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ハルタと誕生日
※『春夏秋冬の彼』設定
※主人公は白ひげ海賊団クルー(notトリップ主)



 ハルタには、ナマエと言う名の弟分がいる。
 偉大なる海賊に憧れて白ひげ海賊団へとやってきた彼は十二番隊に所属していて、『ハルタ隊長』とハルタを呼ぶ。
 どこにでもいる平凡な顔をした男だが、ハルタはこの弟分を気に入っていた。

「ナマエ、のんでる〜?」

「のんでまァす」

 宴の最中、存分にあちこちで飲んだハルタが近寄って声を掛けるのはいつもの通りで、手元のカップを揺らしてナマエがそれに答えるのもいつも通りだ。
 いつもと違うのは、座り込んで笑っているナマエの顔が今まで見ないほどに真っ赤になっていて、その傍らにたくさんの物が置かれているという事実だった。

「たくさんもらったねェ」

 傍らへ腰を下ろしながら、ハルタがそう声を掛ける。
 そうなんですよと嬉しそうな顔をしているナマエは大変に酔っぱらっていて、その手のカップにはもう半分も中身が無かった。
 それを見たハルタの手が近くにあった酒瓶を適当に捕まえて注ごうとすると、あ、と声を漏らしたナマエがカップを自分の方へと寄せる。

「ハルタ隊長、おれェ、もうそろそろ終わろうと思ってて」

「そう言わないでさ、今日の主役だろ? 誕生日おめでとう、まだ来てないけど」

 明日も休みになってるんだしたくさん飲みなよと言って笑ったハルタに、ううん、と目の前の酔っ払いが唸る。
 今日の宴は、今月誕生日を迎える『家族』達の為に開かれたものだ。
 ひと月からふた月程度に一回開かれるそれらは不定期で、もちろん当日の人間もいればそうでもない人間もいる。
 ナマエの誕生日は〇月◇日で、まだ当日までは数時間もあるが、主役は主役だ。

「それとも、何、おれの酒が飲めないっての?」

「ハルタ隊長、横暴な酔っ払いみたいですよォ」

 普段より少しぼんやりした言葉を紡いだナマエが、仕方なさそうにその手元のカップをハルタの方へと向けた。
 観念した男に一つ頷いたハルタの手が、酒瓶の中身をなみなみと注ぐ。
 たっぷり酒の入ったカップを自分の方へと引き寄せて、ナマエの口が酒をちびちびと舐めた。
 飲み比べだったならすぐに負けそうなほどの速度だが、ハルタは気にせずそれを傍らで眺める。
 そうしているとその視界に入るのは、じわじわと酒を減らしていくナマエと、その向こう側にある贈り物の山だ。
 大きなものから小さなものまで、いろんなものをナマエは受け取っている。
 さすがに、ハルタもどれが誰から贈られたものなのかまでは知らない。
 横に居座って確認していても良かったが、いつもならあちこちで飲み比べをしているハルタが傍らにいることに、ナマエはとても不思議そうな顔をしたのだ。

『どうしたんですか隊長、もしかして気分が悪いとか?』

 マルコ隊長を呼びましょうか、なんて言って少し心配そうな顔までした『本日の主役』に、ハルタは仕方なくその傍らから離れることを選んだ。
 全く、と小さく息を漏らして、ハルタの手が先程自分の傍らへ置いたものを掴む。

「ナマエ」

「はい?」

 声を掛ければ素直に返事をしたナマエへ、ハルタは手に持ったものを差し出した。
 きちんと包装もされていない、ただ畳まれただけのマフラーだ。
 目の前に差し出されたものに、ナマエがぱちりと目を丸くしている。

「ん」

 戸惑う相手の前でハルタが手に持ったものを揺らすと、誘われるように動いたナマエの片手がそれを受け止めた。
 すぐに手をおろしたハルタは、自分のカップを持ち直して、先ほどナマエのカップへ注いだのと同じ酒瓶から中身を継ぎ足す。

