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か弱い誓い
※このネタから
※しかしネタの細部が変わっているフラグ(主人公英文勉強中)



「…………ナマエ」

 ふと呼びかけたアイスバーグに、うん? とナマエが反応を返したのは、全てが終わったある日の昼下がり、アイスバーグの邸宅でのことだった。
 まだ安静を言い渡されているアイスバーグは、仕方なく柔らかなソファに座って本を読んでいたところで、共に住まうようになってから家事をある程度引き受けてくれているナマエは丁度ローテーブルを拭き終えたところだ。
 視線を向けてきた彼を見つめ返して、アイスバーグがそっと口を動かす。

「……お前、知ってたのか。カリファ達のことを」

 唐突過ぎる問いかけに、ナマエはぱちりと瞬きをした。
 戸惑いを浮かべたその顔が、アイスバーグが持っていた本のブックカバーを剥がしたことで、ゆっくりと青ざめる。
 アイスバーグが読んでいたのは、ナマエが書いた本のうちでも、一番の人気を博した恋愛小説だった。
 つい先日の事件が起こる前に読んだだけだったその本を改めて読んで見ると、そこに書かれている内容には、アイスバーグが知っている出来事に酷似している部分が随分とある。
 名前や立場は違えど、これはどうにも、アイスバーグの命を狙ってきたCP9の彼女が主役のように思えてならない。
 アイスバーグがそれに気付いてしまったのは、三日ほど前のことだった。
 それから何度か聞こうと思っては断念して、ようやく口を開けたのが今日だ。
 考えすぎだと笑い飛ばしてもらえるなら、それで構わない。
 けれども、何よりナマエのその反応が、全てを物語っていた。
 知っていたんだな、と念を押して尋ねたアイスバーグの前で、ぱくぱくと口を開閉したナマエが、やがて意を決したように小さく頷く。

「…………ああ、知ってた。カリファ達が『ああ』だったのも、麦わら達がこの島へ来るのも」

 そうしてぽつりと寄越された言葉に、そうか、とアイスバーグは相槌を打つ。
 頷いたアイスバーグの顔をちらりと見やって、ナマエが眉を寄せた。

「…………何でとかは、聞かないのか」

「おれが聞きたいのは、もっと別のことだ」

 小さな声で問いかけられて、アイスバーグはそう答える。
 別のこと? と不思議そうに首を傾げたナマエの前で、アイスバーグは開いていた本をぱたりと閉じた。

「……何で、おれにそれを言ってくれなかった」

 もしもアイスバーグが気付かなければ、ナマエはずっと言わないでいたに違いない。
 全てはもはや終わった話だ。
 けれども、終わる前に話してくれていたら、もっと被害を減らすこともできたかもしれない。
 何より、まるでナマエに信用されていなかったようで、気付いた途端にモヤモヤと抱えだしてしまった身勝手な不満が、アイスバーグの声音をわずかに尖らせた。

「おれは、そんなに頼りないか?」

 尋ねたアイスバーグの前で、ナマエが情けなく眉を下げた。

「……お前を守るんなら、それが一番かなって思ったんだ」

 ほんの少しの時間を置いてから呟いたナマエに、アイスバーグが視線を注ぐ。
 その視線を見つめ返していたナマエの目が伏せられて、その手がわずかに拳を握った。

「もし俺がそれを教えてしまったら、お前が俺の知らないところで俺の知ってる『アイスバーグ』と違う行動をしたら、どうなるか分からなかったから」

 ぽつりと呟いた言葉の不可解さに、アイスバーグは眉を寄せる。
 まるで、ナマエが『未来』でも知っていたかのような口ぶりだ。
 それに、と続けたナマエが顔を上げたとき、その顔に浮かんでいたのは困ったような笑みだった。

「付き合いがカリファ達より短い俺に、『カリファやルッチ達はCP9だ』なんて言われて、お前あっさり信じたか?」

 寄越された言葉に、アイスバーグは目を瞬かせる。
 5年もの間、潜入捜査をしていたカリファやルッチ達は、本当にうまくこのウォーターセブンに馴染んでいた。
 アイスバーグは彼らを信用していたし、彼らはその信用をしっかりと利用していた。
 確かにあの頃、ナマエにそう言われても、にわかには信じがたかったに違いない。
 そう考えてしまえば言葉に詰まってしまい、アイスバーグは返事を返すことができなかった。
 そんなアイスバーグを見やって、でも黙ってたのは悪かったな、と素直に呟いたナマエが、軽く頭を下げる。

