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綿菓子、一丁お待ち!
※『100万打記念企画SSS』の続編で疲れていたトリップ系一般人と『わたあめ』大好きチョッパー



「おぉ〜……!」

 瞳をきらきらと輝かせて声を上げた人間トナカイは、夕暮れ時の街を彩る提灯の群れを見た。
 どこからともなく、心躍る囃子が聞こえてくる。
 あちこちから食べ物の良い匂いが漂っていて、道を行く島民達も笑顔だった。
 どうやら、本日麦わらの一味がたどり着いた夏島は、祭りの真っ最中だったらしい。
 トチガミの信仰がどうのと考古学者が教えてくれていたので、きっと随分と有名なものなのだろう。丁寧に説明されてもチョッパーにはよくわからなかったが、物知りな彼女が言ったのだから間違いない。
 船を降りた仲間はみんな思い思いの方向へ出かけていて、チョッパーもまた同じように街中を歩きに来たところだった。
 後で合流しようと定めたのは通りの奥にある広場の方だが、まだ合流の時刻までは間がある。
 何から食べようか、と青い鼻をすんすんと動かして、人獣型のままでちょこちょこと歩いていたチョッパーがその目を留めたのは、一つの露店だった。
 店先にいくつも並べられたそれは、淡いサクラ色から薄い海の色まで多様なふんわりとしたもので、誰がどう見てもチョッパーの好物だ。

「『わたあめ』!」

 思わず弾んだ声を上げて、チョッパーは素早くその露店へと近寄った。
 雲のような柔らかな丸みを見上げて、一つくれと声を上げると、はいはい、となんともやる気の無さげな声が返される。
 そうしてひょこりと露店の中から顔を出した店主は男で、どうしてかチョッパーを見下ろしてその目を丸くした。
 驚きと戸惑いに満ちたその眼差しに、チョッパーが首を傾げる。
 ぴる、とチョッパーの耳が戸惑うように揺れて、チョッパーと同じ方向に首を傾げた店主の男が、ええと、と声を漏らした。

「チョッパーくん……かな?」

 久しぶり、と下手な笑顔を向けられて、チョッパーの丸い目がぱちくりと瞬きをする。

「…………お前、誰だ?」

 そうして放ったチョッパーの問いかけに、覚えてないかァ、と疲れた顔の男が何やら残念そうな声を零した。






 ナマエと名乗った男は、いつだったかチョッパーを『わたあめ』で懐柔してチョッパーを撫でたいと言った妙な男だった。
 はるか遠い春島から、どうやら海を渡ってこの島へとやってきていたらしい。
 日雇いの仕事として露店を選んだのだという細かな事情説明をした男は、長旅の疲労をその顔ににじませていて、寄越された名乗りを聞いてチョッパーもおぼろげながらようやくその存在を思い出した。
 しかし、どちらかというとあの日の出会いの後に航海士に叱られたことの方が鮮明で、申し訳ないながらほんの一時顔を合わせただけの男の匂いも覚えていない。
 正直にそう言ったチョッパーに、それもそうかと勝手な納得を示した男が、ひょいと自分の前に立ち並んでいた『わたあめ』の内の一つを掴む。

「はい、どうぞ」

「ん! ええっと、いくらだ?」

 寄越されたものを受け取って、値札を探してきょろきょろとしながらもう片方の手を鞄へ向けたチョッパーに、お代はいいよ、とほほ笑んだ男が言う。
 太っ腹な発言に戸惑い、それからむっと目を眇めて、チョッパーはナマエへ視線を向け直した。

「タダより高いものは無いって、ナミが言ってたぞ」

「お詫びだよ。あの日叱られたって言うから」

 少しだけ眉を下げて微笑んだ男が、そんな風に言葉を放つ。
 ごめんな、とさらに言葉を続けられて、なんで謝られているんだろうかとチョッパーは思った。
 あの日チョッパーが叱られたのはチョッパーが不注意だったからであって、別に目の前の変な男のせいではないだろう。

「それに、すぐ作れるから」

 じっと見上げるチョッパーの視線に何かを感じたのか、言い訳をするように言葉を落とした男の手が、そのまま自分の傍らへ伸びる。
 チョッパーの高さからはよく分からないが、そこにはどうやら機械があって、少し大きな音と共にそれが稼働を始めたようだった。
 何かを調節したナマエの手が、ざらりとそのなかへ何かを入れて、それから棒を差し出す。
 慣れた手つきでくるくると回した棒の先に出来上がったそれはどう見ても『わたあめ』で、目の前で作り上げられたものに、おお、とチョッパーの口から感嘆の声が上がった。
 先ほどチョッパーへ渡したものが刺さっていた場所にその棒を刺して、新たな棒が機械へと差し入れられる。
 くるくると巻き取り、そうして生まれたもう一つの『わたあめ』は、少し小さかった。

