オーブンと誕生日
※有知識転生トリップ主人公はシャーロット家?男(少年)
※ワンピースの世界にはナマエというおいしいなにかがある捏造
※その他捏造満載
「ナマエ様、お誕生日おめでとうございます!」
「あ、うん、ありがとう」
何度も聞かされた言葉に、返事をしながら微笑むと、満足げな使用人たちが下がっていく。
今日は〇月◇日。すなわち、俺が『この世界』へ生まれた日だった。
『ナマエ』なんておいしそうな名前までつけられた俺が住むこの国は、甘くておいしい食べ物で満ちている。
正直糖尿病が心配なほどなのだが、そう言う病は無いらしい。むしろ、血筋によるものか、『俺』からすれば異様なほどに甘いものを食べなくては気分が悪くなる。ファンタジーの世界は不思議でいっぱいだ。
そして、俺が主役のはずの今日を祝うバースデーケーキは、決して俺のためのものではない。
「マママママ! やっぱりバースデーケーキはいいねェ!」
血がつながってるにしては見た目が似ていない気がする俺の母親が、とても嬉しそうに満足げに笑いながらケーキを頬張る。
彼女の大きさに合わせたバースデーケーキはとても大きく、ふんわりと甘そうなクリームがついていた。
俺の方にも一応ほんの少しだけ分けられたが、残りはすべて彼女のものだ。
食いわずらいなんて言う恐ろしい持病を抱える彼女から、食べている物を奪う人間なんていない。
口の周りを少しばかりクリームで汚して、ニコニコととても幸せそうにケーキを食べるその様子は、まあ、可愛いと言えば可愛いんだろうか。
『シャーロット・リンリン』という名の海賊がそう言う人だと俺は昔から知っていたから、別に今更、怒ったり悲しんだりする気も起きなかった。
「やっぱりシュトロイゼンはすごいね、ママ」
「あァ、あいつも腕が上がったもんだ」
昔は能力で変化したものばかり食わされたがどうしようもなかった、だとかそんな話をしながらばくばくとケーキを食べる母親を、一緒のテーブルについて見守る。
彼女の紅茶が尽きぬように目を配るのも、ゲストとしての役目の一つだ。
早く食べ終わってくれたら、いつものところにすぐ行けるなァなんて、俺は食べられていくケーキを見ながらそんなことを考えていた。
※
トットランドのヤキガシ島、ふっくらタウンのこんがり大臣。
並べていくと何とも可愛らしいことこの上ない肩書を持つその人は、大勢いる俺の兄のうちの一人だ。
「よく来たな、弟よ」
「オーブン兄さん」
連絡が行っていたのか、船から降りたとたんに声を掛けられて、俺はすぐさまそちらを向いた。
能力の関係ですぐに熱くなってしまうからか、基本的に軽装で、ものすごく目立つ髪型をしている巨漢が、大きな手を軽く振っている。
「お迎えありがとう」
「また一人で来たな?」
船のタラップを駆け下りて飛びつけば、俺の体を支えた相手がひょいと俺を持ち上げる。
いつでも温かい掌が俺を自分の肩へと乗せて、すぐ近くにある顔を俺は見下ろした。
「だってなんかたくさん人が来るから。留守ですって言っといてって言ってきたよ」
「そいつァ、お前が誕生日だからだ」
客の相手はちゃんとしろと言葉を寄こされて、ママとのお茶会も終わったよと返事をした。
サスペンダー付きの半ズボンから伸びる足先をぶらりと揺らした俺の傍で、軽くため息を零した相手が歩き始める。
ゆらゆらと少し揺れるが、ゆっくり動いているその様子は、俺を気遣ってのものだとすぐに分かった。
それでも滑り落ちないようにそっと相手の頭の後ろへ手を添えると、大きな手が俺の足元へと寄越される。
踏んでいいと示されたので、一度ひっこめた足から靴を脱いだ。
自分の膝の上に靴をそろえて、脛の中ごろから足先まで覆っている白い靴下をそのまま大きな掌の上に乗せる。やっぱり、オーブン兄さんの掌は温かい。
「バースデーケーキはもう食ったか?」
「うん、ママがちゃんと食べたよ」
「あァ……まァ、そうか」
