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小さな彼とわがまま
※『小さな彼の与り知らぬところ』設定の続編
※何気に異世界トリップ男児で有知識
※ほんの少し何となくコミックス未収録分のネタバレかつ捏造ありあり


「もういいもん! マルコのばか!」

 年端もいかない子供の大きな声が、モビーディック号の甲板へと響く。
 背中に小さめのリュックサックを背負い、両手に軍手までつけた子供の目がうるりと潤んで、いつになく強く目の前の海賊を睨みつけていた。
 小さな顔がぷいとそっぽを向き、その足があまり早くはない速度で駆け出して船内へと逃げ込んでいく。
 身の丈に合わせた大きさのリュックサックを背負ったその背中が遠ざかっていくのを見送って、罵られた男がため息を零した。

「あーあー、泣ァかせたァ」

 傍らでやり取りを見ていたハルタが、にやりと笑ってマルコを見上げる。
 そちらをちらりと見やり、マルコは自分の首裏へ軽く手を当てた。

「仕方ねェだろうよい」

『ナマエもおりたい!』

 甲板へと駆け込んできた子供がそう主張したのは、つい三十分ほど前のことだ。
 しかし、誰がどう見ても未開の地である島の中に、マルコはナマエを伴って降りることは出来ないと答えた。
 どこに何が潜んでいるかも分からない。そこいらの人間より強い獣など、偉大なる航路には数多く存在する。それでももちろん遅れはとらないが、か弱い子供を連れて歩く場所ではない。
 せめて周辺の危険を確認してから、とマルコが提案する隙すら与えずに『どうしても今日おりたい』とわがままを言い続けたナマエは、マルコがそれに折れないのを見てすっかりへそを曲げてしまったらしい。
 あの分では、数日は口をきいてくれないだろう。
 周辺の探索をしながら、何か機嫌を取れるような手土産でも探しておいた方がいいかもしれない。

「全く、困ったもんだ」

 呟くマルコに、そうだねェ、とハルタが同意する。

「お父さんはつらいねェ、マルコ」

「誰がオヤジだよい」

 ふざけたことを言い放つ兄弟分の脛をマルコが蹴ると、ハルタが笑いを含んだ声で痛いと悲鳴を上げた。







 いくら久しぶりの島でも、船から全員が降りることは無い。
 探索をする者と船を守る者、休憩を取る者と役割は様々で、本日のイゾウは『休息日』だった。
 少し肌寒い秋島だ、温かい酒でも飲むかと考えて向かった食堂で、いつものようにカウンターの椅子へと座る。

「サッチ、いつもの」

「どこの常連客だよ」

 本日の厨房を預かっている四番隊隊長へイゾウが声を掛けると、それに笑ったサッチの手が熱燗の用意を始めた。
 分かってるじゃないかとそれに笑ってから、イゾウの視線がそのまま傍らを見やる。

「それで、何してんだい、ナマエ」

 誰かに座らせてもらったのか、間違いなく自分では上り下り出来ないだろう椅子に腰かけた子供が、ぎゅっと最近新調していたリュックサックを抱え込んでいる。
 その顔はリュックに埋められていてあまり見えないが、少なくともいつもの上機嫌さは欠片も無いようだ。
 正面に置かれたココアはもう冷めてしまっているのだろう、サッチの手がそちらへ伸びた。イゾウの酒と共にマグカップごと温めることにしたらしい。

「マルコと喧嘩したんだと」

「へえ」

 事情を聞かされて、珍しいね、とイゾウの口から声が漏れる。
 ナマエは、間違いなく白ひげ海賊団の中で一番マルコに懐いている。
 何があろうとマルコの傍へ寄っていくし、一緒にいることが出来て嬉しいとその顔が雄弁に語っているのだ。マルコに叱られると大体しょんぼりしていて、しかし少ししたらすぐにまた明るい顔になる、立ち直りの早い子供でもある。
 そのナマエがリュックサックを抱え込んでどんよりしているのなんて、イゾウはそれこそ初めて見たかもしれない。

「……ナマエ、わるくないもん」

 イゾウとサッチのやり取りが聞こえたらしく、リュックに顔をうずめたままのナマエが主張する。
 ぎゅう、と細い腕がリュックサックを強く抱きしめ、先ほどよりその背中が丸くなった。

