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サンジくんと誕生日
※『桃色天使』シリーズ



 ふんわりとした柔らかなスポンジのかけらをフォークで刺して、桃色のクリームを擦りつける。
 甘いそれを口へと入れてから、ふわりと目元を笑ませて、ナマエはその顔を傍らの相手へ向けた。

「おいしい」

「当然だろうが」

 誰が作ったと思ってるんだ、と何とも高慢なことを言い放った男に、サンジくん、と微笑んで回答したナマエの手が、もう一度ケーキを少しだけ掬い取る。
 ナマエの前に置かれた皿の上の小さなケーキは、コーヒーを淹れている彼が作ってくれたこの世にたった一つのものだった。
 毎日の『決闘』の最中、あちこちで集めてくれたらしいフルーツがふんだんに使われたそれは、ナマエが今までに食べたことのない味をしている。
 何の予告もなくサンジが唐突に現れたときはまた『レシピ』をためしに来たのだろうと思っていたのだが、しかし秘伝のレシピを広げることなく手を動かしだした相手に、『何を作るんだ?』と多少の困惑と共にナマエが尋ねてしまったのは、ほんの二時間ほど前のことだ。

『ケーキに決まってんだろ』

『ケーキ? そういうレシピだったのか?』

『何言ってんだ、今日は〇月◇日だろうが』

 怪訝そうな顔をして言い放ったサンジの言葉によって、ナマエは用意されたこの小さくて可愛らしいケーキがまるごと自分への誕生日プレゼントなのだということを初めて知った。
 勿体なさ過ぎて、扱うフォークが削る量は極端に小さい。

「サンジは何でも作れてすごいなァ」

 大きくはないケーキをゆっくりと食べながら、ナマエがそうしみじみ呟くと、コックだからな、と言いながらやってきたサンジがコーヒーをナマエへと差し出した。
 礼を言って受け取りながら、ナマエは眩いものを見るかのようにサンジを見やる。
 ナマエの向かいで椅子に座った男は、とある海賊団のコックだ。
 ひどい目に遭ったのに必ず仲間のもとに帰ると決めていて、そのための力を蓄えるべく、今はモモイロ島を駆けまわっている。
 時々気にして探しに行くが、ナマエが見かけた時のサンジは、どれだけ怪我をしようとも必ず新人類拳法の師範達を倒していた。
 素人のナマエが見ても『強くなってきている』と分かるほどなのだから、きっと当人もそれを自覚していることだろう。
 いつかサンジは島を出ていく人間で、そうしてまた仲間達と共に海を渡っていく。

「……同じの、誰かにも作るのかな」

「ナマエ?」

 もやり、と沸き上がった想像が口から零れて、うまく聞き取れなかったらしいサンジが少しばかり怪訝そうな顔をした。
 それを見やり、なんでもないよと答えたナマエの手が、また一口分のケーキを口へ運ぶ。

「無くなっちゃうの勿体ないなァと思って」

「食い物を食うのに勿体ないも何もねェだろ」

 ナマエの言葉に少し呆れた様な顔をしてから、サンジの手が煙草を取り出した。
 彼が来るようになってから常備されている灰皿を使って、ふう、と吐き出された紫煙が室内へとわずかに広がる。
 漂うその香りは、煙草を吸わないナマエにとってはそのまま、サンジを連想させる匂いだった。
 甘いケーキの匂いとは合うはずもないのに、なんだかとてもしっくりくる気がするのは、きっとこれを作ったのが目の前のコックだからだろう。

「また来年も食べたいな」

 小さなケーキが半分になってしまったのを見下ろして、ナマエは呟いた。
 それを聞いたサンジが、その視線をナマエへと戻す。
 何かを窺うようなその眼差しを見やってから、なんちゃって、と微笑んだナマエはフォークを掴み直した。
 サンジはやがて島を出ていく人間だ。約束の時期を考えると、来年の〇月◇日には恐らく、サンジはこの島にはいないだろう。
 かなえられない約束を交わすような無責任さは無いと知っているから、誤魔化すように小首を傾げたナマエの手が、先ほどサンジが淹れてくれたコーヒーを手に取った。

「サンジの誕生日には、俺がケーキ作ろうかな」

 そうしてそんな提案をすると、お前がか、とサンジは少し不思議そうな顔をした。
 それを見やって少しだけ眉を下げたナマエが、カップを両手で捕まえながら、ほんの少し上目遣いで向かいの男を見つめる。

「その……サンジくんみたいには美味しく作れないんだけど、お祝いしたいから……食べにきてくれる?」

 じいっと見つめながらのナマエの発言に、わずかな反応を示したサンジが、少し不自然な動作でナマエから顔を逸らした。
 前髪で目元が隠れていて表情は読めず、片手が煙草の為に口元を隠してしまう。
 サンジの様子を見て、ちょっとあざとすぎたかな、とさらりと笑ったナマエが、カップを片手で持ち直した。
 ナマエは、他のカマバッカ王国の民と同様に、普段から女性の格好をしている男だった。
 しかし、できるだけ男性らしい部分を隠すことに慣れているのは『この島』にやってくる前からのことだ。
 料理の手習いも受けていたが、コックを生業とする海賊には到底かなわず、掴むべき胃袋は取り逃がしてばかりな気がしている。
 掴まれているのは自分ばかりだと手元のコーヒーと残り半分のケーキを見やってから、ナマエはサンジの方へと微笑みを向けた。

「でも、サンジの誕生日を祝いたいのは本当だからさ」

 もしも都合が良かったら食べに来て欲しいな、とナマエが言葉を続けると、すう、とサンジが息を吸い込んだ。
 煙草の灰が増えて、それから先ほどに比べて随分と多い煙が吐き出される。

「………………考えておいてやる」

 明確な約束はしないまま、そう唸ったサンジの手が煙草を灰皿でもみ消して、その目がじろりとナマエを見やった。
 怒ってでもいるような顔だったが、なんとなく相手が照れているような気がして、ありがとう、とナマエはまた笑った。



end


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