そうして腕の中
※もはや手遅れの続き
※有知識転生主人公
※外見設定ありにつき注意(美少年/金髪)
※主人公はハンコックの弟分でイゾウさんが好き
最初にイゾウの目を惹いたのは、その美しい金色の巻き毛だった。
ふわふわと緩く波打つそれが、まるで水面に映った太陽のように光を弾く。
何があるのかと思わずそちらへ視線を向けると、美の化身のような顔をした人間がテラス席で休んでいた。
白い肌に細い体、思わず近寄った相手はしかし『男』で、少しばかり残念に思ったものだ。
けれども、毒海ヘビの餌にするらしい動物の死骸を見せてきたときの悪戯を仕掛けるような眼と表情に、まあどちらでもいいかと思い直した。
ナマエと名乗った彼は美しく、そして可愛らしい。それは見た目だけの話ではなく、内側からにじみ出ている。
あの島で幾度となく接触するうち、相手も自分のことを憎からず思ってくれていたということを、イゾウは確信している。
「…………さて、どうしたもんか」
しかしだからこそ、現状は不可解である。
アマゾン・リリーの船が港に来たという噂を耳にしたのは、今朝のことだった。
分船とはいえ白ひげ海賊団が滞在しているところへ、わざわざ他の海賊船がやってくることは珍しい。
しかしながら船を毒海ヘビが率いているというのなら、それは間違いなくかの海賊国家の船だ。
旗は掲げていないということなので、行商に出る民間船なのかもしれない。
かの女ヶ島があると噂の場所を考えると、民間船でもただの帆船ではなく毒海ヘビを使った方が効率は良いだろう。
イゾウがその話を聞いた時、脳裏に浮かべたのは、一人の美しい顔だった。
毒海ヘビを卵から孵し、餌を買い集めていたナマエは、間違いなくあのアマゾン・リリーの人間だ。
血は繋がっていないらしいが、『家族』の話をするときのナマエはとても嬉しそうな顔をしていて、『姉様』達は弟分をとても可愛がっているのだろうということはイゾウにも分かった。
あれだけ可愛いのだ。確かに可愛がりたくもなる。
そのナマエが、アマゾン・リリーの船に乗ってこの島へやってきているのだ。
彼にはイゾウのビブルカードを渡してある。
偶然か、故意かは別として、ナマエ自身もここにイゾウがいることには気付いているだろう。
だからこそ不可解である。
ちらちらと視界に入っては隠れる金色は、決してイゾウの前までやってこない。
気のせいだなんてことは決してない。明らかに、あの金はナマエの色だった。
のんびりとあてもないふりをして港町を散策している今日一日、何度も何度も視界の端を金色が過っては消えていく。
イゾウがそちらへ近付くより早く隠れてしまう様子は、明らかに、イゾウのことを『避けて』いるのだ。
「…………鬼遊びなんて久しぶりだが」
らちが明かない現状に、やれやれとイゾウの口からため息が漏れる。
かつては、好き勝手に出歩く人間をわずかな手がかりで追いかけ回したものだった。
まさかまた似たようなことをするようになるとは思わなかったが、海賊船にしがみ付いて海へ出るような暴挙をナマエがするはずもないので、少しはましだろう。
ゆるりと息を吸い込み、そうしてイゾウの足が地面を蹴る。
気配を探りながらそのまま駆け出ると、イゾウが来たことに驚いたのか、路地へ駈け込んでいく金髪の後ろが見えた。
足止めしようかと片手が銃に触れかけて、そんなことをしてはならないと考えを改める。イゾウはすっかり海賊稼業に染まっているが、それでもそれをしないだけの良識はあるつもりだ。
思ったより足の速い相手を追いかけながら、港町の外れへと誘導していく。
今朝来たばかりでそれほど土地勘が無いのだろう、最後は袋小路に追い込まれた後ろ姿は、明らかに焦っていた。
「逃げるのは終わりかい」
片手を壁へ押し付けていた相手が、放り投げたイゾウの言葉にびくりと体を震わせる。
