春夏秋冬の彼
※主人公は白ひげ海賊団クルー(notトリップ主)
※全面的に捏造注意
「ナマエ、起きて!」
響いた声と共に、ゆさ、と体が揺れる。
波の揺れとは違うそれにむっと眉を寄せて、おれはハンモックの内側で身をよじった。
「んー……」
「んーじゃなくて、起きてってば、ほら、おーきーろ!」
声を漏らしつつ顔を隠そうとしたのに、体の下敷きにしている腕が外側からつんつんつつかれる。
ハンモックの目を使った攻撃には成すすべもなく、もう少し身をよじったおれは、そこで仕方なく目を開いた。
「なんですか、ハルタ隊長……おれ眠いんですけど……」
開いた先には分かっていた通り、横向きになったおれ達の隊長の顔がある。
相変わらず元気はつらつと言った顔に、転がったままで声を掛けると、良いから起きろとまたハンモックが揺らされた。
促されるままゆっくり起き上がると、すぐにハンモックを傾けられる。
ずり落ちかけた体を動かしてそのまま部屋へ降り立ったおれの口から、ふあ、と大きめのあくびが漏れた。
「おれ、昨日見張り当番だったんですよ……」
「知ってるよ、予定組んだのおれだし」
「……知ってるんなら寝かせてくださいよ」
寄こされた言葉に反論しつつ、とりあえず目をこする。
それやるとマルコに怒られるぞ、とおれの方を見て笑ったハルタ隊長が手に持っていたものをこちらへ差し出し、おれはありがたく受け取った。濡れタオルだ。
顔を洗う代わりにそれで顔を拭いて、それで、とタオルを畳みなおしながら尋ねる。
「なんの用ですか、隊長」
わざわざ眠っているおれを起こしに来るなんて、何か重大な用事があったんだろうか。
敵襲ならもっと手荒に起こされているはずだし、他の数人の仲間達も同じように起こされているはずだ。
いやむしろ、おれを起こすためにあれだけ騒がれたのに、なんで他のみんなは誰も目を覚まさないんだ。羨ましい。
「まァ、いいから。ほら、ついてきて」
ぐうぐう眠る『家族』をちらりと見やったおれの前で、そんな言葉を放ったハルタ隊長が歩き出す。
促されて仕方なくそれに続いたおれは、部屋の端にある汚れ物入れにタオルを放り込み、とりあえずそのまま部屋を出たハルタ隊長を追いかけた。
どうやらその足先は甲板の方へ向かっているらしい。
先を進んでいた相手の斜め後ろを陣取って、どうしたんだろうかと首を傾げる。
見やった先のハルタ隊長は相変わらず機嫌がいい。
おれが所属する十二番隊の隊長殿で、いわばおれの兄貴分である相手が機嫌の悪いところはまああまり見たことはないわけだが、それにしても機嫌がいい。
何かそんなに楽しいことがあったのかと、そんなことを考えたところで甲板にたどり着いたハルタ隊長が、眩しい外に出たところでおれの方を振り向いた。
「ほら、早く」
「はーい」
促されたそれについて行きながら、おれも同じように甲板へ出る。
その瞬間、ぴたりと足を止めてしまったのは、甲板の上が何故だか真っ白だったからだった。
さくりと踏みつけた靴の底が、じんわりと冷たい。
「…………雪……?」
思わず声を漏らしてから、おれは周囲を見回した。
体の大きいクルーも多いモビーディック号の、甲板は随分と広い。
そしてその上にはやっぱり、白い雪が大量に敷き詰められていた。
そんなことがあるだろうか。おれ達が今向かっているのは春島のはずだし、降り注ぐ太陽も氷点下とは言えない。その証拠に、敷き詰められた雪の表面は少しばかり溶けている。
かといって、偽物だということは考えにくかった。あちこちで、何人かがそれを確かめているのが見えるし、足元がぞくぞくするくらい冷たい。
「さっき通り雪が降ってさァ」
「とおりゆき」
通り雨の亜種みたいな言い方をされて、思わずオウム返しする。
おれのそれに笑い、驚くだろうと思って起こしちゃった、とハルタ隊長が笑った。
