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いじめっこの因果律
いじめっこの不文律の後日設定
※元保父さんな主人公はロジャー海賊団クルー
※捏造若レイリー



 ナマエが目を覚ました時、そこは自分が知っているのとは常識すら違う場所だった。
 海の中を漂い、危険な目にも遭って、自分はもうここで死ぬんだと思った。

『行くアテが無ェんならおれ達と行くか!』

 けれどもそこで助けが入り、にっかり笑って気安くそんなことを言い放った海賊がいたから、ナマエは今もこうして生きている。

「ナマエ〜!」

「うん?」

 名前を呼ばれてナマエが視線を浜辺に向けると、浜に佇んだ赤毛の子供がぶんぶんと手を振っていた。
 片手に何かを握りしめていて、それを振り回すようなしぐさに笑ったナマエも手を振り返す。
 それを見上げて動きを止めたシャンクスが握りしめているのは、何やら山菜の類のようだった。筍のように見えるが、ナマエの知っている筍はオレンジ色はしていない。

「それどうしたんだ?」

「さっきそこで掘ってきた! 食いもんだって! まだまだあるんだ」

 一番でかいのを掘ってきたぞと笑顔で言い放つ子供に、そうかすごいな、とナマエが頷く。
 けれどもそこでがさりと茂みが揺れて、船の上と浜辺から二人で注目したそこから、ぴょんと子供が一人飛び出してきた。
 赤鼻の少年が、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。

「なァーにが一番でかいだ! おれの奴の方が派手にでけェ!」

 言い放ち、見せびらかすようにして掲げられたオレンジ色の筍もどきは、確かにシャンクスが持っているものより一回りほど大きく見える。
 うわ、と声を漏らして自分が持っていたものを持ち直したシャンクスが、ぶつけるようにしてバギーの手にあるそれに自分が持っていたものを押し当てた。

「本当だ、でけェ! すげェなバギー、どうやって見つけたんだ?」

「そんなもん当然、このおれ様の勘とか運とかそういうジツリョクに決まってんだろ!」

「じゃあおれの方がもっとでかいの見つけられるな! もっかい行ってくる!」

「なんだとこの野郎!」

 目をキラキラとさせて、すぐさま茂みへ飛び込んだシャンクスに、声を荒げたバギーが続いた。

「怪我はしないようにしろよー」

 船の上から放られたナマエの声は、果たして騒ぎながら遠ざかっていく子供たちの耳に届いているだろうか。
 遠くて分かりづらかったが、バギーの方など少し擦り傷もあった気がする。
 抱いた不安がナマエの口からため息を漏れさせて、ナマエは改めて島を眺めた。
 たどり着いたこの島は無人島で、冒険だ食糧調達だと楽しそうにロジャー海賊団の面々が降りて行ったのは今朝のことだ。
 一番年若い二人はロジャー船長について行ったが、今その彼がどこにいるのかもナマエには分からない。
 子供を遊ばせるならせめて傍で誰かが見ているべきなのではないかと、そんなことを考えもするが、そう訴えるとまず最初に子供達本人から怒られてしまうのだ。
 子供じゃないというのが本人達の訴えだが、ナマエに言わせると『子供じゃない』と訴える間は子供である。

「……うーん……やっぱり」

 降りるか、と考えを定めたナマエの背中が伸び、その目がちらりとタラップへと向けられる。
 先程から手に持っては置いてきた鞄と角材で出来た杖を手に持ち、よし、と一つ頷いた。
 けれどもそれを咎めるように、背中が少し強く叩かれる。

「いっ」

 じん、と染みる痛みが背中に走り、ナマエは思わず硬直する。
 浮かびかけた涙をこらえて慌てて振り返ると、いつの間にやら背後に人が立っていた。

「何するんですかレイリーさん……!」

「何、人の忠告を聞かずに島へ降りようとする馬鹿がいたからな」

 思い知らせてやったと素知らぬ顔で言い放つ相手に、うう、とナマエの口から声が漏れる。
 ナマエの背中には、とても大きな傷がある。
 つい先日抜糸が終わったばかりのその傷は、いまだにほんの少しの痛みを放っていた。
 さすがに叩かれて血が出たりはしないが、怪我があると分かっていて背中を叩いてきた酷い相手が、ナマエの顔を見やって鼻を鳴らす。

