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案外お気に入り


 見渡す限り、砂、砂、砂。
 気温も半端無いし、影に居るのに焦げるか溶けるかして死にそうだ。
 夜の間に必死こいて歩いてみても、朝になって昼になって夕方になっても、どこまで行っても終わりが無いように思える。
 やっぱり、ここは砂漠という奴なんだろうか。

「……いみ、わかんね……」

 ぼんやりしながら呟いて、生暖かい岩壁にもたれかかる。
 何で俺はここにいるんだろうか。
 全くもって、わけが分からなかった。
 昨日は、いつも通り学校に行ってたはずだ。
 バイトも終わらせて、家に帰って、飯を食べて風呂にも入って、さて寝ようと部屋へ入った。
 なのに、踏み出した俺の足が踏んだのはフローリングじゃなくて砂だった。
 驚いて後ずさったのに後ろにはもうその時歩いてきたはずの廊下なんて無くて、辺りを見回しても砂丘が広がるばかりだ。
 よく分からないが夢だろうかと思いつつちょっと休んだり歩いたりしてみたけど、目も覚めない。
 朝から水も飲んでいないのに、この暑さですっかり喉は渇いてしまった。
 この分だと、早晩干からびて死ぬに違いない。
 死にたくないなァ、なんて漠然と考えながら、現実から逃避しようと目を閉じる。
 この苦しい状況は夢で、ぱちりと目を開けたらちょっと寝坊したいつもの朝だったらいいのに。
 そんな風に考えたって、口に入る砂の不味さも乾いた熱風の煩わしさも、何一つ変化は無い。
 ぼうっとしながら岩陰に座ったままでいると、不意に何かが俺の傍にとすりと落ちた。岩だろうか。砂だろうか。

「あら……サー、遭難者みたいよ」

 何処かで聞いたことのあるような声が聞こえて、うっすらと目を開く。
 ゆっくりと見上げた先には、俺の常識ではあまり考えられない大きさの鰐と、そのすぐ傍に佇んだ女の人がいた。
 何処かで見たことある顔だ。
 そんな風に思いながら、暑さのあまり白んでいく頭の中をかき回して、必死になって該当者を検索する。

「………………ロビン?」

 何で漫画のキャラクターが見えるんだ。
 何だ幻か、と判断してもう一度目を閉じた俺は、そのまま意識を失った。







 目を覚ましたとき、そこは随分涼しい室内だった。
 ひんやりとした空気に目を瞬かせてから起き上がって、体中を覆う包帯にもう一度瞬きをする。
 指まで一本一本丁寧に包帯が巻かれて、まるでミイラ男みたいだ。

「……これ、」

「目が覚めたみたいね」

 何だ、と呟こうとした俺を遮ったのは、部屋の向こう側から響いた声だった。
 視線を向ければ、大きな椅子に座った誰かの横に、日本人ではありえそうにないスタイルの女の人が佇んでいた。
 俺のところには明かりがあるものの、そこまでは光が届いておらず、二人は殆ど影しか見えない。とりあえず、ちらちらと白い煙が見えるから、椅子に座っているほうはタバコを吸っているに違いない。

「あの……」

「貴方、あんな格好で砂漠越えしようだなんて、命知らずにも程があるわ。全身火傷だらけだったのよ?」

 そんな風に声を掛けられて、どうやらこの包帯は手当てらしい、と俺は把握した。
 確かに、俺は寝巻き姿で砂漠をさ迷っていたのだから、そんな風になっていたって仕方がないかもしれない。
 向こうの口ぶりからすると、どうやら俺は助けてもらったらしい。
 何となく声を聞いたことがあるような気はするが、俺は今のところ相手の顔も名前も分からない。
 向こうからしたって見ず知らずだったろうに、助けてくれるなんて、すごくいい人だ。

「あ……ありがとう、ございます」

「どういたしまして」

 頭を下げると、ふふふと笑った女性の声がそんな風に言葉を紡いだ。
 そうして、シルエットだけの彼女がついと手を動かすと、俺の視界の端で何かが動く。
 思わずそちらを見やった俺は、そこにカートがあって、水差しとグラスがあることも確認した。

「お水でもいかが?」

 そして、どうしてかカートから生えた手が水差しを傾けてグラスへ水を注いでいるのもだ。
 声も出せないくらい驚いて、思わず体を引く。
 どきどきと心臓が嫌なくらいはねていて、包帯の下で背中にひんやりと汗を掻いた。
 そんなに驚かなくてもいいでしょう? と言い放って、椅子の横に佇んでいた女の人がこちらへと足を動かしてくる。
 それと同時に後ろから誰かに肩を掴まれて、無理やりベッドヘッドに背中を引き寄せられた。
 驚いて後ろを見ても、そこにはベッドから生えた腕があるだけで、他に誰かが居る様子も無い。
 かつんかつんと足音を立てて近寄ってくる相手に、俺は恐る恐る視線を戻した。
 俺のいるあたりを照らしている明かりの中へと入り込んで、彼女の全身が俺に見えるようになる。

「貴方、私を知っていたじゃない?」

 優しく響く声で言いながら、微笑んだ彼女は黒い髪で、美人で、多分誰がどう見てもワンピースの『ニコ・ロビン』だった。
 コスプレにしたって、こんなにそっくりになるものだろうか。
 それに、もしもただのコスプレで別人だというなら、この後ろから生えてきている腕はどう説明すればいいのだろうか。
 わけがわからない。

「あ、あの……」

 砂漠だったあそこを歩き回っていた時以上の混乱に、俺は必死になって息を吸い込んだ。
 その間に近寄ってきたロビンらしき彼女が、俺の傍らに座って、ぎしりとベッドを軋ませる。
 美人にベッドでにじり寄られるなんて物凄く嬉しい事柄のような気がするが、残念ながら全くもって嬉しくない。
 だって、ロビンの片手にナイフが見えるのだ。

「ねえ、どうして?」

「いや、あの、えっと、あの」

「……遊んでいる場合か、ニコ・ロビン」

 尋ねながら頬に触れられて、何と答えたらいいのだと目を白黒させているところで、そんな風に低い声が響いた。
 何だ、この声も知っている気がする。
 室内なのにぶわりと風が吹いたような気がして、驚いて目を眇めた俺の頬を、ぴしぴしと何かが叩いた。
 細かいそれは、どう考えても砂だ。
 そう気付いて更に目を閉じたところで風がやんで、その代わりに何か冷たいものが俺の首辺りに触れる。

「うひっ」

「尋問は手短に、さっさと終わらせるに限る」

 ぞわりと肩をすくめた俺へ向かって落ちてきた声は、とても低くて冷たい雰囲気のものだった。
 何だか、とても不味い相手が真横にいる気がする。

「あら。サーったらせっかちね」

 囁いたロビンの手が俺から離れて、ついでに俺の体をベッドへ引き止めていた拘束も外れた。
 けれども、首に当たっている何かとがったものの感触が、俺の身動きをしっかりと封じている。
 ロビンが『サー』と呼ぶ相手を、俺は一人しか知らないんだが、もしやその相手がこの真横にいたりするんだろうか。
 確認したいような、確認したくないような気分で目を閉じたままでいると、おい、と唸られて首に当たってる冷たいものでぐいと顔を上に向けさせられた。

「目を開けろ」

 低い声で命令されて、俺みたいな小市民が逆らえるはずも無い。
 恐る恐る目を開けた俺は、そこで現実を直視した。

「…………てめェ、何者だ?」

 俺を見下ろして目を細めたその人は、やっぱり誰がどう見たって、ワンピースの『サー・クロコダイル』だった。







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