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10.X(1/3)
※半分が子ドレークにつき捏造注意?
※作成:767話掲載以前





 明晰夢を見たのは初めてだった。
 何で夢だと思ったのかなんて簡単な話だ。
 確かに俺はベッドで寝たはずなのに、路地に倒れているなんてことが日常的に起きるはずが無い。
 そして、往来を歩く人々の髪色は明るいし、同僚や友達に『大きい』と言われやすい体格の俺が見上げるような人間が普通に歩いていて、時々どう見ても『人間』ではない姿かたちの人間も混ざっていた。
 所々で出ている店での食べ物や商品は見たことのないものが多い。
 書かれている文字は英語で、夢の中なんだから日本語に変わればいいのにと念じてみたが、どうやら頑固らしい俺の脳みそはそのあたりの融通をきかせてはくれないようだった。
 観光客のように物珍しげな顔をしているだろう俺を相手に、見覚えのない顔の店主たちが客引きをしてくる。
 それをどうにか断りながら歩いて、そうして見えてきた建物とそれが掲げた旗に、俺は足を止めて瞬きをした。
 どう目を凝らしてみても、その旗のマークは変わらない。

「……はー……漫画の読みすぎってやつか」

 思わず呟いてしまったのは、そこにあった旗が『漫画』で見たことのあるものだったからだ。
 建物の、あのカモメだかМだかをもじったようなマークも知っている。
 そこまで考えて改めて周囲を見回せば、さっきまでは気にならなかった水兵のような恰好をした人物達が、あっちこっちを歩いている。
 あれは、海兵だ。
 なぜか俺の知らない顔ばかりだが、俺の夢は随分と『ワンピース』という漫画に支配されているらしい。確かに時々コミックスは買っているが、そんなにはまっていただろうか。
 どうせなら海賊達の方が出てきたらよかったのに、と考えてみるが、周りの状況に変化はない。
 まあ、せっかくだから少しは堪能しておこう。
 そう考えて、俺はごそりとポケットを探った。
 買い物をするにしても、金が無ければ無理だと分かっているからだ。
 折角の夢だから湧いて出てくるかと思ったが、俺の手に触れたのは、いつもポケットに入れっぱなしにしている旧式の携帯が一つだけだった。
 ぱかりと開いてみて、随分とリアルな感触に瞬きをする。

「あ、電波ねェ」

 さすがに夢の中では使えないらしい。
 電池はフルなのに、と少し笑ってから携帯を閉じて、改めて周囲を確認する。
 そして道の端に都合よく質屋のような店が構えられていると気が付いて、俺はそちらへ足を向けた。
 少し目つきの悪い店主が、近寄ってきた俺をじろりと見やる。
 もっと愛想よくできないんだろうか。
 そう思って見つめてみても、店主の態度は変わらない。
 俺の夢なのに、全く思い通りにならないのは何故だろう。
 融通の利かない自分にため息を吐きたくなりながら、持っていた携帯を相手へ差し出す。

「これ、買い取ってくれないか?」

 そう尋ねてから携帯を開くと、どうしてか店主が目を丸くした。
 その手が俺から携帯を受け取って、自分で開けたり閉めたりし始め、いくつかのボタンをぽちぽちと押す。
 そのたびに画面が変わっていくのを見て、店主はさらに見開いた。
 これは何だと聞かれて『携帯だ』と答えてみるが、さすがに『ワンピース』の世界らしいこの夢の国ではそれも通じないらしい。
 けーたい、と何とも可愛らしい発音を零した年配の店主が、それからやや置いて足元から袋を取り出す。
 大きい袋からわしづかみにした札束をぽんと目の前に置かれて、今度は俺が目を瞬かせた。
 どう見ても札束だ。少ししわくちゃだが、それぞれゼロが四つ並んでいる。単位はやっぱりベリーらしい。それが束で一つということは、つまり日本円にすると百万円か。

「いや、あの……」

 その携帯は、そんなにはしないと思うんだが。
 そう思って何かを言おうとしたら、俺を見やって舌打ちをした店主が、更にもう一つの札束を重ねてくる。
 倍に増えた買値に、俺はますます困惑した。
 店主の手が置いた札束を捕まえて、俺の方へとそれを押し付けてくる。
 手渡されて思わず受け取ると、俺の体をぐいと追いやった店主が、今度は犬か猫を追い払うような動きをした。
 さっさと行けとまで言われて、とりあえず手に札束を持ったまま、俺は店主から離れる。
 そのまま数歩歩いて、もう一度自分の手元を見下ろした俺は、ああそうか、と声を漏らしてそれを片方ずつジーンズのポケットへ突っ込んだ。

「夢ってのはご都合主義なもんだよな……」

 それならポケットからさっさと湧いて来ればよかったのに、俺の頭は変なところで現実主義なようだ。
 けれどもとりあえず、これで軍資金はできた。
 後は携帯のアラームで目を覚ますまで、この世界を満喫していることにしよう。
 そう決めて、さっそくにぎわっている方面へと足を運ぶ。
 美味しそうな食べ物をいくつも売っている店があったが、まずは鞄と服だろう。ただの夢の中であることは分かっていても、さすがに寝巻のくたびれたシャツのままで歩くのはちょっと恥ずかしい気がする。
 入り込んだ店は、どうやら海兵達の物を多く取り扱っている店らしい。
 道端で見かけた水兵の格好に似たシャツを着たマネキンを見やって、夢の世界ならこういうのを着てもコスプレとかいうのにはならないか、なんて考えて値札を確認した視界の端に、ひょこりと何かが動いたのがよぎる。

「……ん?」

 何となく気になってそちらを見やると、高いところに置かれた帽子類をじっと眺める子供の背中が見えた。
 ひょこひょこと動いているのは、どうやら少し揺れているあの子の頭だったようだ。
 とてつもなく小さいと言うわけではないが、どう見たって小学生以下である。
 思わずきょろりと周囲を見回してみるが、親や保護者らしい人物は見当たらない。
 こんな世界で、あんな小さな子供が一人でうろうろしていて大丈夫なんだろうか。
 さっきあったのは海軍の支部だかみたいな建物だったし、ちゃんとした物語の『ワンピース』とは違う俺の頭の中の世界なんだから平和そのものかもしれないが、何だか気になって、そっと子供に近寄る。
 俺の膝くらいしか背の無い子供は、近づいた俺に気付いた様子もなく熱心に帽子を見上げていた。
 何がそんなに楽しいのかと同じものを見てみるが、そこに並んでいるのはどう見ても、ただの海軍マークが入った帽子だ。よく一般海兵がかぶっているあれだ。
 なのにどうしてそんなにこれを見上げているのだろうかと首を傾げてから、俺はそっとその場に屈みこんだ。
 俺は図体がでかいので、小さな子供にはビビられやすいのだ。
 さすがに自分の夢の中までそんなことは無いと思いたいが、万が一夢の中でまで子供に泣かれたら、起きた時に落ち込むことは請け合いである。それは避けたい。



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