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もはや手遅れ (1/2)
※有知識転生主人公
※外見設定ありにつき注意(美少年/金髪)
※主人公はハンコックの弟分でハンコック他二人がブラコン気味かもしれない
※動物の死骸的な表現注意



 春島は、相変わらず暖かい。

「はー……」

 眠くなる日差しの中で、満足いく買い物が終わってほっと息を吐きながら、俺は椅子に座ったままで軽く足を伸ばした。
 朝からずっと歩いていたから、足の裏がじんわりと痛い。
 それでも、村と街をいくつも歩いただけの成果はあったと、丸いテーブルに三脚だけの椅子の一つを占拠している荷物を見やる。
 まるで客の顔をして椅子に座る保冷箱は、俺の膝にのせても余る大きさだ。
 店の中で一番上等なものを買い占めたし、また新しいものを仕入れたら配達してもらえるように約束もした。
 気分よく片手を動かして、先ほど頼んだアイスティーへと手を伸ばす。
 グラスを引き寄せて、一緒に運ばれてきたシロップ入れの中身を濃い琥珀色の中へと全部零した。
 沈んでいく無色の液体をストローで混ぜ合わせて、混ざりきらないそれらがゆらゆらとアイスティーの中で揺れるのを目で追う。
 しばらく眺めて、満足してからストローの先へと口を寄せた。

「こっちの席は空いてるかい?」

 そこで、横から不意に声を掛けられて、俺はストローを咥えたままで声がした方へ顔を向けた。
 適当に選んで入った喫茶店のテラス席で、俺のすぐそばには、いつの間にやら人が立っていた。
 なんだか『懐かしい』と思える髪型は、俺の知る『日本』の古い女性的な奴だ。『この世界』では『ワノ国風』というんだったろうか。
 着ている服も着物みたいだが、多分俺の知る『着物』とは素材が違うだろう。
 はだけた服のあわせからは素肌が覗いていて、妙に似合う化粧をした相手が『男性』なのは一目でわかりきったことだった。
 そして、テラスには、空いたテーブルが他にも三つはある。

「……となりのテーブル、空いてますけど」

 とりあえずそのうちの一つを指さして言うと、ここがいいんだと答えた相手が勝手に椅子を引いた。
 そのままそこに座ってしまった相手に、ああこれは、と把握して、ストローから甘くなったアイスティーを一口飲んでため息を零す。

「俺、男ですよ」

 初対面の相手にそう言葉を放つのは、初めてのことじゃなかった。
 『日本人』として生まれて、死んで、それから『この世界』で生まれ直して十数年。
 どうも今度の『俺』は、女に見間違えられやすい顔をしているらしい。
 染めたわけでもないのに金色の髪はふわりと柔らかく波打ち、肌はどうにも日に焼けない白さのまま。
 頑張ってみたけど筋肉はなかなか付けられなくて、腕も手足もそれなりに育ちはしたけどひょろりとしているし、肉体労働の似合う男物の服を買って着ると『借りた』感が酷い。
 声変わりはして少し低くなったものの、やっぱり一般的な男性にしては少し高い気がするし、多分非力な方だろう。
 顔のつくりに関しては、確かにまつ毛が無駄に長くてサングラスを掛けるとくすぐったい時もあるし、ちょっと女顔かなと思いはするが、俺がこの世で一番美しいと思っている顔とは比べ物にもならないので、そこまで美しいとか、そういったことは無いはずだ。
 それでも、たまにこうやって男性から声を掛けられることがある。
 いわゆる一つのナンパというやつだ。
 俺の言葉に、椅子に座った相手は少しばかり戸惑ったような顔をして、それからすぐにその表情を消した。

「へえ、そうか」

 余裕しゃくしゃくな笑みを浮かべて寄越された相槌に、ああこれは信じてないな、と把握する。
 まさかこんな場所で脱いで『男だ』という証拠を掲げるなんて破廉恥な真似は出来ないし、初対面の相手にそこまでしてあげる義理もないだろう。
 せっかく休めそうだったけど、さっさと飲み終えて帰ろう。
 心に決めてストローを咥えたところで、テーブルに肘までついて頬杖をついた相手が俺を見つめてくる。

「おれァここ一週間ほどこの島にいるんだが、お前さんも何か用があってこの島へ来たのかい」

 随分な大荷物だねと、言葉と共に示されたのは後一脚の椅子を占拠する俺の荷物達の方だ。
 寄越された言葉に、そういえばこれがあった、と思い出してストローを口から放す。

「遊蛇の仔の好物を買いに来たんだ」

「ユダ?」

 言葉を紡いだ俺に相手が不思議そうな顔をして首を傾げたので、そう、と答えて少しだけ笑った俺は、両手で保冷箱を引き寄せた。
 相手に見えるように椅子をひいて、膝の上に乗せたその箱のふたを開く。

