ケーキの魔力
※このネタよりパティシエ主人公
※突発リクエスト企画1でのまめ様リクエストと同設定
マルコの誕生日が明日だとナマエが知ったのは、今からつい三日ほど前の話だ。
大所帯の白ひげ海賊団は、船長であるエドワード・ニューゲート以外の誕生日を盛大に祝うことは基本的に行わないらしい。
もちろん親しい者同士で贈り物を交わすこともあるらしく、ナマエが話を聞いたのも、お前は何をやるんだとイゾウに声を掛けられたからだ。
年齢を考慮すれば『もうすぐ誕生日なんだよい!』と騒げとは言えないが、もう少し事前に聞いていればいろいろな準備もできたというのに。
そんなことを思ってため息を吐いてみても始まらないので、ナマエはひとまず、今日という当日を迎えるためにあらゆる手を尽くした。
昨日小さな島に一部のクルーが立ち寄ることもできたので、選抜には選ばれることなど無かったものの食料品の買い付けを頼むことが出来たのが幸いしたということもある。
「というわけで、ほら、マルコ」
「……なんだよい、これは」
用意されたものを見下ろして、マルコが怪訝そうな顔をした。
その目が向けられた先で更に座っているのは、いくつかの小さなケーキだった。
ホイップされたクリームを纏ったそれには飴細工が美しく彩を添えて、白いクリームと丁寧に焼かれたスポンジのハザマからは小さなベリーがいくつも顔を覗かせていた。
手で掴んでかじりつけば二口か三口ほどでいなくなりそうな可愛らしいそれらが、飾りやクリームやフルーツの種類を変えて五つも並んでいる。
「何って、ケーキに決まってるだろう」
見て分かるだろうにと笑って、ナマエはその手でひょいと持ち上げたポットから紅茶を注ぐ。
今の時刻は、もうじき日付も変わる深夜だった。
いつものように後片付けをした後、ナマエはいつものように自分のための時間を取りながら、よく近寄ってくるようになったマルコを待っていたのだ。
この船に乗った最初の頃は妙な態度を取っていたマルコも、ここ最近は他のクルーにするような顔をナマエへ見せるようになった。
恐らく、毎回ナマエが茶菓子を用意して話し相手をしているせいだろう。
つくづく菓子の魔力は恐ろしい、と内心でだけ頷いて、ナマエは微笑んでマルコへカップを差し出した。
寝酒を漁りに来たらしいマルコが、大人しくカップを受け取って自分の方へと引き寄せる。
別に酒の肴に食べてもらっても構わないのだが、ナマエと話をしている時、酒瓶を片手にしていても、マルコが酒を口にしたことは無かった。
どうも、酒に弱くあまり飲酒しないナマエへ遠慮しているらしい。
別に目の前で飲まれても構わないとナマエは言ったのだが、おれが構うんだよい、と言われては仕方ないので、ナマエも毎回マルコの分までカップを用意するようになった。
もはやマルコ専用のカップと化しているそれに手を触れながら、怪訝そうな顔をしたマルコが呟いた。
「ケーキにしたって、こんなにあれこれ作ることなんてそうなかったろい。何かあったかよい」
言い放たれて、ぱちりと瞬きをしたナマエもその視線を皿の上へと向ける。
けれども相変わらず、皿の上にはナマエがこしらえたケーキ達が揃ってマルコの方を向いているだけだった。
その向きと、どれもこれも一度マルコが『うまい』と言った種類だということに、もしやこの目の前の海賊は気付いていないのだろうか。
そんな事実を把握して、ナマエは少しばかり戸惑った顔になった。
それを視界の端に入れたらしいマルコが、すぐさま皿からナマエへその目を向けてくる。
「ナマエ?」
不思議そうに名前を呼ばれて、あー、とナマエは声を漏らした。
その目が、ちらりと先ほどカウンターの端に移動させた小さな時計を見やる。
船内の昼食時間を把握するためにかなり厳密に正確な時刻を調節しているその時計は、まだ日付が変わるまで数分の時間があることを示していた。
五分も無いのだから、それはもはや誤差の範囲だ。
そう判断して、マルコへ視線を戻したナマエが改めて、その顔に笑みを浮かべた。
「マルコ、おめでとう」