「なんで喧嘩したんだい」

 サッチの手が寄こした摘みの皿を自分の方へと寄せて、皿の上に転がっていた銀杏を口に運ぶ。
 ちょうど良い塩気を舌で転がして、柔らかいそれをかみしめたところで、おりたかったのにダメって言われた、とナマエが言った。

「マルコたちはおりるのに、ナマエはダメだって。おりたかったのに。いっぱいぶりの島なのに。こんどこそ、反対がわまでトンネルほるってきめてたのに」

「トンネル……」

「……あー、そういや、前の島でなんか穴掘りしてたよな」

 ぼそぼそと寄こされる言葉を聞いて、サッチがそんな風に言いながら飲み物の仕度を初めた。
 充分温まっただろうココアが別のマグカップへと注がれて、そのままナマエの前へ。
 後回しにされたイゾウは、先に置かれた猪口を手に取り、徳利をその横に並べに来た男へずいと差し出した。
 大して気にした様子もなく、一杯分の酒をイゾウへ注いだサッチが、改めて徳利を置き直す。

「そういや、姿が見えねェって探したんだったか」

 ふんわりと漂う酒の匂いを楽しみながら、熱々になった中身を少しばかり口にしたイゾウが、そんな風に呟く。
 つい半月も前のことだ。
 あれは無人島ではなく、買い付けを行ってログが溜まるのを待っていた。
 近くで遊んでくると言って船を降りたナマエの姿が見当たらないとなって、家族達で慌てて探したのだ。
 空を飛んだマルコが見つけた時、岩陰で大きな穴を深く深く掘り進めていたナマエは、自分で堀った穴から脱出することが出来なくなっていた。

「またあんなことがあったら大変だ」

 泥やそれ以外で色々と汚れていて、マルコに怒られていたのまで思い出し、イゾウの視線が傍らへと戻される。
 相変わらずリュックサックと仲良しな子供の顔は見えないが、視線が向けられたことは分かったのか、その体が少しばかり捩られた。

「でも、おりたいんだもん……」

 先程より声が小さいのは、当人も半月前にかけてしまった『迷惑』を思い出したからだろうか。
 しかしそれでも主張を曲げないナマエに、ふむ、とイゾウは頬杖をついた。
 その口が猪口の中身を半分ほどさらい、じんわりとしびれた舌を宥めるように銀杏を口に運ぶ。
 柔らかいそれを噛み締め、飲み込み、そうして声がその口から漏れた。

「じゃあ、おれが付き添いして降りてやろうか? ナマエ」

「…………えっ」

 ことりと猪口を置いたイゾウの傍で、ナマエがリュックサックから顔を上げる。
 驚きと戸惑い、そして期待に満ちた眼差しがイゾウの方へ寄こされて、いいの、と幼い口が言葉を紡いだ。
 キラキラと輝く子供の視線は、いつものナマエが浮かべるそれだ。
 拗ねているよりよほど似合っているそれに笑ったイゾウがちらりとカウンターの向こう側へ視線を向けると、恐らく自らナマエを面倒見ていたのだろう男が、少しばかり肩を竦めた。

「まァ、おれァ船から離れらんねえしな。イゾウがいいんならいいんじゃねェか?」

「!」

「でも、マルコが寂しがるかもなァ」

 帰ってきたときナマエがいないと、と続いた言葉に、ナマエがサッチの方を見やる。
 その目がみるみる先程の輝きを失い、つんと口を尖らせながら頬が膨らんだ。

「……マルコなんてしらないもん」

 つん、と顔まで逸らして宣言する相手にサッチがわずかに笑って、イゾウが少しばかり目を丸くする。
 あれだけマルコに懐いていたナマエが、ここまでマルコに腹を立てているのも珍しい。
 自分の主張が通らなかったという一点に腹を立てているのだとすればなんともそれは子供っぽく、そしてマルコが常に、子供が甘えられるようにと立ちまわっていたことの証であるような気すらした。
 ナマエはマルコのことを信頼しきっていて、自分が何をしたって嫌われたりはしないという自信があるに違いない。
 子供らしい傲慢さに、イゾウの口がわずかに笑みを浮かべる。
 その手が中身の減った猪口へ酒を注ぎ足したのは、自分の先程の提案をひっこめる方向に考えを変えたからだった。

