マルコと誕生日 2018
※エース一番主設定
※戦争回避後
食事を始めて200秒後。
「そういや、ナマエって今日、誕生日なんだろ?」
珍しくまだ眠らなかったエースからの言葉に、俺は目を瞬かせた。
こちらを向いたエースが、口の端に米粒を付けながら、違うのか、と首を傾げる。
確かに、今日は〇月◇日。俺の誕生日だ。
しかし、わざわざ誰かに祝ってもらうような年齢でもないから、あえて誰かに宣伝して歩いた覚えもない。
何故エースがそれを知っているんだと考えながら頷くと、やっぱり、と楽しそうに笑ったエースがフォークで肉を突き刺した。
「じゃあよ、奢ってやるから、一緒に島へ降りようぜ。今朝ついただろ? 欲しいもん考えとけよ」
「欲しいもの?」
「ほう!」
返事をしながら口に肉を入れたせいで、随分不明瞭な発音だ。
「いや、今日の仕事がまだ終わってないんだ」
にんまり笑いながらの言葉にそう返事をすると、エースの眉が下げられた。
不満そうなその顔を見ると、なんでも叶えてやりたい気持ちになる。
今日の作業を頭の中で並べて、どれだけ後回しに出来るかを考える。
最悪、夜中まで動けば何とかなりそうだ。
「……でも、数時間ならいいかな」
「ほっひゃ!」
俺の返事を聞いて、エースがとても嬉しそうな顔をした。
嬉しそうに笑うエースがこうしていてくれるだけでもう十分なのだが、俺の誕生日を祝いたいという気持ちを持ってくれる誰かがいるというのは、なんとも嬉しいことだ。
わずかに口元を笑ませながら、俺はエースの前に置いたままだったスープの皿を端へ寄せた。
俺の行動はいつものことなので気にしていないのか、エースの手が食事を続行し、そしてふいに糸が切れた人形のように前へと倒れ込む。
ガチャン、と大きな音が鳴ったが、何人かの『家族』達はこちらをちらりと見た後、エースが立てた音だと確認してすぐに目を逸らしてしまった。
最初の頃は何故だか驚いていたのに、食事中にエースが眠り込むのにも、すっかり慣れたらしい。
そんな彼らを見やって、180秒後にエースを起こすために、俺は持ち込んだタオルを丁寧に折り畳んだ。
※
降り立った春島は、肌に優しい陽気だった。
背中の誇りを隠さないエースが過ごすには十分な気温だ。
白ひげの旗を借りている島だったからか、島民は俺達にも友好的で、あちこちでのんびりしている『家族』の姿が見える。
「色々あんなァ」
騒がしい往来を並んで歩きながら、きょろきょろと周囲を見回したエースがそんな風に言葉を紡ぐ。
そうだなとそれへ返しながら、俺も同じように周囲を見回した。
白ひげ海賊団に友好的な島へは何度も訪れた覚えがあるし、初めての島だが、顔見知りが歩いているのは見慣れた光景だ。
だというのに何か違和感を抱いて、軽く首を傾げる。
「どうした? ナマエ」
「いや……どうしたんだろう」
問われて返事を紡ぐと、自分で分からねェならおれにも分からねェよ、と笑ったエースの手が軽く俺の背中を叩いた。
「ほら、あちこち覗いていこうぜ。ナマエは何が欲しいんだ? やっぱり食いもんか?」
「エースがくれるんなら、無くならないものがいいな」
「なんだよ恥ずかしいこと言いやがって!」
照れ隠しかさらにバシバシと背中を叩かれて、多少痛いが気にせず足を動かす。
そのままあちこちの店を覗いて回り、食べ物の店から衣類、本屋まで覗いたところで俺がふと目を止めたのは、客引きの為に飾られていると思わしき、少し大きな栞だった。
鉱物でできているのか、日光を通して輝くそれは深い青を宿していて、床にもその光が影となって落ちている。
真ん中に入っている黒い小さな飾りが、床へ落ちた影の中で白ひげの誇りを刻んでいた。
エースが背中に刻んだ旗の印をそのままにしたものではなく、古株のマルコ達がその身に刻んでいるものと、同じ形だ。
中央に刻まれた誇りと、青い光でできた影が、俺に一人の人間を連想させる。
「なんかマルコみてェな栞だな?」
同じ人間を想像したのか、エースの方からそう言葉が漏れた。
そうだなと返事をして、ちらりと値段を確認する。
