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孤独の檻 (1/5)
※主人公は有知識トリップ主(?)で死亡転生
※暴力表現・殺人表現等ありにつき注意
※若サカズキさんもいますが口調は大将サカズキさん
※名無しオリキャラが複数人がっつり出ます
※特殊&独自設定ありにつきなんでも許せる方向け
※詳しい説明は諸注意からどうぞ



 自分が死んだという自覚を持ったのは、『生まれて』少ししてからのことだった。
 最初は自分が自力で座ることすらできないということに困惑したし、現状の把握がうまくいかなかった。
 そのうちようやく自分が交通事故に遭ったことを思い出して、自分があの事故で死に、『生まれなおした』という事実を飲み込んだ。
 何せ両手も両足もふくふくとしていて小さく短く、筋力が無くて起き上がることすらできないし、歯も生えていないし言葉も紡げないのだ。
 さらにはミルクの世話から下の世話までされたのだから、これで俺が乳児でなかったなら、世話係はみんな巨人で変態趣味ということになる。
 輪廻転生だのなんだのと言ったことは信じていなかったが、とにかく、俺は生まれ直していた。
 そして、新たな人生はとても厳しいものだった。

『それじゃあ、こんなもんでどうだい』

『ああ、ありがとうございます』

 言葉を交わした大人数人が、檻に入った俺の目の前で金の詰まった袋をやり取りする。
 人身売買を目の当たりにするなんて思わなかったし、そんな風に金でやりとりされる立場に自分がなるだなんて思いもしなかった。
 ついでに言えば聞こえた『ベリー』という通貨の単位に、ここが日本でもなければ行ったことのある海外のどこでもないということも理解する。
 自宅にはテレビも無かったし、両親だろう男女の髪色が明るすぎるのだってそういう趣味かと思っていたのだが、どうやらそういうわけでもなかったようだ。
 そして、人の売り買いがこうもあっさりと行われるような国となれば、助かる見込みもないだろう。
 育ててくれたのだって、ひょっとしたら『使える』年齢になるまで家畜を世話していたようなものだったのかもしれない。
 このまま好事家に売り渡されるのか、体中を刻まれて臓器売買にでも使われるのか。
 恐ろしい未来に体は震えたものの、泣きわめく気力すらわかなかった小さくて幼かった俺が助かったのは、ひとえにいくらかの偶然が重なった結果だった。
 俺や他の『商品』を運ぶ船が、嵐に遭って座礁し、沈み始めた。

『フネがしずむって!』

 部屋の外を駆けていく船員達の会話の意味を掴んで事態を飲み込み、怖がる同室の子供達にも声を掛けた。
 協力して扉をこじ開け、ほぼみんながすぐに逃げ出したのに、一人だけ端に座ったまま動かなかった子供がいて、その腕を捕まえ、俺も必死になって逃げだした。
 そうして、飛び出した甲板で荒波に襲われて流されたのだ。
 人身売買なんてやっていたくせに救難信号を出したらしい誰かのおかげで、海を漂っていたところを助かった。
 そんな幸運にありつけたのは、どうやら俺だけだったらしい。

『大丈夫か、坊主』

 にっかり笑って言い放った相手は、『海軍』の海兵だった。
 どこの国の、と尋ねたら怪訝そうな顔をしたので、結局国名は確かめなかった。
 人の好さそうな笑みを浮かべたその『良い人』は、俺が必死になって紡いだ自分の境遇に眉を寄せた。
 売られたのだから家には帰りたくないのだと言葉を零して、それでも手に職も無ければ年端もいかない自分が一人で生きていけるか分からなかったから、あざとく涙すら浮かべて『助けて』と口にした俺を、彼はあっさりと受けいれてくれた。

