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ラッキーボーイ(2/2)
 俺の通う酒場での賭け事仲間に、『パウリー』が加わった。
 毎週のように俺に有り金を巻き上げられてもまだ足りないのか、パウリーは俺へと挑んでくる。
 最初はどうしても勝てない相手への敵対心しか向けられていなかったのだが、ヤケ酒をして酔いつぶれた誰かさんを家まで持ち帰って世話を焼いてやったら少し心を開かれたようで、普通の飲みにも誘われるようになった。
 無防備にもほどがあるが、誰かさんは俺の性癖も自分に向いている好意も知らないんだから仕方ない。
 ちなみに、酔いつぶれていたパウリーは俺が少し手を出したことも知らない。

「ううう……っ」

 そして、今日もまた、パウリーは俺の前で渋い顔をしている。
 今日はまっすぐ家に帰りたい気分だった俺の所へ、腹が減ったと言ってパウリーがやってきたのだ。
 適当に作った飯をうまいうまいと食べて、持ち込んだ酒を飲み、今は俺とカードゲームをしている。

「何も無いとそれなりに勝つのに、賭け事が絡むと全然だな、パウリーは」

 先ほどまでは何度か勝っていた筈なのに、持ち込んだ酒瓶を賭けてのゲームとなった途端、パウリーは全戦全敗だった。
 正直こんなに酒はいらないのだが、家に置いておけばまたパウリーがやってくる口実になるだろう。
 そんなことを思いつつ最後の一枚を場に出すと、パウリーの手からぱらりと手札が落ちる。

「また負けた……っ」

「はい、じゃあ最後の一本も俺のだな」

 拳で人の家の床を叩く相手へ言い、互いの間に置いてあった酒瓶を回収する。
 ああ、とそれに妙に悩ましい声を上げつつ顔を上げたパウリーが、じろりとその目で俺を睨んだ。

「ナマエ、お前本当にイカサマなんてしてねェんだろうな?!」

「さっきもチェックしたじゃないか。カードだってそっちが配ったってのに、どうやって?」

 俺は特別ついてるんだって言っただろう、とそちらへ微笑みを向けると、その顔は悪魔にしか見えねえ、とパウリーが失礼なことを言う。

「いっつもいっつも、おれの有り金巻き上げやがって……!」

「それは、俺がついている以上に、お前が弱いんだと思うんだが」

 俺が負けてやろうとしても、その半分はパウリーが勝手に負けていくのだ。
 ため息を零した俺の前で、何だよちくしょう、と声を漏らしたパウリーの手がざかざかとトランプを集める。

「もう一回だ!」

「別にいいが、もう賭けるものが無いんじゃないか?」

 キッと向けられた視線を見つめ返しつつ、俺はパウリーの周りを見回した。
 酒場以外では金を賭けないというのは、俺が勝手に自分に課したルールだ。
 最初にそれを言ったから、パウリーがこうして二人だけの場所で俺へ挑んでくるとき、パウリーは何か賭けられるようなものを持ってくる。
 おかげで、狭い家の端にはパウリーから巻き上げたものを置くための棚も出来た。ちなみに、棚を作ったのもパウリーだ。
 俺の言葉に、パウリーがすっかり何もなくなった自分の傍らを見下ろす。

「結構飲んだし、明日も仕事だろ。もうお開きにしよう」

 気遣うように言葉を紡いで、トランプを寄越せと手を差し出す。
 俺の言葉に顔をしかめて、パウリーは俺へトランプを渡すことを拒絶した。

「……いやだ、あと一回」

「パウリー……」

「おれが勝ったら、その、一番でかい酒瓶返せ」

 そうして寄越された言葉に、俺は先ほどパウリーから回収した酒類を見下ろした。
 パウリーの言う『一番でかい』酒瓶を手にして、これか? と揺らす。

「ば、馬鹿、乱暴に扱うなよ! たっけェんだぞ、それ!」

「そうなのか」

 俺にはよく分からない銘柄だが、どうやらいい酒らしい。
 なるほど、これを取り返したいのか。
 それならどうぞと差し出してもいいところだが、パウリーがそんなことをされて喜ばない男だと言うことを俺は知っていた。
 自分で賭けておいて賭け事で取り返さないと気が済まないだなんて、つくづく面倒な奴だ。
 それなら、これを賭けて取り戻せなかったら、パウリーはとても悔しそうな顔をするに違いない。
 そう思いつき、俺はどきりと心臓が震えたのを感じた。
 最近、こうやって家に押しかけて来るパウリーと賭けをするばかりで、すっかり酒場の賭場でパウリーと絡む機会が減ってしまった。
 久しぶりに、不本意そうで少し涙目のまま口を曲げたパウリーの顔が見られるなら、あと一回くらい付き合っても悪くない。

