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木製人形の執着
※『木製人形の恋』『木製人形の妄執』の続編
※主人公は異世界トリップ主でタイムリープ済み(カク幼少期→W7編ちょい前)



「他に報告は」

 随分と威圧的な声音だと、カクは思った。
 ようやく島へとやってきた最後のCP9と顔を合わせているその部屋は、窓の一つもない完全な密室だ。
 狭いそこで一脚しかない椅子に座っている間違いなくロブ・ルッチであり、彼の飼い鳩は椅子の背に座って悠々と羽を繕っている。
 カクが部屋に入った時からほぼ変わらぬ姿勢を保つ男への報告を終えて、カクはそのまま部屋から出ていく予定だった。
 けれどもそれを引き留めたのが、先ほど密室に転がり落ちた言葉だ。
 相手の考えを辿るように視線を向けた先には、いつも通り感情の見えない顔をした男がいる。
 観察するようなその眼差しを受け止めて、カクはかぶっていた帽子のつばに手をやった。
 『何のことだ』と尋ねる必要もなく、カクはルッチがそんなことを言う理由を知っていた。
 一体、誰が彼にその情報を漏らしたのか。
 脳裏に浮かんだのは『同僚』の二人だ。
 しかしどちらも、わざわざカクを陥れようとしたわけではなく、ただ『いつもと違う』カクの行動に気を配って報告へ上げたのだろう。
 確かに、今のカクは『今まで』とは、少しばかり違う。

「ちょいと気に入った顔を見かけたんでのう」

 構っているだけだと、言葉を落としてわざとらしく明るく笑う。
 山風と呼ばれる船大工らしい笑顔を浮かべたカクに対して、椅子に座ったままの男はわずかにその目を眇めた。
 肉食動物を思わせる表情で、にじむ威圧的な雰囲気にカクはわずかにため息を零す。

「この街に溶け込むためじゃ、問題は無かろう?」

 『今まで』とは違っていても、カクの正体が露呈するような行動はとっていない。
 自信を持って胸を張ると、ややおいてルッチの視線がわずかにずれる。
 その動きに気付いたようにぱたりと羽を動かした白い鳩が、寄り添うように男の肩へと飛び乗った。

「いずれ、島を出るときには全てを捨てる」

「当然じゃ」

「……ならば、構わん」

 放たれた言葉にカクが即答すれば、わずかな沈黙の後にそんな返事が寄越される。
 帽子を下へ引っ張って目元を隠し、もう一つ笑ったカクは、そのまま部屋に一つの扉へ向かった。
 まだガレーラに入社していない男はともかく、カクにはこれから仕事があるのだ。
 今日はどこの応援だったか、と思案しながら扉を開き、暗い通路へ出たカクの耳に、後ろからの声が届く。

「捨てられなければ消せ」

 命令でしかないそれに、扉を閉ざしたカクは返事をしなかった。







 がやがやと、酒場はいつもの通り騒がしい。
 一日の仕事を終え、島民達が今日の疲れをいやすために訪れているからだ。
 特にその日カクが訪れた店は食堂も兼ねており、酒の飲めない連中も多かった。
 カウンターで適当に頼んだ料理を手に、カクが座る場所を探してきょろりと周囲を見回すと、カクのそれに気付いた男が片手をあげる。

「カク、ここ空いてるぞー」

 注意を引くようにぶんぶんと片手を振り回した男に気が付いた顔をして、カクはすぐにそちらへと近寄った。

「助かったわい、このまま立って食わなきゃならんかと思うとった」

「トレイ片手に飯は難しいところだな」

 やれやれと息を吐きながら隣に座ったカクに向けて、笑った男がそんな言葉を寄越す。
 どこにでもありそうな顔のどこにでもいそうな姿のその労働者は、ナマエという名の男だった。
 そばに座ると少し油の匂いがするのはいつもと変わらない。職場での担当は機械整備だというのは、カクが相手から聞き出した情報だ。