『まーあれだ、乗りかかった船って奴だな!』

 楽しそうにそう言って、俺を自分の『子供』として引き取ってくれたあの人は、本当に、とても良い人だった。
 どうしてだか結婚していなくて、一人だという家に『俺』という子供の居場所を作ってくれた。
 善人とはこういう人間に言うんだと思ったし、その気持ちをそのまま言葉にした俺に驚いたり慌てたり照れたりした相手に、裏の顔は見当たらない。
 もし万が一実は酷い人間だったとしても、騙されていたって気にしないくらい感謝したし、『息子』としての数年は、本当に幸せだった。
 だけども俺との出会いはきっと、この人にとっては不幸だったんだ。

「……あー……ひでェ、顔してんな」

 ふは、と笑って言葉を吐き出したその口が、血を零している。
 俺達が暮らしているのは海のはずれの小さな島で、村があった。
 『海軍』の『海兵』であるこの人はそこの駐在員で、唯一の『海兵』だ。
 だからそう、海賊なんていう存在がやってきたら、戦って市民を逃がすのが仕事だった。
 それでも、俺が人質になんてとられなかったら、この人はこんなことにはなっていない筈だ。
 どうして逃げなかったのかと尋ねられたら、心配だったからとしか言いようがない。
 『海賊』の襲来なんて初めてで、だけど俺の『父』になってくれた海兵がとても強いのは知っていたから、自分が海賊に見つかり捕まるだなんていうこと、馬鹿な俺はほんの少しも考えなかった。
 人質に取られた俺を見て、彼は海賊を攻撃できなくなった。
 怒りに燃えた目のまま、それでも無抵抗を命じられて動かなくなったその体に刃の広いサーベルが突き刺さって、悲鳴を上げた俺がうるさかったらしい海賊が俺を放り捨てた。
 その瞬間に、腹に突き刺さる刃を物ともせずに行動を開始した海兵によって海賊たちは制圧されたが、それだけだ。
 おびただしい血があたりに散らばり、騒ぐ人たちの声が遠い。
 砂浜に伏している海賊達の何人かを縛り上げる人と、そして俺の目の前に横たわる彼を手当てする人で辺りはいっぱいで、だけど俺はもはや何も出来ずにただ相手の傍にしゃがみ込んでいた。
 さっきまで必死になってその傷を押さえていた手は真っ赤に濡れてしまっていて、潮風が吹くたびひんやりと冷える。
 砂浜はじっとりと血で湿っていて、今もなおじわじわと白い砂の上に赤い範囲が広がっている。
 目の前の相手が死ぬんだということは、見て分かった。
 だって、腹の傷は深く、もはや半分ちぎれているような状態なのだ。
 内臓までこぼれているし、失っている血が多すぎる。腰から下をどうにか胴体に押し付けたって、そのままくっつくわけがない。
 むしろ、相当痛いだろうに、彼の意識があるのが不思議なくらいだ。

「ナマエ……おい、ナマエ」

 何も出来ず、茫然とじっと見つめた先で、かすれた声が俺を呼ぶ。
 わずかに動いた片手にそっと左手を伸ばすと、いつもなら俺より大きくて俺よりあたたかな掌が、ひんやりとした感触で俺の手を握りしめた。
 震えているのは俺なのか、彼なのか。それすら曖昧だ。
 何かを言いたいのに、言葉が喉に張り付いて出ていかない。
 せめてごめんなさいと謝りたいのに、それすらできない俺はただのクソ野郎だ。

「まー……あれだ、お前家のこと大体、できるし、あの家、全部やるし」

 俺を安心させようとしてか、そんな風に言ってしっかりと俺の手を握りしめた相手が、血まみれの口元ににかりと笑みを浮かべる。

「だーいじょうぶ、だろ?」

 なあ、と尋ねられても、首を横に振ることしかできなかった。
 大丈夫なわけがない。おいていかれて、大丈夫なわけがない。
 目が熱くて、涙が出たのが分かった。息がしづらくて鼻をすすって、漏れかけた嗚咽を噛む。
 相手のほうが痛くてたまらないのに、俺の方がぼろぼろに泣いていて、馬鹿みたいだ。

