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愛など今更言うまでもなく
※『自己満足の謀略』『愛が故』の先の話
※転生主人公は天竜人
※捏造過多注意



 思えばナマエは、初めて会った時からドフラミンゴのものだった。

『はじめまして、ドフラミンゴせい』

 それが物心ついて初めて自分から発した言葉だったというのだから筋金入りだ。
 ナマエは、ドフラミンゴが『やりたい』と言ったことは、基本的に全て叶える。
 それがどんな遊びだろうが、仕方ないな、と言って笑う。勝ち負けがあることなら全ての勝ちはドフラミンゴの手元へ寄越して、それでいいと言う。
 さすがに父と母を真似た児戯は男同士でやるにはおかしなことだったと後で気付いたが、賢いはずのナマエがそれに気付いていない筈も無かったし、彼はやはり、仕方ないな、と笑っただけだった。
 ナマエの全てはドフラミンゴのものだ。
 何故と、本人からきかれたこともない。
 恐らくそれは、生まれた時から決まっていたことだった。

「若様、コラさんがまた転んだの! 肩車の途中で!」

 歩んでいた通路で駆け寄った少女がドフラミンゴの足にしがみ付き、ひどいことをされたと訴えてくる。
 どうやら頭を打ったらしい子供に笑って、ドフラミンゴの手が軽くその小さな頭を撫でた。

「あいつがドジなのは昔からだからなァ。怪我はしてねェようで良かった」

 小さな頃からどこでも転んでいたロシナンテは、大きくなってからも変わらない。
 もしや体のどこかが悪いのではないかと言い出したのは確か幼かった頃のナマエで、両親が医者にも診せたが、結局『少しそそっかしいところがあるだけ』だということが分かっただけだった。
 小さな頃のことを思い出すとふとその顔を見たくなり、撫でていた頭から手を離したドフラミンゴが背中を伸ばす。
 それからきょろりと周囲を確認すると、それを見上げていた少女が若様、とドフラミンゴを呼んで注意を引いた。
 寄こされたそれに視線を通せば、期待に目を輝かせた子供がいる。
 幼い子供のいびつなそれを受け止めて、ドフラミンゴは少女へ向けて問いを落とした。

「ベビー5、ナマエの奴を見なかったか?」

「さっき、厨房の方に歩いてくのを見たわ!」

「そうか、さすが、情報収集を怠らねェ優秀な部下だ」

 よしよしと小さな頭を再度撫でれば、褒められた、と子供が嬉しそうな顔をする。
 少し頭を押せば『離れろ』と指示されたことが分かったのか、まだまだ細い少女の両手両足がドフラミンゴの足を解放した。

「そろそろロシーがお前を必要としている頃だろう、そっちにも顔を出してやれ」

「! うん、分かった!」

 そこを逃さず言葉を落とせば、さらに瞳を輝かせた子供がその場から駆けていく。
 ドフラミンゴの言葉は口から出まかせだが、一日に何度もドジを踏むロシナンテが誰かの助けを求めていなかった試しはない。誰かに必要とされることを求める少女に宛がうには、ドジなロシナンテが最適だった。
 小さなその背中を見送ってから、少しばかり髪を撫でつけたドフラミンゴの足が、少女が向かったのとは別の方向へと向けられた。
 少女の言っていた『厨房』は、このアジトの端に作られた場所だ。
 基本的に食事は買い込んできたもので済ませるが、たまに調理を行うこともあるし、北の海に必要な温かい飲み物を作るのには問題ない規模である。
 歩けばすぐにたどり着いたそこで、遠慮なく中へ入ろうとしたドフラミンゴがふと足を止めたのは、小さなそこに二人分の気配があったからだった。
 一つはナマエ、もう一つはナマエより随分小さなものだ。
 壁に貼られた張り紙に寄り添うように佇み、ドフラミンゴがそっと室内を覗き込む。
 狭い室内に、二人分の背中が並んでいた。
 子供が使うこともあるからと用意された踏み台を使っているのは、つい半月ほど前にドンキホーテファミリー入りした子供だった。
 トラファルガー・ローと言う名前の少年が、珀鉛病であるが故の白い腕を動かしている。

