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家族ごっこ2
※『家族ごっこ』続編
※キッド海賊団捏造
※転生主人公は男児



 何か変なものが落ちている、と言うのがキッドの一番最初の印象だった。
 近寄って見下ろしたそれは布に巻かれた小さな赤ん坊で、地べたに落ちたままで泣きわめくのをこらえるように口をへし曲げ、それでも漏れる嗚咽を零していた。

『何だ、お前』

 まるで赤ん坊らしさの無い相手に、思わずキッドがそう言ってしまったのも、まあ無理もない話だろう。







 落ちていた『赤ん坊』を拾い、キッドは彼に『ナマエ』と名付けた。
 遮るものの一つもない道端にぽいと置いていかれていたのだから、おそらくナマエは捨て子だったのだろう。
 ねぐらへ『赤ん坊』なんていう荷物を運びこんだキッドにキラーは少しばかり怪訝そうだったが、元あった場所へ返して来いと言わなかったのは、キラーもまたキッドと同じ推察に至ったからに違いない。
 自力で移動すらできない子供の世話と言うのは随分と面倒だったが、しかし意外とこなせていけるもので、ナマエが立って歩いて自分のことは自分で出来るようになるまで、そこまで長らくはかからなかった。

「キッドー」

 今日もまた、ガチャガチャと背中の荷物を揺らしながら駆けてきた少年の声に、キッドの視線がそちらを向く。
 離れた場所から駆けてくるまでの間、躓きもせずに近寄ってきたナマエが、片手でキッドの服の端を掴まえた。

「あっち、噴水直ってた」

 職人は仕事がはやいねえと、子供のくせに感心したように言う相手に、へえ、とキッドが適当な相槌を打つと、それが分かったのかナマエがむっと眉を寄せた。

「キッドが喧嘩して壊した噴水でしょ!」

 悪かったなとかよかったなとか、もっとこう何か言うことは無いのかと、下から睨み上げてくる子供の顔は真剣だ。
 キッドの元にいて、キッドとキッドがつるむ連中としか触れ合ってこなかったくせに、どうにもナマエは時々『真っ当』なことを言いだす子供だった。
 感性自体はよそ様の正しい理論からは外れてしまっているだろうが、それにしてもキッドよりは随分と日向の似合うことを言う。
 はん、と真剣な顔をした子供を鼻で笑って、キッドは軽く肩を竦めた。

「町が金を出して『職人』を働かせたんなら、よそ様のカネになったんだ。イイコトをしたじゃねェか」

「またそういうことを言う」

 どうかと思う、と眉を寄せてブツブツ言いだす子供に、どうでもいいだろ、とキッドは言葉を落とした。
 その手がひょいと動いて、自分の足元にいた子供の背中側を掴まえる。
 手にしたのは頑丈に作られた布製の鞄で、ぐいとそれを引っ張ると、幅の広い二本のベルトの丈夫さを試すようにナマエの体が上へと持ち上がった。
 そして、いくらか隙間が開いたせいで、鞄と薄い背中の間に挟まれていたものががちゃりと音を立てて滑り落ちる。

「あ!」

 慌てたように声を漏らした少年の両手が、肩口からそのまま落ちていくところだったものを掴まえて、細い腕が両手でそれを抱えなおす。
 古びたそれは、いつだったかキッドたちの略奪で手元にやってきたロボットの玩具だった。
 妙な設定までつけて可愛がっていたそれを、『ごっこ遊び』を控えるようになってからもナマエはだいたい肌身離さず持ち歩いている。
 金属でできたその玩具のあちこちに傷が入っているのは、幾度かその身を呈してこの子供を守ってきたという証だった。存外、『ナマエ』という少年は悪運が強いのだ。

