サボくんと誕生日(無自覚)
※『無自覚の攻防』『無自覚の延長』『無自覚の発露』を経た話
※転生系主人公はコアラちゃんの幼馴染で微知識な革命軍
※主人公の誕生日は〇月◇日です(変換可能)
ずずん、と大きな音を立てて獲物が大地に倒れこむ。
もはや鳴き声も零せない今日の食料を見やり、よし、とサボは一つ頷いた。
「肉は、まあこんくらいでいいか」
サボの二倍は高さのある獣は、随分と肉付きがいい。食いがいがあるだろう。
持ってきた丈夫な鎖を掛け、浜の方へと引きずって行こうと準備を始めたところで、プルルルル、と聞きなれた鳴き声がポケットから響く。
作業の途中で取り出した子電伝虫が鳴いていることを確認してから、サボはそれを獲物の端に乗せ、作業を続けながら通話を始めた。
『サボくん! やっと出た!』
つながった開口一番、念波を受信した子電伝虫が、怒ったような心配したような顔をしてサボの知る一人の声を口から漏らす。
どこにいるの、と続いた言葉に首を傾げて、サボは自分がいる島の名前を口にした。
「出かけるって言っただろ」
『出かける、ってしか言わなかったでしょ!』
もー! と声を上げるコアラはきっと、電伝虫の向こう側でこぶしを握っていることだろう。
正面切っての応対だったら頬をひねりあげられていたに違いない。
恐ろしいことだと片手で自分の頬をこすってから、鎖を掛け終えたサボが軽く両手を叩く。
「肉が手に入ったから、浜に転がしておく」
『船で回収してほしいってこと?』
「ああ。おれは他に行く」
問われた言葉に答えつつ、サボの手が子電伝虫へと伸びる。
コアラはまだ何かを口にしていたようだが、気にせずぶちりと通話を切って、いつものように子電伝虫をポケットへと放り込んだ。
時間の余裕はあまりないのだ。さっさと移動してしまうに限るだろう。
片手で鎖を掴まえて、ずるりと獲物を引きずりながら、サボは片手をひょいと広げた。
「酒、はあったよな。あとは、魚、野菜、果物、肉」
指折り数えて握りしめた拳を見やり、それから何だ、と少し考えてからすぐに思いつく。
「プレゼントだな」
むしろ、それこそがメインだろう。
しかし何を贈るべきだろうか。
うーん、と一人で唸りつつ、サボは片手で獲物を引きずりながら歩いていった。
※
『……好きな子、コアラにも『誰』って教えたこと無いんだよ』
言葉を放ちながらわずかな微笑みを浮かべたナマエの複雑な顔の意味をひらめいてしまったのは、その少し前までナマエが一緒にいた相手の顔だった。
それは彼が口にした名前を持つ彼女で、明るい笑みを浮かべていることの多い、ナマエの幼馴染だ。
いつだって一緒にいて、サボの知る限りどこの誰よりナマエと親しい彼女がナマエの想い人なのではないか。
その予想は、ぼんやりとサボの中に元からあったものだった。
ナマエはそこまで大胆な性格でもないのだから、コアラ本人に『好きな人は誰なのか』と聞かれたとしても、答えるはずがない。
逆に言えば、ナマエが親しい間柄のコアラに『好きな子』とやらの名前を言わないのなら、それはつまりそう言うことだ。
はじき出された結論に、サボは眉間に皺を寄せた。
それならそれで、どうしてナマエはサボにそう言わないのだろう。
サボに秘密など明かせないと、サボが信用できないと、そんなことを考えているのか。
だから、あの日、『火拳』を助けに行った理由も教えてくれないのか。
裏切りを受けたような背中の冷たさと、腸が煮えるような苛立ちは、サボの双眸に剣呑とした色を乗せた。
いつになく不愉快な感覚が渦を巻くサボの前で、うまくいったら教えるからさ、と適当なことを言い放ったナマエが、とりつくろうように言葉を重ねる。
『あ、そういやサボにも、そういう相手っているのか?』
※
お誕生日を祝おう、と最初に発言したのはコアラだった。
数多くいる革命軍の人間の内、〇月生まれの数人が本拠地にいると気付いたからだ。
あら素敵ね、と微笑んだ革命軍の灯の賛同を受けて、バルティゴは一気に祝いのムードになっていた。
「誕生日おめでとう、ナマエ」
そうして、今月生まれの一人にあたる男へそう言葉を向けたサボの手が、ぽん、と男の頭の上に物を置く。
意外と重たかったのか、う、と小さく声を漏らした男が、片手を自分の頭の上のものに添えた。
「サボ?」
椅子に座っていた相手が首をひねってサボを振り返り、それを見下ろしたサボの体が、男の座る背もたれにもたれ掛かる。
「どこ行ってたんだ、今まで」
「出かけるって言っただろ」
「そりゃ聞いたけど」
目的地も言わなかっただろうと、まるでコアラのように言葉を重ねながら、ナマエの両手が自分の頭の上に乗ったものを降ろした。
丁寧にリボンのかかったそれを見て、表を掌が軽く撫でる。
「もしかして、プレゼント買いに行ってたのか?」
「あァ、選ぶのに随分かかった」