「ご……ごめ、おれ、ごめ、なさ……っ」

 必死になって紡ごうとしたのに、結局うまく紡げない俺のそれにまた少しだけ笑った相手が、『許す』なんてあっさりと言葉を口にする。
 その手がもう一度俺の手を握りしめて、そうして目が閉じられた。

「……あァ……あったけェなァ……」

 冷え切った指で俺の左手に触れながら、ぽつりと囁くように落ちたそれが、俺の『父』が零した最期の言葉だった。







 俺の『父』が死んだのは、どう考えたって俺が悪い。
 けれどもあの人を殺したのは、間違いなく『海賊』と呼ばれる海のならず者だった。
 それなら俺が目指すべきはきっと、そんな連中を制圧することができるだけの実力を持った人間だ。
 そう決めた俺が第二の故郷となった島を離れて海軍へと入隊することになったのは、自力で体を鍛える努力をして、数年たってからのことだった。
 戦えるようになった。これからも研鑽を積んでいくにしても、時間は有限で、もしかしたらどこかであの海賊のような『悪』がのさばっているのかもしれない。
 何かに追われるような焦燥感は、そのまま俺に行く道を決めさせた。

「行くんだね、ナマエちゃん。気を付けて行っといでよ」

「うん、ありがとう」

 俺が決めた道を、良くしてくれた島の人間は誰も止めなかった。
 俺を引き取り俺を助けて死んだあの人のことをみんなちゃんと覚えていて、だからか『家』はきちんと世話してくれると言っていた。
 いつでも帰っておいでと言ってくれる島のみんなは、本当にあたたかだ。
 もう戻るつもりはなかったが、そうは言わずに船の上から手を振れば、見送りに来てくれた数人が俺へ向かって手を振り返す。
 そのまま船は港を離れ、そして俺は、一番近かった海軍支部で『雑用』を始めた。
 海兵となるためには様々な試練を貰ったが、どうにかそれらをきちんと退けた。
 生まれなおした俺の体はとても丈夫になっていて、鍛えれば鍛えるだけ体を強くすることができる。
 最強だなんて馬鹿なことは言わないが、それでも俺は、恐らく今だったらあの日の海賊を倒せたくらいには強くなっているようだ。
 電伝虫すら珍しいものだったのどかな島を離れて二年ほど経ち、都会的な場所へきてようやく俺も、『この世界』が『どういった世界』なのか気が付いた。
 ここは、かつて生まれなおす前の『俺』が読んでいたあの漫画に、とてもよく似ている。
 だがしかし、いくら通貨がベリーで海王類がいて海賊や海軍がいて、同じ地名と悪魔の実と呼ばれるおかしな超能力の元があったからって、ここが『あの漫画』の中だとは言い切れないだろう。
 最終回まで読み終えたあの漫画の世界に『ナマエ』という名の登場人物はいなかったし、俺を拾い育ててそして死んでしまったあの海兵の名前だってなかったはずだ。『麦わらのルフィ』なんて言う破天荒な海賊の話も聞かない。
 だからどちらかといえば、事実は小説より奇なり。
 似たような世界が世の中にはあった、というべきだ。
 それに、もしもこの世界のどこかであの『漫画』が進んでいるんだとしても、俺にはまるで関係のないことだ。
 俺はどちらかと言えば主人公の敵側だが、主人公と戦う海兵なんて本当に一握りだったし、ここは『南の海』。話の中には出身者がちらりと出たくらいだ。

