カタクリと誕生日
※転生トリップ主人公(無知識)はシャーロット家〇男で可愛い
※若干のナルシズム
俺が生まれたこの家では、誕生日は盛大に祝われるものだった。
そのメインがママの求める茶会とバースデーケーキの為のものだとしても、祝ってもらえるのは素直に嬉しい。
兄も姉も多いうえ、島にいる人間も多いのでプレゼントもたくさん貰うし、ついているバースデーカードを見るのも毎年の楽しみだ。
だがしかし。
「……なんで、これ?」
何度確かめてもプレゼントについているカードは変わらず、俺は一人で首を傾げた。
『誕生日おめでとう』と記された文字とその下の署名は、誰がどう見ても粉大臣殿のものだ。
だとすればやはり、このプレゼントはあの完璧と噂の兄上殿から寄こされたものということになる。
「……きぐるみパジャマって」
両手で広げたそれは、何やらとても可愛らしいものだった。
ふわふわと柔らかな生地でできているそれは肌触りも最高だ。厚みのある生地でもあり、触っているだけでも気持ちが良い。フードとそのデザインからして、恐らくモデルはピンクの恐竜である。
サイズが小さいのは、俺の体がまだ幼いからだろう。
掴まえて抱きしめたそれからは、ふんわりと甘いドーナツの匂いがする。コムギ島から贈られたもので間違いなさそうだ。
俺が小さな女の子だったら可愛いそれを貰って喜んだかもしれないが、しかし俺は男である。まだ幼く小さく弱いが、しかし男である。
何ならこの世界ではないどこかでの『前世』の記憶すら持つ、精神年齢的には兄弟のうちで誰より年上なんじゃないかと思われる人間だ。
「……いや、おれかわいいから、カタクリにぃからはオンナノコにみえてるかのうせーも……?」
「何を馬鹿なことを言っていやがる」
もしや、と呟いた俺の頭の上で、そんな風に声が漏れた。
それに気づいて顔を上へ向けると、いつの間にやってきたのか、こちらを真上から見下ろす相手がいる。
いつものように口元を隠し、いつものようにこちらを見下ろす相手に、俺は真上を仰いだままで片手を伸ばした。
「カタクリにぃ」
呼びかけると、伸びてきたその手がひょいと俺の体を捕まえた。
服の背中側を掴んで持ち上げられるのはいつものことだ。この世界の布地が強くて良かったと、何度思ったかもしれない。
強面のこの兄は、意外と弟や妹達を構ってくれる。やり方が優しくないのでたまに他で弟妹を泣かせているが、大人の俺は泣いたりしないのだ。
目の高さまで持ち上げられたので、手に持っていたパジャマを広げて見せる。
「これ、」
「あァ、おれからだ」
確認の為に尋ねようと思ったのに、俺が問う前にあっさりと返事が寄越された。いつもの超能力だ。
やっぱりそうなのかと短い両手で抱えなおして、俺は少しばかり眉を寄せる。
「おれ、おとこなんだけど」
「だから恐竜にした」
放った言葉にそう言い返され、どうやら目の前の兄の目はちゃんと俺を男として認識していたらしいと知った。
しかしそれなら、せめてピンク以外の色を選んでほしいものだ。恐竜なら男らしいとは限らない。
いまいち感性が変な相手を見やり、しかたないなとわずかに息を零す。
世の中、妥協も必要だ。
少なくとも、この兄はちゃんと俺の為に選んでくれたらしい。
「わかった。ありがと、カタクリにぃ」
「あァ。誕生日おめでとう、ナマエ」
礼を口にすると、こちらを見つめていた相手がわずかに目を細めた。
バースデーカードで言われた言葉を口にされて、もう一度ありがとうと答えた俺の体が、くるりと回される。
何事かと思ったら大きな掌が今度は俺の腹を支えるようにして俺の体を持ち直し、そのまま兄はソファへ座ったようだった。
太い膝の上に降ろされそうになって、靴を履いている事実に慌てる。
しかし俺の口が抗議を紡ぐ前に、意外と器用に動く手が俺の足先から靴を奪い取った。
それどころか、ひょいと奪われたパジャマを広げられ、あれよと言う間に着せられてしまう。
最後にフードまで被せられ、見事ピンクの恐竜となってしまった俺が振り向くと、俺を膝に乗せた兄が、ふむ、と声を漏らした。
「似合うのは今だけだろうな」
どうやら、今の格好は俺に似合っているようだ。
大きな手がフードの上から頭を撫でてきたので、されるがままになりながら、俺はやれやれと肩を竦めた。
「おれかわいいから、しょうがないね」
「男がそれでいいのか」
「もうちょっとしたらおおきくなるし」
『前世』の記憶を持つ俺が、今の自分が『可愛い』方であると気付いたのは、生まれてしばらく経ってからである。
ぱっちりした目に天使のような癖毛に滑らかな丸みの頬に小さな手足と、かつての俺とは似ても似つかない可愛さだ。そして小さい。
しかし、兄達は大体みんな立派に成長しているので、自分の将来には期待を寄せている。
できればこの兄のような体格になりたいので、最近少しずつ運動も始めたところだ。ファンタジーの世界なんだから、抱いた夢はきっと叶うだろう。
「去年も似たようなことを言っていたが」
言葉を放ちつつ俺の頭を撫でるのをやめた兄が、その両手で俺の体を掴みなおす。
猫を持ち上げるようにひょいと体を持ち上げられて、俺はソファに座る兄の顔を見下ろした。
少し重くなったか、と女の子には決して言っちゃいけないような言葉を零され、それからぐいと引き寄せられる。
顔を覗き込むようにされたので、俺も同じように兄の顔を覗き込んだ。
口元をしっかりと隠した兄は、表情があまり変わらない。
生まれた時から地面に転がったことがないだのと言った行き過ぎた噂を鵜呑みにしたことはないが、目の前の兄が完璧であろうとする超人なのは、小さな俺でも知っていた。
こんなに可愛い弟と二人きりでも全然表情が緩まないのはその顔が癖になっているからで、別に怒ったりしているわけじゃないのだ。
その証に、相手へにかりと笑みを向けても、眉間に皺は増えない。
「おれはそのうちカタクリにぃくらいおっきくなるんだ。わかるでしょ」
「そこまで先の未来を読むことは出来んな」
言葉を放てばそう返事を寄こされて、ひょいと膝の上へと降ろされる。
相手の体をまたぐようにして両足を伸ばして座り込み、俺は兄の上着を掴んだ。
この兄は、口元を隠すためにもこもことマフラーを着込んでいるくせに、ジャケットの下には何も着ていないというよく分からない格好をしている。
初めて見た時はこれだけ大きいと服のサイズもないのかと思ったが、似たような体格の兄達にはちゃんと着ている者もいるので、明らかにただの趣味だ。
目の前に晒された肌の、そこに刻まれた入れ墨を辿るように目で追いかけて、うーん、と声を漏らす。
「おれもおっきくなったら」
「『入れ墨したい』とお前は言うが、おれの真似をしたいだけならやめておけ」
片手で俺の背中を支えた兄が、そんな風に言葉を零した。
おれがペロス兄に怒られる、なんて言葉が続いたが、そんな未来はいくら超能力者でも読み取れないんだから、単にこの兄が心配性だってだけのことだろう。
end
戻る | 小説ページTOPへ