名もなきモブから見た話
※こどくのおりの側面
※モブ後輩から見た一人称の話なので名無しオリキャラががっつり出ます
※暴力表現・殺人表現等ありにつき注意
※若サカズキさんもいますが口調は大将サカズキさん
※限りない捏造
ナマエという名前の海兵をおれが知ったのは、海賊達との交戦の最中だった。
乗り込んだ船の上、対峙する相手は手練れが揃っていて、おれの前に来た奴は随分と大きくて。
『おらァ!』
『……っ!』
片腕を切り付けられ、片腕が断たれることを庇った代わりに手元のサーベルが折れて、慌てたけれども間に合わずに、大きく武器を振りかぶる海賊の前で立ち尽くした。
しかしその手の太刀がこちらへ振り下ろされることなく、ごとんと甲板の上へと落ちる。
理由は明確で、真後ろから突き刺さったサーベルが、ぬらりと血をまといながら男の口から生えていた。
絶望から救われたものの、わけの分からぬ状況に目を見開いたおれの目の前で海賊の体が傾いで、その真後ろにいた男の姿が露になる。
一目で海兵と分かる姿をした男の手が、サーベルを鋭く振りぬいて血を飛ばした。
黒い髪に、平凡なはずなのに何故だか目を惹く顔に、凪の帯みたいな眼差しに、服に飛び散った赤。
『あ、あの……』
こちらを見たその顔を見返して、慌てて礼を言おうとしたおれが言葉を止めたのは、まるで風景を眺めるようにして自分の上を滑った視線を引き留められなかったからだった。
おれのことなんて気にした様子もなく動き出した海兵が、自分が今刺し殺した海賊を踏みつけて歩きながら、次の海賊を選んでいく。
自分へ向かってくる敵もそうでない敵も関係なく、作業的に海賊を殺しにかかるその姿は異様なほどだった。
多分あの人は、目の前に海賊がいたから殺しただけで、おれを助けたつもりすらなかったに違いない。
思わずその背中を見送って、それから駆けてきた救護兵に手当てをされながら話をして、あの人がナマエという名前の海兵だということを知った。
とんでもない海賊嫌いで、海賊を殺すことを第一にしている節のある海兵で、あの荒れた南の海から海軍本部へと配属された。
センゴク中将の隊に配属されていると聞いて、初めてその姿を見たという事実に納得した。合同の演習や遠征でもなければ、よその部隊の海兵なんて見かけないことも多い。
当然ながら戦力をそろえて襲ったおれ達海軍の方が優勢で、あちこちに海賊達が転がっている。
そのうちの何人が死んでいて、そしてそのうちの何人があの人の殺した相手なのか。
怖いのか、それ以外なのかよく分からない感覚が少しだけ体を震えさせて、しかしおれは何となく、さっき見たあの顔を探して目を凝らしていた。
見つけた相手はやっぱり海賊に夢中で、おれが見ていることに気付いたりはしなかった。
※
ナマエと言う海兵を、馴れ馴れしくも『ナマエさん』と呼べるようになるまで、随分と時間がかかった。
その容赦のなさに恐れと憧れを抱く海兵達はいても、おれやそれ以外では、親しくなるために近寄ることすら難しかったからだ。
それでも以前よりは近寄れるようになった一番の要因は、おれがいる部隊へ、あの人が配属されたことだろう。
おれの上官は決まった時にため息をついていたが、センゴク中将が大将になって手元の部隊を離れるとしたら、その次にあの人を扱えるのはおれの上官くらいなものだと思う。
よく働く海兵であるナマエさんが配属されたせいか、おれのいる部隊はあちこちの遠征で白兵戦を任されることが多くなった。
ナマエさんは相変わらず、海賊達を大勢殺す。
生かして捕らえるのはおれや他の同僚達の仕事で、そうやって働きながらも、おれは何となくナマエさんを見ていた。
瞳を憎しみかそれ以上の何かで滾らせながら、しかし海賊を殺す時も、それ以外でも基本的にあの人は無表情だ。
そんなナマエさんが表情を崩したところをおれが初めて目にしたのは、新しく部隊へ配属されたとある海兵が挨拶に来た時だった。
「なんじゃァ、おどれもおったか」
「そんなの、辞令が出た時に分かってただろう」
ナマエさんの同期の、こちらもまた海賊嫌いで有名な自然系能力者のサカズキさんに向かい合って、そんな風に言ったナマエさんがわずかに笑った。
なんとも友好的な、親愛の滲んだそれに注目したのは、絶対におれだけじゃなかった。
