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おかきvs煎餅vsあられ
※主人公は同期
※若おつるちゃん
※センゴクさん不在


「聞いてくれよ、つる!」

 無造作に名前を呼ばれて、つるはちらりと声の主へ視線を向けた。

「また何かくだらないことで騒いでるのかい」

 呆れたような声を出しながら傍らにいた部下へ書類を託し、届けてくるように告げて体ごとそちらを向けば、くだらないことなんて何一つ無いぞ、と言いながらつるの同期である男が近寄ってくる。
 ナマエと言う名前の彼は、つるやガープたちと同じ頃に海軍へと入隊した青年だった。
 あまり出世に対する欲が無いのか、荒く揉まれる海軍の中でずっと生き残りながらもなかなかその肩書が変わらない彼は、すでにつるより少し下だ。
 それでも気安く親しげな口をつるへ叩いているのは、つるや他の同期達が、言葉で何度説得しようとも彼らへ向かって敬語を使おうとしたナマエへ、武力でもって『やめてくれ』と告げたが為のことである。
 『お前らの愛が痛い』と嘆きながら笑っていたその顔が、今はどうしてか憤りを宿していた。
 体格はつると同等かそれより少し大きいくらいの彼の両腕が何やら籠を抱えていて、わずかに香った甘しょっぱい匂いに首を傾げて、つるはそちらへ問いかける。

「またお菓子を持って歩いてんのかい?」

 おやつは心を癒すのだと婦女子のようなことを言って、駄菓子を海軍本部へ持ち込むのがナマエの常だった。

「お菓子じゃない、心の栄養剤だ」

 今日もまた似たようなことをして、そしてまた顔なじみに配って歩いているのかと思ってのつるの問いかけに胸を張って馬鹿なことを言い放ち、つるの傍で足を止めたナマエが籠の中身をつるへと見せた。
 指先でつまんで口へと放り込めそうなほど小さな何かがその中にひしめいていて、傾いた拍子にざらりと端へ寄る。
 はぜたような形と、醤油か何からしい匂いにそれが『あられ』だと理解したつるの前で、知ってたかつる、とナマエが声を漏らした。

「ガープの奴、煎餅が好きらしいぞ」

「ああ、そういや最近よく齧ってるのを見るよ」

「そしてセンゴクはおかきが好きらしい」

「ガープが間違えて買ったのを食べたらうまかったって言ってたかねえ」

 『煎餅』も『おかき』もつるには大した違いがあるようには思えないが、原料からして違うそれらに対するこだわりをセンゴクに語られたことを思い出し、つるはナマエへそんな風に言葉を返した。
 俺は知らなかったぞとそれに対して口を曲げて、ナマエがそれから唇を尖らせる。

「さあ今日のおやつだぞと渡そうとして『どうせなら煎餅がいい』とか『おかきはないのか』とか言われた時の俺の気持ちときたら、『何でもいい』って言ったのに店を選んだ途端駄目出しをしてくる彼女を持ったかのようだった」

 せっかく作ってきたのに、と放たれた言葉に、へえ、とつるが言葉を零す。
 それからその手がひょいと籠の中へと伸びて、何の断りもなくその中の一粒をつまんだ。
 ぽいと口の中に放り込み、優しい味わいを噛みしめる。

「美味しいじゃないか。やるね、ナマエ」

「このためにいくつもの餅をついたんだ、俺は」

「餅から手作りなのかい」

 相変わらず、むやみやたらと変なことに器用な男だ。
 そりゃあご苦労なことだね、と言葉を放って、つるは軽く首を傾げた。

「『煎餅』はともかく、『おかき』も『あられ』もそうかわりゃしないだろう、センゴクとも揉めたのかい?」

「そうなんだ。そこが問題だ」

 尋ねたつるへそう言葉を返して、ナマエは少しばかり眉を寄せた。
 それからきょろりと周囲を警戒するように見回して、近くに誰もいないことを確認する。
 海軍本部の通路の一角で、今さら何か人目を気にするようなことでも言うつもりかと不思議に思ったつるへと、ナマエはひそりと少しばかり声を潜めて言葉を零した。

「センゴクが突然怒り出したんだが、あいつはあられに知り合いが殺されたのか?」

「……何だって?」

 馬鹿なことを言い出した同期に、つるが怪訝そうな顔をする。
 それを見返し、お前今俺のことを馬鹿だと思っただろう、と口を尖らせて非難しながら、ナマエは更に言葉を零した。

「こんな不思議な世界なんだ、おかきやあられが擬人化しても俺は驚かないぞ」

「またそんなことを言って……なんでそう思ったんだい」

「これを出して食べさせたら、急に怒り出したんだ」

 拳をふるわれたから慌てて逃げてきた、怖かったと言い放ち、海軍の出世株の眼前からの逃亡に成功したらしい海兵は、その時の光景を思い出したのか僅かにその顔に陰りを見せながら、両手で『あられ』入りの籠を持ち直した。
 そんな理不尽な話があるのかいと、つるは困惑した。
 ナマエがこうして駄菓子を配って歩くのは、いつものことだ。
 友人、上官、部下の他には気に入った相手にしか配らないから、下の海兵達の中では一種のステイタスのようになっているとも耳にしている。
 ナマエ自身はそれを望まないが、平和の国からきたようなことを口にして、何よりも人命を優先するナマエの『正義』は、一部の海兵達からは尊敬のようなものを集めているのだ。
 そして、ナマエの配る駄菓子が何であれ、それをセンゴクが拒否するだなんてことがあるだろうか。
 そこまで考え、ふと先ほどのナマエの言葉を思い出したつるは、分かりにくく肩を落としているナマエへ『ちょいと』と声を掛けた。

「私をセンゴクだと思って、その時とおんなじことをしてごらん」

「え?」

「なんで怒ったか、分かったら教えてあげようじゃないか」

「なるほど」

 つるの提案に頷いて、その顔の翳りを消したナマエの手がざらりと籠の中身を揺らした。
 それから、ようセンゴク、と芝居がかった口調でつるへ話しかけて、動かした片手が籠の中へと入る。

「おかきじゃないけどな、今日のは上出来だぞ。ほら、食べてみてくれよ」

 そうしてそう言いながら、ひょいとつまんだ『あられ』をつるの口へ押し付けて、ナマエはそれをそのままつるの口へと押し込んだ。
 されるがままになったつるの前で手を降ろして、ここで拳が飛んできたんだと説明してきた相手を前に、つるはもごりと口の中身を舌の上で転がす。
 さく、と噛んだそれからじわりと甘くしょっぱい味が染みだし、ほろほろと口の中で溶けて崩れた。

「……あれかい、センゴクの手が汚れてたとかかい」

「おお、さすがつる、よく分かったな!」

 つるの言葉に、ナマエが驚きと感心に満ちた声を出す。
 そしてその後で、どうだ分かったか? とどことなく期待を抱いた声で問われて、つるの口からは溜息が漏れた。

「…………あんたの悪いところは、その鈍いところだね」

 センゴクも可哀想に、今頃顔を真っ赤にしていることだろう。
 呟いたつるの前で、どうしようもない男が、不思議そうに首を傾げていた。



end


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