愛が故
※『自己満足の謀略』のちょこっと先
※若干の下品
※キス表現あり
※ロシナンテ寄り視点
ナマエと言うのは、ロシナンテにとっては『兄上のもの』だ。
物心ついたときには兄のそばにいた友人で、そして多分『兄上』の初恋の人で、そして今はその恋人だった。
男同士だとかそんなことはもはや問題ではないというくらい、ロシナンテの兄であるドンキホーテ・ドフラミンゴはナマエのことを好いているし、ドフラミンゴがそれだけ愛しているのだから、ナマエがそうでないはずがない。
「ロシー、零れてる」
「んう……」
だからこれは何かの謀だろうと、ロシナンテは思った。
微笑んだナマエがどうしてかロシナンテの隣の椅子に座っていて、その手が持っていたハンカチで軽くロシナンテの口元をぬぐう。
ロシナンテはあまり食べ方がうまくないので、口元や皿の周りを汚しているのはいつものことだった。
丁寧な食事の仕方を教育されたドフラミンゴや、恐らく同じ教育を受けていただろうナマエとはまるで違う。
そしていつもなら、ナマエはロシナンテの食べ方を見ても手を出してきたりすることはなく、ドフラミンゴの一番近くの椅子に座って、仔猫がミルクを舐めるのでも見るような慈しみに満ちた眼差しをロシナンテへ向けてくる程度のはずだった。
それが今日に限ってロシナンテの横に陣取って、ロシナンテの世話を焼いている。
両親を失い、その手元へと引き取られてから『大人』になって気付いたことだが、ナマエは策を張り巡らせることの多い天竜人だ。
いろいろなことの『悪い方向』を考えて、手の届く限り、そこへ向かっていかないように悪い芽をつぶして回る。
母と父を失っても、ロシナンテが兄と共に無事でいられたのは、そうやってナマエができる範囲で守ろうとしてくれていたからだろう。
ロシナンテももはや、ただ守られるだけの『子供』ではない。
何か意図があるならそれを読み取ろうと、されるがままになりながら側へ視線を向けると、手を降ろしながらそれを見上げたナマエがにこりと微笑んだ。
小さな頃に何度も見上げた柔らかな微笑みをロシナンテが見下ろしているのは、ロシナンテがナマエより大きく育ったからだ。
「…………おい」
きっと兄にも同じ微笑みを向けるのだろう相手を見つめたところで、そう声が掛かった。
それを受けてロシナンテが視線を向ければ、珍しく食卓に肘を置いたドンキホーテ・ドフラミンゴが、眉間のしわを深くしてロシナンテとナマエのほうへ顔を向けていた。
いい加減にしろ、と放たれた声音には怒気が含まれている。
それも当然だと把握して、ロシナンテは少しだけナマエの方から椅子を引いた。
ああ、と少しばかりナマエの方から残念そうな声が漏れたが、ロシナンテは口を閉じてもう少し相手から離れた。
「ドフィ、怖い顔してるぞ」
「誰がさせてると思ってやがるんだ、てめェは」
「ふふ、俺かなァ」
ロシナンテが離れた場所で、ナマエとドフラミンゴがそんな会話を交わしている。
明らかにドフラミンゴは不機嫌だというのに、ナマエの方はそれを気にした様子もない。
お互いの間は相変わらずいつもより広く、その様子に少し首を傾げたロシナンテの服が、くいくい、と軽く引かれた。
それに気付いてロシナンテが視線を向けると、向かい側からテーブルの下をくぐってきたらしい黒髪の少女が、少し不安そうな目をロシナンテへ向ける。
「ねえコラさん、若様とナマエ、ケンカしてるの?」
かわいらしい声音でロシナンテのコードネームをもじった愛称を紡ぎながら、そんな風に言ってくる相手に、そうか、とロシナンテはぱちりと瞬きをした。
それからその手が傍らの少女へと伸びて、ロシナンテの膝に上半身を乗せるようにしてつま先立ちになっていた彼女を楽にさせるためにひょいと持ち上げる。
その途中でテーブルの角に子供の頭がごちりとぶつかり、少し痛そうな音がした。
「いっ」
「あ! わ、悪かった、大丈夫か?」
「いたい、けど、大丈夫……っ」
慌てて少女を自分の膝へのせて謝罪したロシナンテに、ぎゅっと自分の頭を押さえながら少女が答える。
向かいにいる少年の方だったら痛い痛いと騒いだだろうし、つい最近拾った魚人ハーフの赤ん坊にまさかこんな真似をしてしまったらジョーラに怒られることは請け合いだ。
けれども、いつだったか、転んだロシナンテがコーヒーをひっかぶったところにタオルを持ってきて『必要?』と聞かれ、それへロシナンテが頷いてからと言うもの、小さな彼女はロシナンテに甘くなったように思う。
妹のような彼女や弟のような向かいの少年たちになつかれるのはなんだかくすぐったく、だからこそ大事にしたいというのに、生来のドジっこであるらしいロシナンテにはうまくいかない。
「それより、ねえ、やっぱりあの二人ケンカなの?」
だったら仲直りしなくちゃだめよと、少し涙目の少女がかわいらしいことを言う。
それを受けて、とりあえずおっかなびっくりこぶになっていそうなあたりを小さな手の上から軽く撫でつつ、ロシナンテは口を動かした。
「初めて見たが、そうかもしれない」
昔から、ナマエはドフラミンゴや、そしてその弟のロシナンテに甘かった。
