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家族ごっこ
※キッド海賊団捏造(悪魔の実入手時期など)
※転生主人公は乳児→男児



 どうやって死んだかとかそう言う話は詳しくしたくないが、中々に痛々しい状況で痛みに悶え苦しみながら死んだ俺が目を覚ました時、そこには新しい人生が始まっていた。

「…………あぶ?」

 思わず小さく漏らした声は舌がもつれて言葉にもならず、困惑する俺の体は全く自由に動かない。
 まったく痛みは感じないが、もしやここは病院で自分の体はどうにかなってしまっているんじゃないかと、情けなくも涙を浮かべて嗚咽を漏らしていたら、真上からひょいと暗い影が落ちた。

「何だ、お前」

 怪訝そうな顔で俺を見下ろした少し汚れた格好のその子供は、大きなゴーグルを額に着けていて、目が覚めるような赤い髪色をしていた。







 がちゃがちゃと、腕の中で音が鳴る。
 中に酒の満ちた瓶を抱えて足を急がせ、俺が飛び込んだのは町はずれに構えられた古びた家だった。

「キッド!」

 少し薄暗い家の中で声を上げると、俺がやってきたことに気付いたらしい誰かさんが、組んでいた足を降ろす。

「早かったじゃねェか、ナマエ」

 こいこい、と手招く相手へうんと頷いて近付いて、俺が腕に抱えているものを差し出すと、キッドの手が慣れた仕草で俺から酒瓶の一つを奪い取った。
 コルクを抜いて中身を呷るキッドの傍で、傍らのテーブルに抱えてきた酒瓶を置く。
 それからきょろりと周囲を見回すが、家の中には俺とキッドの二人しかいない。

「キラーは?」

「あいつなら、野暮用だとか言って出掛けちまった。日暮れには戻るとよ」

 酒瓶の中身を飲んで濡れた口を軽く拭い、キッドが言う。
 そうなんだ、と頷きつつ、作戦通りだなと俺は胸の内で呟いた。
 いつもは外出の多いキッドが今日は家にいるのは、昨日随分とあちこちで暴れ回ってきたからだ。
 普段ならほどほどで止めるキラーが止めなかったのは、暴れることに満足したキッドが今日と言う日をこの家で過ごすようにと言う目論見からくる行動だけど、キッドは当然、それを知らない。
 もう一つ酒を呷るキッドを見やり、それからテーブルを迂回して、キッドに『使い』に出される前に触っていたものを回収する。
 それを持ってキッドの横に座り込むと、古びた一人用のソファに座っていたキッドが、ちらりとこちらを見下ろした。

「それがそんなに気に入ったのか」

「うん」

 寄越された言葉に頷きながら、手元のものを触る。
 昨日、暴れに暴れて満足したキッドは、仲間達と共に略奪してきた宝を山分けした。
 俺は殆ど後ろをついて回って歩いただけだったが、俺にも取り分があったらしい。
 いくらかのベリーを寄越され、一つだけ選べと言われて俺が宝の山の中から拾い上げたのは、俺の手元にあるロボット人形だった。
 キッド達はまだまだガキだなと笑ったが、俺にとっては他のどの宝よりも価値があるものに思える。
 弾丸のように丸く先のとがった小さな頭に取り付けられた妙な形の金属片と、それに空いた右と左で大きさの違う瞳らしき穴。
 逆三角形の丸みを帯びた太い胸部。
 その中央には赤い印が刻まれていて、その左右に砲弾を縦半分に切り離したようなふくらみがつけられている。
 胸部の下にあるのは細い両足で、左右に生えた両腕にはとげとげとした突起が規則的に並んでついていて、長い両腕はそのまま足元まで届きそうなほどだった。
 体には苔むしているような塗装がされているが、金属がさびているわけじゃない。
 今にもぎしぎしと体を軋ませて動き出し、こちらへ小さな花の一つでも差し出して来そうなこれはどう見ても、『俺』が知っているアニメのロボット人形だ。
 あちこち弄り回しても制作会社の名前やロゴを見つけられないが、けれども確かに、『俺』の知っている姿をしている。
 俺がこの世界でキッドに拾われ、『ナマエ』と言う今はもう耳慣れた名前を付けられて、八年が経つ。
 どうやら自分が道端に捨てられていたらしいと理解して、子供の世話なんてしたこと無いんだろうキッドのおっかなびっくりの手つきをどうにか手伝いながら大きくなった俺は、じわじわとここがどういう世界なのかを理解した。
 何処かにはあるのかもしれないが、一般的に車も電車も流通していない。森にも海にも市場にも図鑑でも見たことの無いような生き物や植物が並んでいて、通貨は円でもドルでもない。
 死後の世界は異世界だった、と考えればいいだけのことなのかもしれないが、それにしては、『俺』が知っている『あの漫画』によく似ている。
 そして、どうやらキッドもまた、『俺』の知っているキャラクターであるようだった。
 一番仲のいい友達がキラーで、海に出て海賊王になるんだと息巻いているキッドに、何となくそうなんじゃないかとは思っていた。
 けれども、学生時代に何となく読んでいただけだった『俺』の記憶はおぼろげで、『キッド』と言う名前のキャラクターがどんな顔だったかなんてあまり覚えていないから、そうだ、とは確信が持てないままだった。
 そして今、キッドがあの『キッド』なのだと確信しているのは、最近キラーがどこかの殺人鬼のようにその顔を隠すようになり、そしてキッドが恐ろしくまずいと言う果物を口にしたからだ。

