格好いいお兄ちゃん
※なんとなく『カタクリと誕生日』設定
※転生トリップ主人公(無知識)はシャーロット家〇男で可愛い
※カタクリさんが弟を可愛い可愛いしているので注意
カタクリの弟は可愛い。
まあもとより、弟妹というのは可愛いものだ。
カタクリにとって唯一の兄と姉はカタクリすらも可愛いというのだから、世の中はきっとそう言うものとして成り立っているのだろう。
世の中の道理を考えてみたところで仕方がないことでもある。可愛いものは可愛いのだ。
「ガオー!」
今日もまた、カタクリが『見た』通りにテーブルクロスの下から飛び出してきた可愛い生き物が、威嚇する野生動物のごとく両手を振り上げて声を上げた。
今日の彼の格好は獅子だった。小さな体で生意気にもたてがみを生やしており、両手の先から足の先まで茶褐色の布地で覆われている。
テーブルの傍にある椅子に腰かけ、組んだ片足の靴裏がテーブルへ向かないよう配慮したカタクリを見上げて、小さなライオンがその瞳をキラキラと期待に輝かせた。
「びっくりした!?」
「いや」
弾んだ問いかけに、カタクリは真実を答えた。
テーブル横の椅子へ座る前から気配があることは分かっていたし、椅子に座ったカタクリのところへ子供が飛び出してくることは、見聞色の覇気を鍛えたカタクリには分かりきったことだった。
引っ掛けたテーブルクロスを引き落としてしまわないようにと押さえていた手をテーブルから離し、ひょいとテーブルの上のクッキーをつまんだカタクリに、なんだよもう、と子供が頬を膨らませる。
「そういうのはウソでも『びっくりした』っていうもんだよ、おにいちゃんなら!」
何歳も年上の兄へ向かって世の中の道理を説く声音で言いながら、子供が両手を降ろして自分の服を掴む。
示されたそれに眉も動かさずに応じて、カタクリは持っていたクッキーを子供の口へ入れ、それからひょいと子供の服を掴んでその体を持ち上げた。
組んだ足の上にのせてしまえば、カタクリの片足を跨ぐ格好になった子供が片手で自分の口を押える。
ナマエという名の弟を見下ろしていると、さくさくと口の中身を必死に噛んで飲み込んだ子供が、カタクリにぃ、とカタクリを呼んだ。
「こどものくちにおかしをつめるのはいいくないとおもう」
「悪いことか?」
「おいしいからいいけど! いいくない!」
もう! と両手を上げたナマエが抗議の声を漏らす。
それを右から左に流しつつ、カタクリの手がもう一枚のクッキーをテーブルから引き寄せて差し出すと、ナマエの両手がしっかりとそれを受け取った。
丁寧に作られたらしい着ぐるみは、指の形までしっかりしているので、物を持つのに問題は無いようだ。
メリエンダにはまだ早いこの時間、カタクリがこの弟の部屋を訪ねるのはままあることだった。
カタクリに憧れて慕う弟妹の中でもなんとなく、物おじせず、血を分けた兄弟であるからか時々ペロスペローに似た眼差しをするナマエという名の弟を、カタクリは中々に気に入っていた。
先振れを出すので行き違いになったこともないし、ナマエが食べるものも用意され、ごくたまにこんな微笑ましい悪戯をされる。
ナマエが、ほかの兄や姉達にはこんなことをしていないと耳にしたのは、いつだったろうか。
なつかれてねェのかとダイフクに揶揄われ、むしろ一番なつかれてるんじゃねェのかとオーブンに言われた覚えがある。
最初の頃は一体何が目的なのかと思ったが、聞き出してみればなんとも可愛らしい理由だったので、今のところは放置しておくと決めていた。
「おれかわいいから、もっとかっこいいのにしとけばよかったかな? そしたら」
「『びっくりしたかも』とお前は言うが、何を着たところでそう変わるとは思えん」
「ひどい!」
クッキーを齧りながらの呟きに先回りして返事をすると、むっと眉を寄せたナマエが抗議の声をあげた。
そうは言っても、ナマエが何を着ようと可愛らしいのは変わらない。
カタクリが誕生日に贈った恐竜を模した着ぐるみパジャマを皮切りに、色んな兄や姉がナマエへいくつも普段着になる着ぐるみを贈っているが、猫だろうが犬だろうがそれこそ牛だろうがキングバームだろうが、可愛いものは可愛いのだ。
ついでに言えばカタクリとしては、桃色の恐竜姿が一番可愛いのではないかと思っている。カタクリが選んだのだから当然だが。
「もー……」
丸い瞳がカタクリを見上げて、むう、と小さな唇が尖る。
その両手がクッキーの残り半分を捕まえて、はーあ、と漏れたため息は幼子にはふさわしくない深さだった。
「また」
「『今度頑張る』とお前は言う。好きにしろ」
「……すきにする」
こくりと頷いた子供は少ししょんぼりとしているようだ。
カタクリの見聞色の覇気は、出来る限り自然に扱えるよう鍛錬しているもので、カタクリさえ気を緩めれば解けるだろうし、そうすれば子供がカタクリを『驚かせる』ことだってありえるだろう。
ナマエの目的を聞き出して、それが害の無いものならカタクリだって応じてやることも出来た。
しかし、ナマエの目的を聞いたときに、その手段はとってはならないと認識したのだ。
『びっくりしてもかっこいいだろうから、カタクリにぃのいつもとはちがうかっこいいとこがみたい』
可愛い弟にそう言われて、兄が無様な姿を見せるなど出来るはずもないのである。
「……ぜったいびっくりさせるんだからな!」
気を取り直したのか、口の端にクッキーのかけらをつけたなんともしまりのない姿で、両手でクッキーを持ったまま何度目かの宣言を寄こしたライオンに、カタクリは頷くことで答えた。
大きな手が子供の顔からクッキーのかけらを払い、ついでに柔らかい頬を何度かつついて離れたことなんて、当人達以外は誰も知らないのだった。
end
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