「どうせもうここには来ねェんだ、何ならもうひと暴れしてから行くか?」

 顔の高さまで持ち上げた子供に対して言いながら、キッドはちらりと周囲に視線をやった。
 遠巻きにキッドたちを見ていた住人のいくらかが、キッドの発言を聞いてその顔を引きつらせている。
 キッドが噴水のある広場で『暴れた』のはつい先月のことだが、住民もしっかりとそれを覚えていたらしい。
 自分の意思を示すように片手を揺らめかせ、悪魔の実の能力を使おうとすると、手に持っていた玩具のせいでそれに気付いたらしいナマエが、キッド、とキッドの名前を紡いだ。
 それを受けて視線を戻せば、思った通り眉を寄せたナマエがじっとキッドを見つめている。

「必要なものはもう船に積んだのに、何のために暴れるの」

「暴れてェから暴れるんだろうが、『海賊』なんだからよ」

 問われたキッドが答えれば、なんで暴れたいんだとナマエは更に困った顔をする。
 きょろきょろと少しばかり目をさ迷わせて、何か手立てを探そうとするその必死さに、ふ、と笑い声を零したキッドの手がぱっとナマエの鞄を手放した。

「わっ」

 唐突に真下へと落下したナマエが、声を上げつつどうにか着地する。
 高さがあったからか、少しばかりたたらを踏んだ小さな相手は、すぐに姿勢を戻してキッドを見上げた。

「落とすときは、ひとこと言ってってば!」

「前みてェにすっ転ばなかったじゃねェか」

「それは俺の成長と努力の賜物!」

 もー! と声を上げる相手に、うるせェな、とため息交じりに言葉を落としながら、キッドはその場から歩き出した。
 噴水の広場とは逆の方向へ向かうその動きに、周囲がわずかに安堵したのが感じ取れる。
 ナマエのほうはそれに気付いているのか気付いていないのか、まずは自分をほめるべきだとか訳の分からないことを言いながら、ちょこまかとキッドの傍をついてきた。
 行き先は当然、キラーや他の連中が待っている港だ。
 よそから略奪し、好きなように改良した船が港についていて、荷運びも済んだ。新しい旗は、キッドが戻ってから掲げられる手はずになっている。
 ついにキッド達は海賊旗を揚げ、大海原へと泳ぎ出て、『海賊王』の残した宝を探しに行くのだ。
 何が待ち構えているのか、それを考えるだけで沸き立つのは、まるで初めて『ひとつなぎの大秘宝』の名を聞いた子供の頃のようで、こそばゆさにわずかに目を細めたキッドの耳に、がしゃり、と小さく金属の音が響いた。
 ちらりと側を見やれば、キッドの隣を歩きながら、両手を使ったナマエがロボットの玩具を定位置へと戻しているところだった。
 頭の高さはようやくキッドの半分を超えた程度の大きさの、話す言動からして『真っ当』に生きていく道も見いだせそうな少年が、キッドの視線に気付いてその目をキッドへ向ける。

「キッド?」

 どうしたのと、尋ねる声にもその瞳にも、キッドへの信頼がにじんでいるように思えた。
 確かめたことなどないが、ナマエはおそらく、キッドが自分を置いて行ったりしないと、確証もなく信じている。
 『海賊』となり海へ出れば、常に危険が付きまとう。そんなことはわかりきったことだったが、かといって陸地が安全かと問われれば頷きがたいものだ。
 身寄りのない子供をまともな引き取り手もなく放り出せば、日陰の道を歩むか行き倒れて死ぬかの二択しかない。
 辿れるつてはキッドにもキラーにも他の仲間たちにも無かったし、それに何より、他の誰が何と言ったとしても、キッドにはナマエを置いていくという選択肢すらなかった。
 何故なら、あの日道端に落ちていたナマエを拾ったのはキッドであり、そしてこの南の海において、拾ったものは当然、拾った人間のものだからだ。

「……『海賊』になるんだ、せいぜい高ェ懸賞金を首に掛けられるようになれよ」

「それってキッドより?」

「おれを超えられるとでも思ってんのか、お前は」

 生意気なことを言いだした少年の頭をパシリと叩くと、大して痛くも無かったくせに痛いと悲鳴を上げたナマエが、両手で頭を押さえて駆けだす。
 逃げていくその背中を見送ったキッドは、その途中で盛大に転んだ少年にため息を零した後、一応受け身をとっていたことだけは褒めてやったのだった。



end


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