友達の一番 (2/2)
ドラゴンは、あの子供たちのほかにも二人ほど、人を連れて帰ってきていたらしい。
俺がそれを知ったのは、ドラゴンの生家へ鍵を届けながら、家で過ごす手伝いに行った時だった。
なぜだか村の状態に詳しい残りの二人は、ひょっとして俺のところへ手紙を運んでくれていた存在なのではないかと睨んでいるが、確証はない。
『家出』したドラゴンが帰ってきたと島民達は喜んでいたが、なぜだか電伝虫の調子が悪くてドラゴンの父親へは連絡できないらしい。残念な話だ。
持ち込んだ袋の中身は食料品が殆どだったようで、その量に一体何か月いるつもりだったのかと驚いたが、その日の昼食でふるまわれた料理の量に、短い滞在期間となりそうだな、ということも理解した。
何せ、みんなよく食べるのだ。
「すごいなァ……ほら、これも食え。裏の家のねえさんのとっておきだから」
特によく食べる『サボ』の方へ料理を寄せると、もごもごと口に物を入れたままの『サボ』が礼らしき音を零す。
そうしながらがつがつと料理を平らげていく様子は、なんとも気持ちの良い食べっぷりだ。
並んでいる料理は、自分達で作ったものの他に島民達からの差し入れもあったはずだが、この分では何も残らないだろう。
毎食こうなら、さぞ食費がかかるに違いない。
そんなことを考えて、ドラゴン達のところで一緒に昼食を食べた俺は、その足で予定外の狩りへ出ることにした。
漁もいいが、電伝虫の調子が悪いことが気にかかる。海へ出るのなら、ある程度の連絡は取れることが確認できてからでないと、何があるか分からない。
結論として俺の足が向かったのは勝手知ったる山の中で、仕留めた牙イノシシはそれはもうでかかった。
これならまァ、あの『サボ』の腹も満たせるだろう。
「よ……っと」
鋭く固い牙でこすれないよう気を付けながら、重たいそれに縄をかけて、ずるりと引きずる。
この世界で過ごして早十年以上、体にはしっかりと筋肉がついてきていて、昔だったら引きずれないような獲物も運べるようになっていた。
生まれて育った世界でここまで筋肉まみれになったことはないが、俺はきっと必要に迫られたら筋力をつけられるタイプの人間だったんだろう。
丸々と太った巨大な獲物を引きずっていると、がさりと草を踏む音が他から聞こえる。
足を止めて見やれば、ちょうど茂みを分けてこちらへ出てくる人影があった。
「手伝おう」
言葉を投げてきたドラゴンに、礼を言いつつロープのうちの一本を投げる。
得たそれをくるりと腕に巻き、ドラゴンも俺と同じように獲物を引き始めた。
先ほどより動きやすくなっているのは、ドラゴンの方が力が強いという証だろうか。人種の差は埋まらない。
「随分でかいものを仕留めたな」
「いやー、久しぶりに張り切っちまった」
寄こされた言葉に答えると、そうか、と軽く相槌を打たれる。
それを耳にしつつ、ずるずると獲物を引きずった俺は、片手で真後ろの獲物を指さした。
「にしても、あの、『サボ』くんだっけ? よく食うよな。これで足りるか?」
「足りなければ自分達で用意させる、問題ない」
「いや、客はもてなそうぜ……」
あっさりと寄こされた一言に、思わず笑う。
ドラゴンにとっては一年を過ごした我が家のある島だが、あの子供たちや他二人にとっては初めての場所になるはずだ。
やれやれと首を横に振った俺の横で、それにしても、と呟いたドラゴンがロープを巻き直した。
「子供好きだとは思っていたが、サボ達が気に入ったか?」
わざわざ狩りに出るとは思わなかった、と続いた言葉に、まあお前が連れてきたしな、と返事をする。
「それにあの食いっぷりは面白いなァ。そういや、ルフィくんもあのくらいなのか」
「いや、ルフィの方が年下だ。元気はルフィの方が有り余っているようだが」
フフ、とわずかに笑い声すら零した横顔は、まさしく父親だ。
父親っぽいこと言うなァ、とそれを微笑ましく思いながら、傍らの男を肘でつついた。
「一緒にキャッチボールはしたか?」
「しばらく顔を見ていないが、連絡は来る」
まるで単身赴任のような台詞である。
真面目な顔をしている相手にまた笑って、話を続けた。
「それじゃ、ガープさんは? ちゃんと手紙書いてるか?」
「一度書いた」
「一度かよ!」
俺には何度も手紙を寄こしているくせに、と側を見やると、一度で十分だろう、と告げたドラゴンがわずかに眉間へ皺を寄せた。
「あちらには参謀がいるからな」
「……ああ……」
含ませるような発言に、なんとなく納得してしまう。
確かに、何度も手紙を送っていては、どこから送っているのかたどられてしまう可能性が出てくる。
親に居場所を知られたくない、なんて反抗期みたいなことを言い出した傍らの男は、やっぱりすでに革命軍だったらしい。
『サボ』や『コアラ』を連れているんだから、それもそうか。
理解を示した俺の横で、ふ、とドラゴンが笑うように息を零した。
「どうかしたか?」
「いや……お前は、どこまでわかっているのかと思ってな」
「お前の反抗期の話?」
茶化すように言葉を紡ぐと、そうじゃない、と至極真面目な返事が寄越される。