遊んでくれと言えば付き合ってくれたし、今思えば親の方針で遊びの内容が天竜人のそれらしくないことだって多かったのに、たったの一度だってナマエは文句を言わなかった。
ドフラミンゴとロシナンテを助け、そして守ってくれていた頃も、ドフラミンゴがどんなわがままを言ったって、『しょうがないなァ、ドフィは』と微笑んでいた筈なのだ。
だがしかし、先ほどから少し空気の鋭いやり取りを交わしている二人の間の雰囲気は、まるでよろしくない。
「なんで?」
膝の上の少女が尋ねるが、ロシナンテはそれに返事を出せずに首を傾げた。
コラさんもわからないの、と眉を寄せてどことなく非難がましい目をした少女が、その目をちらりとナマエとドフラミンゴのほうへと向ける。
「ドフィは汚したりしないし、そばでつきっきりじゃなくたって問題ないからなァ」
「フッフッフ! なんだそりゃァ、おれの横にいたくねえってことか?」
「やだな、そう聞こえたか?」
食卓に着いているというのに何とも和まない会話を交わす二人に、やっぱり確かに喧嘩している、とロシナンテがそう認識を新たにしたところで、がたりとドフラミンゴが椅子から立ち上がった。
大股にナマエへと近付き、伸びたその手がナマエの胸元を捕まえて立ち上がらせる。
苛立ったような舌打ちと共にその手がナマエを自分の方へ近づけるように持ち上げて、抵抗しようとしたナマエの体がこわばって動かなくなったところで何が起きるかに気付いたロシナンテの大きな手が、膝の上にあった少女の顔面を捕まえた。
「んー!」
驚いたようにロシナンテの掌のしたで子供が悲鳴を上げている。
小さな手がロシナンテの腕をつかみ、引きはがそうとしているが、ロシナンテにはそれを許すことは出来そうになかった。
慌てて見やれば、ディアマンテの名を貰った幹部の一人が、バッファローと言うコードネームを最近もらった少年の目を軽くふさいでやっている。
ついで見やった先の赤ん坊はすでにミルクを終えてぐっすりと眠っているところで、子供たちに恐ろしい状況を見せないで済みそうなことにほっとしたロシナンテの目が、ちらりと食卓の端へ向けられた。
すでに想定していた通り、ナマエの胸倉をつかんで引き上げたドフラミンゴの顔が、ナマエの顔に重なっている。
じっくり見るつもりはないので目を逸らしたが、耳に厳しい水音まで聞こえるので、ロシナンテの大きな手がわずかに指先を動かして少女の耳もふさいだ。
キスで仲直り、なんて何とも馬鹿みたいな話だが、あれで仲直りしてくれるというなら存分にやってほしい。
しかし先に進むなら部屋に戻ってほしい、なんてことを遠い目で数分ほど考えたところでようやく終了したらしく、水音のやんだ方から声が聞こえた。
「…………わかったか、ドフィ」
「………………あァ、わかった」
キスで何を分かり合ったのか、そんなやり取りにロシナンテがちらりともう一度視線を送ると、自由になったらしいナマエが佇み、どうしてかドフラミンゴのほうが椅子へと座り込んでいた。
肘を食卓に着き、わずかに額を押さえたドフラミンゴの表情は見えないが、それを見下ろすナマエにはどことなくあきれがにじんで見える。
どうしたのかと思っていたら、まったく、と声を漏らしたナマエの手が、優しくドフラミンゴの頬を撫でた。
「疲れてるから役に立たないんだ。無茶な仕事をしてないで、そろそろちゃんと休んでくれ」
心配だから、なんて言葉を落とすナマエに、ドフラミンゴの口からため息が漏れる。
それから少しして、仕方なさそうに頷いたドフラミンゴがゆっくりと立ち上がり、ナマエがその背中に手を回してそっと彼と共に部屋を出て行った。
向かっていった方向はナマエとドフラミンゴの部屋の方向なので、今の会話から確認できるとすれば恐らく休むのだろう。
そういえば、最近『東』に興味を持ちだしたらしいナマエの為にとドフラミンゴが事業を拡大し始めていたことを、ロシナンテは思い出した。
ロシナンテすらも忙しいのだから、トップたるドフラミンゴの疲労は言わずもがなというところだ。
休めと言っても休まないのは、早くナマエを喜ばせたいからだろうとロシナンテは把握していたが、ナマエ当人からしても見逃せないところだったらしい。
「んねー、やっとドフィが休む」
「ああ、倒れやしねェかとヒヤヒヤしてたぜ……ところでロシー」
嬉しそうに話していた幹部の方から声がかかり、ロシナンテは視線を向けた。
『ディアマンテ』がロシナンテの方を指さして、軽く笑う。
「そろそろ死ぬんじゃねェか?」
「え? …………あっ!」
言われて自分の膝の上を見下ろしたロシナンテは、膝の上でぴくぴくと震えだしていた少女に気付いて慌てて手を離した。
どうやらロシナンテの大きな手は、子供の視界どころか呼吸器官すべてをふさいでしまっていたらしい。
「も、コラさ……、ばか!」
「悪かった!」
酸欠で真っ赤になった顔で荒く息を吸いながら、さすがに怒ったらしい少女の手が、鈍器になってぺちぺちとロシナンテの胸板を叩いていた。
end
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