「……は?」
放たれたナマエの言葉に、マルコがその口から間抜けな声を漏らす。
それを受けて、もうすぐ誕生日だろう、とナマエは手をのばして掴んだ時計をマルコの方へと向けた。
向けられた文字盤と針を見やって、ぱちりと瞬きをしたマルコが、それから小さく、ああ、と声を漏らす。
「…………そういやそうだったよい」
「なんだ、忘れてたのか」
「ガキの頃ならともかく、この年にもなって誕生日で騒ぐかよい」
呆れたように言われて、それもそうだな、とナマエも頷く。
その手がひょいと自分のカップを持ち上げて、少しぬるくなった自分の紅茶を口にした。
「知ったのがつい三日前だったんだ。もっと早くに分かってたら、もっと大きいケーキを作ったんだが……ほら、前の時みたいな」
「オヤジの時みたいのかよい。あの時何人で分けたと思ってんだ、あんなでけェの食いきれるかよい」
怪訝そうにしながら言い放ったマルコは、どうやらナマエが自分のために用意したケーキは一人で食べ切るつもりでいるらしい。
それを把握して、その時はちゃんと日持ちする奴を作るさ、と笑ったナマエがその手でマルコへフォークを差し出した。
マルコの手がそれをがしりと捕まえて、その切っ先がそのままマルコから見て一番手前のケーキへと突き刺さる。
きちんと土台を貼り付けていたクリームをこそぐようにしてフォークが動いて、ほぼ半分を奪われたケーキがぽろりとベリーを零したのにも構わず、大きく開いたマルコの口がフォークの上のクリームとスポンジとフルーツの塊を収納した。
口の端にわずかにクリームをつけたまま、頬すら膨らませてもぐもぐと口を動かすマルコの方を見やって、ナマエが軽く頬杖をつく。
以前、平穏に小さな島で暮らしていた時、ナマエが作った菓子類を求めに来ていた客達を見るのがナマエは好きだった。
美味しいと言って笑って貰えるのは、作る側の何よりの喜びだ。
そんな幸せの園であったあの島を離れたのは、ナマエが『元の世界』へ帰るために他ならない。
原因は全く分からないが、ある日突然この世界へ『来た』のだから、ナマエはきっと『帰る』だろう。
そう思ってこの船に乗っているものの、最近はあまり『帰るための手段』を率先して探すことも無くなってしまった。
それもこれも全て、目の前の海賊が悪いのである。
ナマエの作ったものを食べても、大して顔を緩めるわけでもなく、素直に『美味しい』と言ってくれるわけでもない。
けれども、自分が作ったものを彼が食べる様子を見るのが、今のナマエにとって何より楽しいことだった。
理由なんて分からないが、楽しいものは楽しいので仕方ない。
「…………何見てんだよい?」
じっとマルコを見つめているナマエを見やって、もう一口を頬張ってほぼ完全にケーキを一つ殲滅したマルコが、怪訝そうにそう尋ねる。
その言葉を受けて、微笑んだままでナマエが首を傾げた。
「うまいか?」
「……まァ、悪くはねェよい」
ナマエの言葉に返されたのは、相変わらずの素直ではない言葉だった。
けれどもそれを聞いて、それならよかった、とナマエが笑う。
すぐ傍でカチ、と小さく音がして、そちらへちらりと視線をやってから、時計が日付の変更を伝えていると確認したナマエは改めてマルコを見やった。
「改めて、誕生日おめでとう、マルコ」
言い放たれた言葉に、次なるケーキを口に運んだマルコが、フォークを口に咥えたままでその目を時計に向ける。
そうして日付が変わっていることを確認したらしく、フォークを口から離してもぐもぐと口の中身をかみしめ飲み込んでから、やや置いて口を動かした。
「………………ありがとよい」
そして寄越された小さな声にどうしてか胸を温かくしたナマエが、マルコの口の端のクリームを指摘したのは、二人の間に置かれた皿の上が空になってからのことである。
もっと早く言えとナマエを詰ったマルコの顔は、酒も飲んでいないのに少し赤らんでいた。
end
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