「ごめんな、アイスバーグ」

 そう言葉を紡いで、すぐにナマエはその場から立ち上がった。

「ナマエ」

「悪い、ちょっと席外す」

 引きとめようと名前を呼んだのに、顔を逸らしたナマエにそう言われて、アイスバーグは伸ばしかけた手を降ろした。
 また後でな、と声音だけは朗らかに紡いで、ナマエが部屋を出て行く。
 一人私室に取り残されて、閉じた扉を眺めたアイスバーグは、やがて深く息を吐きながらソファの背へと持たれこんだ。

「……何を言ってるんだ、おれは」

 自分を責めるように呟いてみても、返事を返す相手はもちろん誰もいない。
 アイスバーグも、ナマエと同じように相手に対して秘密を抱えていた人間だ。
 フランキーの言葉を信じるなら焼失してしまったあの設計図を狙って、CP9はウォーターセブンへ潜入捜査に来ていたのだから。
 ナマエはアイスバーグに黙っていただけだが、アイスバーグもそれは同じだ。
 責めるような口ぶりで尋ねるつもりは無かったのに、と後悔してみても、口から出た言葉は戻らない。
 しばらく黙り込んでソファに座っていたアイスバーグは、ふう、と息を吐いてからソファから立ち上がった。
 傷を受けた腹部を庇うようにしながら、ゆっくりと歩き出す。
 もしかしたらナマエはそのうちこの部屋へ戻ってきてくれるかもしれないが、それを待つより探し出して謝ったほうが賢明だろう。
 部屋を出て、どこにいるだろうかとナマエが居そうな場所を探す。
 けれども、よくその姿を見かけるキッチンにも居間にも、ナマエの姿は見当たらない。

「ンマー……部屋か?」

 ゆっくり歩きながら首を傾げて、アイスバーグはその足でナマエの私室となっている一室へ向かった。
 ナマエがアイスバーグと一緒に暮らしてくれると言ってくれたとき、アイスバーグがすぐに用意した一部屋だ。
 辿り着いた部屋の扉を軽く叩いて、中へと声を掛ける。

「ナマエ?」

 呼びかけて少し待ってみても、反応はない。

「いないのか? 入るぞ」

 もしや居留守かと声を掛けたアイスバーグは、鍵の掛かっていなかった扉を開いて、室内を覗き込んだ。
 けれども、予想に反して、室内は無人のままだ。
 ナマエ自身がある程度の調度品を置いた室内は、ナマエが引き払った借家の一室によく似ている。
 どこか落ち着くその室内にそっと足を踏み入れたアイスバーグは、部屋の端に置かれた机の上に、何枚かの紙が置かれていることに気が付いた。

「……? 新作か」

 机に近付いて、どうやら原稿用紙らしいそれを手に取る。
 元住んでいた場所での使用文字が違ったのか、ナマエはどうやら共用文字が苦手らしく、綴られた文字はまるで子供が書いたもののようにいびつだった。
 ところどころ文法も間違っているそれをほほえましく思いながら眺めて、ふとその内容にアイスバーグが目を瞬かせる。

「…………」

 ナマエがよく書いている『冒険小説』のひとつでしかないだろうその話は、けれども、アイスバーグの中の疑問に簡単に答えを出した。






 ナマエの姿を見つけたのは、邸宅の裏にある倉庫の中でのことだった。

「何してるんだ、こんなところで」

 アイスバーグが声を掛けると、ナマエはまるで悪戯の見つかった子供のように大きく体を跳ねさせた。
 それから、すぐにくるりと振り返って、いつものように笑顔を浮かべる。