「あ」

 金属製のそれがふと何かに引っ張られて、慌てて声を上げた俺の手から逃れていく。
 それを追って振り返ると、こちらへ手をかざしたキッドが、勝手にその手へ飛びついて行った俺の分け前を掴んで、しげしげと眺めた。

「ただのロボット人形じゃねェか」

 つまらなそうに言って、放られたそれを両手で受け止める。
 それはそうだ。キッドやキラー達に、この人形が俺に与えた衝撃を伝えることは出来ない。
 けれども、初めて見たはずのこれの姿形を俺が知っていると言う事実は、つまりは俺が持っている『記憶』がただの妄想では無いと言う証なのだ。
 壊れていないかと確認していると、伸びて来たキッドの手が俺の服を掴まえた。
 ぐいと引っ張られ、びっとどこかからともなく嫌な音がしたのに慌てて、片手でキッドの太い腕を掴まえる。

「キッド、服、また服やぶれる!」

「そうしたら新しいのを取ってくりゃあ良いだろうが」

 キッドはこともなげにそう言いながらも、仕方なさそうに俺の服を手放した。
 ただしその間に俺のいた場所は移動していて、俺がしりもちをついたのはキッドが座っているソファの肘掛部分だった。
 打ち付けた尻を軽くさすりつつ、とりあえず安定を求めて肘掛を跨いだ俺を見て、キッドがどことなく満足そうな顔をする。
 そのままもう一度酒瓶の中身を呷り、すっかり空になったそれが家の端へ向けて放られた。
 厚みのあるガラスは割れなかったが、ごん、と音を立てて壁にぶつかった。恐らくへこんだだろう壁を見やってから、キッドの方へと視線を戻す。

「新しい家なんだから、大事にしなくちゃ」

「燃えでもしなけりゃいいだろうが。無くなったら、次のねぐらを捜すだけだ」

 俺の非難などどこ吹く風と言った顔で言いながら、キッドの手が傍らのテーブルへ伸びる。
 掴んだ酒瓶をこちらへ向けられたので、ロボット兵を自分の足に乗せながらコルクをどうにか抜いてやると、キッドの口が新たな酒を飲みこんだ。
 まるで水か何かのように飲んでいるが、これがものすごく強い酒だと言うことを俺は知っている。
 キッドとキラー達が宴の最中にこぞって俺にも酒を飲ませようとして、一口舐めたところで俺がぶっ倒れたのは数か月前の話だった。
 この世界にはそう言う法律が無いか、あってもキッド達が無視しているだけなのだろうが、まだ見た目的に十歳にもなっていない子供に酒を飲ませようだなんて、ユースタス”キャプテン”キッドは恐ろしい海賊予定の男だ。
 ちゃぷ、と音を立てて酒瓶を口から離してから、キッドの目がこちらを向く。

「そのロボットには『設定』はねェのか? ナマエ」

「設定?」

 唐突な問いかけに首を傾げると、ガキはごっこ遊びをするもんだろうがとキッドが言う。
 それはどちらかと言うと女の子がするものじゃないだろうかと思いつつ、ひとまず俺は足の上に乗せていたロボット人形を掴み直した。

