ココアひとくち (1/3)
※名無しオリキャラ(船医)捏造注意
溺れて死んだ筈がどうしてか『知っている』異世界で子供の体になって落ちていた俺は、それなりに色々とあった結果、一人の子供に遭遇して自分の進路を決定した。
少しばかり反社会的ではあるが、身を守る術もない身としてはまあ上出来の選択だったと思う。
俺が見つけて、あの日檻から連れ出した『子供』は、その名前と見た目と言葉遣いからして、誰がどう考えたっていずれ『不死鳥マルコ』となるべき存在だった。
そうでなくたって助けたに決まっているが、その未来が分かっているのだからこれ以上の安全圏は無いと思って、子供の体で白ひげ海賊団を探したのはそれに気付いてすぐのことだ。意外と近くにいて助かった。
『海賊』を進路希望にした今の俺の目下の目的は、いつかあの日の子供が『白ひげ海賊団一番隊隊長』となる日を、この目で見届けることだ。
「ナマエなんて、だいっキライだよい!」
だというのに、出合い頭に正面切って怒鳴られて、叩きつけられたその言葉に、俺はその場に立ち尽くした。
目の前に佇んだマルコが、こちらをぎろりと睨みつけている。
はて、どうしてマルコはこんなにも怒っているのだろうか。
「……マルコ?」
訳が分からず見つめる俺を見て、ぎ、とマルコが歯を食いしばった。
「……おれは、ガキじゃねェよい!」
きっぱりと言葉を放たれて、ぱちりと瞬きをする。
俺の顔に戸惑いが浮かんでいることなど分かりきったことで、俺の顔を見て答えを受け取ったマルコが、ぷいとこちらから顔を逸らした。
そのままどすどすと歩いて行かれて、小さな背中をひとまず見送る。
マルコは大きくなった。
よく走り回っては転んで泣いていたのに、ここのところは転ばなくなったし、最近は自分のことを『マル』と呼ばなくなって、誰かの真似をしたように『おれ』と言うようになった。きっとマルコが憧れる我らが船長のせいだろう。
小さなマルコが寝起きに泣くのは怖い夢を見たからで、食事を難しい顔で食べていたのはそれが苦くて食べづらかったからで、甲板で嬉しそうにしていたのは誰かに構われて嬉しかったから。
夜眠るときに不安そうな顔をして近寄ってきていたのは、一人で眠るのが怖かったからだ。
泣き虫なマルコは俺によくくっついて歩いていたから、俺はマルコのことを大体知っている筈だった。
けれどもそれは、もう随分と前のこととなってしまっていたらしい。
困惑しながら首を傾げて、マルコが見えなくなった通路を眺める。
反抗期だろうか。
少しそんなことを考えてみるが、なんだか今一つしっくりこない。がむしゃらに反抗するにしたって、きっかけというのは必要だろう。
さっきのマルコは、明らかに何かに対して怒っていた。
けれど、それはどうしてだ。
「…………キライって」
投げつけられた言葉が、ぐるりと頭の中を回る。
マルコのことが分からないなんて、初めてのことかもしれない。
※
俺の与り知らぬところで何かに怒っているマルコの姿を見ないまま、昼食時間も過ぎて午後になった。
午前中からこれまでの時間で、マルコの姿を見かけもしないのは初めてだ。
いくら船内は広いとはいえ、これは明らかに避けられている。
つまり、マルコが本気で怒っているということだ。
しかし、一体何に怒っていると言うんだろうか。
結構な時間が経つというのに、それすら分からないままだ。
「……お前、今日何回目だ?」
モビーディック号の医務室で、呆れた顔をした船医が、そんな風に言いながらばちりと俺の右手を叩いた。
ガーゼの上からとは言え攻撃されて、いっ、と短く悲鳴を上げる。
その下の傷は、荷物を運んだ棚の端から飛び出していた釘でひっかいたものだ。
いつもならそういうものが無いか確認しながら動くし、マルコといっしょの時はさらに気を付けるようにしていたというのに、どうしてか今日に限って怪我をした。
ついでに言えば麻縄に足を取られて膝にも軽い打撲を受けたし、左手で思い切り掴んでしまった刃物で指もちょっと切った。転んだ時に荒れた床板で擦った頬にもかすり傷がある。
「えっと……四か所めで、ここへ来たのは三回め?」
「そういうことを聞いているんじゃない」
問われたことに答えたのに、どうしてか理不尽にも頭を叩かれた。
痛いとそれへ悲鳴を上げて、両手で頭を抑える。
俺を見下ろして面倒くさそうにため息を吐いた船医が、それからちらりと俺の周りを見回した。
何かを確認するようにして、それから首が傾げられる。
「いつもならもう少し騒がしいはずだが……マルコはどうした?」
そうして問われて、相手を見上げながら俺も首を傾げた。
どうしたと聞かれたって、マルコが俺を避けている原因なんて俺にはまったく分からない。
俺の反応を見下ろした船医が、少しばかり眉を動かした。
何かを考えるようにしてから、なるほど、と小さく声が落ちる。
「ついにマルコも反抗期か」
「ちがうと思う」
放たれた言葉に、俺は即座に否定した。
しかし俺の言葉など聞いていないらしい船医は、そうかそうかと頷いてから、ちらりと俺の後方を見やる。
何かを目視しているそれに気付いて後ろを見やろうとしたのに、伸びてきた手にがしりと頭を掴まれてそれを阻まれた。さっき叩かれた患部を思い切り圧迫されていて痛い。
「い、たたた、た……!」
「まァしかし、いつまでも一緒にいられるわけじゃないんだ、そろそろひとりでやっていけるようにしねェとなァ」
悲鳴を上げた俺に構わず、そんな風に言い放った船医が、ぱっと手を離す。
思わず体をのけぞらせて、船医との距離を開いてから、俺は痛みで若干潤んだ瞳を目の前の大人へ向けた。
体に白ひげのマークを入れている白ひげ海賊団の一員たる船医は、何故か少し楽しそうに俺を見下ろしている。
一体何なんだ、とその顔を見上げてから、俺は先ほど船医が見やっていた方向を振り返った。
けれども、俺の後ろには通路へ続く医務室の扉があるだけで、当然ながらそこには誰もいない。
俺の閉め方が悪かったのか、さっき閉じた筈の扉が少し空いて隙間から通路が見えるが、それだけだ。
「…………?」
よく分からずもう一度首を傾げて、それから正面へ顔を戻した俺を前に、はっはっは! と船医が笑った。
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