「何って、倉庫の片付けだよ。ほら、アイスバーグはまだ治ってないんだから、部屋で横になってろって」

 立ち上がって、部屋へと追いたてようとするナマエを見やり、アイスバーグは口を動かした。

「それより、聞きたいことがある」

 真剣なその声音に、ナマエの顔がわずかに強張る。
 少し身構えた様子のナマエを見やって、アイスバーグは続けた。

「お前、麦わらのところの航海士に、出した本のことで何か聞かれただろう?」

「ああ……」

 寄越された問いが予想外だったのか、気の抜けた顔で頷いたナマエが、それからすぐに、目の前の事実に気が付いて顔を顰める。

「って、やっぱり教えたのお前か。口止めするの大変だったんだからな……!」

 唸ったナマエは、多数のベストセラーを出しているくせに、自分の顔出し広告すら嫌がる恥ずかしがりやだ。
 それを知っているアイスバーグは、それは悪かった、と素直に謝った。
 全てが終わった後、航海を共にしてきた奇跡の船を海底へ見送った麦わら一味の一人が、ウォーターセブンで傷を癒している最中、とある本を手に持ってアイスバーグを訪ねてきたのだ。
 とても必死な顔でこの本を書いたのが誰かと尋ねられて、アイスバーグは思わずそれに答えていた。
 あの後、彼女はやはりナマエの元を訪れていたらしい。

「あの時、何を聞かれたんだ?」

 問いかけたアイスバーグに、戸惑った顔をしながらナマエが答える。

「何って……別に、この本をどうやって書いたのかとか、そういう話だよ」

「『うそつきノーランドのしんじつ』か」

 航海士の彼女が手にしていた童話本を思い浮かべて尋ねれば、そうだけど、とナマエは頷いた。
 それを見ながら、アイスバーグが言葉を紡ぐ。

「あの話は、事実なんだな?」

 空島に行ったと言う麦わら一味は、『うそつきノーランドのしんじつ』に出てきた『シャンディア』の末裔に出会ったに違いない。
 確信を持った顔をしたアイスバーグに、ナマエが眉を寄せた。

「………………どうしたんだアイスバーグ、今まで、そんなこと聞いたことも無かったのに」

 とても不思議そうな声を出したナマエへ向けて、アイスバーグが持っていた紙をそっと差し出してみせる。
 これを読んだ、と言い放ったアイスバーグに、きょとんとその紙を見やったナマエは、それが何なのかに気付いて酷く慌てた顔をした。

「ば、馬鹿! それ書きかけなんだぞ!」

「ンマー、机に放置しているほうも悪い」

 アイスバーグの手から慌てた様子で原稿用紙を奪い取ったナマエにしれっと言い放つアイスバーグへ、勝手に部屋に入るほうが悪いだろう! とナマエはとても真っ当な抗議をした。
 ぐしゃりと紙を曲げながら抱え込んで、じとりとアイスバーグを睨みつけている。
 その顔を見やりながら、アイスバーグは囁いた。

「ナマエ、お前は、過去の人間でしかないノーランドの『真実』を知っていた」

 誰もが『うそつき』と呼んだノーランドの童話は、ノースブルーからグランドラインへも伝わっている。
 ナマエが書いたその本は、有名な童話の裏側にあった話なのだと、アイスバーグは確信していた。

「カリファ達のことだって、一般人が知ることなんて不可能に近い情報だ。麦わら達だって、このグランドラインのどのルートを通ってくるかなんて分かるわけがない」

「それは……」

 きっぱりとしたアイスバーグの言葉に、何か言い訳をしようとして失敗したナマエが、そっと口を閉じる。
 その様子を眺めながら、アイスバーグは淡々と尋ねた。

「お前がそれを知っていたのは……『それ』と同じだから、だな?」

 それ、でアイスバーグが指差したのは、ナマエがぐしゃぐしゃにしてしまった原稿用紙だった。
 まだ序章しか書かれていないその物語では、一人の主人公が『物語』の世界へ入り込んでしまっていた。
 『物語の流れ』を知っている異分子である主人公が、『未来』を知っていることに悩みながらもその世界で生きていく話だ。
 アイスバーグの言葉に、ナマエが下手な笑みを浮かべる。

