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無自覚の発露
※『無自覚の攻防』『無自覚の延長』の続編
※転生系主人公はコアラちゃんの幼馴染で微知識



 案外、人間の体というのは丈夫に出来ている。

「治った……!」

 何度も受けた診察の中、ついに医者から貰えたお墨付きに、俺はとりあえず外に出て空へと拳を突き上げた。
 長かった。本当に長い間の戦いだった。

「ナマエ、何してるの?」

 しみじみと噛みしめていた俺へ向けて、そんな風に声が掛かる。
 ぴくりと体を揺らした俺は、すぐにその声がした方へと顔を向けた。
 俺を窮地に追い込んだ俺の幼馴染殿が、少し不思議そうにしながらこちらへと近付いてくる。
 ひょいと伸びた手が無遠慮に俺の額に触れて、熱は無いみたいだけど、と呟かれる。

「あってたまるか」

 きっぱりはっきりと言い放ち、俺は少し背中を逸らしてコアラの掌から額を逃した。
 俺の動きに少しばかり目を丸くしてから、あ、と声を漏らしたコアラの掌が今度は俺の腹を叩く。
 べち、となかなか痛い音がして、んぐ、と口から変な声が出た。

「治ったんだ?」

「いや一応治ってるけど……治ってなかったら、傷開いてたぞ……」

 何となく鈍痛のある気がする腹を片手で庇いつつ放った俺に、相変わらず大げさなんだから、とコアラが眉を寄せる。
 もう随分と前のことになるが、俺はとんでもなくひどい傷を腹に負っていた。
 痛み止めが無ければ日常生活もままならなかったというのに、貰えていた痛み止めが貰えなくなり、寝たきりに近い生活をしばらくはよぎなくされていたのだ。
 それだけならまだ己の痛みの弱さを呪いながら悶えていれば良かったが、問題はそんな俺の世話をしてくれていたただ一人の存在だった。

「本当に、コアラのせいで大変だった」

 しみじみと唸る俺に、うーん? とコアラが首を傾げる。

「喜ばれることしかしてないと思うんだけどな」

 唇に笑みを乗せたまま、そんな風に言ってくる俺の幼馴染殿はひどい奴だ。
 そのままこそりとこちらへ近付いてきて、片手で口元を隠すようにしたコアラが俺へとささやきを寄越す。

「それで、何か進展あった?」

 とても楽しそうにそんなことを言ってくる相手に、俺はじとりと視線を向けた。
 たぶんひどい顔になっただろう俺を見て、事の次第を把握したのか、コアラが眉を寄せる。

「もー、本当に何もなかったの?」

 意気地なし、とまで俺のことを詰ってくる相手に、あのな、と思わず反論を零す。

「腹にでけェ傷こさえてる人間にどうしろっていうんだ」

「男の子なんだからそのくらい、ぐっと我慢して」

「我慢出来たらサボの世話になってない」

 こぶしを握って寄越される根性論に、ため息交じりにそう言葉を放った。
 傷が治るまでの間、ことあるごとに我らが革命軍の参謀総長が俺の世話をしにやってきていたのだ。
 最初は一週間という約束だった。
 それ以上はサボの多忙さが許さなかったし、『好きな相手』に同じ部屋で寝起きされて着替えから風呂まで面倒をみられるという苦行を強いられていた俺の忍耐も、そのくらいがぎりぎりだっただろう。
 しかしそれからも、サボは用事の合間を縫っては俺の様子を見に来て世話を焼いてくれたのである。
 サボが遠方に出たと聞いたからこれ幸いにと痛み止めを増やして貰って仕事をしていたら、ひょっこりと戻ってきたサボに思い切りバレて、岩をも砕く手を見せつけながらとても怒られた。
 あれからというもの、帰ってきたサボは俺の部屋に寝泊まりするようになって、たまに間違えてベッドに入ってきたリ俺を風呂に入れようとしたりと、毎度毎度俺の忍耐と理性をやすりで削り続けるチキンレースを行っていた。

「ナマエだって告白ぐらいできるだろうと思ったのになァ」

「簡単にできたら世話ないだろ」

 あーあ、と声を漏らしながらのコアラの言葉に肩を竦めてそう言ったところで、がしりと何かに襟首を捕まれた。
 そのままぐいと後ろに引っ張られて、首を絞められた鳥のような情けない声が口から漏れる。

「何うろついてんだ、ナマエ」

 引っ張りながら声を掛けてきた相手に、逃れようとしていた腕を緩めて、俺は自分の後ろへ視線を向けた。

「サボ」

 ここ一週間ほど本部を離れていた参謀総長殿が、少しだけ機嫌の悪そうな顔で立っている。
 部屋にいなけりゃ駄目だろうと続いた言葉に何を言っているのか気付いて、俺は慌ててサボの方へと体を向けた。

「いや、怪我治ったんだよ。ドクターのお墨付き」

「本当か?」

 俺へ向けてどことなく不審そうな目を向けつつ、動いたサボの手が俺の服を捕まえる。
 すぐさまぐいと上へ上着の裾を引っ張られ、きゃあという間も無く腹どころか胸までめくりあげられる。

「……なるほど、ちゃんと塞がってんな」

 言葉と共に手を離されて、とりあえず裾を掴んで服を直した。

「お前な……もうちょっと信用してくれてもいいだろ」

 俺が女の子だったら、『サボくんのエッチ! 責任とって!』と迫っているところだ。サボは案外責任感があるから、分かった、と言ってくれたかもしれない。
 それだったら俺は女の子だったほうが良かったのか、と気付いてしまった俺をよそに、ふん、とサボが鼻を鳴らした。