「……これでいいのか?」

「そうそう、上手だな」

 すぐそばに佇んでいるナマエが、何かの指導をしているらしい、と言うことはドフラミンゴにも分かった。
 少しばかり眉間にしわが寄ったのは、ここ半月ほど、ナマエの近くにあの子供がいるという事実があるからだ。
 体に手榴弾をいくつも巻き付けて、死ぬまでの間に出来るだけ多くのものを壊したいと言い放った少年がドンキホーテファミリーへやってきたのは、ファミリーが北の海でもかなりの悪名を轟かせていたからだろう。
 そこにはナマエも多く貢献しているから、例えばローがナマエを知っていて、憧れて近寄っているのなら、話は分かる。
 しかし、これは少年がわざわざナマエに取り入ろうと周りをうろついているわけではない。
 何故だか、ナマエの方がローを構っているのである。
 ドフラミンゴが理由を尋ねても、ナマエの方が不思議そうな顔をするばかりだ。
 もとより気に入れば孤児にだって何かを与える男だ、そこに複雑な意味は無いのかもしれない。
 けれども、今のような微笑みは、本来ならドフラミンゴにだけ向けられるものであるべきだ。
 何故ならナマエは、ドフラミンゴのものなのだから。

「ナマエ」

「ん? ああ、ドフィ」

 とん、とわざとらしく足音を鳴らして室内へ入ると、ローの傍に佇んでいたナマエが振り向いた。
 にこりと善人のように微笑んだ男の横で、ドフラミンゴ、と高い声もドフラミンゴの名前を呼ぶ。
 見やった子供はその手を銀のバットに添えていて、深みのあるそれの中に黄色みのある白い液体が入っているのが見えた。

「何を作っているんだ?」

「甘いトーストだよ。まあ、焼くのは少し時間が経ってからかな」

 ナマエの言葉を裏付けるように、子供が刻んでいたらしいパンをその液体に沈めていく。
 ドフラミンゴが近寄っても気にせず作業は続けられ、大きなバット二つに所狭しとパンが並べられた。

「ナマエ、出来た」

「よし、じゃあ、しばらくは冷蔵庫だ。二時間くらいかな。一日置いてもいいけど」

「今日のおやつだって言ってただろ」

「それじゃあ、二時間後、一緒に焼こう」

 ドフラミンゴそっちのけでそんな会話がされて、子供がバットを冷蔵庫へ運ぶ。
 開いた冷蔵庫には最初からその分のスペースが確保されていたのか、問題なく片付け終えた少年は、じゃあ後で戻ってくる、と一言告げてドフラミンゴとナマエの傍を通り抜けた。
 その途中でちらりとドフラミンゴを見上げた目が、すぐに逸らされる。
 すたすたと厨房から逃げ出していった子供を見送ったドフラミンゴの横で、ナマエがわずかに笑い声を零した。

「ドフィがあんまり怖い顔してるから逃げちゃったなァ」

「おれァいつでもこの顔だ」

 失礼なことを言われて肩を竦めたドフラミンゴに、そうかな? とナマエが身を寄せる。
 近寄ってきた相手をドフラミンゴが見下ろせば、ナマエの目はじっとドフラミンゴを見上げて、それからそのまま微笑んだ。

「……うん、いつもの素敵なドフィだ」

 歌うように楽しそうにそんなことを言う相手に、ドフラミンゴの口からはため息が漏れる。
 代わりに吸い込んだ空気にはわずかにミルクや卵の香りが混じっていて、あまりにも平和の混じった香りが、目の前の男に似合っているのが嫌だった。
 動いたその手がナマエの腕を捕まえれば、逃げ出すこともない男がドフラミンゴの手に逆の手を添える。

「ドフィ?」

 どうしたかと尋ねる声音は、いつもと変わらない。
 それを耳にして、しばらく押し黙った後で、ドフラミンゴはその唇から言葉を吐き出した。

「……最近、妙にローがお気に入りだな?」

「新入りだからな。みんなも構ってるじゃないか」

 ドフラミンゴの言葉に、ナマエはほんの少しの間もためらいもおかずに応える。
 確かに、トラファルガー・ローはファミリーに可愛がられていた。
 その体の病はいずれ治療方法を見つけてやるとドフラミンゴが決めているし、今はロシナンテが代理をしている『コラソン』の席をいずれくれてやる相手で、ドフラミンゴのその決定を聞いた古株達もローへあれこれを教えている。
 しかし今のドフラミンゴは、そんな話をしているわけではないのだ。

「お前が気に入っているって話をしているんだ、ナマエ」

 ベビー5達の時は、そうではなかった。
 これはドフラミンゴの主観だが、間違いは無いだろう。
 その証拠に、ぱちりと瞬きをしたナマエが、その顔に誤魔化すような笑みを浮かべている。
 その仕草すら気に入らず、ドフラミンゴの口からは鋭い舌打ちが漏れた。