「それで、俺がこれを賭けるんだったら、そっちは何を賭けるんだ?」

 『賭け事』の体裁を保つために問いを投げると、む、と口を閉じたパウリーは少しばかり何かを考えたようだった。
 そして、うむ、と一つ頷いて、こちらへと顔を向ける。

「……何でも一つ、言うこときいてやる」

「………………」

 思わず俺の顔が笑み崩れ、パウリーがどうしてか怯えたようにびくりと震えたが、俺は絶対に悪くない。
 今日の俺は、どうやら普段より特別ついていたようだ。







「……俺の勝ちだな」

「ぐ……っ」

 ぱらり、とカードを置いた俺の前で、パウリーが苦悶に満ちた声を上げた。
 ほんの数分で終わってしまったカードゲームは、当然ながらパウリーの惨敗だ。彼に配らせても俺の手元へやってくるカード達は、恐らく俺の味方だったに違いない。
 悔しそうにしているパウリーの顔は相変わらず可愛らしく、そんなにこの酒を取り戻したかったのかと思うと、どうでもいい酒瓶すら可愛いもののように思えた。

「それで、『賭け金』のことだが」

 パウリーが望んでいた酒瓶をそっと押しやり、それからパウリーの方へと言葉を放つと、ぴくりとパウリーの体が震える。
 それから恐る恐るとこちらを見やるパウリーの目には、どんな恐ろしいことを言われるのかと言う怯えがありありと書かれていた。
 俺はパウリーの金を巻き上げはするが、それ以外では大体優しくしていた筈なのに、酷い反応だ。
 安心させようと微笑みを向けてみたが、どうも効果が薄い。

「パウリー」

「な、な、なな、何だよ」

「『何でも』言うことを聞いてくれるんだよな?」

 パウリーの賭けたものをなぞるように口にした俺に、おう、とパウリーが一つ頷く。
 ぐっと体に力を入れ、どんな無体を強いられようと受け流して見せるといった気概をその目に宿したパウリーへ、俺は願い事を呟いた。

「それじゃあ、脱いでくれ」

「……………………は?」

 微笑んだまま座っている俺の前で、パウリーがとても間抜けな声を出す。
 意味が分からない、と言いたげなその顔を見つめながら、聞こえなかったのか? と首を傾げた。

「脱いでくれ、って言ったんだ」

「…………いや、それは聞こえたけどよ……」

 呟くパウリーの顔は、困惑一色だ。
 それもそうだろう。俺も、賭けの代償にそんなことを要求されては困惑する。まあ、それなりに筋肉がついてきたとは言え、まだまだ肉体的に貧弱な俺の裸を見たい奴もいないとは思う。

「実は、男の体に興味があるんだ」

 口元を笑みの形にしたままで言葉を紡いだ俺に、ひぐ、とパウリーが喉から変な音を漏らす。
 驚きに目を見開く相手に、指の一本も触れないから、と言葉を紡いで両手を後ろに回して見せた。

「だから、脱いで見せてくれ」

 にっこり笑って言った俺に、パウリーが目を白黒させている。
 パウリーが男に興味が無いらしいことは知っている。
 せっかくここまで仲良くなったのに逃げられるだなんてことはしたくないから、後で酒の席の冗談にしてしまうつもりはある。
 しかし俺が今望んでいるのは、『そういう目で見てくる相手』の前で脱がなくてはならないパウリーの顔だ。
 こちらを睨んで、ひょっとしたら涙目になりつつ、屈辱に震えるんじゃないだろうか。
 『ハレンチだ!』と、いつだったかスカートの短い女性に放っていたような言葉を寄越すかもしれない。
 それでも、律儀な彼のことだから、脱がないなんてことは無いだろう。俺より自分の方が力が強いことだってよく知っているんだから、襲われたって逃げ切れる自信もあるに違いない。
 楽しみだなと微笑む俺の前で、ようやく頭の中の整理がついたのか、パウリーが大きく深呼吸した。
 それから少しばかり体を後ろに逸らして、しかし逃げ出そうとはせずにこちらを見ている。

「……ほ、本気か……?」

「ああ」

 窺うような言葉へ頷くと、パウリーの眉間のあたりに皺が寄った。
 その顔がじわりと赤くなったのは、もう抜けつつあるだろう酒のせいではなさそうだ。
 屈辱に震えているようには見えないその顔に、あれ、と軽く瞬きをする。
 しかし俺の戸惑いに構った様子なく、パウリーはその場で膝立ちになって、羽織っていたジャケットを落とした。
 ぱさ、と音を立てたそれを追うように動いた手がベルトを緩め、着込んでいるシャツの裾を掴まえて、ゆっくりとたくし上げ、その腹が見えるかどうか、と言うところでぴたりと止まる。
 それから、伏せられていたその目がちらりとこちらを見た。

「…………ハ……ハレンチだ、てめェは」

 ほんの少し震えて聞こえた小さな声は、怯えと言うよりただの羞恥がにじんでいて。



「………………すまなかった、冗談だ。やっぱり『それ』はやめて、今度うちの窓を直しにきてくれ」



 思わず顔を逸らしてそう言った俺は、だいぶ紳士だったと思われる。
 もしも俺が紳士でなかったら、今頃パウリーは『友人』に『貞操』を奪われるという方面で世界一不幸な男になっているところだろう。自らの好運に感謝してほしい。
 何だとてめェどこまでが冗談だこの野郎とパウリーはきゃんきゃん喚いていたが、中々そちらに顔を向けることが出来なかった。



end


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