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犬も食わぬ (1/2)
※マルコが一番大好きな主人公は何気にトリップ系主人公(無知識)
※ほぼサッチ



 俺が『海賊』に拾われたのは、もう何年も前の話だ。
 どう考えても日本じゃない場所に紛れ込んでしまって、帰り方も分からなくて絶望感に苛まれていた俺を助けてくれた『白ひげ海賊団』は、いわば俺の第二の家族だった。

「サッチ」

 そのうちの一人が前方を歩いていると気付いて、少し声を張ってその名前を呼ぶ。
 港町の喧騒の最中でも俺の声はその耳に届いたのか、反応した彼はくるりとこちらを振り向いた。

「お、ナマエか」

 明るく笑ってそんな風に言いながら足を止めた相手へ、歩みを速めて近付く。
 久しぶりの陸を満喫しているらしいサッチは手ぶらで、買い物か、と尋ねたその目は俺が持っている紙袋を見ていた。

「……そういや、この間あの鞄が破れたとか言ってたっけか。買っちまったのか?」

「? いや」

 後半をどうしてか恐る恐ると寄越されて、すぐに首を横に振る。
 サッチの言う『あの鞄』というのは、俺がこの世界へやって来た時に持っていた、俺がこの世界の人間ではないと証明する荷物が詰まっていたただ一つの通勤鞄だ。
 大事に扱っていたけど、何年も海の上にあると劣化が激しく、持ち手の金具がさびて割れて、布地まで破れてしまった。
 元々使っていたものではないから生活には支障がないし、壊れた様子を見るのが寂しくて、今はクローゼット奥の箱にしまってある。

「あの鞄以外じゃ意味ないから、買ってないよ」

 この世界で『似た物』を買ったって、それは俺のあの鞄にはなりえないのだ。
 俺の言葉を聞き、そうか、と声を漏らしたサッチは、どうしてかどことなく安心したような顔をしながら、更に言葉を重ねてきた。

「それじゃ、何買ったんだ?」

 そうして寄越された問いかけに、手元の袋を開く。
 中から掴みだした酒瓶を『ほら』と見せると、俺の手元へ視線をやったサッチの目が軽く瞬きをした。

「……酒? うわ、かなり強ェ奴じゃねェか。しかもめちゃくちゃ高い奴」

 お前こんなの飲まないだろう、とサッチが言うのは、俺が船での酒盛りで弱い酒ばかり舐めていることを知っているからだろう。
 サッチの言う通り、俺が購入したそれは、恐ろしくアルコールの強い酒だった。
 わざわざ店主に『一番強いもの』を訊ねてから買ったのだ、間違いない。
 値段も随分して、今日持ち出して来た有り金は殆ど無くなってしまった。まあ、元より買いたいものなんてそんなに浮かばなかったから問題はない。

「マルコに買ってきた」

「マルコに?」

「最近、マルコの様子がおかしいだろ?」

 袋の中へ酒瓶を戻しながら俺がそう言うと、そうか? とサッチが首を傾げる。
 どことなく不思議そうなその顔に、そうだ、と大きく頷いた。
 『マルコ』というのは、俺を拾い、『白ひげ海賊団』へと連れて行ってくれた海賊の名前だ。
 行くあてもない、帰り方も分からないと情けなく泣いた俺に『男が泣くなよい』と呆れた声を出して、それでも俺が涙を止めるまで待ってくれた。
 『行くあてがないなら』と、俺を安全の島まで連れて行ってくれようとした。
 島へ降りてただの一般人となる筈だった体でもう一度『白ひげ海賊団』の元を訪れたのは俺の方だ。
 受け入れてくれた『オヤジ』も、新しい『家族』達もみんな優しくて、それでも多分俺が『海賊』になると選択をした一番の理由は、そこにマルコがいたからだった。
 『好きだ』と言った俺に『勘違いじゃねェのかい』とマルコは呆れた顔をしたけど、何度も言ううちに分かってくれて、何と素晴らしいことに今は俺の『恋人』となってくれている。
 マルコのことを考えて宣言はしなかったけど、どうにもバレバレだったのか、サッチ達は俺達のその成り行きを知っているようである。
 もしかしたら、マルコが少しくらいは話してくれたりしているのかもしれない。

