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デートの誘いはまた今度
※このネタから作家主人公
※映画→舞台へ変更しました。




 ウォーターセブンの今をときめく有名作家と言えば、ナマエのことだ。
 ある日突然デビューした彼は、今まで誰も聞いたことが無いような物語をいくつも生み出して、ウォーターセブンの人々を楽しませた。
 童話から冒険小説、ファンタジー、推理小説に至るまで、ナマエの書いた本が売れるのはいつものことだ。
 特に今回初めて出した恋愛物語は今まで以上の大ヒットで、書籍は舞台化までしたらしい。
 アイスバーグがそれを知ったのは、市長としての雑務の最中、舞台公演に合わせた大型広告の掲示を申請する書類を確認したからだ。
 これはいい口実が出来たと、その日のうちにナマエへ連絡をとって、祝い酒を飲む約束をした。
 理由が無ければ誘えない自分の臆病さには笑えるが、相手をただの友人とは思っていないのだから、その距離感の掴み方にも真剣になるというものだ。

「ああそうだ、アイスバーグ」

 首尾よくいつものように酒を飲み交わして、店を出ても少し飲み足りないからとアイスバーグの家までついてきたナマエは、慣れた様子でソファに座ってから、ふと思い出したようにアイスバーグの名を呼んだ。
 何だと視線を向けたアイスバーグの前に、ぴらりと二枚のチケットが晒される。

「良かったら、これいらないか?」

 そう告げた彼が手に持っているのは、アイスバーグがナマエを酒へ誘う口実にもした公演のチケットだった。
 書かれている席からして、VIP席のようだ。

「是非とも見に行ってくださいって言われたんだけど、俺、そういうの恥ずかしいし、無駄にするのも勿体無いから」

 言って笑ったナマエが、そっとアイスバーグへチケットを押し付ける。
 アイスバーグが知る限り、どちらかといえば恥ずかしがりやの分類に入るナマエは、表立っての広報活動を全くしない。
 書籍には一枚の写真だって載っていないし、使っているペンネームはもちろん本名ではない。
 サイン会だってしたとは聞いたことが無いし、これだけ売れている本を出しても普通に道を歩いている様子からして、恐らく出版社の人間以外はナマエの顔すら知らないのだろう。
 アイスバーグからすればよく分からない感覚だが、恥ずかしいと言って少しばかりはにかむナマエの顔を見るのは嫌いではなかったので、そこを言及したことはなかった。
 どうやら、自分が書いた本を元をした舞台を見ることも、ナマエの中では『恥ずかしい』ことに入るらしい。

「ンマー……一人じゃ無理でも、誰かを誘えば平気なんじゃねェか?」

 とりあえず渡されたチケット二枚を持ちながら、アイスバーグはそう提案した。
 そうかな、と首を傾げたナマエが、アイスバーグの少しの期待に満ちた視線には気付かずに、すぐさま首を横に振る。

「恋愛物の舞台に付き合ってくれそうな相手なんていないし。俺も、そういうのはあんまり見ないしな」

「………………そうか」

 きっぱりはっきりと寄越された言葉に、アイスバーグは落胆を隠して頷いた。
 からんとグラスの中の氷が落ちて、それに気付いたナマエがアイスバーグのグラスへ酒を注ぐ。
 薄い琥珀色の液体がグラスの中を満たして、ゆるりと氷を溶かした。

「アイスバーグこそ、誰か誘ったらいいじゃないか。ほら、前言ってた片思いの相手とかさ。恋愛物の舞台に誘ったら、少しはアピールになるんじゃないか?」

 ことんと音を立ててボトルを置いたナマエが、そんな残酷なことを言う。
 ナマエは、アイスバーグが誰を好きなのかをまるで理解していない。
 もちろん、もしも理解していたら、こうも無防備にアイスバーグの家まで来ることは無いだろう。
 もしかしたら、今のように近い距離で会話をすることも、それどころか一緒に食事をしたり酒を飲んだりすることも、道端で出会ったときに挨拶をしたりすることも出来なくなるかもしれない。
 そんな風に考えたら、当然ながらアイスバーグに自分の想いを告げることが出来るわけはなかった。
 最初に友人関係を築いてしまったのが悪かったのだと、アイスバーグは常々思っている。
 下手に友達になどなってしまったから、今の関係を壊すのが恐ろしくなってしまった。
 もしも一目会ったときに自覚していたら、驚かれたり戸惑われたり嫌がられたりしたとしても、最初からアピールしていけただろうに。

「…………残念だが、向こうは恋愛物の舞台には興味がねェそうだ」

「へェ……ああでも、そうかも」

「ん?」

「ああいや、こっちの話」

 不思議な発言をしたナマエへグラスの中身を舐めて首を傾げたアイスバーグに、ナマエは首を横に振った。
 その手が自分のグラスを持って、中身をちびりと舐める。
 どうやらそのグラスを飲み終わったら、今日はお開きになりそうだ。
 ナマエの様子にそう判断したアイスバーグは、ナマエから渡されたチケットをそっとテーブルの上へ置いて、先ほどキッチンから運んだチーズを一つ摘んだ。

「あー……それじゃあ」

 その様子を見るともなしに眺めていたナマエが、何かを思いついたように口を動かす。

「アイスバーグが誰も誘えなかったら、俺と一緒に見に行こうか」

 放られたその言葉に、アイスバーグはぱちりと少しばかり瞬きをした。
 その頭が軽く傾いで、先ほどの自分の発言を撤回しているように思える目の前の相手をじっと見つめる。

「……恥ずかしいって言ってたのにか」

「そりゃ恥ずかしいよ。自分が書いたものが他の人に朗読されてるようなもんだから。でも、ほら、アイスバーグが付き合ってくれるなら少しは気もまぎれるだろうし」

 チケットを無駄にするのは勿体無いから、とまたしても紡ぐナマエは、そういえば少しばかり貧乏性だ。
 食べられなくなると勿体無いから、と言ってアイスバーグへ余った手料理を振舞ってくれたこともある。
 一流の料理人とまでは言わないが、温かみのある家庭料理は懐かしい味を持っていた。
 アイスバーグの家のキッチンで料理を温めるナマエを見やって、二人で暮らしたらこんな感じだろうかとアイスバーグが妄想してしまったことは一生の秘密だ。

「まあでも、アイスバーグが誰も誘えないなんてことはないだろうけどな」

 保険だとでも思っててくれよ、と酔ったナマエが笑う。
 いつもより更に警戒心のないその笑顔を眺めて、アイスバーグの口にも同じように笑みが浮かんだ。

「ンマー、分かった、覚えとこう」

 そんな風に答えながらも、市長がチケットを期限ぎりぎりまで隠しておこうと決意してしまったのは、まあ仕方の無いことだろう。



end


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