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どうやらここはアラバスタで、俺が知っている『ワンピース』で言うところの『アラバスタ編』がまだ始まっていないらしい。
そう判断した俺は、クロコダイルの質問に中途半端な答え方をした。
だってそうだろう、『アラバスタ編』を知っているなんてことを話したら、多分確実に殺される。ついでにあの時プルトンのことを話さなかったロビンもここで殺されるかもしれない。俺の巻き添えとか申し訳ないにも程がある。
俺は『違う世界』から来て、この世界のことを書かれていた本を読んだから『クロコダイル』や『ニコ・ロビン』を知っている。
だけど、それはもっとずっとずっと未来だけの話だ。
そして本当にそれはその本の一部で、あんまり覚えていない。
そういうことにしておこう。
「……それで、てめェはおれがどうして投獄されていたかは知らねェと?」
「は、はい」
「私がイーストブルーで橋作りをさせられている、なんていうのも本当なのかしら?」
「は……はい」
ベッドから引き摺り下ろされて、とりあえず床に座った俺の前で、改めて砂で引き寄せたソファに座ったクロコダイルが俺をじとりと見下ろしている。
なんとも恐ろしい顔だ。人の一人や二人殺していそうだ。いや、確か一人や二人どころでなく殺してたか。
ロビンは俺を興味深そうに見下ろしていて、その目がちらりとクロコダイルを見やった。
「どうするの? サー」
「あァ……そうだな、こいつの話は非現実的だ」
そんな風に呟いて、クロコダイルが俺へ向かって思い切り葉巻の煙を吹きかける。
ごほごほ咳き込みつつそれを受け止めて、ふと床を見やった俺は、何となく見た先に切れ目を見つけてしまった。
これは、もしやよくあるぱかっと開くアレだろうか。
落ちた先にはバナナワニが居て食われたりするんだろうか。
ミスター3じゃあるまいし、俺では確実に助かる要素が無い。
ぶわりと汗を滲ませつつ、とりあえずこの場を移動できないかと体を少しずらしてみる。
けれども俺のもくろみは、組んでいた足をだんっと大きく音を立てて降ろしたクロコダイルの行動によって引き止められた。
顔を上げれば、両足を下ろして少し前傾になったクロコダイルが、その目で俺を眺めている。怖い。
「だが、こいつがニコ・ロビン、お前を知っていたのは事実だ」
「ええ、そうね」
「あんな格好で砂漠越えをするなんざ正気の沙汰じゃねェ。着ていた服の布も見たことがねェ。だとすれば、その『チガウセカイ』から来たってェ話はある程度『そう』だと理解してやってもいい」
ここはグランドラインだからな、と呟いたクロコダイルの目は、まだしっかりとこっちを見たままだ。
とても怖いんだが、目を逸らすとその左手のものでざっくりやられそうで目を逸らすこともできない。鉤爪は痛い。絶対に痛い。
「おい、てめェ、名前は?」
「えっ、あ、はい、ナマエです……」
「よし。てめェ、他に覚えていることは無ェのか?」
人に名前を聞いておいて呼ばないのはどういうことだ。
その上でそう尋ねられて、俺は首を横に振った。
これ以上話すと、クロコダイルが投獄された後白ひげ海賊団のエースを助けに行ったとかロビンが一時期革命軍に居たとかそういう話をしなけりゃいけない。無理だ。
そうか、と頷いたクロコダイルは、それから少し考えるような仕草をしてからその右手をこちらへと伸ばしてきた。
何だ、と思っている間に俺の頭が掴まれて、ぐいと引っ張られる。
「てめェを信用するつもりはねェが、面白い話だ。何か他に思い出したことがあったら話して聞かせろ」
「え……」
「行くあてがねェんだろう? おれがここで雇ってやる。……ただし、おれ達に不都合なことを口外したり、逃げ出そうとしたら」
言葉と共にその右手にぐっと力を入れられて、俺は急速に自分の体が乾いていくのを自覚した。
「ッ!」
驚いてもがけば、クハハハハと笑ったクロコダイルが俺を床に放る。
さっきのカートがロビンの能力で引き寄せられて、思い切り体の上に水差しの水を掛けられた。
口に入り込んだわずかな水を飲み込んで、水分の足りない体にはありがたすぎるそれに感謝しつつ起き上がれば、椅子に座ったままのクロコダイルが笑って俺を見下ろしていた。
「干乾びた後はバナナワニの餌だ。分かったな? ナマエ」
そんな風に囁かれて、了解しました分かりましたと頷かない奴がいるだろうか。いや、いない。
こくこく必死に頷いた俺を見やって満足そうな顔をしたクロコダイルの横で、珍しいわね、とよく分からないことを言ってロビンが笑っていた。
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