寄越された言葉に答えつつ、サボの視線がナマエから逸らされる。
ナマエの肩に肘を置きながら体重をかけると、背もたれより高い位置にある体に負担がかかったのか、ぐえ、とナマエのほうから間抜けな声が漏れた。
「サボ、重い、重たい、痛い」
端的に言葉を重ねて身をよじるので、仕方なく少しだけ体を支えて肘の下から逃がしてやったサボが、はあ、とため息を零す。
「一日でこんだけ島を回ったのは久しぶりだ」
「ああ、肉の調達もしたんだって?」
すごいうまかったよと寄越された言葉に、『当然だろう』と胸を張って、サボは片手を動かした。
かぶったままだった帽子を外して、それから後ろ向きにもたれ掛かっていた姿勢を戻す。
背中の負荷がなくなって戻ってきた頭に自分の頭から外したばかりの帽子を乗せたところで、サボがいることに気付いたらしい革命軍の一人がサボの為にと椅子を運んできた。
ありがとうと受けとったそれをそのままナマエの横においてから座ると、サボの動きに気付いたナマエが、帽子をわずかにおしあげながらサボの方を見る。
「ありがとうな、サボ。これ」
言葉と共に受け取ったばかりのプレゼントを揺らされて、おう、とサボは答えた。
見やった青年の顔色は、それほど悪くない。
サボは数日その傍を離れたが、その間に何か無茶をしたわけではなさそうだ。
ナマエと言う名の彼がよく無茶をする人間だということは、サボだけではなく革命軍の中のほとんどの人間が知っている事実だった。
痛みに弱いくせに痛み止めで誤魔化してしまおうとするから、サボはその手から薬を取り上げてしまったことすらある。
それほど前でもないのになんとなく懐かしく感じて、サボの口からため息が漏れた。
「今、俺の顔見てため息つかなかったか?」
「気のせいだろ」
眉を寄せたナマエが少しばかり不安そうに言葉を放って、サボはそれを一蹴した。
その手がテーブルに出しっぱなしの酒を一瓶掴まえて、片手でぽんとコルクを引き抜く。
指先でコルクをつぶさないようにするのももはや慣れたもので、今日もきちんとした形の残ったコルクがテーブルへと置かれた。
「そういや、コアラの奴は?」
「コアラなら、今頃厨房じゃないかな」
瓶の中身を舐めつつ、ふと室内に見たらない一人に気付いて言葉を零したサボに、ナマエが答える。
さっき向こうに歩いて行ったと続けながら厨房の方を指さして、はは、とわずかな笑い声が傍らから漏れた。
「どうした?」
「いや、さっき、コアラがさ」
視線を向けたサボへ、笑いながらナマエが話し始める。
楽しそうに続いたそれは厨房にいるという彼女が主な話で、相変わらずだな、と言うのがサボの感想だった。
コアラの話をするときのナマエは、とても楽しそうに見える。
サボが気付いたのはつい先日からのことだったが、きっと前からナマエはそうだったのだろう。
コアラ自身と話すときよりサボへコアラの話をしている時の方が楽しそうなのは、コアラの前だと緊張するからなのか。
その様子を見ているともやりとしたものを感じるが、それはおくびにも出さずに、サボはナマエへ相槌を打った。
あの日、好きな相手と言うものを聞かれて、サボの脳裏に閃いたのは目の前の青年だった。
その後に続いたのはもはや記憶の彼方で眩く輝く『兄弟』達で、いつの間にかナマエという人間が自分自身にとってとてつもなく大事な相手になっている、と言うことに気が付いた。
けれども、ナマエにとってはそうではないのだ。
そう気付いた時の、足元を失ったかのような寂しさは、今でもサボの中に巣食っている。
見ていれば分かるのに、ナマエは『コアラが好き』だということをサボへ教えてもくれない。
これだけ長く一緒にいるのに信用されていないというのは悔しいし悲しいが、それならもっと相手へ踏み込んでいくしかないだろう、というのが数日を経て得たサボの結論だった。
幼馴染であるコアラよりも親しくなれば、もしかしたらナマエは抱えた秘密をサボへ任せてくれるようになるかもしれない。
浮かんだ思惑がサボの手を操って、ずり、と絨毯の上を椅子の足が引きずる。
「……なんか近くないか?」
「そうか?」
物理的に距離を詰めた相手にナマエは少しばかり戸惑った顔をしたが、サボがとぼけて首を傾げればそれ以上の追及もしてこない。
これ幸いとべったりと距離をつめたサボの傍で、ナマエはやがて口数を減らしていった。
その目がちらちらと他所を見るので気付いたが、いつの間にやら厨房から出てきたコアラがニコ・ロビンと談笑していた。
姿が見えるだけでそうなるだなんて、よく幼馴染をやっていられるな、と思わず呆れてしまったサボが自分の勘違いを知るのは、まだまだ先のことである。
end
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