ニジと誕生日
※『セントエルモの悪魔』設定
※notトリップ系主人公の倫理観はやばい
※ニジに対する捏造
「ふざけやがって……」
手元の紙を眺めて、ニジは思い切り顔を顰めていた。
『お茶でもいかが』と言った『誘い』は、時折送り主がニジへと寄こすものだ。
ジェルマに貢献する闇社会の一員に対して、多少は計らうようにと指示しているのはニジの父親で、だからこそ数回に一回はその招待を受けることにしている。数回続けて断っているので、今回は受けてやろうかと封蝋をはがすまでは考えていたところだ。
しかしわざわざ〇月◇日を指定したその招待状に、今回も断ってやろうかと言う気がしてくる。
何せその日付は、この招待状の送り主であるナマエの、誕生日であるのだ。
※
くしゃくしゃにして捨ててやった招待状は、しかしいつの間にかニジの手元へ戻ってきていた。
兄弟全員と国王まで招く招待状を受け取ったイチジが、『自分達が欠席する代わりに』とニジへ行くことを命じたからだ。
『どうせ相手の狙いはお前だ。無駄な労力は必要ない』
どうでも良さそうな顔をしてそんなことを言い放っていたイチジは、ナマエと言う男がニジの方ばかり見ていることを知っている。
イチジとニジは『仕事』で組むことも多いが、その際に補給もかねてナマエを呼びつけることもある。
大量の武器を運び、情報を持ち込み、笑顔でジェルマに応対するナマエの目は、大体ニジの方を見ているのだから、イチジでなくとも分かることだろう。
やがて王座につく兄に言われれば仕方がなく、ニジは単身、自分の誕生日に人様を呼びつける男のところへと乗り込んだ。
当然、贈り物など一つも用意していない。
まあそれでも、繰り返し強請られれば祝いの言葉の一つでもくれてやろうと考えた寛大なニジが少しばかりの困惑を抱いたのは、出迎えたナマエの用意を見たからだった。
「ようこそ、ニジ」
ジェルマ王国からほど離れた海上で、ニジを出迎えた船の主は、室内を十分に飾り立てていた。
香りの強くない花が生けられた花瓶があちこちに飾られて、広い窓には遮光のレースカーテンとそれから青みのあるカーテンががつけられている。それを開けば問題無いだろうに、少し薄暗い室内には明かりまでつけられていた。
絨毯もソファもニジが以前訪れた時とは意匠が違い、新調したのだろうと思わせる。
何より、大きな丸テーブルの上に、大量の食事が乗せられていた。
見やったところ酒樽も用意されているようで、今からここで立食パーティでも始まるのかと言った状況だ。
「……人が増えるんならおれァ帰るぜ」
一つ首を傾げ、それから唸ったニジに、ジェルマの人しか招待していないから大丈夫じゃないかな、とナマエは答えた。
その目が少しばかりニジの後ろを見やり、それから不思議そうに瞬く。
「お兄様方は、いらっしゃっていない?」
「たかだか『茶会』の誘いに、ジェルマの国王と王位継承者を呼びつけてんじゃねェよバァカ」
問われてニジが呆れ交じりの返事をすると、弟さんやお姉さん達が一緒でもよかったのに、とナマエは言った。
けれども大して気にした様子もなく、その手がすぐそばの椅子を引く。
まるで訓練を受けた使用人のような所作に、ニジはずかずかとそちらへ近寄って椅子へと座った。
ニジが座るのに合わせて椅子を寄せた男が、飲み物は何がいいかと聞いてくる。
それへスコッチの銘柄を返しながら、ニジは改めてテーブルの上を見やった。
丸くて大きなそこにはやはり、所狭しと料理が並んでいる。
何より目立つのは、てらりと輝くチョコレートケーキだった。
大きなそれを眺めて、どこにもチョコレートプレートが乗っていないことを確認してから、ニジの手が手元のフォークを掴む。