「えっと……目からビームが出る」

「ほォ、そいつァすげえな」

「空も飛ぶ」

「飛べるようには見えねえが、足に細工でもあんのか?」

「こう、羽が生えるから大丈夫」

 このあたりに、と長い両手を引っ張って見せると、想像力の豊かな奴だとキッドが笑った。
 俺は覚えている限りのことを言っているだけなのだが、このロボット人形を知らないキッドに言わせれば、全部が俺の空想なんだろう。
 それでも、面白がってこちらを見る目には俺を馬鹿にしている様子はない。
 俺が一人で身動きも出来ない頃に俺を拾ったキッドは、悪いこともするし酷いことも数多くするが、血も繋がらない俺のことをちゃんと一人の人間として扱ってくれていた。
 確かめたことは無いが、ひょっとすると、歳の離れた弟のように思ってくれているのかもしれない。
 悪さをしに出かける時に俺を連れていくようになったのは、一人で留守番をしていた俺がキッドに仕返しをしようとやってきた山賊に痛めつけられてからだ。
 骨が折れて鼻血が出て体中が痛くて、意識がもうろうとしている俺の傍から山賊を蹴り飛ばし、そちらへ仕返しをしているキッドは鬼のような顔をしていたが、不思議とそんなに怖くは無かった。

『キッドがやりすぎるからな。ナマエ、お前も戦えるようになれ』

 ため息交じりに言ったキラーが体術を教えてくれるようになったので、今ならそれなりに走って逃げることはできるんじゃないかと思う。

「それで、ナマエ」

 少しは力のついてきた手でロボット人形を掴んでいた俺へ向けて、キッドが酒の混じった吐息で囁く。

「何を企んでる?」

 じっとこちらを見据えながらの問いかけに、びくりと体が震えて、掴んでいた筈のロボット人形が落ちた。
 あ、と声を漏らしてそれを拾いに行こうとしたのに、ソファから降りようとした体が引っ張られて戻される。
 ぐい、と服を引かれて傾いた俺の体はキッドの膝の上に転がって、俺がその膝の向こう側に転がらないように組んだ足で支えたキッドが、横倒しになった俺の顔をじとりと見下ろした。
 口元は笑っているが、その目はまるで探るようにこちらを見つめている。
 思わず目と顔を逸らすと、キッドの空いた手が俺の顔を掴まえて、ぶにりと人の頬を押しつぶすようにしながら無理やりキッドの方を向かせた。

「ナマエ?」

 黙ってちゃあ分からねェだろうと、キッドが言う。

「……企んでることなんて、何にも無いよ」

「嘘を吐け」

 低く唸る声に言葉を返すも、キッドはばしりとそれを跳ね返した。まあ、体が震えてしまった時点で俺の負けだ、これは仕方ない。
 けれども、言えることと言えないことと言うのはあるのである。
 逸らしていた目をそっと戻すと、追及の手を緩めるつもりの無いらしいキッドの目が、俺を見下ろしていた。
 燃えるように赤い髪も額に乗せたゴーグルも、俺を拾った時と変わらない。

『もうすぐキッドの誕生日だから、内緒で準備して、お祝いしよう』

 キラーにそう提案したのは俺だった。
 俺を拾って、名付けて、今もなお傍に置くキッドの生まれた日を、祝わないでいられる筈がない。
 誕生日を祝うと言う概念があまりないのか、キラーは俺の言葉に不思議そうにしていたが、一番の友達であるキッドのことを祝福すると言う俺の言葉には異論が無かったのか、他の仲間達にも話をつけてくれた。
 今は用意をしてくれていて、食べ物やプレゼントを抱えて帰って来てくれることになっている。
 そう、最初に『内緒で』と言ったのは俺だ。
 言い出しっぺがその言葉を覆すなんて、男の風上にも置けない。
 ご馳走を並べて、頼んだケーキを出して、怪訝そうな顔をするキッドへ『誕生日おめでとう』を言うのだ。
 きっとキッドは戸惑って、それからにやりと笑うに違いないと、今からその時を想像してわくわくする。

「ナマエ?」

 だから、吐け、と再び寄越されても、俺は『何でもない』と白々しい嘘を繰り返した。
 頑なになると怒るかなとも思ったが、今日は特別機嫌のいいらしいキッドは、鼠をいたぶる猫みたいな楽しそうな顔をしたまま、俺の顔も体も逃がさない。
 それからも追及を繰り返していたキッドが、俺の『秘密』を他から聞いて知っていたと知ったのは、キラー達が帰って来てからのことだった。
 衝撃を受けて振り返った先で仮面の男が顔を逸らしたので、とりあえず裏切者の腹部へ向けて突進して頭突きする。

「い……っ!」

「馬鹿な野郎だな、ナマエ。へこんじまったんじゃねェのか?」

 鍛え抜かれたキラーの腹筋は硬くて、涙目で頭を押さえた俺を掴まえて自分の傍に座らせたキッドは、上機嫌に笑って酒を呷っていた。


end


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