「お前は船で待機だ。陸に降りる時間は終わっただろう」

「ほんのちょっとだったじゃないですか」

 まだ傷が完全に癒えてはいないからと、島について最初の一時間だけ許可された散策でも、この海賊はナマエの近くを歩いていた。
 島の奥まで行こうとすれば呼び止められ、時々軽く靴のかかとを踏まれて引き留められ、仕方なくナマエは『冒険』を断念した。

『よし、おれ達がナマエの分まで見てきてやるからな!』

『派手に任せろ!』

 そんな風に、熱意を込めて宣言したのはシャンクスとバギーだ。
 子供達の顔を思い出して、ナマエが軽く頬を掻く。

「それに、遊びに降りたいわけじゃないんですよ。船長の姿も見えなくて……」

「シャンクスとバギーは、お前が思うほど子供ではないんだがな」

 言いたいことが伝わったらしい相手が肩を竦めて、それでも子供じゃないですかとナマエはそちらへ向けて反論した。
 子供らしい無鉄砲さと無邪気さを合わせて抱えた二人の海賊達ときたら、ナマエにとってはどうにも構いたくなる存在だ。
 二人ともナマエより強く逞しいが、それでも彼らが喧嘩をしていたら諫めたくなるし、傷があったら治療をしてやりたいし、そもそも怪我をしそうなら庇ってしまいたい。
 その結果が背中の大きな傷だが、痛みを味わった今でも、その考えは変わらなかった。

「しようのない奴だ」

 ため息を零したレイリーが、そんな風に言う。
 その手が自分の腰にある武器に触れ、軽く見張りの担当へ手ぶりをしてから、つま先がタラップの方へと向けられた。
 船と水が少しよどんだ入り江付近の岩場を結ぶそれを踏みつけた相手に、ナマエが目をぱちりと瞬かせる。

「レイリーさん?」

「どうした、来ないのか」

 一歩、二歩と進んだところで振り向いた相手に尋ねられて、ナマエはとても戸惑った。
 一時間で強制的に船へと戻されて、それからそれとなく見張られていたという自覚がある。
 まさか一緒に船を降りようとするだなんてと困惑すると、ナマエの顔を見やったレイリーがわずかに笑った。

「おれの目の届く範囲なら許可してやる。少しの間だけだがな」

 あっさりとした許可に、ナマエはますます困惑した。
 しかしそれでも、行かないのかと尋ねられて反射的に足を踏み出す。
 岩場へ向けた板を下り、たどり着いたそこで足元に注意しながら移動すると、砂浜まではすぐだ。
 振り向いた先のオーロ・ジャクソン号は船底が海底に触れるぎりぎりを攻めて入り江に滞在しており、強い波はその船体にさえぎられて、弱々しい波紋だけが何度も砂浜を擦っている。
 波が寄せる形にくるりと湾曲して折り重なる木の枝やそれ以外を踏むと、砂へわずかに沈み込んだ。
 揺れない足元をしっかりと踏みしめたナマエの横で、島の中央の方へ顔を向けたレイリーが軽く首を傾げる。

「……ロジャーはどこまで進んだんだ?」

 数人の仲間とシャンクスやバギーと共にうきうきと進んでいった船長の名前を出したレイリーに、さあ、とナマエは答えた。
 目の前には茂みやその先の暗闇と葉を折り重ねる森があるだけだが、レイリーの目には別の何かが見えているのかもしれない。
 その彼が様子を伺えないのだとすれば、恐らくロジャー船長はかなり遠くまで足を運んだのだろう。

