- ナノ -
TOP小説メモレス

おでんと誕生日
※『花の都の』設定
※主人公は転生トリップ系主人公で光月ナマエ(おでん様の弟)
※おでん様に夢見る捏造注意



 おでんには、ナマエと言う名の弟がいる。

『あう』

 言葉も話せぬ、寝転ぶことしか出来ない存在が、小さなその手をおでんへ伸ばす。
 そっとおでんが手を寄せると、思ったより強い力を持ったその掌が、ぎゅうとおでんの指をまとめて二本ほど握った。
 おでんがさっと振りほどけば簡単に逃げられるだろう拘束を、しかしそうはせずに、おでんはじっと敷布の上の小さな相手を見下ろす。

『……お前の名前はナマエと言うんだぞ』

『うーあ』

 おでんの言葉の意味も分からぬだろうに、幼い弟は返事をするように声を漏らした。
 四つ年下の小さな命は、おでんが生まれて初めて見た、自分より小さくてか弱い、『守らねばならないもの』だった。
 自分より世の中を知らないこの弟に、自分が見た様々なものを見せてやろうと、ある程度大きくなってからはあちこちに連れ回したものだ。
 ワノ国は遠くに見る海原より随分と小さく窮屈だが、しかしナマエから見れば広大な場所に違いなかった。
 けれどそうやって連れ歩けていたのはナマエが幼かった頃の話で、今は違う。

『出るぞ、ナマエ!』

 そう言って誘うおでんをナマエが断るようになったのは、いつ頃からだったろうか。

『じっとしているのも、なかなか良いですよ』

 城にいる方が性に合っているだのと、おでんには理解できないことを言い放ち、ナマエは城にこもるようになった。
 おでんが都を離れていた場合は出かけていたらしいが、おでんは城下で護衛を連れた弟と遭遇したこともない。
 おでんがあちこちで好き勝手をする分、父がナマエへ期待をかけていることはおでんも知っている。
 真面目なナマエはそれを真面目に受け取っているのだろう。それでも、時には気晴らしをするべきだ。

「ナマエ」

「兄上」

 すぱん、と襖を開け放って部屋へ足を踏み入れたおでんへ、文机に向かっていたナマエが顔を上げる。
 それと同時にその手が自身の袂から何かを取り出し、ぽいとおでんの方へとそれを放り投げた。
 それを片手で受け止めたおでんが、放られたものをちらりと見やる。
 石を加工して作ったと思われるそれは筆置きで、少し重たく冷たい手触りのそれを数秒掌で転がしてからおでんがそれを投げ返すと、受け取ったナマエが寄こされたそれを両手で受け止めた。
 ナマエが部屋へやってくるおでんへこの石を触らせるようになったのは、ここ数年のことだ。
 最初の頃は話のきっかけを探しながらだったが、何度も何度も石を触らされていれば、さすがのおでんもナマエへの狙いに気付く。
 まどろっこしいことは好かん、と前置いて触ってほしいものを投げるように伝えたおでんへ、戸惑った顔をしてからもすぐに納得して頷いた弟は、おでんへ何も言わずに物を投げるという無作法をするようになった。
 兄としてそれを許したおでんが、ずかずかとナマエへ近付く。
 不思議そうにしながらも怯えたりすることも無くそれを見上げたナマエが、少しばかり首を傾げた。

「兄上?」

 どうかなさいましたかと、幼子のようにナマエが尋ねる。
 おでんに比べて小さな体をしているナマエは、おでんから見ればいつまで経っても小さな子供のようだった。
 四つしか離れていないはずなのに、おでんを見上げるその目が絶大なる信頼を宿した幼いままであるからかもしれない。

「今日は何月何日だ?」

「今日ですか? 今日は〇月◇日です」

「そうか。つまり?」

「……俺の誕生日ですね?」

 おでんに正解を寄こしたナマエに、うむ、とおでんは頷いた。
 今日はナマエの誕生日だ。
 当然、城はそれを祝うためにと朝から忙しくしている。
 おでんが久しぶりに城へ訪れたのも、そのためだ。
 弟の傍らに屈みこんだおでんの手が、ひょいとたすきを取り出す。

「……兄上、まさか」

「安心しろ、見せたいものがあるだけだ。荒事には遭わせん……予定だ」

「予定とは」

 確実ではないのではないですか、と尋ねてくる目の前のうるさい弟を、おでんはひょいと軽めに縛り上げた。
 抵抗らしき抵抗もせずに縛られて、ナマエは目を白黒させている。そこをすかさず、そのまま肩へ抱え上げる。
 本当は背負ってやるつもりだったが、この弟がもう背負われたくはないと言っていたことをおでんは覚えていた。
 見た目が悪いらしい。
 兄が弟を背負うことの何が悪いのかおでんには分からないが、弟の矜持は守ってやるべきだろう。そのくらいの思いやりはあるつもりだ。
 万が一にもおでんの目の届かぬうちに何かに手足をひっかけないよう、ひとまとめにしてやる優しさも持っている。
 天井裏から動揺の気配を感じたが、おでんは気にせずナマエを肩に抱いたままで立ち上がり、ずかずかと歩き出した。

「兄上、あの、」

「話していると舌を噛むぞ、ナマエ」

「気をつけま、っ!」

 言っている傍から舌を噛んだらしい弟に、やれやれとおでんはため息を吐いた。
 肩に担いでいた体をひょいと両手で持ち直し、歩きながら前へ持ってきたその顔を見やる。
 縛られた両手で口を押さえつつ、痛みに耐えているナマエはほんのり涙目だ。
 男がそのくらいで泣くな、とおでんが言うと、仰向けになったままのナマエがおでんを見上げた。

「……夕食までには帰りましょう」

 兄上が来たから今日はきっとご馳走が用意されますよ、と続いた言葉に、それはお前の誕生日だからだろうがと分かっていない弟におでんが首を横に振る。
 しかし確かに、父や臣下達の思いを踏みにじるつもりも無かった。

「なら走るか。口はそのまま閉じておけよ」

 仕方がないと言葉を置いて、おでんはもう一度弟を肩へと担ぎ直した。
 おでん達の姿を見たらしい臣下達が、慌てて駆けてくる足音がする。
 それを無視して走り出したおでんはそのまま、ナマエと共に城を飛び出した。
 連れ出したのは花の都にそびえる藤山の中腹、ワノ国を一望できるおでんの気に入りの場所の一つだ。途中で獣にも襲われたが、何一つ問題なく退けた。

「すごいですね……!」

 窮屈な花の都を見下ろし彼方まで見渡せるその美しい眺めに、感嘆の声を漏らしたナマエはきっと、喜んでいたはずだ。



 なお、夕食頃には城へと戻ったが、おでんには『光月ナマエ誘拐犯』という罪状が追加されるところだった。
 慌てたナマエが取り下げを要求したため公にはならなかったが、おでんは弟の誕生日を祝っただけだというのに、解せぬ話である。



end


戻る | 小説ページTOPへ