「もうちょいかな」

 呟きながら機械を止めたナマエが、それからちらりとチョッパーを見やる。

「……やってみるか?」

「いいのか!?」

 放たれた言葉に、チョッパーは思わずそんな弾んだ声を上げた。
 ぴょんと飛び跳ねた小さな彼を見下ろして、もちろんいいよ、と答えた相手がチョッパーを手招きする。
 ちょこちょこと歩いて回り込んだチョッパーは、小さな露店の中で大柄な人型になり、どし、と低かった天井に頭をぶつけた。

「いてっ」

「ああ、ごめん、ここ小さいからな」

 すぐに人獣型に戻ったチョッパーのそばで、揺れた露店の柱を支えつつ、言葉を零したナマエがきょろりと周囲を見回す。
 それから、少しだけ困った顔をした後、何かに閃いたようにその目を輝かせた。

「……俺が持ち上げようか?」

 そのままじゃあ高さが合わないもんな、と何故だか弾む声を寄越されて、チョッパーもきょろりと周囲を確認する。
 周りには材料が入っていると思われる袋や棒の入った箱はあるが、残念ながら踏み台になるものはないようだ。
 機械はナマエがあつかう高さに固定されていて、確かに人獣型のままではチョッパーの手が届かない。

「おう、頼むぞ!」

 そう返事をしてチョッパーが両手を上げると、それを見たナマエが何故だか顔をそむけた。
 警戒心がどうのこうのと小さな声で呟いているが、なんの話なのか分からない。

「どうしたんだ?」

 尋ねて首を傾げたチョッパーに、ややおいて持ち直したのか、何でもないよと答えたナマエの手が伸びた。
 持ち上げたチョッパーの体を片手で支えて、チョッパーに先ほど自分が手渡した『わたあめ』を預かって避け、代わりのように先ほどの小さな『わたあめ』がまとわりついた棒を手渡した。
 そして、匙で掬い上げた色付きの砂糖を囲いのある盥のような機械の、真ん中の部分へと入れる。
 それからその手が機械を稼働させて、少し大きな音にチョッパーが耳を震わせた。

「じゃあ、棒入れて、そこでくるくるってしてごらん」

「お、おう」

 言葉と共に体を機械の方へと近づけられて、チョッパーは真剣な顔で小さな『わたあめ』の刺さった棒を差し出した。
 先ほどナマエがやっていたように、両の蹄で挟んだそれをくるくると回す。
 棒を軸に回転した『わたあめ』に、少し色の違うふわりとしたものが巻き付いて、どんどんと丸く大きくなっていった。

「すっげえなー……!」

 やがて機械が止められ、先ほど棒に刺さっていたものの三倍は大きくなったそれを見て瞳を輝かせたチョッパーが、引き寄せたそれから漂う甘い香りに鼻をひくりと動かす。

「上手だなァ、チョッパーは」

「そ、そんなにホメられても嬉しくなんかねェぞ、コノヤロー!」

 微笑んだ相手が寄越した褒め言葉に、チョッパーの口がそんな風に言葉を放った。
 照れて緩んだ顔を逸らすチョッパーに、くすりと笑った男は楽しげだ。
 疲れのにじむ顔を綻ばせた相手を横目に見て、つん、ともう一度顔を逸らしたチョッパーの片腕が、そっと自分が作り上げた『わたあめ』の棒から離れる。

「もう一個作るぞ!」

「うんうん、どうぞどうぞ」

 言葉と共に新たな棒を要求したチョッパーに、チョッパーをその両手で持ち上げたままの相手が朗らかなに応じる。
 片手で抱えなおされ、きゅっと抱かれながら新たな棒と引き換えに自分が作り上げた『わたあめ』を手放したチョッパーは、それからしばらく、『わたあめ』を作る機械のとりこになった。
 祭りに出てきたらしい子供や大人が買っていくおかげで、チョッパーがどれだけ『わたあめ』を作ってもしぼんで哀れなことにはならず、やりがいすら感じてしまったのだから仕方がない。

「こういうの、役得って言うんだっけ」

「何言ってんだ?」

「いやァ、なんでも」

 その間ずっとチョッパーを抱き上げていた男は、海賊に自分の仕事場で好き勝手されて、腕だって疲れただろうに、何故だかとても幸せそうな顔をしていたのだった。



end


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