「ローはあんなに小さいのに」

「そう言う話はしてねェよ」

 唸るドフラミンゴに、もう、とナマエが少しばかり口を尖らせる。
 その首に首輪をつけてやりたいと、ドフラミンゴがどれほど考えたことか、ナマエは知らないだろう。
 『取引』をする時に振りまく愛想すら気に入らず、本当ならもうこの男自体を箱に閉じ込めて片付けていたい。そうして、ナマエの目に映るのはドフラミンゴだけになればいい。
 しかし、そうもいかないのが現実だ。

「小せェほうが好きか」

 ままならない現実に向けて落ちたドフラミンゴの声は、まるで拗ねた子供のようだった。
 本人がそう思ったのだから、それを聞いたナマエだって同じ感想を抱いただろう。
 けれども、目を丸くしたナマエは、呆れるでもなく面白がるようにくすくすと笑う。
 その手がとん、と腕を掴んでいるドフラミンゴの手を叩き、促されるがままにドフラミンゴがその腕を手放すと、広げた両腕がドフラミンゴの体を捕まえた。
 ドフラミンゴより随分体格の小さい男がドフラミンゴを抱きしめて、ドフラミンゴの胸板に頬を押し付ける。

「ローはこんなに大きくならないし、俺は大きくても小さくてもドフィが一番だよ」

「……ローもでかくなる可能性はあるだろうが」

「いやァ、無理だろうなァ」

 子供の未来を勝手に決めつけた男に、ドフラミンゴはむっと眉を寄せた。
 トラファルガー・ローはまだまだ幼い子供だ。絶望にまみれた不健康な顔だって、半月で多少は改善されている。きちんとした栄養を取らせて生活させれば、これからどんどん大きくなるだろう。
 思えば、幼かった頃のドフラミンゴやロシナンテだって、ローと似たような大きさだったのだ。決めつけるのは良くない。

「おれよりでかくなるように育ててやろうじゃねェか」

「ドフィ、人種の差って知ってるか?」

 ナマエが珍しく困った声を零したが、ドフラミンゴは発言を取り下げなかった。
 そのまま賭け事に発展したそれが、初めてドフラミンゴがナマエに負けた勝負だったと知るのは、まだまだ先のことになる。







 ドフラミンゴ達がオペオペの実と呼ばれる悪魔の実を手に入れてからすぐに、ドンキホーテファミリーは東の海へと進出を果たした。
 他と比べて平和な海だが、過ごしやすい気候がローの体にも良いだろう、というファミリーの判断だ。
 それが表向きのことだと知っているのは、ドフラミンゴとそれ以外の数人である。

「東の海だと、どのあたりに拠点を置くのがいいんだろうなァ」

 海を進む船の上、船長室としてあつらえた一部屋で、手に入れた数枚の海図を広げたナマエが、ソファに座るドフラミンゴの傍らで首を傾げている。

「いい土地があるならそれに越したこたァねェだろうな。ローグタウンはどうだ?」

「さすがに海軍支部があるところはスリル満点過ぎだ」

 ドフラミンゴの軽口に笑ったナマエが、かさりと海図を手繰る。
 その手からドフラミンゴが海図を丸ごと奪い取ると、あ、と短く声が漏れた。
 ずっとナマエの視線を奪っていたそれをソファの後ろへ放り捨てて、ドフラミンゴの腕が傍らの男を自分へもたれかかるように引き寄せる。

「別に今すぐ決めなくてもいいじゃねェか。見て回って確かめりゃあいい」

 ナマエが、海賊王の生まれて死んだこの海を気にしていたことは知っている。
 拠点を移したいと言われたことは無かったが、あれだけ情報を集めていたのだから、見て回りたい場所の一つや二つあるに違いない。
 本来ならもっと早く連れてきてやる予定だったのだが、ローの体を治すために重要な悪魔の実の情報が入ってしまって、ドフラミンゴの計画が後ろに倒れてしまっていた。約束したわけではないが、その分の埋め合わせも兼ねて、あちこちを回る予定になっている。
 ただしそれでナマエの心を奪うような何かが見つかったなら、それらは全て破壊していくことになるだろう。ナマエはドフラミンゴのものなので、そこは譲れない。

