ローと誕生日 2020
※『パンテラの確信』設定
※アニマル転生主人公はなんちゃってユキヒョウ
「よし、ナマエ、お前は〇月◇日だ!」
びしりと指を突きつけながら放たれた宣誓に、俺はひとまず目の前に差し出されたその指先を舐めた。
先程食べ物をつまんでいたシャチの指からは、わずかに鳥の脂の味がする。
少ししょっぱいその味を追いかけてざりざりと舌を動かすと、お前はおれを何だと思ってるんだと唸った目の前の相手が俺から自分の手を取り上げた。
「んなぁう」
「不満そうな声を出してもダーメ! おれの指が削れて無くなる!」
見上げて鳴き声を零すも、キャスケット帽子の男はサングラスを掛けたままでそう言い放ち、自分の両手を後ろへ回してしまった。
食い物食って手を洗わないからだろとそれを非難しているのは、すぐそばで食事をしていたもう一人だ。
「ほらナマエ、こっちに来い」
「……んなぁ」
「分かった分かった、あれはシャチが悪かったし後で好きに舐めたらいい」
「おいペンギン!」
俺を手招く仲間に対して非難の声が上がっているが、俺は気にせず相手へ近付いた。
椅子に座る男の膝に顎を乗せて、揺らした尻尾をそのままくるりと体に巻き付ける。
大人しく身を預けた俺を見下ろして、ペンギンの手が俺の頭を軽く撫でた。
俺が乗り込んだこの船は、海原を往く潜水艦だ。
今はその名の通り潜水していて、日光の下へ顔を出すのは少し先になると聞いている。
俺は狭いところでも別に問題なく、いつもならこの船の主の部屋にいる。
それがどうしてこうして食堂まで移動しているのかと言えば、眠ろうとしたローが俺を部屋から追い出したからだ。
『生憎と、かまってやれる体力がねェ』
シャチたちにでも構ってもらえ、と一言放って俺を部屋から閉め出した様子を思い出すと、ぺし、と尻尾の先が床を叩く。
「それにしても、なんで〇月なんだ?」
俺の頭をよしよしと撫でながら、ペンギンがそんなことを言う。
◇日なんてもうすぐそこじゃないかと続いた言葉に、だからだよ、とシャチは答えた。
「誕生日は祝うもんだろ! そりゃもう盛大にな!」
海面に顔を出したらパーティだぜと親指を立てて笑った男が『な!』と言葉を放ちながら俺を見下ろして、それを見上げた俺の口からはいつもの通りに鳴き声が漏れた。
※
〇月◇日。
シャチが唱えたその日付は、どうやら今年から俺の誕生日になったらしい。
実際のものとは違うだろうが、俺はあの島で暮らしていた頃の誕生日を覚えていないし、俺の誕生日にかこつけて騒ぎたいというなら別に異論はない。
「んなぁ」
しかしこれはどういうことだと、俺は鳴き声を零しつつ首を傾げた。
「どうしたナマエ、どれか使いてェのか?」
俺のすぐ傍に座った男が、そんな風に言って笑っている。
浮上した潜水艦が岩場近くでの停泊を決めたのは、今朝のこと。
さぁ宴だと盛り上がり始めた甲板は賑やかで、クルーたちはみんな酒を飲んで酔っ払っている。
そして、この船の主トラファルガー・ローと俺の周りには現在、様々な玩具が並んでいた。
どれもこれも、猫用の何かだ。手作りめいたものもあれば、既製品だろうと思わしきものもある。
『誕生日おめでとう、ナマエ!』
弾んだ声と共に差し出されたクッションを見やり、俺はもう一度首を傾げてから視線を傍らへと向けた。
俺のこの美しい毛皮に覆われた体は、決して猫のものではない。
だというのにどういう扱いだ。
怪訝に思って見やった先で、ふ、とローが笑みを深める。
刺青の入った指で来いと招かれて、俺はその膝の上へと体を乗せた。
「随分重たくなったな」
俺の重みをその足で受け止めて、ローがそんなことを言う。
その手がするりと俺の毛皮を撫でて、心地よさにわずかに体を捩りながら、俺は両方の前足を相手の肩へと添えた。
後ろ足で体を支えて体を起こすようにすると、ローより少し高い位置からその顔を見下ろす格好になる。
この前俺を追い出してまでたっぷりと寝たというのに、今日のローはすでに目元にいくらか隈が出来ている。
いつもなら被っている帽子はその頭には無く、そのせいで跳ねた髪がよく見えた。
これはいけないと顔を近付けて、べろ、とその額を舐める。
ざりりと生え際から髪を整えるようにしてやると、びく、とわずかに体を震えさせたローが、仕方なさそうにため息を零した。吹かれた空気でひげが揺れたのが分かる。くすぐったい。
「玩具で遊ぶよりおれの毛づくろいが大事か?」
俺のしたいようにさせながら、ローがそんなことを言った。
当然だろうとそれへ鳴き声を返すと、滑った指先が俺の背中側をなぞり、伸びていた俺の尻尾にまで触れる。
するりと指から通されて、こそばゆさにわずかに尻尾を揺らしながら、俺は目の前の相手の毛づくろいに専念した。
だって、この船の連中は、揃いも揃って原石の集まりなのだ。
磨けば磨くだけ輝くのだから、磨くに限る。
「……まぁ、いい。誕生日なんだ、今日くらいは好きにさせてやる」
ざりざりと舌を使って相手を舐める俺へ、ローがそんな風に言い放つ。
もともといつでも俺は自分の好きなようにしていたつもりだが、許容するというならもっと頑張らねばならないだろう。
頑張って、俺がこの世で世界一輝く海賊にしてやるのだ。
「んなっ」
任せておけと鳴き声を零して、せっせと舌を動かす。
こうして俺のこの世に生まれて初めての『誕生日』は、ローを美しく整えることで終了した。
end
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