやった。
 船の揺れに合わせて動いた扉がぱたんと閉じて、密室になった部屋の中には俺とマルコの二人きりだ。
 静かすぎる中、じっとマルコの出方を待っていると、ぐすりと鼻をすする音が聞こえた。

「……なんだ、泣いてたのか」

 どうやら、大きくなっても、マルコはまだ泣き虫のままらしい。
 少しばかり笑ってしまいながらマルコへ近付くと、別に泣いてねェよい、とマルコがとてつもなく不満げな顔をして答える。
 けれどもランプに照らされたその目が赤くなっているので、全く説得力がない。

「そうか」

 相槌を打ちながら傍らに屈みこんでトレイを置くと、膝を抱えて座り込んでいるマルコがじとりと俺を見やった。

「……何しに来たんだよい」

「これ、とどけにきた。飲むだろ?」

「………………飲む」

 言いつつトレイの上のマグカップを指差せば、頷いたマルコの手がマグカップを捕まえる。
 それをずりずりと引きずるように自分の方へと引き寄せてから、マルコはもう一度こちらを見た。

「………………それで、ナマエは何しに来たんだよい」

 さっきとほとんど同じ問いかけに、俺はぱちりと瞬きをする。
 俺の顔を見て不機嫌そうになったマルコが、用もないならさっさと出ていけ、と小さな声で唸った。
 声が少しばかりかすれているのは、こんな場所で一人泣いていたからだろうか。
 ランプの頼りない明かりに照らされた倉庫で膝を抱えていたマルコを想像して、少しばかりマルコに体を寄せる。
 近寄った俺を見やって、両手でマグカップを持ち上げたマルコが少しばかり身を引いた。

「マルコ、何でおこってるんだ?」

 単刀直入に、とりあえずそう尋ねる。
 マルコに正面から『キライ』だと言われてから、ずっと考えてみたのだが、何で怒ったのかが全く分からないのだ。
 とりあえず謝ってしまえばいいのかと思ったが、マルコはきっとそれじゃあ許してはくれないだろう。未来の一番隊隊長は案外頑固だ。
 俺の問いかけに、マルコが眉間に皺を寄せる。

「……分かってて、ここ来たんじゃなかったのかよい」

「けっこう考えたけど、分からないんだ」

 聞かれてそう答えながら、俺はじっと目の前の顔を見つめた。
 ダメなところは直すから何に怒ったのか教えてくれ、と続けると、マルコは顔をしかめた。
 その両手が、しっかりとマグカップを握りしめる。
 ある程度冷めていたとは言え、まだ熱いんじゃないだろうか。
 降ろすように言った方がいいのかとそちらをちらりと見やった俺の横で、マルコがそっと口を動かした。

「…………ナマエは、わけわかんねェよい」

「え?」

 ぽつりと落ちた言葉に、俺は思わず視線をマルコの顔へ戻した。
 俺の方をちらりと見てから、すぐに目を伏せて、マルコがさらに言葉を落とす。

「隊長たちがいってたよい。ナマエはすごいって」

 放たれた声は、随分と小さかった。
 それが紡いだ俺自身への評価に、ぱちりと瞬きをする。



 


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