ラッキーボーイ (1/2)
※異世界トリップ主人公は微知識
※微妙に名無しオリキャラ注意
※主人公がいじめっ子感
あの日の俺は、世界で三番目に不幸な男だったに違いない。
何せ、黒いランドセルを背負った子供が車道に飛び出そうとしたのを掴まえて引き戻したら、踏み込んだ足の下に半分潰れた缶が落ちていて、それに足を取られて自分が車道に転がり出たのだ。
ちなみに、世界で二番目に不幸な男は俺がひかれるのを目の前で見たあの子供で、世界一不幸な男は最期の一瞬に目があった不運な加害者だろう。
もともと俺の間抜けが半分以上の原因でもあるので、俺の人生に残っていた分の幸福はあのトラック運転手の元へと渡ってくれることを願うばかりだ。
とにかく、俺は誰の視点で言っても明らかにあの時死んだ。
死んだ、筈なのだ。
「……ガキの頃からやり直してたんなら、生まれ変わったっつうことで片づけるんだが」
どうやらここは、『死後』の世界であるらしい。
そうは思うものの納得できないのは、街中がどうにも見覚えのある名前やもので溢れているからだ。
それも、どう考えても『日本』のものじゃない。
すぐそばの水路を泳いでいく妙な生き物を眺め、それから頭の上を行き交う呼び込みの声を聞き、はあ、とため息を吐いた。
軽く頬に触れて引っ張ってみるものの、この『島』で目を覚ました三日前と同様に、引っ張られた頬が痛いだけだ。
「…………夢でもねェんだよなァ」
俺が足で踏みしめている『島』は、偉大なる航路に浮かぶ水の都『ウォーターセブン』。
島へやってくる船乗りに混じる『海賊』。聞きなれない食材の合間に混ざる『海王類』の肉に、店先に置かれたどでかいカタツムリ、交わされる通貨。
あの漫画でしか見たことが無いような気がするが、どこぞのテーマパークだってここまで本格的なものは出来ないだろう。
変人扱いされるのは三日前だけで十分なので、誰にもそれを問うことは出来ないままだ。
「………………はあ……」
ため息を零しつつ、俺はひとまず、この『死後』の世界で生きていくためのすべを捜して足を動かすことにした。
死んでからも働き口を探さなけりゃならないだなんて、なんて酷い話だろう。
※
そういえば、この『ウォーターセブン』は職人の多い町だった。
造船所があちこちにあるんだから当然だろう。
おかげでどうにか日雇いの仕事を見つけることはできたが、今日も体はガタガタだ。
日本人と体力馬鹿の『この世界』の住人を一緒に働かせたらどうなるか、記録を付けて申請したらちょっとは免除してもらえないだろうか。駄目か。駄目だな。
疲れた体を引きずって入り込んだ裏町の酒場で、軽い食事と酒を買って端に座る。
しみったれた食生活だが、得た金ぜんぶを使い切るだなんてそんな馬鹿なことをしていい筈がない。貯蓄は大事だ。
「……うまい」
噛みついた得体のしれない肉のうまみに呟きつつ、へたりとテーブルに懐いた俺の耳に、酒場の奥の方で上がった騒がしい声が届いた。
それを聞いてちらりと視線を向けると、何人かが固まっているのが見える。どうやら何やらゲームをしているようだ。テーブルの端に金が積まれているので、ギャンブルかもしれない。
日本じゃ見られないような光景に、やっぱりここは『異世界』なんだなと痛感しつつ酒を舐める。
疲れた体で食事をしながら眺めているうちに、どうやらルーレットをしているらしいと気が付いた。
あの道具はこの店に置いてあるものなんだろうか、それとも自分達で持ち込んだんだろうか。
もしもいそいそと持ち込んだんだったら、あの強面の男達もちょっと可愛らしく見れる気がする。
カラカラと音を立てて回転盤が回されて、それにボールが落とされた。
次は何だ、と尋ねる胴元らしい男の周りで、酒片手に賭け事を楽しんでいる男達が、白だの黒だの数字だのを口にする。
「……黒の7」
離れた場所で何となく思いついた数字を呟きつつ、俺は皿の上の最後の一かけらを口に入れた。
うまい。
「…………出た! 黒の7だ!」
「ぶふっ」
人が口の中身を飲みこむタイミングで発表されて、思わずせき込む。
店の端だから誰にも気に留められなかったようだが、盛大にせき込んで目じりの涙を拭った俺は、ひとまず誤魔化すように酒を舐めた。
まさか当たるとは思わなかった。何と言う偶然だろう。
参加しておけばよかった、と思って見やった先で、また回転盤が回される。