「何セットにしたんだ?」

「魚と肉で悩んだんじゃが……」

 問われて答えながらトレイを示すと、そこに乗った魚のフライを見たナマエがひょいと自分のフォークを使う。
 向かった先は自身のトレイで、皿の上に転がっていた肉の煮物が数個、ころりとカクの皿へと移動した。

「良いのか?」

「少しだけどな」

 もう腹いっぱいなんだよと答えて、フォークを降ろしたナマエの手が飲み物の入ったグラスを掴む。

「いつも『少なめ』で頼むけど、ずいぶんな量が出るよなァ、相変わらず」

「ナマエは相変わらずじゃのう」

 しみじみ呟く相手に笑って、カクの手が自分のフォークを掴まえた。
 寄越された肉からありがたく口にしつつ、傍らの男を気取られないように観察する。
 ナマエという名前の彼とカクが『再会』して、そろそろ数か月が経つ。
 その間に、カクはいくらかナマエについて詳しくなった。
 虚弱ではないが、強いとは決して言えない体である。胃も小さく、本人はしっかり食べていると言うがどう見ても食が細い。体力は民間人らしく人並みで、顔立ちや見た目に目立つところは殆どない。
 酒にも弱いので、ただの酒場よりはこういった食堂を兼用している店を好む。
 通う店は決まっていて、大体決まった曜日にその店へ出向くナマエと『はち合わせる』のは、そう難しいことでもなかった。
 住んでいる家の場所、通う職場、懇意にしている人間、それ以外の交友関係。
 だんだんと子供扱いをしなくなった男の友人として傍らに居座りながら、諜報員らしくナマエの情報を集めるカクに、先に気付いたのはブルーノだったろうか。
 あの男に何かあるのかと真剣に問われて、何もないとカクが答えた時、年上の『同僚』は何とも言えない顔をした。
 面白かったそれを思い出して口元が緩んだカクの横で、ああそうだ、とナマエが声を漏らす。

「また今度飲みに行こうって話をしたじゃないか。あれ、今週末でいいか?」

「わしはいつでもいいぞ。ナマエの都合だけじゃ」

「じゃあ週末で問題ないな」

 カクの言葉にうんうんと一人で頷く男を見やり、カクはわずかに目を細めた。
 ナマエという名のかたわらの彼は、誰がどう見ても普通の人間だ。
 しかし、『普通』だと断言してはならない相手だということを、カクだけは知っている。
 ナマエは、かつて、幼かったカクの目の前にいたはずの男だった。
 いくらか薬を混ぜた酒で酩酊状態にして聞き出した話では、『あの日あの島から気付いたらここにいた』と言うことだったが、いくらここが偉大なる航路の中にある島だとは言え、そんな馬鹿な話があっていい筈がない。
 何より、以前にも故郷で似たような目に遭ったという話だから、それは偉大なる航路特有の異常な現象ではなく、ナマエ自身について回る『奇跡』じみた何かだろう。
 そして、ナマエは何故か、一目でカクが分かった。
 『再会』したあの時、覚えているかと尋ねてはいたが、『合っているか』と確認されなかった。
 カク自身の見た目に特徴があるとはいえ、山風と呼ばれる『カク』が、何年も昔に当たるあの日のただの旅行者の子供と同じなのだと、どうして分かったのか。
 悪魔の実の能力者かとも考えたが、こっそりと海楼石を触れさせてみても、ナマエにはなんの反応もない。
 謎をはらむ男に近付き、声をかけ、親しくなっているのは、全てはカクの中に生じる『何故』に答えを求めてのことだった。
 やらなくてはならない仕事があり、それについてもきちんと進めている。
 優先すべきは当然『仕事』だが、しかしこの男を逃がしてはならないと、カクの中の何かが言っている。

「そういや、最近アイスバーグさんの秘書が変わったよな」

 グラスの中身を半分ほど減らしたところで、ふと思い出したようにナマエが言った。
 それを受け、そうじゃな、と相槌を打ってから、口に魚のフライを放り込んだカクがもぐもぐと口を動かす。

