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彼巣材
※『ひそやかなる策謀』『お役に立ちます』続編
※アニマル転生トリップ主人公は小鳥で麦わらの一味(押しかけ)
※アニマル転生主なのに話が通じる(チョッパー相手だから)



「……うん! もう大丈夫だ!」

 きりりとした顔で俺を診察していた青鼻のトナカイ先生が、そんな風に言ってからやっと表情を緩めた。
 ふふんと胸を張り、さっきからそう言ってるだろ、と鳴き声を零す。

『もう元気だって言ってたってのに、チョッパーは大げさだ』

「大げさじゃないぞ!」

 やれやれと羽毛を膨らませた俺を前に、チョッパーが声を上げた。

「ナマエはおれ達より体が小さい分、体力が無いんだ。一昨日まで動けもしなかっただろ」

『それは、まあ……』

 鋭く寄こされた指摘に、チチチ、と鳴き声を零しながら少しばかり身を引く。
 海の上を行くサウザンド・サニー号の上で、夏島、冬島と気温差の激しさを経験したのはついこの間のこと。
 おかげさまで体調を崩した俺が、がたがた震えて一か所に縮こまって動けなくなり、目の前の船医に『風邪』と診断されたのはほんの数日前だ。
 そう言う病名は人間だけのものだと思っていたのだが、どうやら鳥だって風邪をひくらしい。
 何も食べたくなくてくちばしを動かさなかった俺に無理やり食べ物を食べさせて、薬を飲ませて、もふっとした毛皮の内側に日中かくまってくれていたチョッパーは、なんとも偉大なる名医だ。
 おかげさまで今の俺はとても元気で、今ならメインマストの上まで飛んでいってしばらく歌っていられると思う。
 それをしようと思ったら引き留められて最後の診察を受けたわけだが、これでチョッパーのお墨付きをもらったも同然だ。

「病み上がりなんだから、あんまり高いところまで飛んでいったりしたら駄目だぞ」

 さて飛ぶか、と翼を広げかけたところでそんな風に言われて、羽ばたきかけた動きを止める。

『……マストまでは?』

「あと数日は我慢だ、ナマエ。次の島は秋島らしいって聞いたし、また風が冷たくなるから」

 また風邪ひいちゃうぞとまで言われたら、俺としても翼を折りたたむしかない。
 そのまま甲板の上を歩いてチョッパーの方へ距離を詰めて、俺は下からチョッパーを見上げた。
 チョッパーの前足がそれに合わせて差し出されたので、そちらへぴょんと飛び乗る。
 そのままチョッパーに促されるままに大きく張り出した角へ飛び移って、俺はそこからチョッパーの顔を覗き込むようにした。
 俺の体はチョッパーに出会った頃より大きく育ったが、座っているチョッパーがバランスを崩す様子はない。
 少し体を傾けて俺を支えようとしてくれる動きに甘えながら、すぐそばの耳へ向けて鳴き声を零した。

『また冷えるんなら、今度は最初からチョッパーと一緒に寝ようかな』

 チョッパーはトナカイだ。
 もふもふの毛皮を持っていて、体温も高い方だからか、くっついているととても温かい。
 そこへさらに毛布や布団を追加すれば、完全なる防寒対策の完成だ。

「ダメだ」

 いい考えだとくちばしを動かした俺をよそに、鋭くそんな声が返った。
 まさかそんなこと言われるとは思わず、ぱち、と目を瞬かせる。
 どういうことだと体を乗り出してその顔を覗き込むと、帽子の下でチョッパーがむっと顔を顰めていた。

「おれが寝ぼけて人型になったら、ナマエを潰しちゃうかもしれないだろ」

 この間だってボンクを壊しちゃったんだからと続いた言葉に、そう言えばそんな話を聞いたような気もする、と思い出す。
 チョッパーはヒトヒトの実を口にしたトナカイで、今の二足歩行の姿は獣人型と言うらしい。
 ただのトナカイの姿にもなれるし、もっと大きな『雪男』みたいな姿にもなれる。
 さらに大きな体にもなれるが、そちらは条件がそろわなくては無理だから、『寝ぼけて』変身するのはいつもの人型までだろう。

『顔の横とか、肩のところにいるから』

「ダメだ」

『えー。寒かったらまた風邪ひいちゃうかもしれないだろ』

 帽子の下に顔を突っ込むようにしながら言葉を投げた俺に、チョッパーの両手が動いた。
 見る見るうちに大きくなったその手が、俺の体を柔らかく捕まえる。
 いくら育ったとは言え俺は小さな鳥なので、身じろいでも逃げることすら敵わない。

