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※無知識トリップ主人公
道を曲がったと思ったら、そのまま真下に落下した。
その先にあったのは塩からくて深い深い水たまりで、海だと気付いたのは目の前を魚が横切ったからだ。
波に流されて、気付いたら砂浜に倒れていた。
服も体もべたべたのぐちゃぐちゃで、持っていた携帯も何もかも潮水でいかれて使い物にならない。
訳が分からなかった。
一体何が起きたのかも理解できなかった。
俺はいつも通りに生きていた筈なのに。
誰かを頼りたいと思ったが、でくわした人間は明らかに日本人でもなくて、俺のことを不審者を見る目で見つめた。
それどころか俺のことを捕まえて、船へ乗せ、どこかへ連れて行こうとした。
漏れ聞こえた『売る』だのなんだのと言う言葉に慄いて、媚びを売ろうとしてもうまくいかず、そのままだったら俺は何処かへ売り払われていただろう。
そうならなかったのは、突然の嵐に船が壊れ、海へと放り出されたからだ。
荒れた波はまた俺をどこかへ運んで、気付けば怪我をして砂浜に転がっていた。
また、見知らぬ場所だった。
人は住んでいるようだが、そこで『誰か』を頼って、またひどい目に遭うのは怖かった。
焦りばかりが募って、俺は『いつか』帰れる日を願って砂浜に隠れるようになった。
だって、ここへどうやって来たのかも分からないのだ。もしかしたら『いつか』、何もせずとも帰れるかもしれない。
けれどそれでも、何となく、そんな『いつか』は訪れないような気がしていた。
食べ物を手に入れる方法なんて知らないし、動物なんてさばいたこともないし、魚の捕まえ方だって分からない。
食べるのは大体その辺で見つけたカニや貝、何かの実なんかだった。人がいる方に行けば食べ物だってあるだろうけど、俺の財布はここでは役に立たないし、クレジットカードだって使えそうにない。
飲み水だけは何とかなったけど、最後のあたりは花なんかも食べたりしていた。
意識が朦朧としていたから、絶対、何か危ないものも口にしていたと思う。世の中には毒草と言うのがあるのだ。
最後になんか変な色のやつを食べた時は、吐くものもほとんどないのに吐いて苦しかったし、体も重くてつらくて、帰れないまま死ぬんじゃないかな、と言う気持ちが過った。
『……やっと見つけたよい』
そんなころにそう言って俺の前に現れたのは、海賊だった。
何故だかそのまま拾い上げられて、俺とそこまで体格も違わないはずなのにあっさりと俺を連れて帰ったその海賊は、マルコと言うらしい。
名前はマルコ。二つ名は『不死鳥』。賞金額はいくらで、海賊で、所属しているのは『白ひげ海賊団』。
俺の体の手当てをしながら自己紹介してくれたその内容は、ぼんやりした頭にもちゃんと入った。
「全くマルコ、お前な、犬猫じゃねェんだから」
俺へリゾットを運んだあと、やれやれとため息を零しながらも、そう言い放ったコックコートの相手にマルコが何かを言い返している。
久しぶりに食べる優しい食べ物を口にしながら、何となく聞いた話によれば、ここは大きな海賊団の船の中らしかった。
俺の体はあちこちが手当されていて、服すらも清潔なものだ。
「今日は宴だからその準備で忙しいってのに、わざわざ新入りを連れてくるとはな」
やれやれとため息を零したのは、何となく和風な雰囲気の人だった。着物らしきものを着て、髪も結っている。
まるでコスプレみたいだが、その腰には銃が差さっていて、そしてどう見ても偽物には見えなかった。
片手をひらりと動かした相手に注意を引かれてそちらを見ると、こちらを見据える視線とかち合う。口元は化粧をしているんだろうか。男性だが、似合っていると思う。
「それで、お前さん、名前は?」
「え? あ……」
そうやって聞かれて、俺は自分が相手へ名乗ってもいなかったことに気が付いた。
いや、船へと担いで連れ込まれて、着替えに手当てにとあちこちで色々なことをされたものの、マルコは口を挟むことすらさせてくれなかったのだ。
一応名乗ったし名乗ってもらいはしたが、それはマルコに対してだけで、この船にたくさんいるんだろう他の仲間の人達とは会話すらもしていない。
そうして今は、この医務室のような部屋で食事もとらせてもらっている。
最初は俺とマルコの二人だけだったのに、料理を運んできたコックコートの海賊が来たあとから、どんどん人が増えていた。
今も、俺を見つめる彼の後ろに何人も人がいる。室内へ足を踏み込まず入り口側を固めているのは、『入るな』と最初にマルコが言ったからだろうか。
「あ、あの、俺は……」
「ナマエだ」
しばらく人と話さなかったせいでうまく出て行かない言葉を紡ごうとした俺のすぐ近くで、コックコートの相手と話していたマルコが言う。
急に名前を呼ばれたという事実に驚いて、俺が思わずそちらを見ると、『ナマエ!』と誰かが俺の名前を呼んだ。
「『ナマエ』ね……『ナマエ』か。それじゃあ仕方ねェ」
納得したような声が誰かからか漏れたが、どういうことだろう。
戸惑いを込めて入り口側を見やると、やれやれ、とさっき俺に声を掛けてきた和装の男性が肩を竦める。
「今年は酒をくれてやろうと思ってたってのに」
「悪ィねい。来年に回してくれて構わねえよい」
「いやだね。悪くなっちまう前に飲んじまうよ」
仕方なさそうにそんな会話をされても意味が分からず、とりあえず手元の皿から料理を口に運ぶ。
柔らかいリゾットは優しい味がして、久しぶりに食べるまともな食事がじんわりと腹を暖めている気がする。
それを口に入れることに専念することにした俺が、自分が『海賊』になったという事実に気が付いたのは、その日の夜のことだった。
どうしてだか、月夜の宴にいたマルコの仲間達の半分くらいが俺の『仲間入り』を推してくれていて、ますます訳が分からなかった。
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