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サンジくんと誕生日 2020
※時間軸不明(ワノ国編が終わってる)
※桃色天使シリーズの『サンジくんと誕生日』を経た話



 〇月◇日と言えば、サンジの『大事なひとり』の誕生日だ。
 仲間達も当然それを知っていて、宴好きな連中はさっそく宴だと盛り上がっている。
 麗しの航海士と頼もしい総舵手が相談をして決めた立ち寄り先は小さな孤島で、天気も良好だ。
 それなりに食用になる獣がいる島で、食料を狩りに行った船長が仲間と共に持ち帰った動物は大きく、他が持ち帰った果物やそれ以外の食材も大量だった。
 コックの腕の見せ所とサンジが気合いを入れたおかげで、『ナマエの誕生日パーティー』は豪華なものになった。
 入り江に寄せたサウザンド・サニー号の上で、あちこちで仲間達が飲んで食べて騒ぎ、別れた二年の間にその才能を世に知らしめた音楽家が楽しそうに音楽を奏でている。

「ナマエ、これやるよ」

「え? わ、ありがとう」

 いいのか、と少し弾んだ声を出しているのに気付いてサンジが視線を向けると、狙撃手から何かを受け取っているナマエがいた。
 こまごまとしたものを作るのが得意な男の細工だろう、つまんだものを傾けたナマエの手の上で、ぱちんと跳ねた細身のパイプが形を変える。
 黒い刃を見せるそれは誰がどう見ても折り畳みのナイフで、柄を掴んだナマエがそっとその硬さを確かめた。

「すごい堅いな、これ」

「前にワノ国で手に入れてたやつなんだけどよ、これならお前でも、なかなか折らねえんじゃねェかと思って」

 にんまり得意げな顔をしている狙撃手に、一度、二度と指に力を入れてからナイフを折りたたんだナマエが、本当だ、と微笑む。
 今日のナマエは誰がどう見ても男性的な格好をしているというのに、そのきらめく微笑みにわずかに眉を動かしたサンジは、口に咥えた煙草へ火を付ける気も起きず、ひとまず手元の大きなナイフを動かした。
 先程ろうそくも吹き消し終えたバースデーケーキを切り分けて、最初のひと切れを皿へと乗せる。
 それから次に作ったひと切れは、サンジの行動に気付いてすぐさま傍へと寄ってきた船医へのものだ。

「ほらよチョッパー、まずはこのくらいな」

「おかわりもしていいか!?」

「ああ、もちろん。食い終わってたらな」

「やったァ!」

 瞳をきらきら輝かせる相手へサンジが答えると、嬉しそうに飛び跳ねた船医がケーキの乗った皿と共に移動していく。
 それを見送ってから更にナイフを動かして、目の前のケーキを適当な数に切り分けたサンジは、そのうちの美しいふた切れをそれぞれ皿へ盛りつけ、すぐそばに置いてあったトレイへ乗せた。
 そのまま持ち上げたトレイと共に移動した先にいるのは、料理を楽しんでくれている美しい考古学者だ。

「こちら本日のデザートです、マドモアゼル」

「ありがとう、サンジ」

 賛辞の差し出したケーキを受け取った考古学者が、そのままもうひと皿が乗ったトレイにまで手を触れる。
 奪われたトレイが椅子の傍のテーブルへ置かれて、思わずそれを目で追ったサンジに、これはナミへ渡しておくわね、と考古学者が微笑んだ。

「貴方は次の用事があるものね」

 言い放った彼女が示した方を、サンジの目がちらりと見やる。
 先程まで狙撃手と一緒にいたナマエは、いつの間にやら船大工と絡んでいた。手渡されているのは恐らく、船大工からの誕生日プレゼントだろう。
 狙撃手の前は船医が何やら渡していたし、麗しの航海士が服を、そして美しい考古学者が厚みのある本をそれぞれ贈っていたのもサンジは見た。
 船長は張り切って獲物を持ち帰ってきたし、マリモ頭は随分弱い酒を持ち運んでいて、いつの間にかそれもナマエの腕が抱えている。
 今日流れている音楽はナマエが音楽家へリクエストしたものが殆どだし、総舵手は昼間、ナマエに頼まれて巨大な大人しい鮫を呼んでいた。
 今日はナマエの誕生日で、仲間である彼のその日を、仲間達が祝っているのは当然の話だ。
 もともと笑顔の多いナマエが、今日は朝からずっとにこにこと幸せそうにしている。
 いいことだと思うのに、何となくサンジがそちらを見ては目を逸らしてしまうのは、あまりにもそれが眩しいからだった。
 なんとも言えない気持ちになっているサンジの横で、ふふ、と考古学者が面白がるように笑い声を零す。