「ナマエは嘘つくからな。仕方ねェ」

「この間も『治った』って言って、サボくん怒ってたもんねェ」

 つん、と顔を逸らしてそんなことを言うサボに、どうしてかコアラまで味方している。
 この間というのはいつのことだろうか。心当たりがありすぎていけない。
 少しだけ考え込んだ俺をじろりと見やってから、サボが口を動かした。

「本当に治ったんならちょうどいい。今度の作戦立てるのに付き合えよ」

「帰ってきたばっかりだろ、少し休んだらいいんじゃないか?」

 言葉と共に服を引っ張られてそういうと、時間が惜しいと唸ったサボは先に建物の中へと戻って行ってしまった。
 ついてくることを疑いもしない背中を見てから、ちらりと視線をコアラへ向ける。

「……なんだかサボの奴、機嫌悪くないか?」

「そお?」

 俺の言葉にコアラは首を傾げて、疲れてるんじゃないかな、と続けてくる。
 確かにいろいろな作戦をこなすサボがつかれているのは当然だろうが、それとはまた別な気がするのだ。
 少し考えて、でも答えの導き出せなかった俺は、とりあえずコアラに別れを告げて、サボの後を追いかけることにした。
 駆けこんだ建物の中では、まっすぐのびる通路をサボが歩いているところだった。
 俺の足音に気付いたのかちらりとその顔がこちらを向いて、それからすぐに正面へと戻る。
 足取りはいつもよりゆっくりで、追いつくのを待っているらしい相手へと駆け寄って隣に並んだ。
 俺が並んだのをその目で一瞥してから、資料部屋に差し掛かったサボがすぐにそちらへと入り込む。どうやら次の『作戦』に必要な資料を取りに来たらしいと把握して、俺もさっさと同じ部屋へと入った。
 資料部屋は相変わらず、湿った紙の匂いが充満した部屋だった。
 サボの後をついて行って、棚から引っ張り出したサボがこちらへ差し出してくるのを受け取る。
 地図といくつかの海図を選ぶサボを見やり、どこの地域での作戦かを確認していたところで、おい、と声が掛かった。
 寄越された声に視線を向ければ、一枚の海図を引っ張り出して中身を確認したサボが、その目だけをこちらへと向ける。

「告白って、誰あてだ?」

「……………………は?」

 放たれた問いかけが理解できずに、ぱちぱちと瞬きをする。
 さっき言ってただろ、と俺へ言葉を重ねてから、海図を丸めたサボの手がそれを俺が持っている資料の一番上に置いた。
 さっき、の単語に少しだけコアラとの会話を思い出して、じわりと背中を汗が冷やしたのを感じる。

「いや、あの……あれはな」

 必死になって思い出してみるが、決定的な発言はしていなかったはずだ。
 今ならまだ誤魔化せる、なんて考えた俺の方へと顔を向けたサボが、正面から俺を見た。

「コアラには言えるのに、おれには言えねェのか?」

 まるで俺の考えを読んだようにそんな風に言われて、開きかけた口が閉じる。
 じっとこちらを見つめるサボは、俺が返事をするのを待っているようだ。
 どことなく拗ねているかのような顔に、ぎゅっと心臓を掴まれた気持ちになってしまう。

「……サボ、その、俺」

 こちらへ注がれる視線に熱を感じたような気がして、思わず漏れかけた言葉を遮ったのは、棚から落ちた数冊の本だった。
 びくりと飛び跳ねた俺をよそに、サボが屈んでそれを拾う。
 その様子はまるで普段と変わらなくて、その事実に俺は慌てて深呼吸をした。
 サボが俺を熱っぽく見つめるなんて、そんなことはありえない話だ。
 あきらめに似た考えだが、それは事実だった。俺が男を好きだからと言って、サボもそうだなんてありえない。

「よっと。ナマエ、それで?」

 棚に本を片付けたサボが改めて寄越した問いかけに、少しだけ笑ってから口を動かす。

「……好きな子、コアラにも『誰』って教えたこと無いんだよ」

 俺の口から出た言葉は間違いなく嘘だけど、これだけは言うわけにもいかない。
 見る見るうちに眉を寄せたサボを見つめて、うまくいったら教えるからさ、とありえない仮定の話を口にする。

「……おい、ナマエ」

「あ、そういやサボにもそういう相手っているのか?」

 さらに追及してこようとする相手へ誤魔化すように言葉を重ねると、サボは少しだけ戸惑った顔をした。
 それから、何かを考えるようにその目がさ迷って、一分足らずの沈黙が落ちる。
 明らかに何か思い当たる節がある相手に、じわりと胃の底が冷えたのを感じた。
 サボに、好きな子。
 ついにその時が来てしまったのかと、そんな思いでごくりと喉を鳴らした俺をよそに、ふるりとサボが首を横に振る。

「……いねえ」

 そうしてそんな風に言いながら、サボはふいと俺から顔を逸らしてしまった。
 さらにいくつかの資料を掴みだして、そのまま歩いていく。資料部屋から出ていくつもりらしいそれを追いかけて、俺も足を動かした。
 今のサボの発言は、絶対に嘘だった。
 なにより俺への詮索を止めたのがその証だ。
 俺を詮索すれば自分も聞かれると判断したからやめた。
 『聞くな』ということはつまり、そういうことだ。
 自業自得なのに、心臓が痛い。

「……こういうの、何か薬とかないのかな」

「ん? またどっか痛ェのか?」

 俺のつぶやきを拾ったらしいサボが、扉に手を掛けながらいつもの顔でこちらを睨んだ。
 痛み止めはしばらく駄目だからな、なんてひどいことを言う相手に『そんなんじゃないよ』と軽く笑って、俺はサボの後を追いかけて部屋を出る。
 資料部屋の中での会話は、暗黙の了解で『無かったこと』になってしまった。



end


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