「まあ、いいか」

 だからそんな風に結論付けて、それきり気にしたりすることもないまま、月日を過ごす。
 やがて、雑用から一般兵になった頃、海賊の遠征隊へ配属された。
 『南の海』をぐるりと回る、長期間の任務の最中で、何度も海賊と遭遇した。
 そこで見た海賊共は、まさしく海の屑だった。
 戦えすらしない民間人をいたぶる者。
 ただ日々を営んでいた人間からその富や食料や命を奪う者。
 自分以外を自分の家畜と同様の扱いにする者。
 殺しも略奪もよしとして、どんな卑怯な手でも使い、自分だけの道理で他人を踏みにじっていく者。
 悲鳴と怒号と、銃声。硝煙と血の匂い。ゆがんだ笑み。
 海賊共を見るたびにあの日のあの人の冷え切った手を思い出して、俺の中の憎悪が育った。
 あの人のような善人にはなれないのだとしても、それ以外の選択肢だってあるだろう。
 海を行きたいというのなら、ただの船乗りにでもなればいい。海賊でなければ旅ができないなんて、そんな馬鹿な話はない。
 働き、地に足つけて生きろとは言わないが、自分だけで死んでいくならまだしも、善良な人間に迷惑をかけて、誰かからすべてを奪う。
 どんな事情があったところで、黒旗に髑髏を掲げて威嚇し、ただの一般の人間に迷惑をかけ、殺戮と略奪を行う海賊達は、ただの屑共だ。
 何が海に生きる自由だ。
 その自由の元に一体どれほどの人間を踏みにじってきて、そしてこれから先もどれだけの人間を踏みにじっていくつもりなのか。
 奪い、殺し、首に掛かった賞金に誇りを持つ馬鹿がだんだんと害虫のように見えてきて、気付けば捕らえるよりも殺す方が多くなっていた。
 もはや遠い記憶の彼方に消えた『どんな悪人であっても人を殺してはいけない』なんて言う常識は、この世界では詭弁だった。
 ここで殺さなければ、逃がしたそいつが他の誰かを踏みにじり虐げて殺すのだから、不幸の芽は摘むべきだ。
 遠征隊を離れてからはさらに鍛錬に使う時間を増やし、どれほど強い海賊でも、どれだけ不利な状況でも相手を殺せるように体を鍛え続けた。
 見聞色の覇気はほんのわずかしか育たなかったが、武装色の覇気を扱えるようになったのは、同期の中でも早かった方だったように思う。
 権力を持てば『悪さ』をする海兵もいるもので、腐った上官の所業に気付けば、その手駒になっていた海賊や手段やそれ以外も潰した。
 さすがに海兵自体には手を出さなかったが、敵にやられるような連中は放っておいたし、そのせいか、俺のやり方を『酷い』『怖い』と言われるようになった。
 上官たちからしても扱いづらかったのか、やがて俺は、あちこちの支部を転々と異動するようになった。
 別に、どこへ行こうとも構わない。海賊達の遠征に行かせてくれるなら、誰の下ででも同じように働くだけだ。
 そして、どこへ行こうとも、悪を殺して、海賊を殺して、ただひたすらに殺して。

「本部、ですか」

 雑用から正式な海兵となって数年が経った頃、唐突過ぎる申し出に目を瞬かせた俺の前で、此度の俺の上官殿が頷いた。
 俺の八人目の直属の上司は、少しばかり小心者だ。
 海賊めがけて突っ込む俺に怯えているのか、その目はこちらを見ない。
 小心者ゆえに『悪さ』をしでかさない今度の上官が俺は嫌いではないのだが、こればかりはどうしようもなかった。

「ゆ、優秀な人材は、本部できちんと力を入れて育てたいという、本部からの連絡があってね。君の噂はどうやら、偉大なる航路まで届いていたようだ」

「自分には勿体ないお言葉です」

 両手を後ろで組み、両足で佇んで言葉を放てば、緩く頷いた上官が更に言葉を紡ぐ。

「海軍本部には、支部とは比べ物にならない強さの海兵も多い。な、なぜかと言えば、偉大なる航路には賞金額の高い、か、海賊が集まるからだ」

 君にはたまらない話だろう、と言葉が続き、俺はゆるりと瞬きをした。
 こちらを見ない上官が、君は、とその口を動かす。

「好きなだけ、海賊を殺していい」

 それはまるで、俺が海賊殺しを楽しんでいるとでも思っているかのような言葉だった。
 怯えたようなその眼差しは、『俺』を『おかしなもの』だと断じているように見えることに、俺はその時今更気が付いた。



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