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可愛い弟
この話設定
※微知識転生トリップ系主人公はシャーロット・ナマエ(少年)



 ビッグ・マム海賊団幹部、すなわちシャーロット家の四男であるオーブンには、数多くの弟妹がいる。
 何十人も兄弟がいるのだから当然だが、日替わりで顔を合わせたとしても一か月では足りない人数だ。
 そしてそのうち、オーブンの目を何となく引いたのが、ナマエと言う名の弟だった。
 見た目は、他の兄弟とはそう変わらない。
 少し父親の血をひいていることを示す見た目で、体はオーブンよりも当然小さい。
 同じ日に生まれた他の兄弟よりも大人しく、じっとしていることが多いが、時々こっそりと姿を消す子供だった。
 とはいえ、どこかへ飛び出していくような無茶はしていないはずだ。一時間もすれば姿を見せるのが常で、同じく姿を消すことを知っている他の兄弟達も、ナマエのそれをとがめたりはしない。
 その日はこんがり大臣であるオーブンが数人の弟妹の面倒を見る日で、またもこっそりといなくなっていたナマエに気付いたオーブンがその姿を探したのは、たまたま他の弟妹達が昼寝に入ったからだ。

『ナマエ?』

 そうして、見聞色の覇気まで使って見つけた小さな子供は、いくつかある部屋のうちの一つの、クローゼットの中に隠れていた。
 小さな両手で膝を抱えて、漏れる嗚咽を必死になってかみ殺すそれは、三つにもならない子供には不似合いな哀れさだ。
 開かれたクローゼットに、恐る恐ると顔を上げた子供の潤んだ瞳がオーブンを見上げる。
 幼子には不釣り合いな絶望がその目を染め抜いており、そのことにわずかに目を丸くしたオーブンの両手が、そっとナマエへと伸びる。

『……どうした?』

 喧嘩でもしたか、それともいじめられたのか、なんてことを問いながら、それが原因ではないことくらいはオーブンにも分かった。たかだか喧嘩や虐げられたくらいで、そんな目はしないだろう。
 しかし、いくら考えてみても、ナマエが絶望して泣く理由は浮かばない。
 代わりのように捕まえた小さな体を抱き上げると、膝を手放したその手がオーブンへと縋りついた。
 戸惑うようにオーブンを見上げる子供を見下ろして、安心させてやろうと笑みを浮かべる。

『おれに出来ることならなんでもしてやる』

 だから泣き止め、と命じたオーブンの腕に抱かれて、ナマエがひっくと嗚咽を零す。
 小さな弟が姿を消すたびオーブンが探しに行くようになったのは、その日からだ。
 何が切っ掛けかは分からないが、姿を消したナマエは、大抵一人で隠れて泣いている。
 オーブンが話したところによると、他の兄や姉達もそれには気付いているようだった。
 隠れて泣くのなら見られたくないのだろうと、そんな気遣いをしたらしい兄弟の話を聞きながら、しかしオーブンは自分がそれに遭遇するたびに毎回ナマエを探しに行った。
 泣き止むならと空中高く放り投げてみたこともあるし、抱いたままあちこちを連れて歩いたこともある。
 一度は泣いているわけでもなくぐったりとしていて、体の不調すらも隠れてやり過ごそうとすると気付いてからはさらに構うようになった。
 ナマエが大きくなってからも、それは変わらない。

「オーブン兄さん、俺のことまだ赤ちゃんだと思ってるでしょ」

 久しぶりにナマエがヤキガシ島へやってきて、それを出迎えた。
 空は青く晴れ渡り、天気も良ければ気分も良い。
 オーブンがいつものように肩へ乗せると、何やら不満そうな顔をしたナマエがオーブンの顔を覗き込んだ。
 オーブンの弟でありシャーロット・リンリンの子であるナマエの体は、じわじわとだが確実に成長している。
 こうして肩へ乗せれば少しオーブンの目線より高くなるほどで、それを見上げたオーブンがわずかに首を傾げた。

「赤ん坊を肩になんて乗せてたら、おれがペロス兄に怒られる。あいつらはじっとしていないからな」

「それって、俺が暴れたら降ろしてくれるってこと?」

「なんだ、降りてェのかナマエ?」

 むっとした顔で言い放つ弟へオーブンが尋ねると、更にナマエが口を尖らせた。
 そこで頷かないあたりがまだまだ子供だなと、オーブンの口からわずかに笑い声が漏れる。
 確かに、ナマエは大きくなった。
 しかしオーブンに比べればまだまだ小さく、頼りない弟だ。
 それでも、今では隠れて泣くことも無くなった。
 結局何を悲しんでいたのかをオーブンは知らないが、ナマエが話してこないなら、わざわざ聞き出さずとも良い。
 そう考えているオーブンの肩口で、ナマエが少しばかり身じろぐ。
 尻がオーブンの肩から離れ、降りるつもりらしい相手にオーブンが手を貸すと、ナマエの足がオーブンの掌を踏みつけた。
 いつの間にやら靴を脱いでいる。オーブンは気にしないと言ったが、ナマエは大体いつもそうやって、オーブンの掌を土足で踏みつけないように気を遣った。
 白い靴下に包まれた足で体を支えて、ナマエがオーブンの手の上に直立する。
 少し手の高さを変えて、落ちたとしても可哀そうなことにはならない高さへ調節しながらオーブンが見上げると、オーブンより少し高い位置にある顔がオーブンを見下ろした。

「俺だってそのうち、オーブン兄さんより大きくなるんだから」

「なんの宣言だ?」

「大きくなったら、俺がオーブン兄さんを持ち上げちゃうんだからね」

 よくわからない宣誓と共に、ナマエの足が軽くオーブンの掌を蹴った。
 空中でくるりと回転した体が、そのまま大地へと降り立つ。
 すぐに靴を履いて姿勢を戻したナマエは、まだオーブンの腰ほども背丈が無い。
 小さな弟を見やってから、軽く顔を掻いたオーブンは、その手をひょいと下へ降ろした。
 小さな頭を捕まえて、軽く撫でる。

「背丈だけでかくなってもなァ。筋力がねェとおれは持ち上がらねェだろう」

「体はこれから鍛えるんだよ」

 好きなように頭を撫でられながら、ナマエがそんなことを言う。
 生意気だが可愛い弟に笑って、そうかそうか、と相槌を打ったオーブンの手がナマエから離れた。

「お前がダイフクを持ち上げられるようになったら考えてやる」

「オーブン兄さんとダイフク兄さんはそんなに差ないでしょ」

「馬鹿言え、おれの方が三センチはでかい」

 ふふんと鼻を鳴らしたオーブンに、何それ、と声を漏らしたナマエが笑う。
 楽しそうな顔をしている弟を見るのが、オーブンは好きだ。
 ナマエは隠れて泣くことをしなくなった。
 何を悲しんでいたのかをオーブンは知らないが、オーブンが構うことでその身に巣食う絶望を追いやれたのなら、兄冥利に尽きるというものだ。

「オーブン兄さん、子供みたい」

 楽しそうな声でなんとも心外なことを言われたが、弟妹に優しいオーブンは、何だと、と軽く怒ったふりをするだけでそれを許してやったのだった。



end


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