しかしそこにあったのは随分な金額で、『誕生日プレゼント』として頼むようなものでもなかった。
今日は金を持ってきていないが、船へ戻れば自分の金がある。まだ数日はこの島で羽を休めるという話だったし、明日にでも買いに行こう。
そんなことを考えた俺をよそに、エースがさっさと店へと足を踏み入れていく。
「なァ、表に出てる栞が欲しいんだけどよォ」
「エース?」
まだ何も言っていないのにそんな風な声が聞こえて、俺も慌ててエースの後を追いかけた。
手配書でエースの顔を知っていたのだろう、店主は驚いたり慌てる様子もなく、さっさと栞を取りに行ってしまっている。
「エース、俺は別に、あれがいいなんて」
「でも欲しいんだろ?」
止めようと近寄った俺へ向けて、エースがそんな風に言って笑う。
明るく刻まれたそれはまぶしいが、しかし、そうだと頷いていい金額とは思えない。
「高かったじゃないか」
「みんなから預かった分があるから大丈夫だって」
「みんな?」
「あっ」
あっさりと言葉を紡ぎ、そして慌てたように口を押さえたエースは、明らかに失敗したという顔をしていた。
口を押さえているその手を掴んで引きはがし、どういう意味だとその顔を見つめると、目を逸らしたエースの口が下手くそな口笛まで零す。
みんな。
エースがそう言うのは、基本的に白ひげ海賊団の連中だ。
預かったというのは金の話だろうか。なぜわざわざそんなものを預かっているのか。
そういえば、何故エースが俺の誕生日を知っているのか、それも聞いていない。
眉を寄せてその顔を見つめ、けれども答えてくれないらしい相手にため息を零して手を離すと、エースは素早く俺に背中を向けた。
こちらを見ないようにしているその姿に寂しさを感じたが、ちょうど店主が戻ってきたところだったので気にしないことにする。
エースが取り出した財布は普段見ないほど膨れていて、確かにエースの言う通り『みんな』から軍資金を預かってきたのだろうと思わせた。
そこまで考えてから、ふと気付いて、俺はエースの傍を離れる。
店先へ出たところで足を止め、大きな通りを左右見回して、やっぱり、と声を漏らした。
あちこちに、『家族』達の姿がある。いつもの光景だ。
しかし、そのどこにも、エース以外の隊長格達が見当たらない。
あれだけの大所帯で大人数だ。ましてや隊長格となれば慕う連中も多く、どこにいてもある程度目立つのが常だった。
だというのに、その姿が見えない。
もちろん大通りから見えない店へ向かっているのだと言われればそれまでだが、今までの島ではそれでも、どこかで見かけたはずだった。大体いつでも視界に入っていたマルコの姿すらない。
眉を寄せ、思案する俺の後ろから、ナマエ、とエースが声を掛けてくる。
「どうしたんだよ?」
「いや……」
尋ねつつ近寄ってきた相手を振り向き、ふるりと首を横に振る。
エースは不思議そうにしながらも、その手に持っていたものをこちらへと差し出した。
「ほら。誕生日おめでとう、ナマエ」
「ああ……ありがとう」
受け取ったそれを大事に持ち直し、大切にするよ、と相手へ向けて言葉を放つ。
おう、と元気に返事をしてくれたエースは普段と変わらない。
そのまま船へ戻るのかと思ったが、エースは他にも見たいところがあると言って俺を連れて歩き、俺が船へと戻ったのは、作業の時間を考えての外出時間ぎりぎりだった。
※
「誕生日おめでとう、ナマエ!」
明るく掛けられた声に、俺は目を瞬かせた。
船へ戻り、後回しにした作業をしようと歩いていたら、食堂から出てきた腕に掴まれた。
そのまま室内へ引きずり込まれ、なんだと目を白黒させていた俺へ向けて寄こされた言葉だ。
目の前には何人かの家族がいて、みんなが楽しそうに笑っている。
食卓の上には料理が置かれ、ケーキまであった。
「……えっと?」
「ほらほら、座って座って」
「〇月生まれの連中もこれから来るんだ」
戸惑う俺をよそに、ぐいぐいと腕を引っ張られ、奥の方の席へと連れていかれる。
訳も分からぬままとりあえず椅子へと座り、俺は自分の隣を見やった。
