とある鳩の話
※このネタからハットリ成り代わり主人公とルッチとCP9
※名有りキャラの『成り代わり』ネタにつき注意
※名前変換無し
ぱたた、と翼で羽ばたいて、空を飛んだ俺が目指すのは、もう何度も通っているあの診療所だった。
サングラスで網タイツという何とも言い難い恰好のナースさんは、どうやら今日も窓を開けていてくれたらしい。
開けっ放しのそこから中へと飛び込んで、わざとらしく室内を旋回する。
うるさく羽ばたく音をまき散らしてから、置かれていた丸椅子の上へと降り立って、動きを止めた翼を大きく広げた。
「ポー!」
遠慮なく大きく奇声を上げて、それから少しばかり待ってみる。
けれども、カリファ達の出した金で借りた個室の病室の中には、むなしく静寂が広がるばかりだった。
「……クルッポー」
やれやれ、どうやらルッチはまだ目を覚まさないらしい。
そっと翼を折りたたみ、俺はふるふると首を横に振った。
ベッド脇の丸椅子の上から、くっと首を伸ばしてベッドの上を窺う。
体のあちこちを白い包帯で巻いた病人は、ここから見ても随分と厳しい顔をして眠り込んでいた。
俺達がいるこの島は、『セント・ポプラ』。
あのエニエス・ロビーでの戦いを終えて、動ける全員で身動きの取れなかったルッチやカクを背負って線路を歩いて、あの日あの場所にいたCP9全員で逃げ出してきた場所だった。
治療費を稼いだカリファ達は、今も同じように金を稼いだりしながら、少しずつ買い出しをして『次』に移動する準備を整えている。
何となく全員がそこへ『帰ろう』と思っているんだろう、誰もどこへ行くかなんて口にしないけど、俺はみんながどこに行くかをちゃんと知っていた。
だって、読んだからだ。
今は『ハットリ』と呼ばれるこの鳩の体に入っている『俺』は、元々は別の世界の『人間』だった。
それがどうしてかこの世界へと紛れ込んで、鳩になっていて、『ハットリ』と名付けられてルッチのペットになった。
まさかそんな立場になるなんて思いもしなかったが、まあ、これはこれで悪くない。
「ポッポー」
今はまだこんこんと眠り続けるルッチが、けれどもいつかちゃんと目を覚ますことも俺は知っている。
だからか俺は随分と間抜けな鳩に見えるらしく、「お前は気楽じゃのう」と昨日はカクに大変失礼なことを言われた。
分かっていても一応心配しているというのに、なんて酷い言い草だろうか。これも全部ルッチのせいだ。
もう一度翼を広げて羽ばたいて、俺はルッチの枕元へと降り立った。
それからふと気付いてきょろりと見回してみるものの、ルッチのベッドの上には俺の昨日の置き土産が一つも無い。
ルッチが眠っている間、働けるわけも無く暇を持て余した俺は、このセント・ポプラを飛び回っては、ルッチの下に『お土産』を運んでいたのだ。
昨日はカリファに渡したら喜ばれそうな花にしたはずだけど、においも殆ど無かったあれも、どうやらナースさんに片づけられてしまったらしい。
ちょっと残念に思いつつ視線を戻してみるものの、やっぱりルッチは目を覚ます気配も無かった。
もう三日も経つのにまだ起きないなんて、寝すぎじゃないだろうか。
ルッチが『主人公』に挑んだ傷跡は、まだしっかりとその顔にも体にも残っている。
もしもその傷を俺が受けたのだったら俺は三回くらい死んでいるんじゃないかと思うほどだったが、ルッチはものともせずに立ち上がっていたし、『読んだ』限りでは起きた時にはもうほとんど平気そうな顔をしていたと思う。
だから早く目を覚ませばいいのに、ルッチはまだ起きない。
ちょっと俺の体が当たってるから羽毛がくすぐったいだろうに、身じろぎの一つもない。
本当に、その眠りは深いようだ。
「……ポー……」
じっくり眺めていると何となくうずうずしてきて、俺はそっとルッチの方へ頭を傾けた。
俺の体の中でどこよりも鋭く硬い嘴を、こち、とルッチの額に当ててみる。
痛くはない程度にこつこつと更に叩いてみても、やっぱりルッチは起きない。
無理やり起こしたいわけじゃないけど、こうも無反応だと、『起きる』と分かっていてもだんだんと不安になってくると言うものだ。
やっぱり、今日も何か摘んでこよう。
昨日より匂いの強いやつを捜そうか。静かな病室と薬品のにおいに囲まれていることだし、例えば他のにおいでも嗅いだら違和感でルッチも目が覚めるかもしれない。
ゾオン系のルッチはちょっと嗅覚が鋭敏だということを、俺はちゃんと知っている。
だって前も、俺がヒナちゃんにちょっとかまってもらって帰ったら、タバコ臭いと唸っていたのだ。
懐かしいあの日のことを思い出してから、俺はルッチから顔を離し、ばさりと羽ばたいて窓枠に移動した。