「びっくりした?」
「そりゃ……びっくりしましたけど……」
とても楽しそうなその顔が何となく眩しいのは、雪の照り返しのせいだろうか。
おれより年上でおれより先にこの船にいた、いわばおれの海賊としての『先輩』でもあるくせに、たまに妙に子供っぽいのがハルタ隊長だ。
雪なんて降ったらはしゃぐのはいつものことで、他の家族達と一緒に雪像を作って遊んだりだとかをしているのを見たことはある。
ちなみにそれは冬島での話だが、おれは寒すぎて隅っこでじっとしていた。マフラーを巻きまくってもはや毛糸の精なおれを見て笑っていたのも、そう言えばこの人だった気がする。
おれは正直言って、寒いのが苦手だった。今だって、できれば長靴に履き替えて靴下も穿きたいくらいだ。
「……ハルタ隊長、子供みたいって言われたことないです?」
「なんだと! せっかく溶ける前に見せてやろうと思って起こしたのに!」
わざとらしく怒った顔をされて、とりあえずすみませんと頭を下げた。
それに顎を逸らして『許してやる』なんて言ったハルタ隊長に、おーい、と声が掛かった。
そちらを向いたハルタ隊長の視線を追いかけてそちらを見やれば、何か大きな雪の塊を持ち上げたラクヨウ隊長がいる。
「ハルタァー、これもうぶん投げていいかー?」
「待ってちょっと、まだ未完成だって言ったでしょ!」
声を上げたハルタ隊長が慌てた様子で駆け出して、その剣幕に笑ったラクヨウ隊長が逃げ出す。
あまりにも子供っぽいそのやり取りに、雪の上から船内へ下がりつつ、何となくほのぼのとそちらを眺める。
おれの足跡を付けた雪が、春の陽気を眩しく反射していた。
※
夏島はとてもつらい。
何がつらいって、暑いのだ。
「溶けて無くなりそう……」
甲板の端へ樽を置き、それに刺す形で設置したパラソルの下で、ぐったりとした様子のハルタ隊長に、そうですねェ、と声を漏らした。
ぱたぱたとうちわで自分を仰いだりもしているが、海すら煮立っていそうな気温ではあまり効果が無い。
いっそ船内に逃げ込みたいところだが、蒸し風呂めいた気温に辟易して、二人して甲板に逃げてきたところだった。
ちゃんと水分をとるように言われているので、とりあえずぬるい水を水筒から口に運んで、ハルタ隊長が手に持ったままの水筒のふたも開ける。
「ありがと……」
ぐったりとした隊長がそんな風に礼を言い、そのままそれへ口をつけるのを見やりながら、あれ、とふと思い出して口を開いた。
「そういえば、隊長って南の海生まれじゃなかったです?」
いつだったか、そんな自己紹介を聞いた気がする。
もちろん島によりけりだろうが、何となく、南の海は日差しも強そうだ。
おれの言葉に、ハルタ隊長がじとりとこちらを見やった。
「南の海生まれが暑さに強いってのは偏見だからね」
「あ、すみません」
「おれはどっちかって言うと、寒いほうが好き」
雪とか楽しいよね、と続いた言葉に、そう言うもんですかね、と呟く。
そう言えば、この人は雪が降ると子供のようにはしゃぐ人だった。
いつぞやのことを思い出したおれの横で、ハルタ隊長が喉を鳴らして水を飲む。
「そういえば、ナマエは寒いの苦手そうだよね。この前の冬島とかミノムシみたいになってたし」
「寒いと人間死ぬんですよ、ハルタ隊長」
「いやァ、でもあれはやりすぎでしょ」
動けなくても死ぬんだよと言って笑ったハルタ隊長の手が水筒を降ろしたので、伸ばした手でそれのふたを閉めた。
ありがとうとまた言われた礼にどういたしましてを返して、自分も同じように水筒のふたを閉じる。
それから二人でそろってパラソルの下から日向を見やり、そのまま二人でため息を零す。
「どっちにしても、この暑さはつらいね」
「そうですね……」
「海で泳ぎたーい」