「まあ、進んでみれば見つかるか」

「船長より先に、シャンクスとバギーの方を見つけたいです」

「それならこっちだな」

 歩き出そうとしたレイリーへナマエが声を掛けると、答えたレイリーの手が方向を示す。
 それに従ってナマエが足を踏み出すと、レイリーがすぐ後ろからついてくる気配がした。
 手元の杖を使って茂みを分けつつ、肩に鞄を掛け直したナマエの足が草を踏む。

「こういうところだと、やっぱり虫とか多そうですよね」

「まあ、そうだろうな。毒虫も多い、気付かないうちに背中へ張り付かれないよう注意するといい」

「気付かないうちだと気付けないんじゃないですか?」

「それはお前の鍛錬が足りないという話か?」

 ナマエの開く道を後ろからついてくるレイリーの言葉に、そんなことは言ってません、とナマエは慌てて反論した。
 海賊たるもの、多少は戦えるようになるべきだということはナマエにも分かっている。
 しかし、もともとの体のつくりが違う以上、レイリーや他の仲間達に合わせた訓練をしていると、ナマエの体力が持たない。
 それは当然レイリーにも分かっているのだろう、後ろで面白がるように笑う声がして、揶揄われたと気付いたナマエはわずかにため息を零した。
 レイリーがナマエをつつく物言いをするのは、いつものことだ。
 寝転がっているところを少し踏んだりだとか靴のかかとを踏んだりだとか足を引っかけてきたりだとか、怪我をしない程度に痛いことをされることもある。
 そのくせあれこれとナマエの世話を焼いてくれるのも彼で、ゴール・D・ロジャーに拾われたナマエが今でも海賊としてやっていけているのは、間違いなくレイリーのおかげでもあった。

「おっと」

「?」

 とん、と後ろから軽く肩口を叩かれて、ナマエが思わず足を止める。
 そのまま後ろを振り向くと、何故だかレイリーが腰のサーベルをしまい直しているところだった。

「今叩きました?」

「いいや?」

 尋ねたナマエへ、レイリーが否定を寄こす。
 しかしその顔は明らかに『何かをした』と言っていて、ナマエは少しばかり首を傾げた。

「それより、ちゃんと前を向いて歩け」

 不思議そうな顔をしているナマエへ、転ぶぞ、とレイリーが声を掛けてくる。

「もしも転んで勝手に怪我をしたら、不注意な自分を後悔させてやる」

 心配しているのか理不尽なのか、わけの分からない言葉だ。
 しかしわずかに微笑みすら浮かべているその顔からは本気が感じられ、ナマエは慌ててレイリーへ背中を向け直した。
 手元の道具を握り直し、しっかりと目の前の茂みをかき分ける。
 そうして手と足を動かしながら、ナマエが何となく思い出したのは、その背中に大怪我を負ったあの日のことだった。

『『海賊』が、自分のものに傷をつけられて不愉快にならないわけがあるか』

 不愉快極まりないと言わんばかりに言葉を紡いだのは、今ナマエの後ろを歩く海賊だ。
 意味を掴むのに時間がかかって、『ナマエ』と言う個人を所有物扱いされているということに気が付いた。
 あまりにも横暴な言葉だ。
 怒ったっていいはずなのに、いまだにナマエの内側には苛立ちはなく、しかしただ、そんな宣言をされたことに対する恥ずかしさがあった。
 それは何故か、と言う疑問は突き詰めればとんでもない答えを呼びそうで、ナマエは意識を逸らすことにする。今考えるべきことは、ここで二人で遊んでいるだろうシャンクスとバギーの安否だ。

「シャンクスとバギーのところまで、あとどれくらいですか?」

「そこまでは掛からんだろう。元気に楽しんでいるようだが」

 後ろからそんな風に寄こされた言葉に、それなら良かった、とナマエは少しだけ安心する。
 そしてたどり着いた先にいた子供達は、確かに、元気に冒険を楽しんでいるようだった。