それから恐る恐ると振り向いたその顔は、やはりナマエだった。
走ったからだろう、金の巻き毛が乱れている。
その前髪を抑えている髪留めは、イゾウが別れたあの日に贈ったものだ。あの日交換でイゾウが受け取った髪飾りは、今イゾウの黒髪を彩っている。
走ったからか呼吸が荒く、ナマエの白い肌が上気して頬が赤く染まっていた。
汗をにじませている相手を追い詰めるためにイゾウが足を踏み出すと、ナマエが路地の壁にその背中を押し付けた。
まるで悪漢に迫られているかのようなその動きに、さすがにイゾウの眉が動く。
「ナマエ?」
名を呼びながら近寄って、ついにイゾウは相手に触れることの出来る程度の位置で足を止めた。
もしもナマエが横をすり抜けて行こうとしても、間違いなく捕まえられる距離だ。
その状態でじっと見つめていると、少し目を伏せた相手が、どうにか呼吸を落ち着けようと深呼吸をしている。
片手を自分の胸元へ当て、ゆっくり息を吸うその仕草も可愛らしく、イゾウはただ正面に立って相手が落ち着くのを待った。
「ひ……久しぶり」
そうして、ナマエから放られたのはそんな第一声だ。
イゾウの唇が、にこりと笑みを結ぶ。
「あァ、久しぶりだね。元気そうで良かったよ」
これだけ走り回ったのだから、体調を崩していたなんてことは無いだろう。
じり、と足を半歩前へ出すと、後退ろうとしたナマエの踵が壁を擦る。
その様子を観察しながら、それで、とイゾウは口を動かした。
「逃げる理由を聞かせてもらおうか?」
尋ねる声音が低くなってしまったのは不可抗力だ。
あの島で別れたきりだった相手に、この広大な偉大なる航路でようやく会えるはずだったというのにずっと避けられて、何とも思わないはずがない。
ナマエにはイゾウのビブルカードを渡してあるが、イゾウがナマエの様子を知る手立てはないのだ。
何か顔を合わせられない事情があるのかとも考えてはいたが、ナマエの手足に異常は見受けられず、こちらを向いているその顔もあの日と同じだ。いや、あの日より美しいかもしれない。
少し困ったように眉を下げたナマエが、ちらりとイゾウを見てすぐにその目を逸らす。
意地悪を受けている幼女のようなその顔に、いじめられてんのはおれの方なんだけどねと息を零して、イゾウはさらに足を踏み出した。
近寄った相手を逃がさないように片手を壁に当てて、もう片方の手でうつむきがちな顔を上向かせるために顎をすくいあげる。
「ナマエ」
声を掛けながら、イゾウはナマエの顔を覗き込んだ。 ぱちりと目を合わせたナマエが、ぎゅっと眉を寄せて、それからまるで耐えられないとでもいうように強く目を閉じる。
視線すら合わせないと言いたげなその顔にイゾウが少しばかり戸惑っていると、そこでようやく形の良い唇が言葉を紡いだ。
「は、半年も会わなかったから」
確かに、イゾウとナマエが最後に顔を合わせたのは半年ほど前になる。
海は広く、イゾウはかの白ひげの船に乗る海賊であり、ナマエはアマゾン・リリーの人間だ。
この広い海の上で、下手をすれば一年に一回も会えないことだってあるだろう。それはイゾウだって分かっていたことだった。
だから最後のあの日、もしもナマエが『行く』と言ったら、本気で彼を浚うつもりでいたし、ナマエだってきっとそれは分かっていたはずだ。
「……何だい、思い出として美化でもしてたか」
ひと月にも満たないあの時間をただの思い出としてしまい込むつもりだったのかと、イゾウの声音が詰る響きを宿す。
だとすれば、ナマエにとっては残念なことだが、その考えは改めて貰わなくてはならない。
イゾウにはそのつもりは無いし、何なら今から浚っても構わないのだ。
けれどもイゾウの問いかけに、ナマエがわずかに頭を振る。
いまだに目はぎゅっと強く閉じたままで、見たくないものを拒むような子供のような仕草のまま、ナマエは言った。
