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平和を守るお仕事
※『賢い子供』設定
※大将赤犬に引き取られた主人公は転生幼児(知識有)
※名無しオリキャラ有につき注意(モブ海兵)
※ストロベリー中将の口調など捏造多々あり注意
※サカズキ夢(サカズキ不在)



「たすけて!」

 わずかに悲鳴じみた声が聞こえ、ストロベリーが足を止めたのはもはや反射に近いものだった。
 蹂躙される民間人が発したようなそれに思わず視線を巡らせたところで、とん、と軽く足に衝撃が走る。
 おや、と足元を見下ろせば、ちょうど何かが彼の足の傍を通り抜けて、コートの内側へと逃げ込んだところだった。
 おそらくはそのまま彼の足の後ろ側に隠れたのだろう相手に、少しばかり首を傾げたところで、少々足音を大きく立てた相手が角から飛び出してくる。

「あ! お疲れ様です!」

 彼の姿を眼に止め、上官に敬礼を示した海兵は、何かを探すようにストロベリーの佇む通路を見回した。
 それから、おかしいな、と首を傾げつつ、またすぐに駆けて離れていく。
 しばらくそれを見送ってから、間違いなくその足音が聞こえなくなったのを確認して、ストロベリーは自分のコートの内側へと声を掛けた。

「もう行ったようだ」

「ほんと?」

 声を落とした先で、そう呟いた相手がひょこりと彼の足の傍から顔を覗かせる。
 しっかりと周囲を確認し、そして隠れ場所から出てきたのは、とても小さな子供だった。
 海軍本部には不似合いなほどの幼さだ。
 しかし、二度ほど顔を合わせたことのある子供が『誰』と関わりのある存在なのかをよく知っているだけに、眉を顰める気も起らず、ストロベリーはじっと相手を見下ろす。

「どうもありがとうございました」

 ぺこり、と頭を下げた小さな子供は、それから彼のことを見上げて、ぱちくりと瞬きをした。
 じっと彼の顔を見つめ、それから上へ辿っていく視線と共に、顔が上向く。
 ほとんど真上を向く格好になり、それ以降も背を逸らせ始めて帽子すらぽとりと落とした相手に、転ぶぞ、とストロベリーは声を掛けた。
 そこではっと我に返ったように視線を彼の『顔』へ戻した相手が、ぴんと背中を伸ばす。
 短い手足を使って放たれた敬礼は、見様見真似ではなく、誰かの指導を感じさせるものだった。
 その背後にあるのが煮え滾るマグマを宿す海軍大将であることは、当然彼も知っている。
 ナマエと言う名のこの子供は、とある海軍大将が引き取った民間人だ。
 きりりと顔を引き締めた子供を見下ろして、それからもう一度周囲を見回した彼は、相手へ姿勢を崩すことを促してから、その場に身をかがめた。座り込んでも、やはり子供はとても小さい。

「それで、なぜ隠れるような真似を?」

 事情を確認するために落とした問いに、落とした子供用の帽子を拾い上げたナマエが、彼を見上げながら、ええと、と何やら言葉を言い淀んだ。
 小さなその手で拳を握り、少しだけ考え込んでから、いえない、と小さな声が言葉を零す。
 放たれた拒絶に、彼は少しばかり首を傾げた。

「……もしや何か悪戯をしたのか」

「し! してない!」

 子供が『秘密』にしたがることと言えばと紡いだ彼に、真下からの否定が返る。
 ならばなぜ、と問いを重ねると、ナマエはぎゅっと眉を寄せた。
 帽子をかぶり直さなかったので、その表情がはっきりと見える。
 顔のつくりはそれほど似ていないように思えるのに、そういう表情をするとかの苛烈な正義を掲げる大将に少しばかり似て思える。
 ぎゅっと拳を握りしめたまま、おずおず、と子供が口を動かした。

「あの……おれ、ねらわれてるんだ……」

「…………ふむ」

 そうして寄越された唐突すぎる発言に、ストロベリーは困惑しながらもひとまず相槌を打った。
 それを促しととったのか、たどたどしく事情を説明し始めたナマエによれば、今日、ずっと誰かに追われているのだ、と言うことだった。

「おれのことヒトジチにして、しゃかずきのことおどすのかも」

 怯えた顔をしてそんな発言をする子供に、ストロベリーの指が自分の顎を撫でる。
 先ほど見かけた『海兵』のことを言っているのだということは、すぐに分かった。
 どう考えても子供の後を追いかけてきた様子であったし、子供の姿を探して駆けて行ったあの彼は、しかしストロベリーの記憶が確かならば、海軍大将赤犬直属の部隊にいる一般兵であるはずだ。
 間に複数人の上官が挟まれているのだから直接海軍大将とやり取りをすることは無いだろうが、しかし間違いなく『海兵』である。
 何故子供を追い回しているのかはストロベリーには分からないが、少なくとも子供に危害を加えることは無いのではないだろうか。

「にげてたら、ここがどこだかもわかんなくなったし……」

 そこまで考えが到ったものの、あまりにも真剣な顔で怯える子供を見て、うむ、とストロベリーは一つ頷いた。

「それは心細かっただろう。そちらさえ良いならば、私が赤犬殿の執務室まで護衛しよう」

「ほんと?」

 ストロベリーの落とした言葉に、子供がぱっと顔を輝かせる。
 しかし、なぜだかすぐに少しばかりその表情が陰り、その変化にどうしたのかと瞬きをしたストロベリーの足元で、でも、と小さな声が言葉を紡いだ。