「あ! 副船長、ナマエ!」

「なあなあ、どっちが大きいと思う? おれの獲物の方だよな!」

「馬鹿シャンクス、おれの方がド派手にでけェだろ!」

 しかし、自分の身の丈より大きい動物を狩って体にいくつか怪我をしていたので、ナマエはものすごく慌てたし、子供達両方をそれぞれとても包帯まみれにした。
 消毒液が沁みたのかバギーが悲鳴をあげて、くるくると包帯を巻かれたシャンクスが少し不本意そうな顔をする。

「こんなの大ゲサだって」

「そうは言っても、怪我をしたら手当をしなきゃだろう、シャンクス?」

 まだ手当をしていない怪我がないか確かめながら言葉を紡いだナマエに、むっとシャンクスが口を尖らせる。
 その横で痛みに顔を顰めていたバギーが、それでもすぐに気持ちを切り替えたのか、ぱっとナマエの方を見た。

「それよりよナマエ、おれとシャンクスの、どっちがでけェと思う?」

「おれだよな?」

「おれだろ?」

 バギーの言葉に勝負を思い出したらしいシャンクスがナマエの服を捕まえて、バギーもそれに続く。
 じっと二人分の視線を注がれて、ナマエは横たわる獲物達の方へと視線を向けた。
 ナマエからしたらどう考えても猛獣に該当する二頭は、それぞれ種類も違う。
 どちらが大きいかと聞かれても、角の大きさや体の肥え方まで違うのでは、どちらがどちらとも言いようがない。

「そうだな……」

 何と答えてこの場を収めようか、そんなことを考えながら口を動かしたナマエのすぐそばで、何やらとても大きい音がした。
 驚き飛び上がったナマエが思わず子供二人を背中に庇って振り向くと、ちょうど目の前を横切るように樹木の一つが倒れたところだった。
 それをへし折ったのはまず間違いなくシルバーズ・レイリーだ。
 そして、佇む彼の目の前に、大きな動物が痙攣しながら横たわっている。
 熊のようだが、目も足も多い。間違いなくナマエの知る熊ではない。
 大きさはナマエの体の三倍はあり、どう考えてもシャンクスとバギーが仕留めた獲物達より大きかった。

「副船長すげー!」

「うわ、でっけェ!」

 ナマエの後ろから様子を伺った子供達が、声を上げてナマエの横をすり抜けていく。
 飛び跳ねてレイリーを讃えながら獲物の大きさに瞳を輝かせる二人は、どうやら勝負については頭から抜けてしまったようだ。
 そのことにほっとしてから、ふとレイリーの様子に気付いたナマエは、思わず目を見開いた。

「レ、レイリーさん!?」

「ん?」

「腕、腕のそれ……!」

「ああ」

 レイリーの腕が、血を零している。
 獣の爪で引っ掻かれたと思わしきそれに、ナマエは慌ててレイリーの方へと駆け寄った。
 持ってきた鞄の中身を引っ張り出して、容赦なくその傷口を消毒する。
 間違いなく染みただろうが、さすがと言うべきか、レイリーは眉の一つも動かさない。
 それどころか緩くため息すらついて、慌てるような傷じゃない、と呆れの滲んだ声を出した。

「この程度、放っておいてもどうとでもなる」

「怪我は消毒するのが一番です! ほら、包帯も巻きますから!」

 いつになく強い口調で言い放ち、ナマエはせっせと目の前の怪我を手当する。
 確かに傷はまるで深くないが、いつでも余裕を持っているレイリーが怪我をするなんてよほどのことだ。
 それだけここの獣が強いのだとすれば、早く子供達も連れて船に戻るべきだろう。
 そんなことを考えて必死に手を動かすナマエの後ろで、二人分の目がじっとその様子を窺う。



「やっぱりわざとだと思うよな?」

「ナマエ下手くそだから派手に沁みるのに、副船長も物好きだぜ……」

「おれ達が手当されてたから羨ましかったんだぜ、きっと」

 子供二人がひそひそとそんな会話を交わしていても、必死なナマエには残念ながらその声は届かないのだった。


end


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