「海水温度体温超えてるって、さっきナミュール隊長が言ってましたよ」
「それってもう風呂じゃない?」
偉大なる航路ってたまにおかしい、と唸るハルタ隊長に、たまにじゃないです、と答えつつ背中を樽に預ける。
夏島の猛暑の中、おれ達に出来ることと言えば、二人で文句を言いながら涼しい夜が来るのを待つことだけだった。
数日で夏島を抜けてくれなかったら、多分二人そろって溶けて無くなっていたに違いない。
※
秋島は飯がうまい。
何がうまいって全部うまい。
実りの秋とはよく言ったもので、たどり着いた無人島では大いに食糧を調達できた。
その結果があれば、宴が執り行われるのも仕方がないというものだ。
「ナマエ、のんでる〜?」
「のんでまァす」
あちこちで料理や酒をつまみながら、ふらふらやってきた酔っ払いの隊長に、おれは手に持っているカップを揺らして答えた。
そうかそうかと機嫌よく笑ったハルタ隊長が、そのままおれの横へと座る。
「さっきすごかったですね、ハルタ隊長、まさかジョズ隊長を倒すとは」
「まァね、おれほどにもなると飲み比べじゃ負けないわけ」
「かーっこいー」
その前に三人倒していたジョズ隊長を思えば許容量を超えただけの話だとも思うのだが、それはそれ。その良いタイミングで勝負を挑めたハルタ隊長は、やはり勝者だ。
ほめたたえるおれの横でふふんと鼻を鳴らして胸を張ったハルタ隊長が、おれの前の皿へと手を伸ばす。
遠慮なく摘みをさらっていく相手に皿を差し出すと、適当にとってきた唐揚げの一つを口に入れたハルタ隊長が、もう一つを指でつまんでずいとこちらへ差し出した。
「ん」
「え? あ、どうも」
やる、とばかりに寄こされたそれに慌てて手を伸ばすも、つまもうとした指から逃げられる。
しかし手を降ろしたおれの前にもう一度からあげがよせられて、口をもぐもぐ動かしたままのハルタ隊長がもう一度『ん』と声を漏らした。
少し考えて、言いたいことに気付いたおれが口を開けると、ぽい、と唐揚げがおれの口へと放り込まれる。
サッチ隊長が腕によりをかけて作った料理は、相変わらずうまい。
「ナマエ、なんかのヒナみたい」
「いや、自分が食べさせたんでしょうに」
「でも自分で口開けたのはナマエだろー」
そんな風に言ってけらけら笑うハルタ隊長は、誰がどう見ても酔っている。
まあこの人が楽しいならそれでいいかと、おれも酔った頭でそんなことを考えた。
ハルタ隊長はいつも楽しそうだ。
それを見ているとこっちも楽しくなるので、十二番隊に入ってよかったなァとたまに思う。
しみじみそんなことを考えたところで、ガチャンと大きな音がした。
思わずそちらへ顔を向けると、誰かが皿を割ったらしかった。
近くにいた何人かも片付けに協力しているので、手伝いに行く必要はなさそうだ。
「おれ以外にはそういうのしないようにね」
怪我はしてないかな、とそちらを見やっていたら、何故だかそんな声がすぐそばから聞こえた。
「へ?」
言われた言葉の意味を飲み込めず、思わず声のした方を見やる。
そこにはただ酔っぱらったハルタ隊長がいるだけだ。
「ん?」
振り向いたおれに、どうしたんだ、と言いたげに首を傾げた隊長を見やって、あれ、とこちらも首を傾げる。
空耳だろうか。
「酒足してやろうか? ほら」
「あ、どうも」
機嫌よく酔っぱらっているハルタ隊長が酒瓶を差し出してきたので、おれはありがたく酌を受けた。
その後相手のカップにも酒を注いで、二人で何瓶か空にしながら、その日の宴を終わりまで過ごしたのだった。
※
寒い。
とても寒い。
冬島とはいえ、こんなに寒くては死んでしまうってくらい寒い。
「大げさだなァ、ナマエは」
呆れたように言われて、大げさじゃないです、と答えたおれは現在、しっかりと体に毛布を巻き付けていた。