「ダメ、だ」

 座り込んだ自分の膝の上へ俺を降ろしながら、トナカイ船医がそう言った。
 その顔は真剣そのもので、ただの意地悪を言っているわけではないということはさすがに俺にだって分かる。
 チョッパーは基本的に、俺に優しかった。
 その顔が真剣なのだって、俺のことを本気で気遣っているからだ。
 これは諦めるしかないのか、と少ししょんぼりと尾羽を下げた俺を見下ろして、チョッパーが言う。

「一応、もうフランキーに頼んであるんだ。ナマエの寒さ対策」

『フランキーに?』

 一緒に寝ろと言うことだろうか。思わず首を傾げてしまった俺の脳裏に浮かんだのは、いつも楽しそうにしている船大工だった。
 しかし問題は、あの船大工がほぼサイボーグだということだ。

『……フランキーには、そんなに毛皮無いんじゃないか?』

 くっついたら寒そうだなあ、なんて思いながら呟いた俺を見下ろして、そう言うことじゃないぞ、とチョッパーが笑う。
 少し待ってみてのお楽しみだと続いた言葉の意味を知ったのは、それから二日後のことだ。







『巣箱だ……!』

 四角い箱に空いた丸い穴に、傾斜のついた三角の屋根。
 止まり木まで張り出したそれは、誰がどう見ても俺の為の巣箱だった。
 思わず飛びつき、中を覗き込む。新品の木の匂いがする箱の中は空っぽだ。

『チョッパー! 俺の巣!』

「よかったな、ナマエ!」

 思わずうきうきとしてしまいながら振り向いて見下ろすと、俺の様子を見上げていたチョッパーが嬉しそうに笑った。
 その前足が伸びて巣箱の下を押すと、巣箱を支えているブロックが少しばかり移動する。
 きゅらきゅらと音を立てているのは、そこにホイールがいくつかついているからだ。
 移動型巣箱とは、なんとも贅沢である。
 下を見たり移動する周囲を確認したりで忙しくしてから、俺はすぐさまチョッパーの帽子の上へと飛び移った。
 柔らかいそこで居住まいを正して、チョッパーに近い目線から巣箱を見上げる。

『フランキーってすごい船大工だな……!』

 これは、今はまた別の作業に取り掛かっているというあの船大工に飛びついて、盛大に礼を言わなくてはならないだろう。何ならちょっと頬ずりしたっていい。

「おれもそう思うぞ! こういうのがいいって頼んだのはおれだけど、それ以上にすっげーのが出来たもんな!」

 チョッパーの言葉も弾んでいて、本当にそう思っているのが分かる。
 天気のいい時は甲板において、天気が悪くなったり夜になったら室内に入ろうだとか、そんな話を楽しそうにされて、そうだなと返事をした。
 けれどもそうしながら、何となくきょろりと周囲を確認してしまう。

『あ』

「ナマエ?」

 そうして見つけたものに思わず声を漏らして、俺はチョッパーの帽子の上から飛び立った。
 芝生を敷いた甲板の上で、緑に混じって落ちていたそれをついばんで振り向くと、不思議そうな顔をしたチョッパーが俺の巣箱を押しながら近寄ってくるところだった。

「紐? どうしたんだ、それ?」

『もらっていいかな?』

「うーん……ウソップのか?」

 後で聞いてみようかなんて言い放ち、チョッパーが首を傾げる。

「でも、紐なんてどうするんだ?」

『巣材にするんだ』

 不思議そうな問いかけに、俺は胸を逸らして答えた。
 先程覗き込んだ木箱の中は空っぽだった。
 そのまま入ってもあたたかそうな木材だが、どうせなら自分で快適に整えたい。
 島にいた頃だって、俺は自分の寝床は作りたい方で、よく柔らかいものを探していたのだ。
 俺の返事に、なるほど、とチョッパーが頷く。

「それじゃ、おれも後で何かやるよ。柔らかいのがいいのか?」

 包帯とかでいいのかな、なんて言いながら笑顔を浮かべたチョッパーに、やった、とその場で飛び跳ねる。
 結局紐はウソップの持ち物で、そして心優しい仲間達は俺へ色々な巣材を提供してくれた。







 しかしながら、偉大なる航路の天気は変わりやすい。
 移動式巣箱の欠点は、俺だけでは動かすことが出来ないということだ。

「ごめんな、ナマエ、間に合わなくて……」

『いいんだ、中に入れてくれてありがとう』

 突然のスコールに大波、その結果海水で丸洗いされた巣箱の横で、俺は肩を落としているチョッパーへ向けてそう鳴いた。
 移動式の巣箱を貰って早一か月。
 中に蓄えた巣材たちは、全部海水で濡れてびしょびしょだ。
 温かさを優先したために水はけが悪いらしく、まだ中には海水が溜まっている。
 また冬島へ行くという話だったからいいものを集めていたというのに、全部可哀想なことになってしまった。
 俺の体も同じように水で濡れて、ようやく乾いてきたところだ。
 チョッパーも何とか毛皮を乾かしている。先ほどに比べて船の動きは穏やかだ。サニー号はようやく大しけから逃れることが出来たらしい。
 時計を見るに、もうチョッパーがいつも寝る時間は過ぎている。
 もう休んでいいと航海士達も言っていたし、チョッパーはそろそろ眠った方がいいんじゃないかな、なんて考えた俺の体が、ふるりと震える。

