センゴクと誕生日
※『おかきvs煎餅vsあられ』設定
※若センゴクさんと同期主人公(恐らく転生系トリップ主)
「それじゃ、帰ったら俺の作ったケーキを食べてくれ」
「今年もそれか」
寄こされた言葉に、センゴクの口からはそんな返事が放たれた。
なんだよ、とそれに少しばかり拗ねたような声を出して、センゴクの斜め向かいに佇んでいる男が肩を竦める。
海を進む軍艦の中、休養を取るセンゴクの部屋へとやってきた彼は、ナマエと言う名のセンゴクの同期だ。
かつては横並びだったが今はセンゴクの方が立場も上で、部隊も違う彼がこの船に乗っているのは、今回の遠征がいくつかの部隊から人数を集められて編成されたものであるからだった。
記された日程に一度は指名されても辞退しようと決めていたセンゴクが、回ってきた名簿の中にナマエの名を見つけてすぐさま立候補したことを、目の前の相手は知らない。
今回の遠征は、〇月のとある一週間を過ごすものだった。
そのうちに含まれている◇日は明日の日付で、それはセンゴクと同じ部屋にいるこの海兵の誕生日だ。
さりげなさを装って暦を見やり、今気が付いたと言いたげな顔をしたセンゴクが、『誕生日プレゼントは何がいいか』と尋ねたのはつい先ほどのこと。
それに対して、物をねだるでもなくむしろ与えようとしている明日の主役に、やれやれとセンゴクが息を零す。
「昔のようにわがままを言っても構わんのだが」
「お前毎年それ言うよな」
どれだけ昔のことを根に持ってるんだよ、とナマエが眉を寄せている。
一番最初にセンゴクが彼の誕生日を祝ったのは、もう随分と昔のことだ。
同期の数人で祝いの言葉を贈り、何が欲しいかと尋ねると、少しばかり考えた新兵は両手を叩いて答えた。
『俺、つるに洗われてみたい』
なんか気持ちよさそうだよなと言った男は、さらにセンゴクの傍らにいたもう一人を見やって、『ガープに真上に投げられたい』とも言った。
両手で持ち上げた砲弾をある程度の距離まで投げられる馬鹿力を相手に何を言っているのかと、慌てたセンゴクを見やったナマエが、楽しそうな顔をする。
『センゴクは大きくなれるから、俺が地面に叩きつけられる前に助けてくれるよな!』
これで着地も安心だと言いたげな相手が寄こした全幅の信頼に、あの日のセンゴクはそれを諫める言葉を吐き出せなかった。
結局訓練場の空高くに人ひとりが放り投げられ、随分な高さから落下してきたナマエは『ガープを舐めてた』と震えながらセンゴクにしがみ付いて、あれきりあまり無茶は言わなくなった。
今にして思えば、もう一度同じことをしたとしてもセンゴクは構わない。
遠慮なく縋りつく素面のナマエなど、あの日あの時の一度しか出会ったことがないのだ。
あの頃のセンゴクはナマエを特別だと自覚しておらず、自分にしがみ付く腕の強さすらもう覚えていない。
問題は、今のあの海兵に投げられたら高さが大変なことになりそうだということだが、ナマエもかなり海軍将校としての研鑽を積んでいるので、何とかなるのではないだろうか。
「いや、やらないぞ」
まるでセンゴクの考えを読んだように、ナマエが言う。
自分と年齢も変わらない部下を見やったセンゴクが、そうか、と答えてその背中を軽く背もたれへと預けた。
「残念だ」
しみじみ呟くセンゴクに、なんだそれ、とナマエが少しばかり笑う。
ナマエがやってくる口実に運んできたコーヒーからこぼれた香りが、ふわりと室内を漂っていた。
それを何となく楽しむセンゴクの傍で、まあ聞いてくれよ、と言葉を零したナマエがセンゴクの机へと近寄ってくる。
ポケットから折りたたんであった紙を取り出し、それを広げて目の前に寄こされたセンゴクは、どうやら雑誌の切れ端であるらしいそれを見て少しばかり目を瞬かせた。
