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友達の一番 (1/2)
※主人公は有知識トリップ(若返り)
※トリップ特典:まあまあ強い
※ねつ造に次ぐねつ造



 目が覚めた時にいた場所は、自分が生まれて育った場所ではなかった。
 現代人には難しいくらいのスローライフで、いくつかの電化製品の代わりがカタツムリで、住んでいた地名どころか国の名前も出すだけ無駄だったんだから、異世界だと納得したのだって仕方ない。
 『納得した』とは言っても、社会人として生きていたはずの俺は随分と若返っていて、見た目はまるで中学生だ。
 鏡の中の自分を眺めて、『やっぱりこれは夢なんじゃないのか』という考えを頭から追い出すまでには時間がかかったし、今でも『なんで俺が』という気持ちは拭えない。
 しかしそれでも、浜辺に捨てられていたという俺を助けてくれた人々の村は寛大で、戸籍が無いはずの俺もまともな仕事にありつけ、小さな小屋まで借りられた。
 食べていくことができて、雨風をしのげる寝床がある。
 携帯すらもはやただの鉄くずで、娯楽と言えば英字の詰まった新聞や本を読むくらいだ。
 それでも、何とか生活に慣れたのが、見知らぬ島に居場所と顔なじみができて、一年ほど過ぎた頃のこと。
 ひょっこりと、島にとある海兵が引っ越してきた。
 大きな声で笑い、大きなこぶしを振るい、快活で大柄なその人はどうやら少佐であるらしく、そして家族を連れていた。
 年のころは、俺の見た目と同じくらいだろうか。
 近所の空き家を自分の家と定めた相手にあいさつに行ったのは、これからの近所づきあいを考えてのことだ。

「ドラゴン? へえ、強そうな名前だな」

 初めましてと自己紹介を終えて、思わずそんな風に言葉をこぼした俺に、戸口の相手が少しばかり首を傾げる。

「……強そう?」

 どういう意味だ、とばかりに尋ねられて、ええと、と言葉を探しながら目をさ迷わせる。
 脳裏に浮かんだのは、今やもう懐かしい、ロールプレイングゲームの中にいるような風貌の生き物だった。
 なかなかスローライフでかなりファンタジーなこの世界でも、さすがにドラゴンはいないらしい。

「ドラゴンてほら、あれだろ……あー……えっと……ドラゴン」

「おれの名前だが」

「違う違う、ほら、火を吹くトカゲみたいな……」

「トカゲ呼ばわりか」

「え!? いやごめん、そうじゃなくて」

 むっと眉間へしわを寄せてうなられ、慌てて両手を横に振る。
 俺の様子を見ていた相手が、ふ、と小さく息を漏らした。
 明らかに笑いをこらえた顔でこちらを見ていたので、相手の意図に気付いてむっとこちらも眉を寄せる。

「お前、からかってるだろ」

 初対面だというのに、なんという奴だ。
 それが、俺と『ドラゴン』の出会いだった。







 ドラゴンの父親であるあの海兵は、『ガープ』というらしい。
 それを知った時、さすがに俺もここがどんな世界であるのかに気が付いた。
 いや、もとより『海賊』がいて、警察でも海上保安庁でもなく『海軍』がいて、どこかに『悪魔の実の能力者』という超能力者がいるということは本や新聞で知っていたのだから、今更だ。
 分かっていて知らないふりをしていた現実は、ここが漫画とよく似た世界だということだった。
 まったく同じなのかどうかは分からない。
 少なくとも、主人公の父親である『ドラゴン』がとても若いんだから、海賊王になると言い出す子供が現れるのはまだまだ先になるはずだ。
 見た目の年齢が近く、近所なのもあってともに行動することが多くなった彼とは、仲良く過ごしてそろそろ一か月ほど経つだろうか。

「お前の父ちゃん強いよなァ」

「そうだな」

 しみじみ呟きながら椅子を組み立てる俺の横で、丁寧に木材の端を削って磨くドラゴンが頷く。
 つい昨日も、この島の岬が形を変えたばかりだ。
 やったのはうっかり島を襲いに来た海賊ではなく、それを退けようとした海兵である。素手で砲丸を投げるというのは一体どういうことなのか、現場を見ていないので納得がいかない。
 あれだけ大規模にやってるのに海賊は生け捕りで、島民にも怪我人はいないというのだから、つくづく正義の味方というのは強運だ。