同僚を肘でつついたらつつき返されたから間違いない。
「中将は胃が悪いんだ。苦労を掛けたら倒れてしまうかもしれないから、ほどほどにな」
おれ達の行動なんて視界にも入れていなかったナマエさんがそんな冗談を言って、サカズキさんがそれを鼻で笑う。
おどれが言うかと紡いだ声音は威圧的だが、サカズキさんの表情もまた友好的なもので、仲の良い二人であることを感じさせる。
確かに、別々の部隊にいながらも、彼らは遠征や演習が被ればペアを組むことの多い二人だった。
少々乱雑に、しかしただの海兵では対応できないような方法で海賊を攻撃するサカズキさんと、それを気にせず飛び込んで、細かいところを作業的に片付けていくナマエさん。
上官の命令で組んで淡々と仕事をこなしているだけの二人だと思っていたが、親しく会話できる間柄であったらしい。
ナマエさんが表情を崩せる相手がいたという事実に何となくほっと息を零して、おれはすっと背中を伸ばした。
ほかの同僚達より素早く足を動かして、立ったままで話を弾ませている先輩二人へ近付く。
「あの、飲み物をお持ちしますから、続きはお掛けになってからどうぞ! 中将ももうすぐお戻りになりますから」
「そうだな。そうするか、サカズキ」
片手で応接用のソファを示したおれに、ナマエさんがさきに頷いた。
それを聞き、あァと応じるように頷いたサカズキさんが、それからその視線をこちらへ向ける。
「……おどれ、名前は?」
「失礼しました、自分は――」
寄こされた問いかけに、おれは敬礼しながら返事をした。
抜け駆けだとかそんな非難がわずかに後ろから聞こえた気がしたが、こういうのは先に行動した者の勝ちなのが世の中の常なのだ。
※
中将のもとでナマエさんとサカズキさんという先輩を持つことになって、しばらく。
「サカズキ」
「なんじゃァ」
やり取りが聞こえて視線を向けると、佇むサカズキさんへ近付いたナマエさんが、自分が持っている書類を差し出しながら何かを言っているところだった。
ナマエさんに比べて少し大きいサカズキさんが、声を拾うためにか少し体を傾けている。
二人がおれのいる隊にやってきてから時折見かける光景に、おれはモップを手にしたままでほのぼのとそれを眺めた。
遠征の帰り道、マリンフォードへ向けて海を往く軍艦の上は穏やかで、平和そのものだ。甲板のあちこちにこびりついた煤が無かったらもっと良い。
サカズキさんと一緒にいる時のナマエさんは、やっぱりすこし穏やかな顔をしている。
サカズキさんも同様で、あの二人はセットでいさせた方がいいというのが、今の隊の中での常識だった。
ナマエさんもサカズキさんも海賊嫌いだが、お互いにうまくバランスを取っている。
お互いがお互いに、相手を特別扱いしていることは一目瞭然だ。
そして多分、お互い相手へはそれが伝わっていない。
「……それでいいか?」
「おどれの好きにせェ」
「せっかく相談したのに……多数決でも取るしかないのか」
「数が必要なら、わしの票はくれちゃるわ」
ふんと鼻を鳴らしたサカズキさんの言葉に、面倒臭がらないでくれよとナマエさんが少し笑ったようだった。
なんの話をしているか知らないが、サカズキさんは多分『多数決を取るならナマエさんの味方をする』と言う意味で言っている気がする。
気がする、というだけで裏を取ったわけではないのだが、おれには確信がある。だって今のサカズキさんは少し不服そうな顔をしている。
それを見ていないナマエさんは、まァいいかと言いながら手元の書類を折り畳み、そっと降ろした。
「中将からは好きにしろって言われてるしな。サカズキも不完全燃焼だったろうから、少しは発散できるだろ」
「おどれも不満そうな顔をしちょったろうが」
「そうだったか?」
「鏡を見んか」
軽口を交わしていたナマエさんが、ふとこちらを見た。
眺めていたのがバレてはまずいと、慌てて顔を逸らし、モップを握り直して甲板を擦る。
甲板のあちこちにある煤汚れは、つい数時間前の海賊船が勢いよく燃え上がった時についたものが殆どだ。
まさかあんなに火薬や油を乗せているとは思わなかったし、中将がすぐさま退避を命じなかったら危なかったかもしれない。