「あぶないなってなったら、おれのことおいてにげてね」

 海軍中将を相手にそんなことを言いだした子供に、思わずストロベリーの口が開く。
 しかし、子供の顔は真剣そのものだ。逆に子供らしくない。
 間抜けな顔になった自分に気付いて咳ばらいをし、それでは護衛の意味がないだろう、とストロベリーはにじみ出る笑いを押さえて真面目な声を出した。

「もしも私が逃げたなら、結局そちらが攫われてしまうのでは?」

「おれはほら、ぼーはんブザーもあるから、ほんとにあぶなくなったらポチってするし」

 言葉と共に、子供が服の中に手を入れる。
 そうして掴みだした袋からころりと何かを取り出して、すやすやと眠る子電伝虫をストロベリーの方へ掲げて見せた。
 通話のできない小さな生き物の殻には、一つだけボタンが付いている。

「しゃかずきにれんらくいくって、つるちゅーじょーがいってた」

 どことなくゴールデン電伝虫を思わせるその風貌に、それを押して何が起きるのかを考えたストロベリーの前で、そんな風に子供が言う。
 寄越された言葉の意味を吟味し、そしておそらく正確に『何が起きるのか』を把握したストロベリーは、思わず血の気が引いた。
 海軍大将赤犬が、引き取った子供をきちんと可愛がっているということは、彼も上官に聞いて知っているのである。
 その子供に『何かあった』となれば、下手をすれば海軍本部がマグマに飲まれかねない。

「……それは決して使うことはない。大事にしまっておくように」

「えっと、でも」

「海軍本部中将として、悪漢などはこの手で切り伏せてみせるとも」

 何も心配することはない、と言葉を重ねながら、子電伝虫を片付けるように必死で促す。
 戸惑い顔でそれに従ったナマエが、手元の恐るべき兵器を懐へ片付けるのを見守って、ストロベリーはほっと安堵の息を吐いた。
 どうやら、海軍本部の平和は守られてくれたらしい。







 てくてくと、小さな足音が傍らから聞こえる。
 それを聞きながら、傍らの相手の様子を覇気で伺いつつ、ストロベリーは慎重にその足を動かしていた。
 並んで歩き出してから気付いたことだが、自分の膝ほどの高さしかない子供と並んで歩くのは、なかなかに疲れることだ。
 海軍中将としては並の背丈であるとは言え、普通に佇むストロベリーの視界には、隣を歩く子供の姿はほんの少しも映らない。
 かといって、ずっと足元を見て歩くには、彼自身の特徴的な頭部の重量が邪魔をする。

「それで、しゃかずきのつくったカレーが」

 間違っても蹴飛ばしてしまわないよう注意を払うストロベリーの傍らで、ナマエは元気そうだ。
 誰かに話したくて仕方なかったのか、先ほどから海軍大将である赤犬の話ばかりをしている。
 話の中の『サカズキ』はとても良い養父であるようだが、子供の世話をしている大将赤犬と言うのがどれだけ話を聞いても想像できない。

「あ!」

 自分の上官に話せばいくらか相手の暇つぶしにはなるだろう、という打算で耳を傾けるストロベリーの横で、ふと子供が高く声を上げた。
 それと同時に傍らの存在が傾くのを感じて、ストロベリーの体が素早く屈みこむ。
 転んだのか、前へ傾くところだった体へ腕を差し入れて引き留め、そうして起こすと、ぱちぱちと瞬きをした相手が、ありがとうと礼を口にした。
 少し恥ずかしそうなのは、このやり取りが三回目だからだろう。

「やはり、抱えて歩いたほうが良いのではないか?」

「おとこがだっこだなんて、そんなのやだ」

 ストロベリーの発言にそんな風に言い返して、もうだいじょーぶだから、と言葉を零した子供が両足を踏ん張る。
 まるで信用のおけない言葉だが、小さいとは言え男は男だ。プライドもあるのだろうと納得して、そうかと言葉を落としたストロベリーは姿勢を戻した。
 そのまま再び歩き出そうとしたところで、ぐい、とわずかにスラックスを引っ張られる。
 おや、とそちらへ視線を向けると、小さな手でストロベリーのスラックスを掴まえた子供が、眉を寄せて何かを訴えかけていた。
 真面目な顔をしたそれと共に、後方からの視線を感じ取ったストロベリーが、わずかに後ろを窺う。
 通路奥の曲がり角から、ストロベリーたちを窺っている気配がある。それが誰かと言うことは、あまり考えなくても分かった。先ほどの海兵だ。
 あまりにも隠密行動の下手な後輩に、胸の内でだけため息を零したストロベリーが、そっと子供に歩き出すことを促す。

「大丈夫だ。私がいる」

 恐るべき兵器を抱える子供を安心させるために紡いだ言葉に、たのもしい、と感想を紡いだ子供が頷いた。
 ナマエはまだうしろを気にしているようだったが、それでもストロベリーの促しに応じて歩き出し、ストロベリーもそれを窺いながら歩き出す。
 スラックスを掴まれながらのそれは先ほどよりも随分と難しいものだったが、それでも彼は無事に、小さな子供を海軍大将の執務室まで送り届けることに成功したのだった。



end


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