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わるいひととなかよし (2/2)


 ドンキホーテファミリーの『納金』は、滞りなく終わった。
 マリンフォードへ堂々と入港し、数日の滞在を決めたドフラミンゴとナマエ、そして仲間達は、周囲からの視線を気にすることなくあちこちを出歩いた。
 海軍本部が大きく割合を占める島であっても、民間人もいればそれらの営む店もある。
 冷やかすにもちょうど良く、そして景気よく金を払うにも申し分ない店を回っては金を使ったドフラミンゴは、数日目、ナマエにもいくらかの金を渡した。

「いいかナマエ、今日のこれは、お前への『報酬』だ」

「『ほうしゅう』?」

「働いたら金が手に入るもんだからな。取っておいてもいいし、使ってもいい」

 そう言い放ったドフラミンゴがナマエへ渡した資金は、いつもの『小遣い』に比べるととても少ない。
 けれども、自身の働きに対する対価だと言われて、ナマエは目をぱちぱちと瞬かせた。
 その手がしっかりと手元のベリーを握り、そしてそっと鞄の中にしまい込む。

「大事にする」

「フッフッフ! まあ、しまい込みすぎねェようにしろ」

 楽しそうな顔で言い放ったドフラミンゴは、その場でナマエへ自由行動を命じた。
 時間は日没の手前まで。ネームプレートをつけさせたうえで、危険が無いように気を配ってくれるというドフラミンゴに、ナマエは分かったと頷いた。
 時々、ドフラミンゴはこうしてナマエを好きに行動させようとする。
 その理由が今でもナマエには分からないが、初めてそうされた時よりは、街歩きもうまくなったのだ。
 何かいいものを手に入れようと心に決めて、送り出された方向へそのまま足を進める。
 入り込んだ路地には雑貨店が多く、大きな窓ガラス越しに中を覗くこともできた。
 何軒かの店を覗き込んで歩いて、その中でナマエの目を射止めたのは、どうやら文具を扱っている店のようだった。
 よく分からないペンやインク、羊皮紙に冊子に栞に小物にと、様々なものが置かれている。
 その中でナマエの目を一番に惹いたのは、窓際に置かれた七つの置物だった。
 恐らくはペーパーウェイトなのだろう、ガラスのようだが半透明に色のついたそれらはそれぞれ、動物の形をしている。
 蛇に鷹、熊と並んでいくその中に、まるでヌマンシア・フラミンゴ号のように気高い顔をしたフラミンゴがいた。
 これはと店へ足を踏み込んで、挨拶を寄こした店員に目礼をしてから、そのまま窓側へと向き直る。
 近くで見てもますますどこかで見た顔をしているそのフラミンゴが、何となくナマエを見ているような気がした。

「これ……」

 これがドフラミンゴの机にあったら、それはもう素敵ではないだろうか。
 ドフラミンゴは、欲しいものはなんだって手に入れる海賊だ。
 そもそも彼は国王で、身の回りには値の張るものがたくさんある。
 それらに比べればどう考えても安物だが、ナマエは目の前のそれを彼へ贈りたいと思った。
 来月の誕生日、これを渡したら、ドフラミンゴはどのくらい喜んでくれるだろう。
 喜んでくれるかどうかすら分からないのに、そんなことを考えたらそわそわしてたまらなくなり、ナマエの手がそっと目の前の置物に触れる。
 ひんやりと冷たいそれは少し重たいが、持てないようなものでもない。
 手にしたそれを慎重に持ち直し、棚から降ろしてそっと後ろを振り向いたナマエは、それをそのまま店員のところへと運んだ。
 不愛想な店員が値段を言って、その金額をナマエが鞄からつかみ出す。ドフラミンゴから受け取った『報酬』の半分以上がいなくなったが、まあ、問題はない。
 受け取ったそれを数えて確かめ、店員はナマエの目の前でくるりとフラミンゴのペーパーウェイトを端切れで巻いた。
 優しい気づかいに礼を言って、そっと鞄へそれを収める。
 嬉しさにうきうきする足をどうにか収め、そうして店を出たナマエは、きょろりとそこで周囲を見回した。
 集合の時間までは、まだまだ時間が空いている。

「…………んー……」

 今度は向こうへ行ってみよう、なんて考えながら路地を曲がったナマエは、そこで思い切り何かにぶつかった。

「わ」

 驚いたものの、とっさに大事なものの入った鞄を抱え込んでその場にしりもちをつく。
 打った尻は痛いが、荷物からイヤな音はしなかった。

「……あららら、まだマリンフォードにいたわけ?」

 そのことにほっと息を零したナマエの上から、そんな声が落ちる。
 それを聞いて辿るように顔を上げたナマエは、自分がぶつかったのが人間の足で、その上に胴体と頭があるのを見つけた。
 自分を見下ろしているのは、ドフラミンゴほども大きい海軍大将だ。
 ドフラミンゴが『クザン』と呼ぶ彼を見上げて、それからナマエはむっと口を尖らせた。

「ぶつかって痛かった」

「…………そっちが勝手にぶつかったんでしょうや」

 放たれたナマエの非難に、少しばかり眉を動かした青雉が、それからわずかに笑う。
 大きな体がその場に屈んで、座り込んだままだったナマエの体を捕まえた。
 少し温度の低い手がそのままナマエの体を引っ張って立たせ、服についた汚れも払う。