「すごく状態のいいのが手に入ったんだ」

 言葉と共に相手側へ少し傾けたその箱の中に入っているのは、この島でしか購入することが出来ない、何種類かの動物の死骸だった。
 正直言ってグロテスクなことこの上ない物品だ。
 そういったものに抵抗のある人間ならドン引きすることは間違いないし、実際、そういえばこれで何度かナンパ男に引かれたことがある。
 そうでなくても気分はよくないだろうし、不快な思いをさせた相手からはさっさと離れるだろう、なんて考えて見やった先で、俺が見せた箱の中身に、椅子に座っているナンパ男は驚いたようだった。
 目を丸くして、きっとそれから眉間へしわを寄せて顔をそむけるなりするだろうと思っていた俺の目の前で、何故だか相手の体がずい、とこちらへ近寄る。

「へえ……毒海ヘビも陸のモンを喰うのか」

 そいつァ知らなかった、と言葉を放って興味深そうに保冷箱の中身を見つめられて、今度は俺の方が困惑した。
 初対面の相手に、そんな反応をされたのは初めてだ。
 俺が『遊蛇』と呼んだ生き物が、毒海ヘビだとすぐに分かる人間だって少ないのに。
 戸惑う俺の方をちらりとその目が見て、それから紅を刺した唇がにまりと笑みを浮かべる。

「あァ、そういう顔もいいな」

 良いものを見つけた悪い子供みたいな、嬉しそうなその顔は、何故だか妙にまばゆく、綺麗に見えた。
 この世の何より美しいのは別の誰かだと知っているのに、それでもはっきりと『綺麗』だと思える顔を見たのも、もしかしたら初めてだったろうか。
 保冷箱の蓋をひとまず閉じた俺へ、ナンパ男は『イゾウ』と名乗った。
 どこかで聞いたことのあるその名前が、かの有名な『白ひげ海賊団』の一員の物だということを思い出したのは、当人から自己紹介を受けたときのことだった。







 俺が恩人に拾われたのは、もう十年以上も前のことだ。
 けれども、俺の恩人の故郷は男子禁制の王国で、男だった俺は国の外で育てられた。
 働かなくても養ってくれるとは言われたけど、働かざるもの食うべからずだ。いろいろな仕事を探した俺がやがて見つけたのは、遊蛇と呼ばれる特殊な海ヘビの飼育と躾だった。
 アマゾン・リリーの船は、毒海ヘビが牽引するものが多い。
 だからこそ造船を担うところでは毒海ヘビが飼育されているし、間違っても船員を襲わず、指示に従い、外敵を迎え撃てるようにと訓練されている。
 最初の頃よりも随分と仕事にも慣れて、今度俺が任されたのは、卵のふ化だ。
 どうしても雄だと気性が荒くなるし、自分の縄張りを持つために巣立とうとするから、生まれる仔遊蛇の性別を指定するためにこの春島へやってきた。
 目論見は功を奏して、あたたかな水温の中で生まれた仔遊蛇達は、今のところ全てが雌だ。
 持ち込んだ全ての卵が孵るまでは、この島で過ごすと決めている。

「よう、ナマエ」

 放って寄越された声に顔を向けると、片手をひらひらと振った相手がこちらを見やって笑っていた。
 イゾウさん、と年上の相手の名前を呼んだところで、相手の方からこちらへ近寄ってくる。
 初めて会ったあの日から、はや一週間。
 この島の大きな通りを歩くたびに、どこからともなく現れたこの海賊が、俺に声をかけてくるようになった。
 一応、俺が『男』だということは納得してくれたらしい。
 それでも毎回声をかけてくるんだから、よほどこの顔が好みなんだろう。
 俺の知る限り、『イゾウ』と言えばかの有名な『白ひげ海賊団』の船員で、人魚の多い魚人島とも縁のある海賊のはずなのに、人の好みというのは千差万別だ。

「こいつァおれとの先約があってね。悪いがさっさと譲ってもらおうか」

 近寄ってくる相手を見上げていたら、俺から視線を外した相手が、じろりと俺の横に立っていた相手を睨みつけた。
 口元は笑っているのに目に笑みの無いその表情は、妙に凄みがある。
 気圧されたのか、それともそこまで俺に執着するつもりもなかったのか、慌てたように一言二言落として逃げて行った相手を見送ってから、俺は自分の片手を軽くこすった。
 少し強引なナンパをされて、掴まれた腕が痛かった。跡の残りやすい腕には少し手形が付いている。

「全く、そんな跡まで残しやがって」

 舌打ちを零した相手がそんな風に声を漏らして、伸びてきた手がくるりと俺の腕に手ぬぐいを巻き付ける。
 するすると巻き付いたそれが手形を隠して、それほど強くない力できゅっと結ばれた。

「別に、ここまでしなくても」

 わざわざ人の腕に薄手のそれを巻いてしまった相手へ言いつつ、結び目に指を伸ばす。
 けれども俺が結びをほどく前に、掌が結び目を隠すように俺の腕を柔らかくつかんだ。

「上書きしてやってもいいが、わざわざ痛ェ想いをさせるのも趣味じゃないんでね。かといって、目に入るようじゃあおれが気になって仕方ない」

 だからおれのために隠しといておくれと言葉を落とされて、少しだけ眉を寄せた。
 俺の顔を見下ろしたイゾウという名の彼からは、な、と念押しするような声だけが寄越される。
 よく分からないが、こうして出会えば夕方頃に帰るまではずっとついてくるのがいつものことだった。
 俺は別に気にしないが、その間気になって仕方ないというんなら、まあ受け入れてもいいことだろうか。