「寒いのか?」

 俺のその様子を見て、声を掛けてきたチョッパーが俺の傍へと寄り添った。
 その前足が俺の体を引き寄せて、ぴたりとくっつく。
 やっぱり、チョッパーは体温が高い。
 思わずそちらへすり寄ると、チョッパーが俺の体を抱き込むようにした。

「…………仕方ねェな」

 それからそんな風に呟かれて、前足が二本の腕に代わる。

『チョッパー?』

 そのまま持ち上げられて、思わず鳴き声を漏らした俺に返事をすることなく、チョッパーがその場から移動した。
 まだ他のみんなはいない男達の寝床には、二段に重ねるようにして吊られた木箱のようなものがある。
 チョッパー達の寝床になるそれはボンクと呼ばれていて、ハンモックのように少し揺れているそれの中に一つ、他より新しいものがあった。前にチョッパーが壊した奴だ。
 チョッパーが俺をつれたままそちらへ移動して、乗り上げたところで体を元通り小さくする。
 運ばれていた俺の体もベッドの上へと落ちて、少し羽ばたくようにしながら姿勢を整えた。
 身じろぐ俺の体の上に、もふりと毛布が掛けられる。

『わ』

 視界を塞がれて小さく鳴き声を漏らすと、同じ暗闇の中にいるらしいチョッパーがもぞもぞと身じろぐ気配がした。
 毛布の中に、チョッパーの匂いがある。
 近くにある体温が空気を温めて、少しだけ毛布の隙間を空けて帽子を出したチョッパーが、そのままボンクの中でころりと転がったようだった。

『チョッパー?』

「今日だけ、特別だぞ、ナマエ」

 寄こされる声が、すごく近くから聞こえる。
 少し冷たくて硬いものが体に触れて、どうやらチョッパーの角らしいと俺は判断した。鳥目とはよく言ったもので、少し暗くするだけで本当に何も見えない。
 それでも、動かなくなったチョッパーの横でそろそろと体を動かして、すぐ近くにあったチョッパーの頭にそっと寄り添う。

『前に言った時はダメだって言ってたのに』

 俺があの巣箱を貰う前、一緒に寝たいと頼んだ時は駄目だったのに。
 そのことを思い出した俺の傍で、仕方ないんだ、とチョッパーの方から真面目そうな声が寄こされた。

「せめてちゃんと巣箱を乾かして巣材も集め直さないと、ナマエが風邪をひいちゃうだろ」

 そんなのは駄目だと告げるチョッパーが、ぴる、と耳を動かして俺の体を軽く叩く。
 俺の羽毛をくすぐるそれを受けてくちばしを動かすと、うまいこと暗闇の中のそれを挟んで捕まえることが出来た。
 強く挟んだりはしなかったから痛くは無かっただろうが、くすぐったかったらしいチョッパーが少しばかり笑いながら身じろいで、俺のくちばしから耳が逃げていく。

「もうすぐ島にもつくから、島についたらすごくいい毛糸を探してくるからな」

 きっとあったかいぞ、と楽しそうに未来の話をするチョッパーは、どうやら俺に巣材を貢いでくれるつもりらしい。

『別に買わなくても、包帯とかでいいのに』

 チチチと鳴き声を返しつつ、俺はチョッパーの頭にぐいと体を押し付ける。
 丸みのある額までもが少しばかりの毛皮に覆われていて、やっぱりくっついているだけで温かい。
 先程の寒さが嘘のようにぬくぬくと温まりながら、俺は暗闇の中で目を細めた。

『チョッパーの抜け毛も、また集めなきゃな』

 数か月の地道な努力はすっかりびしょ濡れだ。
 乾かして使うとしても、新しい巣材も欲しいなあなんて思いながら呟いたおれの傍で、また少し身動きしたチョッパーが声を漏らす。

「……むしらないんなら、まあ、いいけど」

 なんでおれの抜け毛なんだと少し不思議そうな音が続いたが、これだけ温かい体の癖に自覚がないのかと、俺の方こそ尋ねたい。
 チョッパーと俺と船大工や仲間達の努力で元通りになった俺の巣箱に、俺が温かいものをひたすらに詰め込んだのは、それから数日後の話だ。



end


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