少しでも隙間が開けばそこから冷たい空気が入り込んでくるので、身動きの一つもとれないまま部屋の端に座っている。
極寒の冬島に停泊すると聞いた瞬間の絶望ときたら、数時間前に訪れた後もずっとおれの周りでひたひた踊っている。
わざわざ部屋の隅に座り込んでいるおれに、正面に立っているハルタ隊長はあきれ顔だ。
「ちゃんと厚着してるんだったら、毛布はせめて外しなって」
「厚着しても寒いもんは寒いです……」
震えて答えつつ、隊長こそそんな恰好で寒くないんですか、と声を漏らした。
少し厚着をしているが、ハルタ隊長は正直言って、この寒さの中で生きていけるとは思えないほどの軽装をしているのだ。
「このくらいどうってこと……」
きっぱりと答えようとした隊長が、何故だかそこで少しばかり止まる。
それから、少し考えるようにしてから、さす、とその腕を掌で擦った。
「……さむっ!」
短く声を漏らして、その手が何故だか素早くおれの方へと伸びる。
あ、ともぎゃあとも悲鳴を上げる前に、ハルタ隊長の手がおれの毛布を引っ張り、その体が内側へと滑り込んできた。
どすりとぶつかってきた体が痛いし、隙間から入ってきた冷たい空気がいやだ。
「何するんですか隊長!」
「ナマエと話してたら寒くなったから責任取って」
「そういうのは自己責任でしょう!」
「いいからいいから」
そんなことを言いながら、ぐいぐいとハルタ隊長の体が内側へと進んでくる。
最終的におれのすぐそばに座り直したハルタ隊長と、大きめな毛布を分け合うという格好になってしまった。
「はー……ナマエあったかい」
「そりゃおれはあったまってましたからね……」
ぴたりと体がくっついている相手に、そんな風に声を漏らす。
ハルタ隊長の体は冷たい気がする。やっぱりあれは軽装過ぎたんだろう。もっとこう、しっかり防寒するべきだ。
「この格好でどうするんですか、ハルタ隊長」
「いや、いいじゃん。移動するときは一緒に移動しようよ、食堂とか」
「この毛布一人用なんですよね」
「一番でかいの選んでたの知ってるんだよね、おれ」
二人で入っても余裕でしょと言ってハルタ隊長が笑う。
確かにそうだが、二人そろって同じ毛布にくるまったまま行動するというのは、はたしてどうなんだろう。海賊として、さすがに格好悪いんじゃないか。
そんなことを考えてうーんと声を漏らしたおれの腕に、そっとハルタ隊長の腕が絡まった。
まだ冷たいその腕に身を引くと、ハルタ隊長がずいと体を押し付けてくる。
もともと隅っこに座っていたおれは、そのおかげで角に追いつめられる格好になってしまった。
「おれだってそのうちあったかくなるだろうしさ、一人より二人の方があったかいんだよ、こういうのは」
「そりゃ……うーん、そうですけど……」
小さい頃、親の布団に潜り込んでいたことを思えば確かにそうなのだが、なんだか言いくるめようとされている気がする。
腑に落ちないおれをよそに、まあいいからいいから、と声を漏らしたハルタ隊長は、おれに体重をかけてもたれかかることにしたようだった。
壁に押し付けられる格好でそれを支えたまま、とりあえず毛布に隙間が出来ないように気を付けながら、おれもじっと暖を取ることにする。
「…………何してんの、お前ら?」
温かいココアなんていう神の飲み物を配り歩いていたサッチ隊長がひょいと顔をのぞかせるまで、おれ達はそのまま部屋の隅で寄り添ってじっとしていた。
それから結局、冬島を離れるまでおれとハルタ隊長が大体ずっとくっついていたのは、やっぱり寒さのせいだろう。
ニヤニヤ笑って見ている家族も何人かいたが、ハルタ隊長はすごく堂々としていたので、開き直りって言うのは大事なものなのかもしれない。
end
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