「いいことを教えてやろうじゃないか、ナマエ」

 良い温度のそれを口にしながら囁くと、ナマエが少しばかり不思議そうな視線をイゾウへ向ける。
 その両手がサッチの用意したマグカップに触れていて、甘いだろう中身をその口が啜った。
 その様子を見やり、イゾウが目を細める。

「どんな相手だって、ある日突然、会えなくなっちまうもんだ」

 出会いも別れも、どこにだって転がっているものだ。
 別れの瞬間など予期せぬことも多いし、ナマエだって、ある日突然親元からこのモビーディック号へやってきた存在だった。
 帰りたいと言った子供を帰してやると、白ひげ海賊団は決めている。
 だからいずれ、子供との『別れ』も訪れることだろう。

「お前がここへ来た時みたいに、急にマルコの方がどっかにいっちまうかもしれない」

 どちらかと言えば、原因も分からぬままやってきたナマエが原因も分からぬまま帰る方が可能性としては高そうだが、無責任に希望を持たせる発言は控えることにして、イゾウの手が猪口をおいた。

「覚悟もないまま会えなくなっちまったら、そりゃもうずっと後悔するよ。喧嘩してなくてもだ」

 自分をモビーディック号へと連れてきたただひとりを思い出しながら、イゾウの口が言葉を紡ぐ。
 穏便に船を別れた。お互いに、ある程度は納得してのことだ。
 しかしそれでも、あの時その後のことを知っていたら、イゾウはここにいなかっただろう。
 何も知らず、傍にいられなかったことをどれほど悔いて、苦い酒を飲んだことか。
 時間だけが解決する喪失の痛みは、遅かれ早かれ誰でもその身に宿すものだろう。
 それでも、子供がわざわざその身に負うものではないし、拗ねていたってろくなことは無い。

「ましてや喧嘩したまま会えなくなったら、もう、謝ることもできやしない。マルコに許してもらえなくなるし、マルコを許してやれなくなるんだよ」

 もちろん、マルコ達がたかだか無人島の探索から戻らないなんてことはないだろうが、含みを持たせるようにそう言葉を紡いでおく。
 イゾウの言葉が難しかったのか、ナマエはその目をぱちりと瞬かせた。
 その両手がマグカップを持ち直し、ずず、と甘いココアを啜る。
 けれども、湯気が目元に当たるうちにそれなりに飲み込んだのか、小さな手がそっとマグカップをカウンターへ置き直した。
 膝に乗せたままだったリュックサックが、またそっと抱きしめられる。
 そちらへ顔を伏せて背中を丸めたナマエが、ぐす、と音を零した。

「あーあー、泣ァかせたァ」

 カウンターの向こう側で様子を見守っていたらしいサッチが、からかうように言葉を零した。
 わざとらしく家族の声真似をしている相手に、イゾウの指が銀杏をつまむ。

「マルコには黙っといておくれよ」

「さァて、どうすっかなァ」

「ひとつ分けてやるから」

「それおれが炒った奴ですけど?」

 そんな風に笑いながらも、イゾウの賄賂を受け取ったサッチは間違いなく、家族を裏切りはしないのだ。







 炎から作り上げた翼をたたむ。
 上へと散っていく炎を見送りつつマルコが甲板へ降り立つと、先ほど甲板へ落としてやった相手がマルコの隣で姿勢を戻したところだった。

「結構遅くなっちゃったねェ」

「全くだよい」

 見上げた空は真っ暗で、月すら昇っている。
 あちこち回りすぎたと肩を回したマルコが注がれた視線に気付いて傍らを見やると、何故だか今日のペア相手だった『家族』がにやにやと笑っていた。

「まあ、少なくともヤバい動物はいないみたいだし? 良かったよね」

「…………」

 小さくはない島のあちこちを飛び回り、ひたすらに探索を行っていた。
 どうやらそんなマルコの目的に気付いていたらしいハルタに、マルコは黙秘を使うことにした。
 しかし、沈黙こそが答えとなってしまったのか、さらに楽しそうな顔をして、ハルタが先に歩き出す。