問われた言葉に返事をすると、納得したように頷きが寄越された。
バースデーケーキのほとんどが一人占めされることなんて、俺達兄弟のうちではいつものことだ。
トットランドはただ一人の女王を中心に回っている。
彼女が食べたいものならば、どうやってでも手に入れなくてはならない。
俺はまだちゃんと見たことはないが、食いわずらいというのがどれほど恐ろしいのかは、知識として知っている。
自分が彼女の子供として生まれるだなんて、漫画を読んでいたころは思いもしなかった。
ここがあの漫画とよく似た世界だということを飲み込んで納得したのは、三歳になった頃くらいだっただろうか。
それまでは現実を受け入れたくなくてよく泣いていて、そのたびに隠れている俺を探しに来てくれたのは、今俺を肩へ担いでくれているこの兄だった。
『どうしたナマエ、何が悲しい?』
誰かにいじめられたんならやり返し方を教えてやる、と大きな掌で俺の頭を撫でながら言って、慰めてくれた。
泣き止むと聞いたからと空高く放り投げられたときは息の根も止まるかと思ったが、絶句している俺に気付いて謝ってくれたし、甘いものを控えた俺が気持ち悪くなってた時にはいち早く気付いてくれた。
だから、海賊としては恐ろしくても、良い兄だと知っている。
もう仕方ないからこの世界で生きていくとして、この兄がいてくれるならやっていけるかもしれないと、そう考えたのが三歳になった後だ。
「それじゃ、まだ腹に飯は入るな」
「うん。今日のおやつはなァに?」
懐いた俺を無下にすることなく、訪れた時には必ずおやつをふるまってくれる相手へ尋ねると、今日は特別だからなァとオーブン兄さんが言葉を紡いだ。
『特別』、の言葉の意味を測りかねて首を傾げると、にやりと口元を笑ませた相手が視線を寄こす。
「追加の祝いだ。ケーキじゃなくて残念だろうがな」
シフォンはバースデーケーキにかかり切りだったからなと続いた言葉に、俺は彼が何を言いたいのか理解した。
少し眉を寄せて、じとりとこちらを見る相手を睨みつける。
「別に、そうやって祝おうとしてくれなくたっていいのに。もう九つだよ、俺」
生まれ直す前の記憶からの年齢も引き継いだら、成人したてどころの話じゃない。
運ばれたバースデーケーキを誰より先に母親が食べ始めたときだって、残念に思ったりもしなかった。
だからわざわざそうやって祝おうとしてくれなくていいと、そう言葉を紡いだ俺の足が、大きな掌でぐっと掴まれる。
「そうか?」
そうしてそのまま引っ張られ、兄の肩から滑り落ちる格好になった俺が慌てて膝から落ちかけた靴を掴むより早く、兄のもう片方の手が俺の体を支えた。
仰向けで横になる格好になっているが、プリンセスホールドと言うにはなんとも不格好だ。
両手で靴を持ったまま、苦しいと身をよじると、オーブン兄さんの両手が俺の体を持ち直して、猫の子を抱き上げるようにひょいと両脇に手を入れて持ち上げられる。
「どう見ても嬉しそうな顔をしていたんだがな」
歩きながらそんなことを言って、どうだと尋ねてこちらを見つめてくる相手は、いつもと同じ顔だ。
むっとその顔を見つめ、やがてこちらを観察してくる視線に耐えられなくなって目を逸らした俺は、苦し紛れに口を動かした。
「……オーブン兄さんの気のせい」
呟いた言葉は我ながら、なんとも説得力がない。ただの子供のようだ。
同じように感じたんだろうオーブン兄さんがわずかに笑い声を零して、そのまま俺を運んでいく。
案内された部屋には大きめのパイが用意されていて、こんがりサクサクのパイ生地も、甘酸っぱいリンゴのコンポートも、一緒に添えられていたアイスクリームや生クリームも、どれもこれも美味しくてたまらなかった。
しかし、やっぱりパイにスパークリングキャンドルを九本も立てたのはやりすぎだと思う。
end
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