若サリーノと誕生日
※『先輩と若サリーノさん』設定
※主人公は転生系トリップ主
※大将黄猿未満な若い頃のボルサリーノさん
「ナマエさん、休憩しましょォ〜」
そんな声掛けと共に、手元の資料を奪い取られた。
思わず片手で追いかけて顔を上げた俺の前には、にんまり笑っている『後輩』がいる。
ボルサリーノと言う名前の彼は、悪魔の実を食べた能力者だ。
本来ならこの資料室に詰めるにはもったいない人材のはずなのだが、何故だか俺と共にここへ配属されている。
「返してくれ、ボルサリーノ」
手から奪われた資料を見やって言葉を放つと、嫌ですよととんでもなく幼稚な返事が来た。
何故わざわざ仕事の時間を邪魔するのかと、少しばかり目を瞬かせた俺の前で、ボルサリーノが少し浮かせていた腰を椅子へと戻す。
その手が自分の傍に俺が触っていた資料を置いて、それから代わりに傍らに置いてあった白い箱が押し出された。
ふわりと少しばかりいい匂いがして、その事実に興味を惹かれて見やった先には箱の影から姿を現したティーセットまである。
俺が仕事に取り掛かったときは欠片も見当たらなかったはずのそれに戸惑うと、わっしが用意してきたんですよォ、とボルサリーノが言葉を紡いだ。
「戻ったらお茶にしましょうねって言ったら『分かった』って言ったじゃねェですかァ〜」
「……言ったか?」
手元に注意が言っていて、まるで覚えていない。
基本的に俺が仕事に集中しているとき、あれこれと話しかけてくるのがボルサリーノだ。
俺が相槌を打とうと打つまいと変わらない喋りようで、俺は中身をあまり覚えていないことも多い。
もちろんそうでもない時だって多少はあるが、今日は全く覚えていない。
首を傾げた俺の前で、言いましたよォ、とボルサリーノがにっこり笑う。
「答えてくれなかったら『了承』ってことにしますよって言いましたしィ〜」
「それは……言ってないな……?」
詐欺の手口か何かかと見やれば、俺のそれを聞いて笑い声を零したボルサリーノが、大きなその手でひょいと箱を開けた。
上にかぶさっていた四角い蓋を取り外して、その中から現われたのは、四角いケーキだ。
真っ白なクリームにチョコレートがあしらわれて、つやつやした苺がいくつも並んでいる。
何より俺の目を惹いたのは、どんと真上に置かれたプレートだった。
恐らくチョコレートか何かで出来ているのだろうそれには、恐らくは職人の手によって、『ナマエくん おめでとう』と書かれている。
「……これ……」
「いやァ、名前聞かれて答えたら書かれちまってェ〜」
面白かったからそのまま持ってきましたと笑う男に、分かっていてやったんじゃないのかと少しばかり疑いの気持ちを抱く。
しかし尋ねたところで『ナマエくん』と書かれたプレートが消えて失せるわけもない。
仕方のない奴だなと思いながら、俺はようやく手元の道具を机へ置いた。
「何が『おめでとう』なんだ?」
「ン〜? あれェ、ひょっとして違いますかァ〜?」
「違うって?」
「今日、〇月◇日でしょォ〜?」
誕生日じゃなかったですかと、ボルサリーノが言う。
寄こされた言葉に一度瞬きをした俺は、そこで一度壁際を見やった。
置かれたカレンダーを確認して、確かに今日が〇月の◇日であることを確認する。
誕生日。
確かに、今日は俺の生まれた日付だ。
「お誕生日、おめでとうございまァす」
俺の様子に答えを得たのか、こちらへそう言い放ったボルサリーノの手がカップを動かして飲み物の用意を始める。
ケーキの横へと置かれたそれを受け取りながら、ありがとう、と俺もそちらへ礼を伝えた。
「まさか、この年になって誕生日をケーキで祝ってもらえるなんて、思いもしなかったな」
しみじみと、そんな言葉が口から出ていく。
俺がこの世界へと生まれて、はや三十年近く。
もちろん両親は俺の誕生日を祝ってくれていたが、彼らと死に別れたのももう随分昔のことだ。
そんな俺が後輩から誕生日を祝われるなんてと、浮かんだ喜びがいくらか口元へ笑みを浮かべさせる。
俺のそれを見やり、ますます楽しそうな顔をしたボルサリーノが、俺へフォークとナイフを差し出してきた。
「取り皿は?」
「男が何言ってんですかァ〜、そこはそのまま食べましょうよォ」
「男でも取り皿はあっていいと思うが」
まぁでもいいかと、とりあえずフォークをケーキへ刺してみる。
ふにりと柔らかなそれをいくらか削り取り、フォークからケーキを口にすると、しつこくない甘さが口の中で溶けた。
後味も爽やかで、もう一口が欲しくなる。
次の一口をフォークで削った俺を見て、満足そうな顔をしたボルサリーノが反対側からフォークを使う。
「美味しいでしょォ〜?」
「ああ、うまい」
そして高級品のような味がする。
そう思ったが言わないで、とりあえずそのまま、またケーキを一口食べた。
ふわふわとして美味しいそれを口にしながら、そう言えば、とふと沸き上がった疑問が口から抜け出る。
「ところで、ボルサリーノ」
「はァい?」
「どうして俺の誕生日を知ってるんだ?」
俺の放った言葉は、ただの疑問だった。
そんな話、しただろうか。
考えてみてもまるで思い出せない。
「……あ〜……」
俺の問いを聞き、ボルサリーノがいくらか声を漏らす。
気まずげにその視線がこちらから逸らされて、けれどもすぐに帰ってきた。
「…………まァ、いいじゃねェですかァ〜」
たまたま小耳に挟んだんですよォ、なんて言いながら、ボルサリーノの手がそっとこちらへケーキを押しやる。
「ほらそれより、早く食べちまってくださいよォ〜」
乾いたら美味しくなくなりますよと言われて、それもそうかと片手を動かす。
ひとくち、ふたくち。
繰り返しているうちに箱の中の祝福の塊は消えうせて、代わりのようにいくつかの飾りがそこへと残っていた。
end
戻る | 小説ページTOPへ