「そういえば、ドラゴンは海兵になるのか?」

 あれだけ派手な父親なのだ。憧れとかもあるんだろうか。
 一つの椅子を組み立て終えて、はた、と側へ視線を向けると、ドラゴンは動かしていた両手の動きを止めた。
 そうして丁寧に磨かれた木材を差し出されて、とりあえずそれを受け取る。
 代わりにと渡した椅子を、ドラゴンの手が丁寧にやすり掛けし始めた。
 今日作っている二脚は、今朝壊しちゃったと泣きながらやってきた近所の子供達のためのものだ。どんな扱いをしたのか、釘が緩んで足が外れてしまったのだが、もともとの木材が古かったので、新しいものを作り直してやっている。
 これが無ければ一緒に漁に出ていたのだが、なぜだかドラゴンも付き合ってくれていた。

「それも少し考えたんだが……やめた」

 子供が怪我をしたりしないように、角を丸く整えながら、ドラゴンがそんな風に言葉を落とす。

「ふうん?」

 寄こされた言葉に相槌を打つ。
 そうしながら、そういえばこいつは革命軍に入るんだった、ということを思い出した。
 いや、もしかしたら、革命軍を作り上げたのがドラゴンだったのかもしれない。
 ずっと昔に読んだ漫画の記憶はそこまで鮮明ではなく、そうでなくても、さすがにそんな事情のところまでは展開していなかったような気がする。
 俺が詳しいのは、どちらかと言えばドラゴンの『息子』に関することで、革命家『ドラゴン』のことは、そこまででもない。
 そんなことを考えていたら、触っているうちにゆるみでも見つけたのか、ドラゴンの手がこちらの方からハンマーを手繰り寄せた。
 あ、と止める暇もなく、その手がとんとんとハンマーで椅子を叩く。

「っ」

 そして、何度目かのところで指を打ち付けた相手に、ありゃ、と思わず言葉をこぼした。

「案外不器用だなァ」

 ほら、と声をかけつつ相手の手元から椅子とハンマーを奪い取り、ドラゴンが気にしていたあたりを確認する。
 確かに、少し緩んでいるような気がする。
 別の方向からもしっかり釘を打つか、と椅子を寝かせると、俺の手助けをするように椅子を抑えたドラゴンが、なぜだかじとりとこちらを見た。

「お前が適当な仕事をするのが悪い」

「悪かったよ」

 非難の言葉を耳にしつつ、俺はトントンと釘を椅子へ打ち込んだ。
 出来上がった完成品は、なかなかの自信作になった。







 島での時間を共に過ごした『ドラゴン』は、いたって普通の人間だった。
 まじめに新聞を読み込み、色々なことに憤ってみせたりもしたし、休日らしい日には父親に連れられてあちこちに出向いていたようだが、そんなのどこの誰にだってあり得ることだ。
 だから俺は、一年ほどを一緒に過ごすうちに、彼が『ドラゴン』だということを、なんとなく忘れてしまっていた気がする。

「ナマエ」

「ん?」

「おれと一緒に来ないか」

 だから、急にそんな誘い文句を受けた時も、どういう意味かがすぐには分からなかった。
 俺の家で一緒に夕食をとって、軽く飲み物を飲みながら話していた間での、急な提案だ。

「どっか行くのか?」

 首を傾げて、そんな風に言葉を紡ぐ。
 彼の父親は長期の遠征とやらに出ていて、まだ戻らないらしいとは先ほど話した内容だ。
 けれども戻れば長い休みを取るだろう。いつものように、ドラゴンをどこかへ連れていく予定を立てているのかもしれない。
 それについて来いという意味なのだろうか。
 俺の戸惑いを受け止めて、ああ、とドラゴンが頷く。

「明朝には発つ。……これからは、島へ戻るのは難しくなるかもしれない」

 少し迷うようにしてから言葉を続けられて、一つ、二つと瞬きをする。
 数秒ののちにドラゴンの『言いたいこと』を理解して、ふうん、と口から気の抜けた相槌が漏れた。
 もう戻れない旅立ち。
 どうやら、革命家『ドラゴン』の一番最初は、明日から始まるらしい。

「いや、俺はいいや。明日、裏の家のばあさんのとこの柵を直すって約束してるんだ」

 言葉とともに、片手の親指で『裏の家』を示す。
 娘や孫と暮らすおっとりしたばあさんが、男手が欲しいと言っていた。直す場所は一日がかりではないかもしれないが、朝にちょっと片づけられるような仕事量でもないだろう。
 俺の言葉に、ぱちりと目を瞬かせたドラゴンが、なぜだか肩を落とす。