誰がどう見てもわかりやすくケーキが印刷されているそれは、どうやらレシピのようだ。
しかし見た目からしてどう見ても複雑で、随分手がかかるだろう品だ。
「……これを作るのか?」
「まァな、材料も任務の前にあらかた手配したんだ」
思わず尋ねたセンゴクに、ナマエはそう言った。
元より、何かを手作りすることの好きな男だ。
たまには凝ったものも作りたくなるものなのかと納得したセンゴクをよそに、でも作るのに時間がかかるんだよ、とナマエは続けた。
「遠征終わったら一日休暇貰えるけど、さすがに休みにまで早起きはしたくないだろ。でも、これ作り始めたらめちゃくちゃ時間かかりそうなんだよ。待つ時間も多くてさ」
レシピの中のいくつかを指で示すナマエに言われても、センゴクはそもそもケーキを作ったことが無いのでよく分からない。まあしかし、手の込んだものと言うのは時間がかかるだろうというのは、さすがに想像がつく。
休暇の一日をケーキ作りに費やすだろう海兵が、だから、と言って瞳を煌めかせる。
「センゴク、うちに遊びに来てくれよ。昼過ぎからでいいからさ」
「……それは手伝えと言っているのか?」
「いやいや、俺の横で座ってるだけでいいよ。話し相手してくれ」
それで出来上がったケーキを一緒に食べよう、と寄こされた誘いに、センゴクは少しばかり考え込んだ。
ナマエのことだから、休暇の翌日にでもセンゴクのところへケーキの一切れを運んでくるのかとばかり思っていた。
『ほらセンゴク、今日のおやつだぞ』
そんな風に言って食べ物を寄こすのが普段のナマエだからだ。
もちろん、家に誘われたことなど友人としての付き合いの中で何度もあるし、今更それが特別だとも思わない。
そのはずなのに何となく気になってしまうのは、わざわざナマエがセンゴクを選んでいると感じるからだろうか。
そもそもこの遠征部隊において、ナマエと特に親しい海兵はセンゴクで、誕生日の話を振ったのもセンゴクなのだから、ナマエは成り行きで誘っているのかもしれない。
しかしそれでも、ナマエがこうして、『誕生日プレゼント』としてセンゴクを誘っているという事実は変わらなかった。
「……あれ、もしかして用事あるか?」
「いや」
答えなかったセンゴクに、ナマエが少しばかり眉を下げる。
それを見て反射的に返事をしたセンゴクは、そこですぐに我に返り、努めて平静を装った。
「どうだったかと考えてみたが、今回の休暇はまだ予定を入れていなかった」
「お! じゃあ、俺のうちに来るって予定をいれといてくれ」
センゴクの言葉に、ナマエがほっと息を零す。
安堵をあらわにしている相手を見やって、分かったと答えたセンゴクは、マリンフォードへ戻ったらすぐにいくつかの手配をしなくてはならないと心へ決めた。
マリンフォードへ着くころには、〇月◇日は過ぎてしまう。
しかし数日遅れとは言え、せっかくの誕生祝いなのだから、当人の作ったケーキを食べるだけで終わらせるのはもったいない話だ。
さすがに花など持ち込んでは困惑されるだろうが、食事なら喜ばれるだろう。ここ数年ナマエがねだる『誕生日プレゼント』は決まっていたため、贈り物も一応別で考えてある。
それらを携えて家を尋ねたら、目の前の彼はどんな顔をするだろうか。
喜ばせることが出来ればいいと、そんなことを考えたセンゴクの口にわずかな笑みが滲む。
「ナマエ」
「ん?」
「誕生日おめでとう」
まだ日付も変わらない時刻に、こらえ切れず祝福を紡いだセンゴクに、少しばかり目を丸くしたナマエは、一日早いぞと言って嬉しそうに笑った。
end
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