「……こんな、おかしな話を信じるのか?」

 小さな声での問いかけは、アイスバーグの言葉を肯定するに足るものであると、どうやら彼は気付いていないらしい。
 信じるとも、とそれへ頷いて、アイスバーグは一歩ナマエへと近寄る。

「考えてみれば、ナマエはおれ達と随分違ったからな。知っていることも、考え方も」

 ナマエが酒の肴に話す『昔の話』は、アイスバーグから聞いてもまるで夢のような世界での話だった。
 イーストブルーだってそれほど幸せには過ごせないだろうと思うほどに、平穏な世界だ。
 いくらナマエが作家だとは言え、あれが全て作り話だとは、アイスバーグには思えない。
 それに、アイスバーグの私室で語ったナマエの口ぶりは、まるで『未来』を知っていたかのようだった。
 ナマエの知っている『アイスバーグ』は、物語の中で主人公が『読んだ』様に、ナマエが『読んだ』物語の中での人物なのだろう。
 犯人は『ニコ・ロビン』だとアイスバーグが言った時も、ナマエは肯定も否定もしなかった。
 それは恐らく、ナマエが全てを知っていたからだ。

「……あんな風な聞き方をするつもりじゃなかった。おれだって、お前には黙っていたことがあったのに」

 呟いて、アイスバーグはそっとナマエへ両手を伸ばす。
 捕まえたナマエの体を引き寄せれば、ナマエは何の抵抗もなくアイスバーグの両手の間に収まった。

「すまなかった」

 小さな声で謝罪をして、アイスバーグの両腕がナマエの体を抱きしめる。
 やや置いて、同じようにアイスバーグの背中に手を回したナマエが、アイスバーグの肩口でそっと呟いた。

「……別に、いいよ。俺は知ってたから」

「ンマー、なるほど」

 寄越された言葉に、アイスバーグが小さく笑う。
 それから抱きしめていた腕を緩めて、体を離したアイスバーグの両目がナマエを見やった。

「いつか、帰るのか」

 『違う世界』から来たナマエは、ならばいつかはその『違う世界』へ戻る時が来るのか。
 問いかけたアイスバーグに、やなこと聞くんだな、とナマエが困ったような顔をする。

「書いてあっただろ、帰り方も分からないんだよ」

 小さな声で囁かれて、そうか、とアイスバーグは頷いた。
 そんなアイスバーグを見つめて、それに、と呟いたナマエがそっと顔を伏せる。

「……今は、帰りたいかも分からないしな」

 お前とも会えなくなるから、と呟いたナマエの言葉に、アイスバーグは息を飲む。
 その手が軽く震えて、それに気付いたナマエが顔を上げるより早く、アイスバーグはもう一度ナマエの体を抱き寄せていた。
 ぽとりと足元に音を立てて落ちたのは、どうやら先ほどアイスバーグがナマエに奪われた原稿用紙のようだ。
 構わず力の限りに抱きしめれば、苦しい、とナマエが小さく唸る。
 それでも抵抗しないのは、自分を抱きしめるアイスバーグの体にまだ傷があることを知っているからだろう。

「それなら、帰らないでくれ」

 優しい気遣いを見せるナマエにつけ込んで、彼の体をしっかりと拘束しながら、アイスバーグが言葉を紡ぐ。

「ずっとここにいろ」

 命令するような言葉なのに、その声音は懇願するような響きを持っていて、随分とちぐはぐだ。
 けれども、アイスバーグには乞うことしかできないということもわかっていた。
 もしもナマエが自分の意思以外でこの世界へ来たというのなら、帰るときだって同じに違いないのだ。
 ぎゅうぎゅうにナマエを抱きしめて、他に何といって願えばいいのか分からず、言葉を捜したアイスバーグの口が、そっと吐き出す。

「……好きだ」

 弱くなった小さな声は、けれども間近のナマエにはきちんと届いたらしい。

「…………前も聞いたよ」

 体の力を抜いて、アイスバーグに自分の身を預けるようにしたナマエが、そっと囁く。

「……俺も好きだ」

 だから、ずっとここにいたい。
 そう続いた声は随分と小さく弱々しいものだったが、アイスバーグが腕の力を更に強くするには十分な威力を持っていた。
 



end


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