「……じゃあ、あとしばらくだけ」

「そうしてくれると助かるよ」

 消えなかったら医者にも連れていってやるからと言葉を続けられて、そこまでしなくたって消えるよ、とそちらへ返した。
 腕を掴まれて跡が残るのだって、初めてのことじゃない。
 大体一日やそこらで消えるから、俺の面倒を見てくれている相手や恩人達に見とがめられたことだってないのだ。
 俺が言わなくてもそれが伝わったのか、こちらを見てため息を零した相手が、それからようやく俺の腕を手放す。

「慣れてるんなら、手を掴まれっぱなしになるこたァないだろうに」

「追い払う前にイゾウさんが来たんだ」

 少しばかりなじるような言葉を寄越されて、俺はむっと口を尖らせた。
 今日のナンパ男は少ししつこくて、そろそろ手習いしていた護身術の使いどころだったのだ。目の前のこの人が現れて、救われたのはあちら側だったと思っている。

「なんだ、そいつァいいところを見損じたな」

 俺の言葉を信じているのかいないのか、ふ、と笑った相手が、ぽんと俺の肩を軽く叩く。
 歩き出すのを促されて、従った俺が歩き出すと、俺を促した海賊はそのまま隣をついてきた。

「それで、今日は何を買いに来たって?」

「うーん、今日も、特に何も」

 尋ねられて答える言葉に、嘘はない。
 昨日もそうだったが、遊蛇達の世話を終えてから、俺は何も目的もなくこの街を訪れていた。
 遊蛇達を孵しているのは島のちょうど反対側で、ずいぶんと距離はあるけど、歩くのは気分転換にもなるからだ。
 俺の言葉に、へえ、と声を漏らした『イゾウ』が、それから少し何かを考えるような仕草をする。

「……それじゃあ、昨日の店に行くか」

「昨日のって、銃屋さん?」

「そうそう、ジュウヤサン」

 小さいものから大きなものまで、あらゆる銃火器が並んでいるんじゃないかと思うほどの品ぞろえだった店を思い出して言葉を紡ぐと、何故だか微笑んだ相手が俺の言葉を繰り返した。
 昨日もいろいろと買い込んでいるようだったのに、まだ何か買うのだろうか。
 『白ひげ海賊団』というのは、とても戦闘の多い海賊なのかもしれない。
 けれども、昨日も素人丸出しで質問をしていた俺に全部答えてくれた相手を思い出して、俺は一つ頷いた。

「また、聞いたら教えてくれるんなら」

「あァ、いいとも」

 好きなだけ聞きなと懐の深いことを言われて、うんと返事をする。
 俺の傍らを歩く海賊は、案外世話焼きだ。
 『白ひげ海賊団』というのは大所帯で、『弟分』とやらもたくさんいるらしいから、そのせいなのかもしれない。
 飲み物はお茶が好きだとか、銃をいじるのが楽しいだとか、好きな色だとか、『家族』と呼ぶ仲間の話とか。
 俺が男だと納得しても近寄ってくる相手と過ごすうちに、俺は少しだけ傍らの誰かさんに詳しくなった。
 聞かれた分だけ返事をしているから、相手だって俺のことを少しは知っているはずだ。

「そういや、うちのに聞いたんだが、うまい店が向こうの通りにあるらしい。甘いもんの種類も多いらしいから、あとで行こうじゃないか」

 俺の好物を知っている相手の発言に、分かった、と返事をした。

「今日はちゃんと自分で払うから」

「おいおい、誘ったんだからおれが払うに決まってんだろう」

「昨日もおごられてるんだから、今日はむしろ俺が払うべきだと思う」

 こぶしを握ってそういうと、律儀だな、と『イゾウ』が目を細める。
 どことなく面白がるようなその眼差しに、本気だからね、と念を押した。
 『白ひげ海賊団』が全体的に金回りがいいのかそれともこの人の金遣いが荒いのか、何度か一緒に過ごす間に、俺が自分の財布を開いたことなんてほとんど無い。
 俺が『イゾウ』と付き合っている女の子ならそれでいいのかもしれないが、俺は男だし、『イゾウ』と付き合っているわけじゃないんだから、それはやっぱりおかしいだろう。
 俺の言葉に、ふむ、と声を漏らした海賊が、その目をこちらから少しだけ外す。

「……それじゃあ、明日はおれの奢りか。いい店を探してやらねえとな」

「高いお店はお断りします」

 寄越された台詞にすぐさま言い返すと、何が面白かったのか、『イゾウ』は唇に笑みを浮かべた。
 嬉しそうで楽しそうなその笑顔に、俺はよくわからず首を傾げただけだった。







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