「悪かったよい」

「いいよ、おれも楽しかったし」

 ペアだからと自分と同じだけ移動させた相手へマルコが投げた言葉は、背中を向けて歩いていくハルタにあっさりと受け止められた。
 言葉に裏のなさそうなそれに緩く息を零し、マルコが離れていく相手を見送ったところで、ぱたぱたと駆けてくる足音がマルコの耳に届く。
 体重の軽いそれにマルコが目を瞬かせるのと、マルコの足に何かがぶつかったのはほとんど同時だった。

「マルコ!」

「おっと……ナマエ?」

 勢いの良かった相手を受け止めて、マルコの視線が足元へと向けられる。
 物陰にでも潜んでいたのか、マルコの方へと一直線に駆け寄ってきたのは、船を降りる前にマルコへ拗ねた顔を見せてきた子供だった。
 小さな両腕と両足が、がっちりとマルコの足にしがみついている。
 しばらく口をきいてくれないだろうと思っていた相手の豹変に、マルコは少しばかり首を傾げた。
 どうしたんだよい、と思わず問いかけてしまいかけて、口を閉じてどうにか飲み込む。
 マルコの動きに気付いた様子もなく、マルコの足にしがみついたままの子供が、そのままで口を動かした。

「マルコ、おかえりなさい」

「ああ、ただいま」

 放たれた言葉に、マルコの口が返事をする。
 おろした手で小さな頭を捕まえて、ぐりぐりと撫でてみても、子供は逃げない。
 どうやら機嫌が治ったらしい。ひょっとしたら、船で留守番をしている間に、誰かに諭されるなり慰められるなりしたかもしれない。マルコの周囲には、そう言う人間が随分と多い。
 よしよしと頭を撫でていると、しばらくそれを受け入れたナマエが、やがてもぞりと身じろぐ。
 小さな顔がマルコを見上げて、眉が少しばかり下げられていた。

「あの……マルコ、あの、ナマエね……」

 何かを言おうとして、うまく言葉を出せないのか、ナマエは困った顔をしている。
 何が言いたいのかはよく分からないが、とりあえず、マルコは両手でひょいと子供の体を捕まえた。
 自分の足から引きはがした子供を持ち上げると、顔の高さを合わせた相手がすがるようにマルコの腕をつかむ。

「船を降りる前は悪かったよい、頭ごなしに『駄目だ』なんて言って」

 機嫌は治ったかもしれないが、けじめとして、マルコは相手へそう言った。
 放たれた謝罪に、ナマエが目を丸くする。
 そうしてそれから、見る見るうちに尖った口に、マルコは自分の失敗に気付いた。

「…………ナマエがごめんなさいするんだったのに」

 なんとも不満そうな声がその小さな口から漏れる。
 どうやら、ナマエはマルコに謝る気であったらしい。
 なるほど、と一つ笑って、そいつは悪かったねい、とマルコがまた謝罪を口にする。
 子供の体を片腕で抱え直すと、子供の体がマルコの方へもたれかかった。
 小さな腕が今度は自分の肩へ触れているのを見ながら、自由になったマルコの手がサッシュベルトへ触れる。
 中へ押し込んできたものを取り出して、マルコはそれをナマエへと差し出した。

「なあに?」

「土産だよい。まあ、こんくらいしか見つけられなかったんだが」

 尋ねる子供へ、マルコが言う。
 その手に乗っていたのは、マルコの掌より少し小さい程度の石だった。
 キラキラ輝く鉱物の混ざったそれは、明かりの少ない夜の甲板で少しばかり不思議な光を零している。
 日光に当てておくと暗い場所でもしばらく光るという、蓄光の性質を持つ鉱石だ。
 後で毛布の中で見てみろとマルコが言うと、ナマエの手がマルコから石を受け取り、何故だか自分の服の中に隠した。
 そうしてそれから、襟口から自分の服の中を覗き込んで、ぱっと笑みを浮かべる。