「イゾウさんが覚えてたより格好良くて、困ってる」
写真とかも貰っておけばよかった、と続いた言葉に、イゾウは少々沈黙した。
その言葉の意味を飲み込んで、それから、指に少しばかり込めてしまっていた力を抜く。
捕まえたままの顎が少し赤く見え、痛めてしまっていないかと指先で軽くこすると、こそばゆかったのかナマエが少しばかり肩を竦めた。
「…………それじゃ、しっかり目を開けて上書きしてもらわねェとな。毎回逃げられて追いかけるのは構わねェが、追われるのはしんどくないかい」
子供を諭すように落とした声に、確かに、とナマエが少し眉にこめていた力を抜く。
強く閉じられていた瞼がゆっくりと持ち上げられ、長い睫毛に縁どられた美しい瞳が、ゆっくりとイゾウの前に現れた。
上向きにしたその瞳の中にわずかに反射しているのは、袋小路の真上にある四角く切り取られた青空だろうか。
眩しそうなそれを遮るように顔を近づけると、慌てたように動いた白い手が、べち、とイゾウの口元を隠すようにして抑える。
「そんなに近寄ったらくっつく」
「くっつけようとしてるんだけどね」
抑えられた唇を動かしてくぐもった声を零したイゾウに、こんな外で! とナマエが悲鳴を上げる。
しかし、ここは港町の路地裏だ。周囲に人の気配もないし、逢瀬には何の影響も無いだろう。
そうは思うものの、少々奥ゆかしいナマエを考慮して、ふむ、とイゾウが呟いた。
その顎に触れていた手を離し、自分の口元を抑えているナマエの両手をひとまとめに捕まえて降ろさせる。
「それじゃ、宿でもとろうか」
「なっ」
紡いだイゾウの言葉に何を想像したのか、目を見開いたナマエの顔がぱっと赤くなった。
肌が白いから余計に目立つそれにイゾウが笑うと、揶揄われたと思ったらしいナマエが顔を逸らす。金の髪がゆれて、それを彩る髪留めと共にわずかに日差しを弾いた。
「イゾウさんが意地悪だ……」
拗ねたように口を尖らせながらも、ナマエは嫌だと言わない。
面白くなってイゾウがその体を引き寄せると、イゾウの手から逃れたナマエの片手が、ごそりと自分のポケットを探った。
そうしてそこからでてきた小瓶が、イゾウの方へと差し出される。
色のついた小瓶にはくるりと毒海ヘビが巻き付くように描かれていて、その中には小さな紙片が入っていた。
きちんと封をされたその中でわずかに動く紙片にイゾウが目を丸くしていると、俺も作ったから、とナマエが言う。
「渡そうと思って持ってたんだ」
欲しいって言ってたから、と続けるナマエは、照れ臭いのか顔を逸らしたままだ。
ビブルカードを作れるだけの伝手があったことにも驚きだが、この口ぶりからしてイゾウの為にわざわざ作ってくれたのだろうということは簡単に分かった。
この広大な海の上で、ビブルカードと言うのがどれほど大切なものなのか、恐らくナマエは知らないだろう。
どこにいても自分の居場所を示すそれを、海賊などの手に渡してしまえば、もはやその悪の手からは逃れられない。
どこへ逃げようが隠れようが、イゾウはナマエを浚いに行けてしまう。
いくら『欲しい』と言われたからって、そんなものを簡単に渡してしまえるナマエに、ふふ、とイゾウの口からはわずかに笑い声が漏れた。
「ありがたく受け取っておこうじゃないか」
ナマエから受け取った小瓶を、取り返されたりしないように懐へとしまう。
ナマエの命の一部を隠してから、イゾウは改めて目の前の相手を両手で引き寄せた。
背中側で手を組んでしまえば、輪の中に入ったナマエは逃げようもない。
「会いたくなったら、これを辿って会いに行くとするよ」
機嫌よくイゾウが呟くと、ナマエの手が、そっとイゾウの服を捕まえる。
「それは…………困る」
準備も色々必要だから、なんて言いながらもイゾウの胸元へその頭を預けてきたナマエは、素直じゃないが可愛い男だった。
end
戻る | 小説ページTOPへ