わるいひとのハッピーバースデー
※わるいひとシリーズのペット主とドフラミンゴ
※『わるいひととなかよし』の続きのような話
※ドフたん!!
今日は、ドンキホーテ・ドフラミンゴがこの世に生まれた記念日だ。
幼い頃は父母と弟が祝っていたその日を今もなおドフラミンゴが忘れずにいるのは、ドフラミンゴの大事なファミリー達が、その日を大事にしているからだ。
飾り付けがなされたヌマンシア・フラミンゴ号の一室には、大きなテーブルが設置されている。
「昨日も今日もケーキだなんて、最高だすやん!」
嬉しそうな顔をしたバッファローが、テーブルへケーキに喜んでいる。
ドフラミンゴの誕生日を祝うために用意されたそれは当然大きく、そして白くて甘そうだった。
見ているだけで口の中が甘くなるそれを見て、フフ、とドフラミンゴが笑う。
「昨日も食ったってのに、飽きねえな」
昨日はシュガーの誕生日だった。
彼女の好物を乗せたケーキはどちらかと言えばフルーツタルトに近い扱いだったが、しかしケーキはケーキだ。
大きなそれを食べて嬉しそうにしていたファミリーの一人を見やれば、当然だすやん! とバッファローが嬉しそうな顔をする。
そうしてそれから、その手がさっと何かを持ち上げた。
ずっと手に持っていたらしいそれは、丁寧に包装された箱だった。しっかりリボンまでかかっている。
「若様、誕生日おめでとう!」
「あァ、ありがとう」
受け取ってくれと差し出されたそれを、ドフラミンゴの片手が受け取る。
大した重さの無いそれは、しかし目の前の相手の真心が詰まったものだった。
だからこそそれをきちんと手に持ったままで、ドフラミンゴの片手が相手に触れる。
とん、と軽くその背を叩いてからドフラミンゴが歩き出したのは、まだ準備途中の会場から離れるためだ。
昨日のパーティは甲板で、当然ファミリーの誕生日であるその日の準備をドフラミンゴも行ったが、本日の主役ともなれば手出しは許されない。
大人しく船長室へとつま先を向けてから、ふと思いついたドフラミンゴの口が言葉を放つ。
「つまみ食いはばれねェ程度にな」
「し、しないだすやん!」
笑ったドフラミンゴに言い返す声が少し上ずっていたのと、ケーキの端が少しばかり崩れているのには見ないふりをしてやった。
※
「ドフラミンゴ、これも『大丈夫』なプレゼントだって」
船長室へと戻ったドフラミンゴのところへ、台車を押したナマエがやってきた。
その台車にはいくつもプレゼントボックスが並んでおり、分かった、とドフラミンゴが答える。
ドフラミンゴの誕生日は、知る人間は知っている。
王下七武海の天夜叉と呼ばれる海賊に取り入りたい人間はそれなりにいるもので、その中から貢物を受けることも少なくは無かった。
当然、同じだけ恨みも買っているもので、危険物かどうかの判断が終わったものだけがドフラミンゴの手元へ届いている。
怪しい物を寄こした人物については、きちんと確認をしたうえで相応の『礼』をする予定だ。
持ち込んだ台車を押して、ドフラミンゴの傍までやってきたナマエがドフラミンゴを見上げる。
その目に宿る確かな決意に似た色に、ドフラミンゴがサングラスの内側で目を細めたところでナマエには伝わらない。
首元にくるりと派手な首輪を巻き、ドフラミンゴのペットとしてこのファミリーに存在しているナマエと言う名のこの少年は、ある日突然ドフラミンゴの目の前に現れた『異世界人』だった。
その体はドフラミンゴ達のそれとは違っていて、一度は勝手にドフラミンゴの元から姿を消して帰っていった。
だがその帰還も、恐らく本意ではなかったのだろう。ドフラミンゴ達が見つけ出した場所へドフラミンゴが手を差し出すと、ナマエはあっさりそれについてきた。
あれからもずっと『ドフラミンゴのもの』であるナマエは、ここ一年ほど、ようやくそれなりに自分で行動をするようになった。
『死体』のようだと言われていた様子はなりを潜め、活動的になった少年をドフラミンゴは歓迎している。
時折よそ様にちょっかいを掛けたり掛けられたりするのが不愉快だが、誰に何を言われようともナマエはドフラミンゴのものであり、当人がドフラミンゴの傍へいる努力をすると気付いてからは少しだけマシになった。
『死体』だった頃のナマエだったら、誰かにかどわかされたらそのままだったろうが、今のナマエは違うのだ。
そしてどうやら、今日と言うこの日に、少年にはやりたいことがあるらしい。
それが何なのかをドフラミンゴは知っていて、しかしそちらへ水を向けてやるつもりは無かった。
その代わり、そこへ並べておけ、と声を掛けて先ほど少しスペースが開いたばかりのローテーブルを示す。
ソファへ寝転ぶようにして座るドフラミンゴの周りには、空いたプレゼントボックスや包装紙、それから寄こされたプレゼントが散らばっている。
少し離れた場所にある背の高い机にきちんと並べられた贈り物達とは違い、その扱いは乱雑だ。