今日もいい天気だ。
それほど高くはないそこから見下ろしたセント・ポプラの街並みは、随分と穏やかな朝の風景を宿している。
カリファ達は、今日は朝から『仕事』をして金を稼いで、午後はまた買い物をするとか言っていた。
途中でジャブラあたりを捜してご飯でも強請るか、と決めてから、外へ飛ぶべく大きく翼を広げる。
「……ポ!?」
それなのに飛び立てずそれどころか変な風に鳴き声を漏らしてしまったのは、飛び立とうとした体をぐいと後ろへ引っ張られたからだった。
ずるりと足が窓枠から滑って、後ろ向きに体が落ちる。
慌てて羽ばたいたけど羽をまき散らしただけでどうにもならず、俺の体はベッドの上へとどさりと落ちた。
「クルッポー……!」
痛い。とてつもなく痛い。鳩の体は後ろ向きに寝転べるようには出来ていないのだ。
じたばたと暴れて体を起こし、俺はすぐさまひどいことをした犯人を捜した。
「…………ぽ?」
そうして、驚いて声を漏らす。
だって、さっきまでベッドの上で目を閉じていた筈のルッチが、その目をあけているのだ。
それどころか体が起き上がっていて、伸びてきていたその手がどうやら俺を引き止めたらしい、と俺は気が付いた。
「……クルッポー」
ルッチ、と呼びかけるべく鳴き声を放てば、ルッチの顔がこちらを向く。
いつもより少しぼんやりとした眼差しがこちらを捉えてから、数回の瞬きの後でその手がようやく俺の尾羽を手放した。
普通の鳩たる俺の体を覆う大事な羽だ。ふるりと体をふるわせてから、嘴でぐちゃぐちゃになった辺りを直して、改めてルッチを見やる。
「…………ハットリ」
「ポー」
呼ばれて返事をすると、ルッチがやや置いてから周囲を見回した。
それなりに真っ白な、どう見たって病院や診療所の病室でしかないそこを見つめたルッチの目が、それから自分の体も見下ろす。
真っ白な包帯に包まれた自分の腕や腹を見て、もう一度こちらを見たルッチの口が、ゆっくりと動いた。
「…………あいつらは、どこだ」
「クルッポー」
カリファ達なら、今日の午前中は治療費稼ぎの『仕事』だ。
返事を込めたもののただの鳴き声でしかない俺の言葉に、しかしルッチは『そうか』と頷いた。
相変わらず、ルッチは鳩の鳴き声の分かる変な奴であるらしい。
「ポッポー」
けどまあ、目が覚めてくれて良かった。本当に。
とてつもなく嬉しい気持ちと共に、おはようルッチ、と心を込めて鳴き声を放った俺に、ルッチが小さく頷いた。
挨拶には挨拶を返してほしい元日本人心がちょっとうずくが、まあルッチだし仕方がない。
さて、ルッチが目を覚ましたことをみんなに伝えてこなくては。
カク達は公園だろうけど、カリファはまだ宿にいるだろうか、それとももう『仕事』に出かけただろうか。そんなことを考えながら広げた翼の片方が、がしりと何かに掴まれた。
俺の風切り羽が折れる! と気付いて慌ててそれから逃げるように羽を折りたたもうとしつつ視線を向ければ、何とも言えない顔をしたルッチがこちらへ手を伸ばした状態で座っている。
「…………クルッポー?」
何だ、目を覚ましたばかりのくせに何か俺に用事があるのか。
そんな風に思って軽く首を傾げれば、俺の翼を掴んだままのルッチが、ぐいと俺の体を自分の方へと引っ張った。
シーツの上をずるりと体が滑って、変なところに負荷のかかった翼に慌てて足を伸ばす。
わたわたと引っ張られるがままにルッチの正面の方へと移動すると、一度俺の翼を手放したルッチが、それに合わせて翼を折りたたんだ俺の体を、今度は両手で捕まえた。
「ポッポー」
なぜか身動きが出来なくされてしまって困惑する俺を見下ろして、相変わらず怖い顔をしたルッチが言葉を零す。
「おいハットリ、今お前、カリファのところへ行こうとしただろう」
「ポ……ポー」
何故分かった。
恐るべき観察眼におののいた俺を前に、やっぱりな、と呟いたルッチの視線が注がれる。
石畳すら簡単に破壊する指先に羽を捕らわれた俺に逃げ道など当然なく、ただそれを見上げるしかない哀れな唯鳩である俺を前にして、ルッチはそのまま言葉を続けた。
「病み上がりのおれを放って行こうなんざ、随分と薄情な鳩を飼ったもんだ」
「…………クルッポー」
何だそれ、鳩聞きが悪い。
眉があったなら眉間に皺を寄せたに違いない俺の鳴き声に、何か違ったか、とルッチが呟く。
未だしっかり俺の体を捕まえている手のうちの片方へと顔を寄せて、俺はちくりとそこを攻撃した。
もちろんルッチがこのくらいで怪我をするわけがないことくらい知ってるし、むしろ怪我なんてさせるつもりもないけど、ちょっとは痛かったのか、ぴくりとルッチの眉が動いたのが見える。