「すごい! 光ってる!」

 たったこのくらいで嬉しそうな声を上げる子供に、マルコの口も緩んだ。
 子供の体を抱え直して、少しばかり後ろへ引いたマルコの背中が、海と甲板を隔てる壁へ触れる。

「ハルタと見て回った。獣にさえ気をつけりゃあ、ナマエも少しくらいなら島へ降りていいよい。おれも一緒ならだけどねい」

「…………いいの?」

 そのままで言葉を零すと、ナマエが戸惑いをその顔に浮かべていた。
 そもそも、後日なら構わないとマルコは言うつもりだったのだ。安全な場所を探しておくつもりだったし、事実、島の危険性は確認済みだ。
 だからそれへ笑みを返すと、ナマエの眉が下げられる。

「朝はダメって言ってたのに」

「おれが見て回った範囲だけの話だ。何があっても守ってやるから、そう拗ねんなよい」

「ナマエ、すねてないもん」

 ぷくりと頬を膨らませて主張したナマエが、小さな両手でぎゅっと自分の腹を庇う。
 そこにあった石を抱えたまま、何かを考えるようにその瞳が揺れて、それからマルコの方へと戻された。

「あの……マルコ、あのね、ごめんなさい」

 紡がれた小さな声での謝罪は、今朝のわがままに対するものだろうか。
 マルコが一つ頷いて許すと、ナマエはほっと体から力を抜いたようだった。

「あした、おりてもいい?」

「ああ、いいよい」

「やった!」

 すぐに弾んだ声まで上げたナマエを抱いたまま、ただし、とマルコが条件を付ける。

「穴掘りは禁止だ」

「えっ」

 マルコの言葉に驚いた声を零したナマエは、どうやらマルコの予想通り、船から降りたら穴を掘るつもりだったらしい。
 前回の島でも、安全だからと船を降りることを許可されたナマエは、岩陰で穴を掘っていた。
 夢中になりすぎたのか穴の深さは自身の背丈を優に超えており、マルコが見つけなかったらあのまま這い上がれずにいたかもしれない。
 それで懲りなかったらしい相手に、マルコの顔がわずかに呆れを含んだ。

「穴ばっかり掘って、一体何を探してんだよい」

「ううんと、トンネルつくったら、反対にでられるんだよ」

「反対に?」

「うん。チキューはまるいから、こうやって、こっちからあっちに」

 腹から離した自分の片手をこぶしにしたナマエが、もう片方の手から伸ばした人差し指をそれに添えた。
 こぶしの傍を人差し指でさするようにして、『こっち』から『あっち』への貫通を示される。

「そしたら、もっとたくさん、みんなで色んなところにいけるよ」

 ナマエがつれてってあげる、と子供が無邪気に笑う。
 どこかの誰かから何かを聞きかかじったらしいと、マルコは理解した。
 ナマエは素直な子供だ。知らないことを教えられるとすごいすごいと喜ぶので、教えがいもある。
 しかしそれなら、いくら穴を掘っても反対側まではたどり着けないということも、きちんと教えてやってほしいものだ。

「あのな、ナマエ」

「うん?」

 ため息をこらえて世の中の道理を説こうとしたマルコは、きらきら輝く子供の目を見た。
 夢と希望に満ちたナマエの視線が、びしびしとマルコへ突き刺さる。
 その様子を少しばかり見つめ、そしてそっと目を逸らしたマルコは、それから言葉を落とした。

「穴掘って直接反対側へ行くより、どうせなら海から行った方が、色んな冒険があって楽しいだろうよい」

 真実を口にしないまま、だから穴堀りはしないでおけと提案したマルコに、うーん? とナマエが声を漏らす。
 不思議そうに首をかしげて、そのまま子供がマルコを見上げているのをマルコは感じた。
 しかし、数秒で納得したのか、うん! と大きな声と頷く仕草が返る。

「マルコがぼーけんするの好きなら、そうする!」

 ナマエはマルコと一緒がいいから、と言う可愛らしい言葉がひとつ。
 そうしてくれよいと笑ったマルコがそこでようやく歩きだし、一番隊隊長と小さな子供はそのままモビーディック号の船内へと入っていった。
 翌日、マルコと共に島へ降りたナマエは穴を掘ることもなく、ただ楽しそうに久しぶりの大地の上を駆け回っていたのだった。



end


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