大事なファミリーからの贈り物は当然傍に置くとして、あとは趣味の合うものだけを回収し、残りはファミリーの誰かにでも渡してしまう予定だ。
『安全』なそれの送り主がどこの誰かであるというのがドフラミンゴにとっては重要で、相手にとってもそうだからである。
嗜好品から貴金属、絶版になっている本と言う知る者にしか分からない価値のものから、誰がどう見てもわかりやすい稀少な獣の毛皮のコートだなんてものまで、ドフラミンゴへの贈り物は様々だ。
ソファの上で姿勢を正し、大きな箱に入っていたコートをひょいと持ち上げて、台車の上から箱を移動させていたナマエを見やると、ドフラミンゴの視線に気付いたナマエがドフラミンゴの方を見る。
「ドフラミンゴ?」
どうしたの、と尋ねながらドフラミンゴの方へと近寄ってきた少年は、ドフラミンゴのもとへ来た頃よりは随分と大きくなっていた。
しかし、もとよりドフラミンゴの半分も無かった相手だ。まだまだ、とても小さい。
動かしたその手がするりと手元のコートをナマエへ羽織らせて、床へ着いた裾を確認する。
ナマエの体に触れないように慎重に糸を扱い、毛皮の裾を自身の糸で緩くまとめた。
「このくらい詰めちまえばいいか」
「これ、ドフラミンゴのなのに?」
短くしていいのと尋ねる相手に、これはおれがお前にやるからいいんだ、とドフラミンゴが答える。
ナマエはいくつかコートを持っているが、毛皮のコートの一つくらいは増やしても構わないだろう。
ドフラミンゴが詰めてやってもいいが、他のファミリーに頼んでもいいかもしれない。
裁縫を厭わない何人かを脳裏に浮かべたドフラミンゴの前で、ドフラミンゴの両手と毛皮のコートに囲われているナマエが、もぞりと身じろぐ。
それに気付いてナマエを見やったドフラミンゴは、ナマエが片手を自分の鞄へ添えているのをその目にした。
船内にいるというのに、ナマエは今朝からずっと、肩から鞄を掛けている。
ドフラミンゴが与えたそれはナマエの為にあつらえたもので、ナマエが気に入って使っているうちの一つだ。
そうして、少し膨らんだその中には、誰がどう見ても何かが入っている。
ドフラミンゴの情報網があれば、その中身が何なのかなど、先月ナマエがそれを手にした時から分かっていることだった。
マリンフォードで売っていた、安っぽいガラス細工のペーパーウェイト。
なんとも不遜なことに王下七武海をモデルにしたそれらのうち、ナマエが選び取っていたのはドフラミンゴを、と言うよりヌマンシア・フラミンゴ号をイメージしたものであるらしい。
部屋に飾るのかと思ったがそれをすることも無く、どうにもこっそり隠しているつもりのナマエに首を傾げていたドフラミンゴがナマエの目的に気付いたのは、今月も半ばを過ぎた頃だ。
一か月も前からドフラミンゴの誕生日プレゼントを用意していた少年は、しかし未だにそれをドフラミンゴに寄こしてこない。
ちらちらと動くその目からして、恐らくはドフラミンゴ宛に届く多くのプレゼント達とその中身に気後れしているのだろう。
確かに、『よそ』から寄こされるそれらは価値の高いものが多い。一国の王であるドフラミンゴへ寄こすのだから当然だ。普通に並べていたら、ただのガラス細工など比べ物にもならない。
しかし、ドフラミンゴにとっては、『ファミリー』からかそうでない誰かからかの違いしかないのだ。
背の高い机の上、バッファローから寄こされたプレゼントボックスの中身はドフラミンゴの為に選んだのだろう安っぽいサングラスであったし、デリンジャーが包みもせずに持ってきたのは最近気に入って齧っていた闘魚の角のうちの一本だった。
もちろんディアマンテ達のように価値のあるものを持ち込んだ者もいるが、どれがどうであれ、『ファミリー』がドフラミンゴへ渡すために用意したものだ。
脳裏をかすめる、遠い過去に置いてきたおためごかしの幸せとは比べ物にもならないほどの幸福が、ドフラミンゴを満たすために運び込まれている。
「……フッフッフ!」
間違いなくそのうちの一つに入るというのに、なかなか手元のものを差し出せない可愛いペットを眺めて、ドフラミンゴは笑い声を零した。
毛皮のコートから片手を離し、羽織らせるのを辞めたそれをソファの背中へ預けるようにして放る。
おろした両手を軽く合わせて膝へ置き、少し体を前へ傾けて目の前の顔を覗き込むようにすると、ナマエがじっとドフラミンゴを見上げた。
決意も新たに、その手が自分の手元の鞄へ触れて、そうして。
「…………た、誕生日、おめでとう、ドフラミンゴ」
「フフフフ! あァ、ありがとうよ」
今朝目が覚めた時にも聞いた言葉を放ちながら、しかしナマエは鞄の中身を取り出せなかった。
それを受け止め、笑い声を零したドフラミンゴが返事をする。
『ドフラミンゴのもの』がドフラミンゴへ贈り物を寄こしたのは、それから何時間も後のこと。
おずおずと差し出されたガラス細工のフラミンゴは、それからずっとドフラミンゴの部屋の一角へ飾られている。
end
戻る | 小説ページTOPへ