カラカラとわずかに聞こえるその音を聞くうちに頭の中に浮かんだのは、白の0だった。
「お次は白の0だァ!」
「……えっ」
そうして、胴元が叫んだ色と数字に、思わず声が出る。
その後何度か試してみたが、俺の予想はことごとくかの集団の前のルーレットに的中した。
思わずごくりと喉を鳴らしてしまったのも、無理のない話だろう。
グラスの最後をごくりと飲み干して、それからふらりと立ち上がる。
「……あー、あの」
そのまま近付いた先で、一番負けが込んでいるらしい男に声をかけた。
ちくしょう、と声を漏らして拳を握っていた男が、あん? と低く声を漏らしてこちらを見る。
口に咥えた煙草が少しひしゃげているのは、多分先ほど苛立ち紛れに机に押し付けていたからだろう。
人相が悪い彼の前で、そっとポケットから今日稼いだ金を掴みだす。
「何だか楽しそうだし、俺も少しだけ混ぜて貰えないか?」
そちらへ向けて弱々しく笑ったのは、『カモ』だと思われたいが為のことだ。
そしてその日、俺は困った時の金策を手に入れた。
※
あのトラック運転手には悪いが、どうやら俺は人生の幸運の大半をこの『死後』の世界に持ち込んでしまったらしい。
どういうことか分からないが、賭け事に強くなっている。
あの日のギャンブルでそれを知った俺は、とりあえず今は届かぬ相手に両手を合わせておいた。
俺には何も出来ないが、どうか幸せになってくれ。
さて、俺のツキ具合は、どうしようもないほどだった。
何せ、一日の収入を使って賭けにせいを出せば、三日程度は働かなくてもよくなるほどだ。
本当はもう少し稼げるだろうが、さすがに勝ち続けると痛くも無い腹を探られるし、恨みを買えば月夜でない日には帰れなくなる。
大体、賭け事だけで生涯食っていくわけにもいかないし、この世界にも警察代わりの『海軍』はいるのだから、いつこれが違法行為になるかも分からないので、仕事は続けるに限る。
稼いで、少し賭けて儲ける、という日々を過ごすうちにそこそこ負けるという技術も手に入れて、俺は裏町でそれなりに知られつつやっていけるようになった。
なったのだが、目の前のこいつは何だろう。
「ちっきしょー……もう一回だ!」
そう声を上げ、悔しそうにしながらベリーをテーブルに叩き付けて、こちらをじろりと睨んでいる。
俺が他の連中と賭けを楽しんでいるところに現れたそいつは、べこべこに負けていた。
「パウリー、お前弱いんだから、ナマエとやったって勝てねェよ」
「うっせーな! ぜってェ勝つ!」
けらけらと笑う隣の男へ怒鳴る彼は、『パウリー』と言うらしい。
『見た』ことのある名前だ。多分、『あの漫画』に出てきたことがあるだろう。
顔はあまり覚えていないが、そういえばいた気がする、なんてことを頭の端でぼんやり考える。
そうしながら、俺は目の前の顔に釘づけだった。
「……? 何だよ、早くしろよ」
今日のゲームはポーカーで、俺にカードを配ることを急かしながら、男がこちらを睨み付ける。
少し乱れたオールバックにゴーグルをかけて、口ひげをはやして酒でわずかに顔を赤らめている相手は誰がどう見ても男だ。
俺が見てもそうだし、たとえば今隣に座っている連中に尋ねても、全員が『男だ』と言って頷くだろう。ついでに俺が変人扱いされることは間違いない。
だからそれは確かめないとしても、だ。
ストライクとはこういう時に言うんだろうか。いや、ドストライクだ。
どうやら俺は、男もイケるらしい。
ぎり、と葉巻を噛んでいるその顔に向けて、俺は軽く首を傾げた。
「次もポーカーでいいのか?」
「当たり前だ。次は勝つ!」
俺へ向けてきっぱり言い放つ相手へ、分かった、と頷いてカードを配る。
しかし、俺に好かれるだなんて、目の前の男はつくづく不運だ。
今日は絶対に負けてやりはしない。有り金全部を巻き上げてやろうと心に決めて、配り終えた手札を手に取った。
何の細工もしていないのに、手元には馬鹿みたいな手札が四枚仲良くガラ違いで並んでいる。
「それじゃあ、始めようか」
言葉を放って微笑んだ先で、『パウリー』は自分の手札を見下ろして顔をしかめた。あまりいい札は無かったようだ。
彼が涙目になったり悔しげにする顔は、それはもう可愛いに違いない。
今からそれを想像するだけで、胸の高鳴りが抑えられなかった。
※
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