「確か……カリ……カリファ……? とか言うとったかのう」

 言葉を述べつつ思い返すのは、二週間ほど前にウォーターセブンへとやってきた『同僚』だった。
 培った能力をしっかりと発揮して、見事市長の秘書の座を得た彼女は、アイスバーグと言う男のすぐそばで、その信用を得るために真面目に働いている。
 すべてはカク達の目的の為だが、このまま何事もなく目的を果たすことが出来たなら、あとはこの島を良い思い出の場所として立ち去るだけのことだった。

「美人だったなァ、真面目そうな感じで」

 カクの脳裏に浮かんだのと同じ顔を思い浮かべたらしいナマエが、そんなふうに言う。
 放たれたそれに何故だかきゅっと眉が寄り、自分の反射にわずかに戸惑いながら、なんじゃ、とカクは首を傾げた。

「ナマエはああいうのが好みか?」

 高嶺の花じゃろうとわざとらしく茶化すと、いやいや、とナマエが首を横に振る。
 あっさりと否定されるとそれはそれで気に入らないのは『同僚』のことだからだろうか。

「あの秘書が駄目なら、どんなのが好みなんじゃ」

「俺の好みなんか、そんなに知りたいか?」

「教えてもいいじゃろうに。ナマエはケチじゃ」

 むっとわざとらしく言葉を零すと、ええ? と少し困った顔をしたナマエが、うーんと声を漏らしつつわずかに視線を逸らす。

「俺の好み……そうだな……あー……日本を知ってる人とか……?」

 何かを悩むように小さな声がそんな風に漏れて、しかしすぐに切り替えたらしいナマエの目がカクの方へと戻された。

「どっちかって言うと、もっと可愛らしい方が好きだな。ほら、あの秘書さんとか、あんなに美人だと気後れしちゃうだろ」

 わずかな微笑みすら浮かべたナマエのその顔は、普段と何も変わらない。
 それを見て確かめたカクは、なるほどと一つ頷き、いつもと変わらぬ対応をした。

「つまりわしか。照れるわい」

「お前、男が可愛いって言われても嬉しくないって言ってなかったか?」

 真面目な顔で頭を掻いたカクの横で、呆れた声を零したナマエの手がひょいと伸ばされる。
 鼻先へ向かってきたそれに気付いたカクが『やめんか』と顔を逸らして訴えて、指を空ぶらせてしまったナマエが楽しそうに笑う。
 いつも通りの対応をしながら、カクは先ほどナマエが零した呟きを反芻した。
 『ニホン』と言うのは、確かナマエが一度だけ聞かせた、彼の故郷の名だ。
 同郷の女が良いということかと考えたが、それにしては様子がおかしかった。
 結局のところ、ナマエの故郷のことはあまりわからないままなのだ。
 ナマエ自身も、東西南北どこの海の島なのか、それとも偉大なる航路のどこかにある場所なのかも知らないらしい。もちろんカク自身も、耳にしたこともない地名だ。
 もっと情報を引き出し、あらゆる情報網を使い、カクがもしもその『ニホン』を見つけて教えたら、ナマエはどんな顔をするのだろうか。
 喜ぶだろうか。感激するだろうか。ひょっとしたら、泣いた顔だって見れるかもしれない。
 いつかは帰りたいと口にしながらどことなく諦めた顔をしていた男を思い出し、また一つ調べることのできたカクの手がフォークを握りなおす。

「わしは食事中なんじゃぞ」

「ああ、そうだった。ごめんごめん」

 もうやらないから許してくれ、と今まで一度も守られていない言葉を零して謝る男に、仕方のない奴じゃとカクがいつものように許しを降ろす。
 いつかは捨てると決まっていても、最後の最後まで、カクに傍らの相手を逃がすつもりはまるでなかった。
 それが何故なのかなんて、本の間に挟んだ一枚の紙きれの意味すらうまく言えないカクには、到底説明できないことなのだ。



end


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