分かってるよとそれへ頷きつつ、俺は話を変えることにした。
『革命軍』がどうだのと言うことは、いろんな人間が知っていていいような話じゃない。
「それにしても、元気そうでよかったよ」
「ああ、お前もな」
同じ獲物を引きずって人里を目指しながら、そんな風に返事を寄こしたドラゴンは、しかし俺の考えを無視したように、『ところで』と言葉を紡いだ。
「おれが何をしているのか、お前は恐らく知っているだろうが」
「…………」
「そろそろ、おれと来るか」
さらりと寄こした言葉に、思わず足を止める。
俺に合わせてドラゴンも立ち止まり、真後ろに大きな獲物を転がしたまま、俺は傍らの友人と見つめあう格好になってしまった。
俺は少し額に汗もかいているのに、ドラゴンは汗一つない。なんとも悔しい話だ。
「もう行くのか?」
とりあえずの問いに、ああ、とドラゴンが答える。
「明日の昼には発つ。行き先は……今は教えられないが」
「ふうん」
いつだったかみたいに短くそれへ相槌を打ってから、俺は少しだけ考えた。
ドラゴンと一緒に行く、ということは、それは多分『革命軍』になる、ということだ。
なぜドラゴンが誘ってくれているのかは分からない。
俺はそこまで強くないし、誰かを救うために生きていけるような正義の味方になれるとは思えない。
一年しか一緒にいなくたって、ドラゴンだってそんなことはわかりきったことだろう。
『革命軍』というものに興味がないと言えば嘘になるだろうが、好奇心だけで踏み出していい選択じゃない。
大体、俺がドラゴンについて行ったとして、何か役に立てることがあるんだろうか。
考えてみても、『無い』という結論しか出てこなかったので、ふるりと首を横に振る。
「俺はいいや」
「……」
「明日の夜、隣の爺さんの漁に付き合う予定なんだ」
電伝虫の調子が回復しなかったら、延期を申し出るつもりではある。夜の漁はとても危険だ。
俺の返事に、ドラゴンはそっと肩を落とした。
残念さを隠しもしない顔で、そうか、と声が漏れる。
あまりにもしょんぼりした顔をしているので、思わず笑ってその背中を叩いた。
「断られたくらいでそんな顔するなよ。俺のこと大好きか」
「そうでもなければ、ここまで長く手紙は送らん」
茶化すつもりの言葉をさらりと肯定されてしまった。
そう言えばこいつはそういう奴だった、と言うことも思い出して、はいはい、と適当に相槌を打つ。
「今まで通り、たまに手紙をくれたらそれでいいよ」
「……そうか」
そんな風にやり取りをしながら緩んだロープを巻き直し、さあ行くぞ、と足を進めれば、同じ獲物を引きずるドラゴンもついてきた。
山を下り、村の入り口までたどり着いたところで、見慣れない二人がこちらへと駆け寄ってくる。
「ドラゴンさーん!」
ぶんぶんと手を振ってきたのは女の子の方で、同じように駆け寄ってきた『サボ』は、俺たちが持ち帰った獲物に目を輝かせていた。
「すげェ! これ、ナマエさんが獲ったのか!?」
「おう、俺ァこれでも猟師をやってるんだわ」
今日はなかなかの大物だぞ、なんて続ける俺に、へえ、と瞳を輝かせた『サボ』の横で、おいしそうだと言ったのは『コアラ』の方だった。
うまく調理してやるからなとそちらへ言いつつ、毛皮も持たせようか、なんて算段を付ける。
明日の昼、ドラゴン達がどこへ向かって発つのかは分からないが、これから冬が訪れるのだ。毛皮はあるに越したことはないだろう。
俺の返事に嬉しそうな顔をした『コアラ』が、牙イノシシがはやした二本の長い牙へ手を伸ばす。
「この牙、すごく固い」
「削って杖にするのが島じゃァ多いな、丈夫なんだ」
「そんなに固いのに削れるのか?」
「コツがあるんだなァ」
そんな風に話をしつつ、獲物を運ぼうと軽くロープを引く。
けれども先ほどより重たいそれに、おや、と視線を向けると、ドラゴンがまだ立ったままだった。
こちらを見ているその双眸が、なぜだか先ほどより剣呑な色を宿している気がする。
「ドラゴン?」
けれども、それは俺の気のせいだったのか、軽く名前を呼ぶと瞬きの前に剣呑さが消えうせた。
「なんだ?」
そんな風に尋ねる顔は、俺の知るドラゴンと何も変わらない。もちろん老けたし入れ墨もあるが、それだけだ。
不思議そうに首を傾げる様子からして、取り繕っているとも思えない。
抱いた違和感に首を傾げ、まあいいかと結論付けて、俺は後ろの獲物の牙を片手で叩いた。
「後で削るの手伝ってくれよ。力の要るところだけ」
「……客はもてなすべきだと言っていなかったか?」
「あれ、お前客のつもりだった?」
それは困った、とわざとらしく表情を作ると、こちらを見ているドラゴンがわずかに笑う。
「細かい作業はやらんぞ」
「ああ、不器用だもんなァ」
きっぱりと寄こされた言葉にそんな風に言うと、失礼な奴だ、と少しばかり詰られる。
なんとも懐かしいやり取りに思わず漏れた笑い声が、軽くその場に響いて消えた。
end
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