「ここ一週間くらい、いつもより部屋に戻るのが遅いし、寝るのも遅いんだ。だけど起きるのは早くて、俺が起きるといつもいない」

 二人部屋での孤独を思い出して眉を寄せながら俺が言うと、へえ、とサッチが声を零す。
 記憶をさらうように少し目を逸らした相手を見上げて、俺は更に言葉を重ねた。

「少し探してみたけど、作業の合間の休憩時間も『どこか』に行ってるみたいで、全然見つからない。後をつけて見てもすぐに見失うんだ」

 小さな船だったらそんなことあり得る筈もないのかもしれないが、モビーディック号は本当に大きな船だった。
 通路の角からマルコの背中を見ていた筈なのに、誰かに呼び止められて目を離した隙に見失ったのも、すでに片手の指の数を超えている。
 そのうちの一回は目の前の彼だった、と見上げると、同じことを思い出したらしいサッチが、ああそういや、と声を漏らした。

「この間おれが声かけた時人のこと押しのけて行こうとしたよな。駄目だぜナマエ、サッチ傷付いちゃった」

「あれはサッチが悪い。社会人として、『今お時間よろしいですか』の一言は必要だ」

 海賊に説いてもいいものなのかは分からないが、そこは大事だろうときっぱり言うと、真面目ちゃんかよとサッチが笑う。
 明るいその顔はいつものサッチで、じっと見つめた後でそちらから目を逸らすように伏せながら、そっと言葉を吐き出した。

「……直接、『どうしたんだ』と聞いてみても教えてくれない」

 それどころか、今日は一緒に船を降りるのすら断られてしまった。
 久しぶりに二人で出かけられると思っただけに、残念だ。
 この島のログは一週間ほどで溜まると言うし、明日なら、と言ってくれたからまだ良かったものの、そうでなかったら俺はどうしようもなく落ち込んでいたと思う。
 俺の言葉を聞いてか、サッチの手が慰めるように俺の肩を叩いた。
 よしよし、と宥めるような声を出されて視線を向けると、軽く眉を下げて笑ったサッチが、それで、と口を動かす。

「なんで酒なんだ?」

 マルコは酔っても口の軽くなる奴じゃねェだろ、と続く言葉に、そうだけど、と頷いた。

「無理やり聞き出しても仕方ないし、それはいいんだ」

 そう言いながら、脳裏に浮かんだのは数時間前、俺を送り出したマルコの顔だ。

「でも、最近目の下に軽く隈も出来てたし……時々疲れた顔をしてるから」

 酔い潰したら眠ってくれるんじゃないかと思うんだ、と続けると、見やった先のサッチが不思議そうに瞬きをした。
 それからその首が傾げられて、睡眠薬じゃダメなのかそれ、と言葉を寄越される。
 それは確かに俺も考えたが、薬なんてどうやってマルコに飲ませたらいいのか全く分からない。さすがに飲み物や食事に異物を混入するのは駄目だろう。犯罪だ。

「副作用が怖いし」

「酒にだって二日酔いがあるだろ」

「俺が責任をもって看病する」

 気持ち悪い思いをさせてしまったら申し訳ないが、たまにやってるから問題ないと胸を張ると、しばし俺の顔を見下ろしたサッチが、はあ、とため息を零した。

「……仕方ねェな……」

 そんな風に言葉を零してから、軽く触れていたその手がしっかりと俺の肩を掴む。
 ぐい、と引っ張られて驚きの声を漏らした俺を気にせず、サッチは俺を連行するようにして歩き出した。

「サ、サッチ?」

「よしナマエ、付き合え」

 荷物を落とさないよう抱きしめながら声を上げた俺に、サッチがちらりと視線を向ける。

「マルコが可哀想なことになんねえよう、つまみ作ってやるから」

 お前は荷物持ちな、なんて言い放ち、にやりと笑った相手の傍らで、一度、二度と目を瞬かせる。
 なるほど確かに、つまみがあるなら酒も飲みやすいだろう。
 分かったと頷くと、ありゃ、とサッチが拍子抜けしたような声を漏らした。

「……『俺よりサッチの方が力があるのに、どうして俺が荷物持ちなんだ』とか、言わねえの?」

 船で雑用を頼もうとするとよくそう言って断るだろ、と続いた言葉に、そんなに断っていただろうか、と少しだけ考えた。
 しかし俺は一番隊のクルーで、サッチにそう言って断るのは大体マルコと一緒にいる時だ。
 サッチ達の弟分である俺が断るのは生意気かもしれないが、マルコも俺の味方だったから問題はなかっただろう、と思い直して、軽く肩を竦めた。

「マルコの為ならなんだってやる」

「わー、ナマエくん破廉恥」

「何でだ」

 意味不明の詰りを受けて反論してみたが、サッチは妙に楽しそうに笑っているだけだった。







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