「それもそうか。ローの過ごしやすいところがいいものな」

 何も知らないナマエが、そんな風に声を漏らして力を抜く。
 身を預けた男に満足そうに笑い声を零して、ドフラミンゴの手がするりとナマエの顔を撫でた。
 顎にたどり着いた指が首筋を撫で、指先がそのままシャツの襟に引っかかる。
 きちんと絞められたネクタイを緩めるように動かすと、ふふ、と笑い声を漏らしたナマエが身じろいだ。
 ドフラミンゴに預けられていた背中が離れて、ドフラミンゴの手から逃れるように体を反転させたナマエの手が、ドフラミンゴの体に触れる。

「ドフィ、この後昼食があるんじゃなかったか?」

「フッフッフ! 少しくらい遅れても構いやしねェだろう」

 咎めるように言いながらネクタイに触れてくる相手に、ドフラミンゴは機嫌よく答えた。
 先に食っておけと言ってある、と言葉を紡げば、まったくもう、と声を漏らしたナマエの指がドフラミンゴのネクタイを緩める。
 近寄ったナマエの唇が子供にするようにドフラミンゴの頬に吸い付いて、そのまま同じものが額、鼻梁に触れた。
 その間に手際よくネクタイを解いてシャツのボタンをはずす男に、ドフラミンゴの手がその背中を撫で、肌を覆っているシャツを捲りあげる。
 ベルトを緩め、その服を脱がせてやりながら、ドフラミンゴはソファの前にあるローテーブルを行儀悪く足裏で押しやった。
 そこで何故だか妙な気配がして、蹴り動かしていた筈のローテーブルが唐突に柔らかくなる。

「うっ」

 さらにはどこかで聞いたことのある声が届き、動きを止めたナマエが振り返るのに合わせて、ドフラミンゴもそちらを見やった。
 はたして、つい先ほどまでそこにあったはずのローテーブルが、人にとってかわっていた。
 ドフラミンゴの靴を肩口に受けて、眼をぱちぱちとさせているのは、誰がどう見てもドフラミンゴの可愛い弟だ。
 思わず足を降ろしたドフラミンゴの前で、座り込んだままのロシナンテがそっと両手で自分の顔を覆う。

「ごめん、兄上」

 あんまり見てないから許してほしいと、大きくなってから普段は使わなくなった呼称まで使って頼んだロシナンテに、さすがに今すぐ目を潰せとは言えなかったドフラミンゴは、しぶしぶナマエの服を直した。
 ドフラミンゴの行動に笑ったナマエが、ドフラミンゴのシャツのボタンを留め直す。

「お預けだな、ドフィ。まずは悪戯坊やを注意しないと」

 ロシーが海に落ちなくて良かったよ、となんともない声で言われて、確かにな、とドフラミンゴも頷いた。
 恐らくこの乱入は、オペオペの実を食べさせたローによるものだろう。
 それが故意か能力の暴発かは分からないが、万が一にも海の上に投げ出されていたなら、ロシナンテは今頃海水の中だ。
 同じ想像をしてしまったのか、それはいやだ、と目を塞いだままのロシナンテが言う。

「そうならねェように叱ってやる。体調は悪くねェのか、ロシー」

「あ、ああ、うん」

 尋ねつつドフラミンゴがソファを立ち上がると、座り込んだままのロシナンテが頷く。
 寄こされた言葉に軽く息を零し、待っていろ、とソファの上のナマエへ指示を出して、ドフラミンゴは部屋を出た。
 ローや他の子供らはロシナンテを構うことが多いが、もしも今回のこれが悪戯だったなら、さすがにやり過ぎだ。過ちはしっかり叱るのが躾と言うものである。
 別に、ナマエとの時間を邪魔されたことを怒っているわけではない。決してだ。
 胸の内での言葉は言い訳がましいが、誰に聞こえるものでもないので気にしないことにして、ドフラミンゴの足が早まる。

「も、もう見ても大丈夫か? 脱いでないよな?」

「別に俺が脱いでても気にしなくていいだろうに」

「ナマエは気にしなくてもドフィは気にするんだ」

「うーん、さては、俺はかなり愛されているな?」

「…………今更か……?」

 ドフラミンゴのものとドフラミンゴの弟がそんな自覚の足りない会話をしているのも知らず、ドフラミンゴは悪さをしでかした少年のもとへと足を進めた。
 結果、船の上で能力の使用を禁止されたローは、なんとも不満げな生意気な顔で仕方なく頷いていた。



end


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