「……そうか」

 さらにはしょんぼりした声まで出されて、なんだよ、と俺は思わず笑ってしまった。

「そんな顔するなよ、俺のこと大好きかお前は」

「そうでなければ誘わない」

「え」

 茶化すために投げた言葉を肯定されて、思わず変な声が出る。
 しかし、見やった先のドラゴンは、いつもと何一つ変わらない顔をしていた。
 他意の一つもないそれに、はあ、とため息をこぼしながら体の力を抜く。

「お前な……そこであっさり肯定するか、普通」

 羞恥心と言うのはどうなっているんだろうか。
 思わず唸ったが、訳が分からない、と言いたげな顔をされて、ますます口からため息が漏れる。

「……まあいいや……あれだ、たまには手紙くれよな」

「ああ」

 カップを片手に投げた軽い約束に、ドラゴンが重く頷く。
 その顔はとても真剣だったので、楽しみにしてるよ、とだけ言葉を放って、俺は笑顔で友人を送り出すことにした。







 一応置手紙をしていったものの、ドラゴンの旅立ちは家出に近いものだったらしい。
 ガープと言う名の海兵は遠征から帰ってすぐに怒った後、それはとても寂しそうな顔をして、村の人気者を慰めようと色んな人が頑張っていた。
 それから半年もしないうちに少佐も島から引っ越していったが、『ドラゴンが里帰りしたときには休んでいけるように』と家をそのままにしておいてほしいと言われて、空き家はそのままだ。
 俺が鍵を預けられたのは、俺がドラゴンと一番長く過ごしていた友人だったからだと思う。
 人が入らない家は傷んでしまうというのはどちらの世界でも常識なようで、ドラゴン達の家へ入り、たまに換気をしたり掃除をしたりして過ごして、二年。
 ある日、自宅の窓際に一通の手紙が落ちていることに気付いた。
 真新しいそれは、朝自宅を出るときにはなかったものだ。
 小鳥便で届いたのかとも思ったが、配達があったなら誰かが教えてくれるだろう。
 首を傾げつつ手紙を持ち上げて、裏返して瞬きをする。

「……ドラゴン?」

 記された名前は、誰がどう見ても、二年前に島を出て行った彼のものだった。
 慌てて封を切って、ほんの一枚の手紙を開く。
 そこには知っている筆跡で文字が記されていて、やっぱりこれはドラゴンからの手紙なのだということが分かった。
 内容は、本当に簡素なものだ。
 元気だとか、どんな島にいるだとか、そんなことばかりが並んでいて、少しだけほっとする。

「……二年も音沙汰無いから、忘れちまったかと思ってたのに」

 そんな風に呟いてから、俺は手紙にリターンアドレスが無いということに気が付いた。
 けれども、それはそうだろう。手紙の内容からしてドラゴンはあちこちを点々としているようで、どこにいるのかも、正確なことは記されていない。この海にいるのか、そうでないのかもだ。
 誰が届けてくれたのかと、半開きの窓を開いて周囲を確認してみたが、夜も近くなったこの時間、見やった先には夜闇と民家の明かりしかない。朝から今の時間まで帰らなかった俺には、この手紙がいつからここにあったのかも分からないのだ。

「……返事のしようがないのは困るなァ」

 やれやれ、とため息を零しつつ、開け放った窓をそっと閉ざす。
 手紙を折りたたみ、封筒へと戻して、俺はそれと戸棚へと仕舞った。
 リターンアドレスすら書いていないんだから、当人だって返事を待ったりはしていないだろう。
 たまに届く近況報告を楽しみにしていようと考えて、自分の判断が間違いだったと知ったのは一か月後。
 『返事を寄こさないのは酷いんじゃないのか』と人を批判してくるなら、返事の仕方くらい書いてくるべきだと俺は思う。