「そんなに気にしなくても、ナマエは貴方を見ている時が一番可愛い顔をしているわ」

「いや、ロビンちゃん、おれは別に」

「証拠を見せましょうか?」

 そんな風に言い放った彼女が少し身じろぐと、船大工と話して微笑むナマエの肩から、ひょいと急に一本の『腕』が咲いた。
 花弁を散らしたそれがつんとナマエの頬をつつき、それに驚いた様子で身じろいだナマエの体が、そのままサンジのいる方を向く。
 その目にサンジを映して、少し不思議そうにしてから、ナマエがにっこり微笑む。
 花開くようなその微笑みは、離れていてもはっきり分かるほどに華やかだ。
 そのまま近寄ってくるナマエの肩から先ほど咲いた『腕』が散り、代わりのようにサンジの背中が何かにとんと叩かれた。
 慌てて見やっても椅子に座ったままの考古学者がいるばかりで、笑っている彼女がひらりと美しい手を振る。
 促されるまま歩き出したサンジがナマエと合流するまでは数歩もかからず、つい先ほど離れた中央のテーブルのすぐ傍だった。

「サンジ、どうかしたのか?」

 呼ばれたと思ったらしいナマエが、サンジを見上げてそう尋ねる。
 その両手は色んな贈り物を抱えていて、空きもない。
 その様子を少しばかり眺めてから、サンジは先程離れたばかりのテーブルへと手を伸ばした。
 一番最初のひと切れを盛りつけた皿を捕まえて、フォークも手に取る。

「そろそろ、おれからの誕生日プレゼントも食わせようかと思ったところだ」

 もちろん、本来の誕生日プレゼントは他に用意してある。
 サンジの城であるキッチンの中で、相手を待つプレゼントボックスの出番はまだもう少し先だ。
 しかしそもそも、今日の料理もこのケーキも、サンジがナマエの為に用意したものだった。
 当然仲間達にも振舞うし、女性達へ優先的に配膳もしたが、そもそも一番最初に食べさせたいと思ったのはナマエだ。
 料理を楽しんではいてくれたようだが、サンジが配膳に回っているうちにサンジの傍を離れて両手を一杯にしてしまったナマエは、まだこのバースデーケーキを口にしてもいない。
 フォークでひとかけらを削り、ほら、とサンジが差し出すと、ナマエが目を丸くした。
 それから慌てたように、その手が持っていた贈り物達をテーブルの開いている箇所へ重ねる。

「自分で食べられるから」

「なんだ、口あけりゃあいいだろ」

「自分で! 食べられるから!」

 言葉を繰り返してサンジからフォークと皿を奪い取ったナマエは、少しばかり顔が赤い。
 どうやら照れているらしい相手に、サンジの口が笑みを浮かべた。
 サンジがナマエを構うのはいつものことなので、今更その口へサンジが食事を運んだところで仲間は誰も気にしないだろうが、ナマエはそうでもないらしい。
 可愛らしいサンジの大事な誰かさんが、フォークを扱ってケーキをひと口頬張った。

「……んっ」

 口の中に広がっただろう甘みに、その目が嬉しそうに輝く。
 美味しいと何より語るその目を見るのが、サンジは好きだ。
 サンジが何を食べさせても、ナマエはそう言う顔をする。
 恐らくサンジはナマエの胃袋を手懐けているし、今後も逃がすつもりはない。

「おかわりもあるから、しっかり食えよ」

 言葉と共にテーブルの上にあるバースデーケーキをサンジが指で示すと、フォークを咥えたままでナマエが頷いた。
 そのまま嬉しそうにひと口ふた口とケーキを口にしているナマエが、ちまちまと名残惜しそうに食べているのを見たのは、ナマエと過ごしたこれまでの中で一回だけだ。

『また来年も食べたいな…………なんちゃって』

 そう言って誤魔化すようにフォークを握り直したナマエを、サンジは覚えている。
 まだサンジが決心をしていなかった頃、あの島に残るつもりだったナマエは、いずれ訪れる別れをはっきりと示していた。
 ナマエがいつからサンジのことをそう言った風に見ていたのかを正確には知らないが、もしもあの時も好いていてくれたのなら、あの時の寂しそうな声音は本心だったのだろう。
 あの日に立ち戻れるのなら取って返して抱きしめてやるところだが、残念ながらサンジは過去へ戻る術を知らない。
 だからその代わり、今日も来年もその先も、完璧なひと切れを用意すると決めている。

「サンジ?」

 ひと皿分のサンジの愛を食べ終えて、片手にフォークを掴んだまま、ナマエが不思議そうに首を傾げる。
 なんでもねェよとそちらへ返事をして、サンジは火のついていない煙草を唇から離した。

「感想は?」

「それはもちろん、とってもおいしい。ありがとう!」

 にっこり笑って嬉しそうな顔をするナマエは、今日もサンジの視界で輝いている。



end


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