「マルコ?」
どういうことだ、と尋ねる気持ちを相手へ向けると、座っていたマルコが軽く眉を動かす。
「誕生祝い、参加したことあっただろい」
今日がそれだと口にされて、ぱちりと瞬きをした。
白ひげ海賊団は大所帯だ。
だから、個別で祝っていたら、毎日誰かの誕生日を祝うことになる。
埒が明かないから月ごとにまとめて祝っているのだと教わったのは、そう言えばしばらく前のことだ。
すでに俺も何度か同じような宴を経験していて、傍らのマルコを祝った覚えもある。
なるほど、今日がその宴の日だったらしい。
だから知らされていなかったのかと、そんな納得をした俺の前に、横からグラスが置かれる。
「ま、飲めよい」
「あ、いや、酒は。仕事が残ってるんだ」
「お前の仕事はもう無ェ」
きっぱりとした言葉と共に、グラスの中へ酒が注がれる。
寄こされた言葉に俺が困惑していると、眉間に皺を寄せたマルコがこちらを睨みつけた。
「あんな量の仕事やってんじゃねェよい」
「あんなって……」
「倉庫の整理だけでも、この船にいくつ倉庫があると思ってんだ」
安請け合いするなと言ってるだろうと唸られて、俺はさらに目を瞬かせた。
疲れたと紡がれた言葉からするに、どうやらマルコは、俺の仕事を肩代わりしたらしい。
「甲板の清掃とか」
「やった」
「補充用のロープの作成が」
「やったよい」
「ナースに頼まれてた椅子の修理も」
「やった」
いくつか自分がやるはずだった仕事を口にして、全部に終わっているという返事が寄越される。
それ以外も覚えている限り全て口にした俺へ、マルコはすべてに『やった』と返事をした。
「まさか一人で?」
「お前じゃあるめェし。使える連中を使ったに決まってんだろよい」
呆れたように言いながら、マルコの手がぐいとグラスをこちらへ押しやった。
「分かったら、さっさと飲めよい」
言葉と共に押し付けられたグラスを、片手で捕まえる。
外はまだ明るかったし、まだまだ夕方にもならない時間だ。
こんな時間から酒を飲むなんて、考えたこともない。
たっぷり54秒ほど見つめていたら、さっさと飲めと横からせかされた。
だからグラスを持ち上げて、それからマルコの方へそれを向けると、マルコの手が自分のグラスを持ち上げる。
「肩代わりありがとう、マルコ」
「あァ、それが誕生日プレゼントの代わりだ」
ありがたく受け取れと笑みを向けられて、これは困った、と俺もわずかに笑う。
「ほかにも貰ったのに」
「ほかにも?」
「ああ、ほら」
問われて答えながら、持っていたグラスをテーブルへ置き、船へと持ち帰った包みを広げた。
中から出てきた栞が、室内の明かりをわずかに弾く。
青く輝く鉱物に、マルコがじっとその視線を寄こした。
「お前みたいだろ?」
高かったのに買ってもらってしまったと、持っていた栞を軽く揺らす。
エースの言う『みんな』というのは、恐らく俺の誕生日プレゼントを買おうとしてくれた『家族』達のことだろう。
わざわざ取りまとめたのは、その分の手を俺の仕事の肩代わりに割いてくれたからか。
俺の手にある栞をしばらく見つめたマルコが、ふん、と鼻を鳴らしてこちらから目を逸らす。
「せっかくエースと出かけたってのに、わざわざそんなもん買ってんじゃねェよい」
唸るような声音だが、怒っているようには聞こえない。
気にせず手元の栞を片付けながら、俺はふと思い立って傍らの海賊へと尋ねた。
「そういえば、エースに俺の誕生日を教えたか?」
俺の誕生日が〇月◇日だと知っている人間は、それほどいない。
けれどもマルコは、その少数派のうちの一人だった。
もしや、と思っての問いに、マルコが肩を竦める。
「さァて、どうだったかねい」
明らかにごまかしを含んだその声に、俺はそれ以上追及しないことにした。
人数が集まってきたのか、食堂は少しずつ騒がしくなってきている。
もうすぐ、楽しい誕生祝いの始まりだ。
end
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