「これ、もしかしてプレゼントですか」

「そりゃそうでしょ。今日がなんの宴だと思ってるのさ」

 包装は面倒だからしなかったよ、と告げたハルタの言葉は、真実ではない。
 ハルタはその贈り物を先日の大きな島で買ったし、店のロゴが入った包装紙がしっかりとそのマフラーを包んでいた。
 けれどももとより、ハルタは包装紙をナマエへ見せるつもりは無かったから、宴の準備をしている最中にさっさと包装紙を破いて捨ててある。
 以前欲しいものをそれとなく聞いた時、『高くないもの』と遠慮しいの弟分が答えたからだ。
 値段を思わせる高級店のロゴ入りの包装紙は、もはや厨房で火種になったことだろう。

「もしかしてハルタ隊長が編んだやつですか?」

「そんなわけないじゃん、この間の冬島で店先に吊られてたんだよ。掘り出しものでしょ」

「なんだァ、編んでくれたのかと思ったのに」

 へらりと笑ってそんなことを言うナマエが、カップを置いて両手でマフラーを捕まえる。
 手触りを確かめるように畳まれていたマフラーをひょいと広げ、そのまま自分の首へとくるりと巻いて、頬に触れた部分に頬ずりをするような仕草をする。
 嬉しそうな弟分を見やって、そんなわけないじゃん、とハルタは呆れた顔をした。

「編み物する海賊なんてなかなかいないよ」

「いやいやァ、暇なときはしますよ。おれ編み物できますもん」

「ふーん?」

 酔っ払いが言い放つ言葉に、ハルタがその傍らで相槌を打つ。
 編み棒なんて持ってたっけとそのまま尋ねると、ナマエはぴんと自分の片手の指を伸ばし、掌ごとハルタの方へと晒して見せた。

「実はおれ、いい編み棒を十本くらい持ってるんですよォ……指って言うんですけど」

「指で編めるの? へー」

 思わぬ発言に、ハルタは目を丸くした。
 ふふんと自慢げな顔をした男が、こうやるんだと今ここにはない毛糸を指に掛ける仕草をする。
 その動きを目で追って、よくわかんない、とハルタは肩を竦めた。

「得意なんだったら、今度おれに何か編んでよ」

「ええ? 自分で使うならともかく、人にあげるのはちょっと……」

「いいじゃん、そのマフラーのお礼にさァ」

「なんで誕生日プレゼントにお返しが必要なんですかねェ」

 どうかと思いますよ、と非難をしてくる弟分は、しかし満更でもない顔をしている。
 横でその顔を見やったハルタの口から、ふふ、とわずかに笑い声が漏れた。
 深酒をしても、ナマエは記憶を失わない。
 そして案外律儀な弟分だから、きっとそのうちハルタに手編みのマフラーを寄こすだろう。
 それが何かの記念に寄こすものであっても、そうでなくとも、ハルタにとってはどちらでもいいことだ。
 ナマエがハルタの『特別』な弟分になってから、もう随分と経つ。
 きっかけはと聞かれても明確に答えられるわけでもないくらい、ナマエはじわじわとハルタの『特別』を占領した。
 それに気付いてからのハルタの態度は分かりやすいはずだが、この弟分がまるでそれを分かっていないことも、ハルタは知っている。
 他の『兄弟分』の方が察しているくらいなので、そのうち外堀から埋めてやるつもりだ。勝手にハルタの『特別』になってしまった、ナマエが悪い。

「おれにだけ特別にお返ししなよ」

「やァだこの隊長、すっごく横暴なんですけどォ」

 ハルタの心からの言葉に、わざとらしくしなを作ってふざけたナマエが楽しそうに笑う。
 それを見やって目を細めたハルタは、大事な弟分が酔いつぶれるまで、残りの時間はずっとその隣に座っていることにした。
 〇月生まれの『家族』を祝う今夜の宴は、まだまだ続きそうだ。



end


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