燃え上がり、あちこちが爆ぜた海賊船はすぐに沈み、予定よりも早く討伐が終わった。ナマエさんとサカズキさんは物足りなかったかもなと思ったことを、ふと思い出す。
何故だろうか。嫌な予感がする。
「暇してるやつらも多そうだし、やっぱり『次』に行くか」
そんな風に言葉を紡がれて、おれは自分の嫌な予感が現実になったことを知った。
船には戻りの分までの物資しか積んでいなかった為に、現地調達で食いつなぎながらあちこちの海域を回って海賊を討伐していたおれ達がマリンフォードへと帰りついたのは、予定より半月遅れてのこと。
予定より長く船の上で暮らし、何度も海賊と戦って疲弊していたおれ達の部隊の中で、帰るまでずっと元気だったのは二人だけだった。
※
ナマエさんとサカズキさんは、ずっと仲が良かった。
お互いに相手を特別扱いしていることはおれや他から見ても多分明らかで、だからこそ、あの日。
「……ナマエ!」
サカズキさんがその手を奪ってでも守ろうとしたのは、命が奪われる寸前だったあの子供だけじゃない。
※
海賊が人質にとった民間人を殺しかけた海兵は、その責任を取る形で降格された。
それでも偉大なる航路から出されなかったのは、彼の働きが無かったなら、それ以上の被害が出ていたことは間違いないからだ。
のどかな春島を指定したのは、あの時おれ達の部隊の責任者だった中将だった。
ナマエさんは諾々とそれに従い、不満の一つも零さず、言い訳の一つもせずにマリンフォードを離れていった。
見送りもしなかったサカズキさんが変わったのは、それからすぐだ。
海賊を海の屑と断じて、それに連なる全てを殺す。逃げる味方も許さず、何を巻き添えにしてでも『悪』を殺す。
憎しみや怒りに近い何かをその目に滾らせながら、マグマを操るその姿に、在りし日の誰かの姿が見えた気がした。
その後をおれがずっと追いかけていたのは、彼もまた、おれの大事な『先輩』だから。
散ったマグマで何度か火傷もしたし、少なくない怪我もした。それでもサカズキさんを追いかけて、気付けばおれは彼の副官の一人だった。
多分、サカズキさんもおれのことを少しは評価していてくれたと思う。
「……異動ですか?」
だから多分、そんな辞令が寄こされたのだ。
頷いたサカズキさんが紡いだのは、ナマエさんが配属された支部のある海域の、別の島の名前だった。
目を瞬かせたおれを見て、サカズキさんの目がわずかに光る。
「近海に調子付いた連中が集まってきちょる。屑共の拠点を探せ。支部の連中を使うても構わん」
きっぱりとしたその言葉に、なるほど、と頷く。
そんな連中があの海域にたむろして、ナマエさんのいる支部まで何かあったら大変だ。
伝え聞く噂によれば、片手を失った後のナマエさんは、あまり戦えなくなっているらしい。サカズキさんも責任を感じているのかもしれない。
しかしそれなら、と眉を寄せて、おれは言葉を紡いだ。
「駐在海兵になるより、支部に勤務した方がやりやすいと思います」
支部以外に配属されてしまったら、最悪一人で、そこでの治安も維持しなくてはならない。
荷が重いとは言わないが、『調べもの』をするには少し負担がある。
おれの言葉を聞き、サカズキさんが眉間のしわを深くした。
「なんじゃァ、おどれ、『あの島』に配属されたいか」
唸るように言葉を寄こされて、はい、と素直に頷いた。
穏やかな春島で、ナマエさんがどう過ごしているのか。
それは何度も考えたことで、異動の希望を出そうとしたことだって何度もあった。
今までそれをしなかったのは、まるであの人のようになったサカズキさんの後をずっと追いかけていたからだ。
そこから離れろと言うのなら、おれはあの島がいい。
「一緒に特別任務も承りますから」
お願いします、と言葉を重ねると、サカズキさんがわずかに怪訝そうな顔をした。
どういう意味だと言わんばかりの眼差しを受け止めて、相手へ向かって微笑みを浮かべる。
「たくさん写真送りますね」
離れて数年。さすがにナマエさんも老けただろう。
どんな顔になってるか気になりますよねと続けたおれに、馬鹿たれが、とサカズキさんは呆れたような声を出した。
しかしそれでもおれの配属先はあの島になったんだから、おれの先輩は何とも素直じゃない。
end
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