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小さな彼の与り知らぬところ
※何気に異世界トリップ男児
※有知識だけど知っているのはW7編くらいまで



「マールコー」

 声を上げながらぱたぱたと駆けてくる足音に気が付いて、マルコは歩みを止めた。
 それと同時に振り返れば、駆け寄ってきた小さな塊が思い切りマルコの足にぶつかる。

「どうしたんだよい、ナマエ」

 見下ろしたマルコの視界には、マルコの足にしがみ付く格好になった小さな子供の姿があった。
 ナマエと呼ばれた子供は、にこにこ笑ってマルコを見上げている。
 ナマエは、マルコが拾った子供だった。
 大きな難破船が漂っているところに遭遇したモビーディック号から、確認のために飛んで近付いたマルコが、唯一発見した生存者だ。
 しかしおかしなことに、眠っていたナマエは自分が海にいることすら知らなかった。
 そして子供が一生懸命語る内容からして、どうもこの世界の住人ではないようだった。
 マルコ達は『てれび』も『げーむ』も『ほいくえん』も『しんごうき』も『くるま』も『ひこうき』も『にほん』も知らない。
 そしてそのくせ、『白ひげ』のことは知っていた。
 『てれび』で見たと言った子供が語ったのは、マルコ達が知らない『この世界』の話だった。ゴムゴムのーと言いながら手を伸ばすことが出来る海賊と言うのは、どうもまだマルコ達がその名も知らないルーキーの誰からしい。
 どうもこの世界の『未来』にあたるらしいそれをナマエが知っていると知っているのは、マルコや白ひげ、そして一部の隊長格だけだ。
 まさか海賊が海軍に接触して子供を放り出すわけにもいかず、そのまま保護をして、今ではナマエも立派な四皇白ひげの『息子』である。

「マルコが帰ってきたっていうから!」

 楽しげに言って笑ったナマエが、おかえりなさいと口にする。
 ただいまよい、とそれへ言い返してマルコがそのまま歩き出すと、足にしがみ付いたままのナマエもそれに伴いその場から運ばれた。
 少々歩きづらいが、マルコはあまり気にしない。
 この子供がこうやって抱きついてくるのは、もはや日常茶飯事だからだ。
 自分の体を支える細い腕にぎゅうぎゅう抱きつかれながら足を動かすマルコに、何が楽しいのかにこにこと笑ったナマエが、マルコの歩む足に揺られるがままになりながら口を動かす。

「次に行く島、ナマエもおりていい?」

「そうだねい、そんなに治安は悪くなかったからな……おれや他の奴らから離れないなら大丈夫だ」

「迷子こわいからはなれない! だいじょーぶ!」

「そんなこと言って、この前の島ではぐれたのはどこのどいつだよい」

 自信満々なナマエに言いつつ足を動かして、マルコが向かったのは食堂だった。
 入ってきたマルコに気付いたサッチが、マルコの足にしがみ付いたままのナマエを見て笑ってから、その手にトレイを持ってテーブル辺りまで移動したマルコ達へと近付いてくる。

「ようマルコ、お帰り。ナマエはまァた何してんだ?」

「さあねい。ほら、ナマエ。おれァ椅子に座るからそろそろ離れろい」

「サッチ! マルコがひどい!」

 椅子を引いて声を掛けたマルコからぱっと離れて、ナマエが伸ばした手がサッチの右足を掴んだ。
 そのまま腿あたりに飛びつくようにしながら抱きつかれて、おっとっと、とわざとらしくたたらを踏んだサッチが、持ってきたトレイを椅子に座ったマルコの前へ置き、軽く首を傾げる。

「誰が酷いパイナップルだって?」

「サッチてめェフランスパンが何言ってんだよい」

「ナマエちゃんとごめんなさいしたのに、前の迷子のまだおこってる!」

 ぎゅうっと足に抱きついたままで訴えてくるナマエに、サッチが軽く笑った。
 その手が伸びて、ナマエの小さな頭を優しく撫でる。

「そいつァ、怒ってんじゃなくて心配してんだよ。ナマエはまだ見たことないだろうけど、グランドラインにゃあ人攫い屋なんて言う危ない奴もいるからな」

「…………? ひとさらいや? ひとさらいを売ってるの?」

 サッチの言葉に、ナマエが大きな目をぱちりと瞬かせる。
 サッチが寄越した労いのコーヒーを軽く飲みながら、マルコが呆れた声を出した。

「ちげェよい。人攫いして人を売るんだよい。どっからその発想を持ってきやがった」

「だってやさいやさんはやさいを売るよ? さかなやさんはさかなを売るのにちがうの?」

 くるんと顔だけマルコへ向けたナマエが、とても不思議そうな顔をする。
 なるほど言い方が悪かったな、と納得したように頷いて、サッチは改めて言葉を零した。

「それじゃナマエ、とりあえず人攫いが出るんだ。なのに白ひげの誰もいないところに行ったら、おれ達が助けてやれねェだろう? この前の時だって、実は迷子になったお前の近くに人攫いがいたんだぞ」