テーブルマナーも何一つ気にせず適当に目の前の料理へフォークを突き刺し、引き寄せた肉の一切れをじろじろと眺めた。
「もしかして毒見が必要か?」
飲み物を手に近寄ってきたナマエが、誰か呼ぼうか、とニジへ向けて尋ねる。
寄こされた言葉を聞いて、ニジの視線がじろりとそちらを見やった。
「そこは『おれが食おうか』じゃねェのか?」
「おれはほら、結構毒に慣れてしまっているから、あまり意味が無いかもしれないし」
こういう時の為に買った子供を何人か乗せているよと、笑顔でそんなことを言ってきたナマエに、ニジはハッと肩を竦めた。
その手がフォークを扱って、刺した肉を口へと運ぶ。
柔らかなそれには上品と呼ぶのだろう味付けがされていた。
毒の気配は感じない。そもそも、ナマエが今まで、ニジへ提供してきた飲み物や食べ物に、細工をしたことなど無いのだ。
「ジェルマの科学力がそこいらの毒に負けるかよ。横でガキにがっつかれちゃ、汚くて飯を食う気も起きねえ」
「そう」
きっぱりと言葉を放ったニジへ、ナマエが軽く相槌を打つ。
その手がそのままニジへグラスを配り、他の料理もどうかとニジをもてなし始めた。
寄こされるがままにいくつか料理を口にして、これは食えるこれはまずいとより分けながら、ニジの目が改めて男を見やる。
にこにことニジへ料理を提供しているナマエは、まるでいつもと変わらない。
「…………おい、ナマエ」
「うん?」
声を掛けると、次の料理としてついに真ん中のチョコレートケーキへナイフを入れていた男が、少しだけ手を止めてニジの方を見やった。
この世の裏側から這い出てきたような瞳を見つめ返して、ニジが口を動かす。
「今日はお前の誕生日じゃねェのか?」
「あれ、知ってたんだ」
ニジの言葉に、ナマエが意外そうな顔をする。
侮られたと感じたニジが『ジェルマを舐めるなよ』と唸ると、すぐにごめんと謝ってきた腰の低い男は、その手を動かしてケーキの一切れを皿へと移した。
「おれの誕生日なんて本当にどうでもいい情報だから、知られてないと思ってたんだよ」
あっさりとそんな風に言い放つその顔に、他意は感じられない。
ナマエが『誕生日』と言うものを気にしていないわけではないだろう。ニジの誕生日には、ジェルマ王国まで贈り物が届いていた。
いまいち訳が分からず、配られたケーキを目の前へ置いたまま、ニジは頬杖をつく。
「その誕生日におれを呼びつけて、なんでナマエがこれだけ用意をしてるんだ?」
『もてなせ』と言われたなら、一蹴してやるつもりだった。
わざわざ『茶会』に呼び出して、ニジからの贈り物を待ってそわそわしていたとしても同様だ。
けれどもナマエはいつも通りに、いつも以上のもてなしをニジへと振舞っている。
理由が分からず尋ねたニジに、ナマエの微笑みが向けられた。
「そりゃもちろん、自分への誕生日プレゼントだよ」
「…………は?」
「ニジと今日と言う日に会えたんだから、今日は今までで一番幸せな誕生日だ」
嬉しそうに、歌うようにそんな言葉を紡いだナマエに、ニジはサングラスの内側でぱちりと瞬きをした。
あまりにも理解の及ばぬ相手に、思考がわずかに鈍り、ひとまず動いたその手がフォークを目の前のチョコレートケーキへと突き刺す。
三分の一を削ったそれを自分の口へ押し込み、甘いそれを咀嚼して飲み込んでから、口の中身がなくなったニジの背中が座っていた椅子の背もたれへと押し付けられた。
「………………お前、きっもちわりィなァ」
口の中に残る甘みをそのままに、しみじみ呟いたニジの前で、ははは、とナマエは大して気にした様子もなく笑っていた。
end
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