ついばむようにさらに何度か攻撃を繰り出してから、俺はもう一度鳴き声を零した。
「クルッポー」
だって俺は、ルッチが起きたことを知らせに行かなくちゃならないのだ。
『読んで』知っていた俺はともかく、カリファや他のみんながどれくらいルッチのことを心配していたか、寝ていたルッチは知らないから俺を引き止めることが出来るんだ。もしもこの場にサングラスに網タイツだったあのナースさんがいれば、嬉しそうに微笑んですぐさま俺にカリファ達を呼んでくるよう言ってくれるに違いない。
俺の意見を受け止めたのか、ルッチが何故かその顔に怪訝そうな色を浮かべた。
「……心配だと? おれを? あいつらが?」
「ポッポー」
そうだとそれへ向けて鳴き声を放つと、更に怪訝そうな顔をしながらもルッチの右手が俺から離れた。
よし今のうちに、と飛ぼうとしたのに、今度は左手に首の根元を抑えるように掴まれて引き止められる。
説得できたのかと思ったが、どうやら違ったらしい。
「クルッポー!」
どうにか逃げられないかとばさばさと翼を動かせば小さな羽毛が軽く飛んで、ふわりと空気の流れに乗ったそれのうちの一つがルッチの頭にぽちりと乗った。
何とも可愛らしいことになっているが、ルッチは気にした様子も無く、その目でちらりと窓の外を見やる。
逃げ出そうと動かしていた翼を止めて、俺も同じようにそちらを見やる。
開かれた窓の外のセント・ポプラは、だんだんと活気に満ちてきているところだった。
これから、この平和な島での一日が始まるのだ。
もうじきルッチも退院できるから、みんなで町を見て回ることもできるかもしれない。
そういえば、『元の世界』で読んだ奴だとみんなで恐ろしく迷惑なボウリングをやっていた気がする。あれは酷い。
みんなは楽しそうだったけど、俺がもしもあのボウリング場の経営者だったらめちゃくちゃ泣くに違いない。せめてもう少し普通のボウリングをやるように誘導できないだろうか。鳩の俺には無理か。
ぐるぐるそんなことを考えていたら、ハットリ、とルッチに名前を呼ばれた。
それを受けて顔を上げれば、いつの間にやら視線をこちらへ戻していたルッチが、俺を見下ろして唇の端を緩める。
「もしもそれが本当なら、向こうからこっちへ来るだろう。お前は大人しく、ここに残れ」
「……ポッポー」
「わかったな?」
何とも極悪な笑顔を見上げて、クルッポー、ととりあえず鳴いておく。
だって、他に選択肢が無かったのだから仕方ない。
結局、ルッチに捕まったままだった俺が解放されたのは、それから一時間くらい後に、カクがルッチの様子を見に窓から飛び込んできた時だった。
驚いた顔をしたカクはすぐさまみんなを呼びに行って、ブルーノのドアドアによって全員が個室とはいえそれほど広くない部屋になだれ込んできた。
狭い。とても狭い。
「……ポッポー」
最初に窓からお邪魔した俺が言うのもなんだけれども、人間はちゃんと扉を使った方がいいと思う。
そんな風に考えて鳴き声を零した俺を手放しながら、全くだ、とルッチが俺に同意を寄越した。
相変わらずのルッチを見やったジャブラが何とも言えない顔をしたが、いつものことなのでルッチに気にした様子は無い。
ルッチを取り囲んだCP9達が、『良かった』『傷は痛まないか』等と口々にルッチに何かを話しかけるのを聞きながら、俺は彼らにルッチの近くを譲って、ベッドの端へと移動した。
本当ならこんな狭い部屋からは逃げ出したいところなのだが、ルッチの視線がちくちくと注がれているので諦めておくことにする。何となくだが、今飛び立ったら剃で追いかけてきそうな気がした。
「……ポー」
騒がしい病室で、鳴き声を零しながら嘴を自分の羽へと突っ込む。
さっきまでルッチに触られていたせいで、羽があちこちぼさぼさになっていた。なんと見苦しいことだろうか。俺は身だしなみに気を使いたい鳩なのだ。
まったくもう、なんて思いながらも、耳が拾うルッチやカリファ達の声が気になって、腹を立てることも出来やしない。
だって、ルッチがカリファ達と話をしているのだ。
それはつまり、ルッチが起きているからこそ起こりうる状況だった。
そんな風に思えば何となく楽しくなってしまうあたり、俺は自分が思っていたより、ルッチが目を覚ましてくれたことが嬉しいのかもしれない。
「クルッポー」
ああ、良かった。
片翼を整え終えて鳴き声を零した俺を見やって、ルッチがわずかに目を細めた。
相変わらず怖い顔だったけれども、ルッチに他意が無いことは分かっていたので、俺は軽く翼を動かしてそちらに返事をする。
外はやっぱり今日もいい天気で、セント・ポプラは相変わらず平和な島の様だった。
end
戻る | 小説ページTOPへ