「え……! ……ほんと?」

 優しく言葉を落としたサッチに、ナマエが少しばかり怯えた顔をする。
 それを見下ろして、本当だと真剣な顔で頷いたサッチがそれからにまりと笑った。

「おれが怖い顔したら逃げてったけどな!」

「! サッチすごい! かっこいい!」

 偽りの武勇伝に、ナマエがその目をきらきらと輝かせた。
 その様子にマルコは軽くため息を吐いて、とりあえず持っていたコーヒーカップをテーブルへ置く。
 そうだろうそうだろうとご満悦のサッチがナマエの頭をもう一度撫でれば、ナマエの視線がそのままの輝きでもってマルコのほうへと向けられる。

「じゃあナマエ、次の島ではマルコからはなれない!」

「そうしろい」

「え……そこは普通、おれじゃねェの?」

 今確かに賞賛を受けていたのは自分のはずなのに、とサッチが残念そうな顔をしているのを、マルコはふんと鼻で笑った。
 マルコが難破船から助けた所為か、ナマエはこの白ひげ海賊団の中でも一番マルコに懐いている。だとすれば、ナマエの選択と発言は当然のものだ。
 マルコの視線がナマエへ向けられ、サッチの足に抱きついたままの子供へと言葉が放られた。

「そういやナマエ、そろそろ昼寝の時間だろう。オヤジが待ってるんじゃねェのかよい?」

「あ、そーだった! 今日はイーストブルーの話してくれるって言ってた!」

 マルコの言葉に大きく頷いて、ようやくナマエがサッチの足から離れる。
 どうやら、ナマエは寝入りしなに昼寝の面倒を見てくれる白ひげへ寝物語を強請っているらしい。
 いくつか前の島でクルーの誰かが戯れに購入してきた『育児本』で、このくらいの年頃の子供は昼寝をさせるものだという記載があってから、ナマエの一日には昼寝の時間が組み込まれることになった。
 そのおかげで、夕食前に眠ってしまったナマエが夜中におなかがすいたと起きることもなくなった。
 一度マルコも見たことがあるが、体躯の大きい白ひげの膝や腹の上に乗ってすうすう寝息を零していたナマエの顔は、緩みきっていて平和そのものと言った感じだ。
 それも全て、寝かしつけている白ひげの温かな手の威力だろう。
 じゃあね、とサッチとマルコへ言葉を置いてぱたぱたと走っていくその小さな背中を見送ってから、サッチの視線がマルコへ向けられる。

「……で、どうだった?」

「今度の島にも、手がかりは無さそうだ」

 言いつつ肩を竦めたマルコに、そうか、とサッチが残念そうな声を出す。

「ナマエの奴を、早く家に帰してやりてェなァ」

 呟いたその声は、マルコの願いでもありナマエの素性を知る白ひげ海賊団全員の願いでもあった。
 昼間は元気そうな顔をしているナマエが、夜眠るときに母親や父親のことを呼びながら泣いていることがあると気付いたのは、いつのことだったか。
 マルコ達には分からないが、本来なら親元で愛されているべき年頃だ。
 それでも、自分がいたのとは違う世界にいると話して聞かされたナマエは、帰りたいとマルコ達には言わなかった。
 どうしようもないことを知っているのか、ただ遠慮しているのかは、マルコにも他のクルー達にも分からない。
 その代わり夜中に一人でしくしくと泣いて、昼間はそれを忘れたように元気な振る舞いをする。
 マルコ達の誰も知らないような平和な世界で生きてきたのだろう小さく健気な子供を、元いた場所に帰してやることが、今の白ひげ海賊団の航海の目的の一つだった。
 モビーディック号が泳ぐこの航路はグランドライン、常識など通用しない海だ。
 ナマエはこちらへ来ることが出来たのだから、帰すことだって出来るだろうと言ったのはマルコ達が敬愛する白ひげである。
 我らがオヤジがそう言うのなら、マルコ達は全力を尽くすだけだ。
 だからいつか、きっと、あの小さな子供の笑顔を間近で見ることは出来なくなるだろう。
 ナマエはもはや、マルコ達の『家族』だ。だからこそ、その旅立ちは笑顔で見送らなくてはならない。
 マルコが頭の端でそんなことを考えたところで、見透かしたようにけらりとサッチが笑った。

「でも、帰ったら寂しくなるだろうなァ。おれ泣いちゃうかも」

「……何情けねェこと言ってんだよいフランスパン」

「根に持つなよマルコップル」

 傍らの憎たらしい顔を見やって、マルコが軽くため息を零す。
 その時が来たらお前も泣いていいからな、なんて今から慰めのような言葉を口にするサッチのリーゼントを思い切り掴んでぐしゃりと乱してやると、サッチはマルコの横で煩い悲鳴を上げた。


end


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