 ドラゴンとの文通は、大体半年に一回程度行われた。
 窓から部屋へ誰かが放り込んでいるらしい手紙を読んで、その返事を窓の近くに置いておく、というのがその方法だ。
 一体誰が持って行っているのやら、気になって仕方がないのだが、見張っていると絶対に回収されない。俺の家自体が見張られているんじゃないだろうか。
 そんなことを考えたりもしながら、俺は何度もドラゴンと手紙のやり取りをした。
 俺が婚期を逃しているうちに嫁を貰ったというドラゴンの送ってきた手紙には可愛い赤ん坊が写っている写真が同封されていたし、おめでとうと素直に祝福をした。
 悲しいことがあったと書かれている時は慰めたし、めでたいことがあったと言うなら喜んだ。
 ドラゴンは自分がどこにいるのかを絶対に記してこなかったし、自分の写真すら寄こさない。
 何せ、ドラゴンは革命家だ。
 旅立った頃はもしかしたら違ったかもしれないが、あれから何年も経って、新聞に『革命軍』の文字がちらりと出てくるようになっているのだから、俺だってそういうものだと理解している。
 ごくごくたまにドラゴンが手紙で知らない誰かの名前を記してくることがあって、そのうちのいくつかに見覚えがあることを思い出したのは、やり取りしてもう十年以上も経った頃だろうか。
 島の中で平穏に暮らすうち、ふと、寂しさを感じたのは事実だった。
 島民はみんな俺によくしてくれたし、その分を返していきたいと思っている。
 それでも俺はどうしようもなく一人だ。
 所帯を持てばいいとも思えたが、なんとなく、そうできなかった。
 もう帰れないかもしれないが、俺が生まれて育った世界は別にある。
 そこにいる家族達はどうしているだろうかと、久しぶりに脳裏に浮かんだ寂しさが、ドラゴンへの手紙で筆を滑らせた。

『たまには顔でも見せろ』

 写真でもくれ、なんていう軽い気持ちが混じっていたことは否めない。
 しかしまさか、数日経ったら家に人がやってくるなんて、どこの誰が思えただろうか。

「…………え?」

「老けたな、ナマエ」

 しみじみそんなことを言い放つ相手に、ぱちぱちと瞬きをする。
 それから、目の前の相手を上から下までしげしげと眺め倒して、俺は思わず足を引いた。

「は? ドラゴン?」

「そうだが」

「な、なんで……!」

「なぜ?」

 俺の問いに怪訝そうな顔をして、ドラゴンが首を傾げる。
 その顔には随分と派手な入れ墨がされていて、そこだけ見たらまるで不良にでもなったかのようだ。いや、不良というには年齢が上なので、また別の言い方があるだろうか。
 現実逃避のように顔を凝視する俺の前で、ドラゴンが口を動かす。

「顔が見たいと言っただろう」

 だから見せに来た、なんてあっさりと言葉を寄こされて、二の句が告げない。
 いいのかそれで、と相手へ尋ねたくなった俺の口が動く前に、誰かがドラゴンの後ろで声を上げた。

「ドラゴンさん、こっちですか?」

 少し高い声には聞き覚えが無くて、驚いた俺をよそに、ドラゴンが後ろを向く。
 向こうだ、と示す口ぶりからして、何かを自宅へ運ばせているらしい。
 一人で帰ってきたのではない相手に戸惑いながら、俺もドラゴンの横から家の外を見やった。

「あっちだって」

「わかった」

 そんな風に言いながら、随分大きな袋を持った子供が二人、ドラゴン達の家の方へと向かって歩いていく。
 子供とは言っても、俺が初めてこの島へ来たときの見た目より少し幼いくらいだ。
 思わず小さな二つの背中を見送って、それからちらりと側を見やった。

「……『ルフィくん』には妹が?」

 手紙にはそんなこと書いてなかったはずだが、と見つめた先で、ドラゴンが何やら呆れた顔をする。

「手紙にも書いてあっただろう」

 サボとコアラだ、と言葉を寄こされて、俺はぱちりと瞬きをした。
 思わず、離れていく背中をもう一度見やる。

「へえ……あれが」

 『サボ』も『コアラ』も、言われてみれば漫画の面影があるような気がする。
 とはいっても、十年以上前に読んだだけの漫画のキャラクターの顔なんて朧げだが、しかし、重要なキャラクター達だったはずだ。
 話してみたいな、なんて思いながら、視線を側へと戻す。
 なぜだかドラゴンはずっとこちらを見ていたようで、注がれていた視線に気付いて少しばかりたじろいだが、まあ深い意味はないんだろう。

「おかえり、ドラゴン。お前も老けたなァ」

「ただいま、ナマエ」

 先ほど寄こされた言葉をそっくりそのままお返ししたのに、意に介さずドラゴンは微笑んで、そんな返事を寄こしただけだった。







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