「一人で出歩いてんの? こんなネームプレートまでして」

「ん。俺、ドフラミンゴのだから」

 まだ持ってたのかとナマエの胸元の名札を示した青雉に、もちろんだとナマエは胸を張った。
 『王下七武海天夜叉の所有物』と記されたそれは、首に巻いた首輪と同じく、ナマエがドフラミンゴのものだという証なのだ。
 ナマエの様子に、青雉は大して興味も無い顔で、ふうん、と相槌にもならない声を漏らす。
 その手がナマエから離れて、屈んでいた体がひょいと伸ばされた。

「よそに比べりゃ治安はいい方だが、海賊一味の子供が一人でうろうろしてたらどんな目に遭うかも分からねェ。さっさと帰った帰った」

 野良犬でも追いやるかのように手をひらひらと動かされて、ナマエはふるりと首を横に振った。

「まだ自由時間終わらないから、もう少しどこか行く」

「あ、そう。おれァまァ、関係の無ェ話だけど」

 それならそこのカフェにでも入ったら、と青雉の指がどこかを示す。
 それを追いかけてそちらを見やったナマエは、テラス席のあるカフェがあるのを発見した。のぼりが出て、ケーキセットがどうのと言う文字が風で揺れている。
 昼食を終えて少し時間が経っているから、おやつと言うのもいいかもしれない。
 そんなことを考えてから、ふと思い出して視線を上げる。

「ん?」

 寄こされた視線に、青雉が少しばかり首を傾げた。

「誕生日、ケーキ食べた?」

 その顔を見上げてナマエが尋ねたのは、数日前のドフラミンゴの発言を思い出したからだ。
 あの時青雉は否定しなかったから、『誕生日』が近いというのは本当だったのだろう。
 ドフラミンゴが明後日と言っていた日付は、すでに過ぎている。
 それならきちんとお祝いをしたのだろうかと、ナマエは尋ねた。
 ナマエは知らなかったが、誕生日と言うのは特別な日付なのだ。
 ドンキホーテファミリーでは、ファミリーの誕生日はそれはもう盛大に祝う。
 それはナマエの誕生日についても同様で、生まれてきた日を祝って食べるケーキは、幸せの味がした。
 美味しかったそれを思い出してのナマエの言葉に、青雉がもう一度首を傾げる。
 少し考えるそぶりをしてから、ああ、とその口が声を漏らした。

「そういやそんな話してたっけか……お前さんのとこの船長の情報網ってどうなってんのかね」

「俺にはわかんない。それで、ケーキ食べた?」

「あー……まァ……ほら……あれだ……当日は海の上だったし、今更この年で祝うようなもんでもねェでしょうや」

 誤魔化すような言葉はしかし、すなわち『否定』だった。
 何と言うことだと、ナマエは衝撃を受けた。
 見たところ、青雉はドフラミンゴよりも年上だ。
 彼の言い分を考えると、ドフラミンゴの誕生日もそのうち『祝わなくて良いもの』になってしまう。
 そんなことはない。ナマエは、例えばドフラミンゴがどこから誰が見てもわかるくらいの老人になったとしても、その誕生日は毎年祝いたい。
 ナマエの手が素早く動いて、ひらひらとしていた正義のコートを捕まえた。

「ちょいと?」

「ケーキ、たべよ。俺、お金あるから」

 ぽん、と片手で鞄を叩いてから告げたナマエに、青雉がぱちぱちと瞬きをした。
 戸惑う彼のコートを引っ張って、ナマエの足がカフェへと向かう。
 ナマエの力なんて微々たるものだが、コートと言う人質を取られているからか、青雉はそのまま大人しくナマエへついてきた。

「…………なんか、お前さん押しが強くなってない?」

 テラス席を陣取って、近寄ってきたウェイトレスへ、のぼり旗にもメニューにもしっかり記されているケーキセットを二つ注文する。
 そこまでしたところで寄こされた呟きに、ナマエが視線を向けると、椅子に座らされた大将青雉がため息を零したところだった。
 いいんだか悪いんだかとよく分からないことを呟いているが、よく聞こえないし、ナマエにとってはどうでもいいことだ。
 気にせず腰を椅子に落ち着けたナマエを見やって、行儀悪く頬杖をついた青雉が、そこでひらりと片手を上げ、ウェイトレスを呼ぶ。

「姉ちゃん、ケーキセットもう一つ」

「二個食べるの?」

「どうせ来るからいいでしょうや」

「?」

 青雉の言葉に首を傾げたナマエが、その言葉の意味に気付いたのは、それから数分後。

「よォ、クザン。おれの分もあるんだろうな?」

 大将青雉の誕生祝いの席に駆け付けたドンキホーテ・ドフラミンゴが、どかりと椅子を蹴飛ばして青雉を押しやり、空いている椅子へ腰かけた。
 どうして急に現れたのかとナマエは少し驚いたが、海軍大将の方は平然としているし、ナマエを傍に引き寄せて笑うドフラミンゴの機嫌は悪くない。
 やっぱり、意外と、ドフラミンゴは青雉と仲が良いらしい。



end



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